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第二章(4)

「やぁ、お疲れ様」


 円になって集まる後輩たちに、アーヴィンは片手をあげて陽気に声をかけた。


「アーヴィン先輩、イレーヌ先輩も……」


 今まで泣きそうなくらい不安げな顔をしていた現生徒会長のマティウスが、アーヴィンの姿を見たとたん、その表情をぱっと輝かせる。


「君たち、今日は俺のために朝早くから準備をしてくれてありがとう」

「あなたのためじゃないわよ。卒業生みんなのために彼らは頑張ったの」


 私がいつものように突っ込めば、後輩たちもクスクスと笑い出す。


「アーヴィン先輩たちと今日でお別れだと思うと……寂しいです」


 マティウスの言葉に、他のメンバーもしゅんとし始めた。


「そう思うなら、今日というこの日を、俺にとって一生忘れられないような日にしてほしい。君たちならそれができるだろう?」


 まるで煽るような言い方に、彼らも互いに顔を見合わせ戸惑っている。


「あなたたちなら、大丈夫。絶対にできる。去年もそう言って、やりきったでしょう?」


 一年前、卒業パーティーを取り仕切る側だった私の姿をマティウスたちも知っている。なによりも一緒に成し遂げたのだから。


「ありがとうございます、アーヴィン先輩。イレーヌ先輩」


 いつものマティウスの姿に私も安心した。


「そろそろ始まるわね。私たちは、向こうで待っているわ」


 彼らに言葉を告げ、その場を離れようとすれば、ちゃっかりアーヴィンもついてくる。


「どうしたの? あなたも友達のところへ行けば?」

「だから友達のところに来ているだろう?」


 そんなやさしい声をかけられたら、また勘違いしそうになってしまう。


「それともイレーヌは、婚約者と一緒のほうがよかった?」

「……意地悪ね」


 シオドアと婚約したといってもただそれだけのことで、そこから二人の関係が一気に進んだとか、そのような事実は一切ない。そもそもクラスも違うから、学園では一緒にいる機会すらないのだ。


「でも、後で挨拶に行くわ」


 行きたくないけれど。

 と心の声がつい漏れそうになって、ぐっと堪えた。


 婚約してもシオドアとの関係は相変わらずである。彼は私の顔を見るたびに「魔女」だと言ってくるし、特別な用事がなければ顔を合わせる機会もない。いや、同じ学園に通っているから、シオドアが何かを思い出したときに私に嫌みを言いにくるくらい。


 変化のない幼稚な言動に閉口してしまうが、二年後には結婚する相手なのだからとできるだけ寄り添おうという努力はしていた。


 しかし彼には他に恋人がいるという噂もある。それについて追求する気はさらさらないが、結婚するまでには心を入れ替えてくれるのを願うしかない。


「イレーヌさん」


 声をかけられ、はっとしたが、すぐに笑顔を作る。パーティーが始まるまでに、私はたくさんの級友に声をかけられ、懐かしい学園生活を思い出していた。


 時間になれば楽団の軽快な音楽が流れ、マティウスの開会宣言と共にパーティーが始まった。

 食べて飲んで喋って、卒業生も在校生もそして先生たちも一緒に楽しいひとときを過ごす。


「……では、ダンスの時間です。まずは前生徒会長と書記のお二人に踊っていただきたいと思います」


 飲み物片手に歓談に耽っていた私は、思わず噴き出しそうになった。


「大丈夫かい? イレーヌ」


 アーヴィンが心配そうな表情を浮かべながらも、口の端には笑みを浮かべている。


「ちょっ……聞いてないわよ」

「うん、言ってないからね」


 反論する暇もなく、彼は私の手を取って広間の中央へと連れていく。


「ほら、みなも期待のまなざしを向けているだろう? 演技(パフォーマンス)だよ。せっかくのパーティーなんだから、見世物になるのも悪くはない」


 抗議の意味も含めてマティウスたちに顔を向ければ、彼らはパチパチと拍手をし始める。これでは踊らないという選択肢はあり得ないだろう。


「もう、強引なんだから」


 この様子を見れば、マティウスも共犯者だ。いや、マティウスだけではなく、現生徒会役員全員。

 アーヴィンの言うように、ここは見世物役に徹底しよう。


 明るくしっとりとした旋律が流れ、私はスカートの裾をつまんでアーヴィンに向かって礼をする。彼が差し出す手を取ると力強く抱き寄せられ、ゆっくりステップを踏み始めた。


「さすが成績トップはダンスも一流だ」

「あなたもね」


 こんな何気ないやりとりが好きだった。軽口を叩き、冗談を言い合い、たまには叱責しあって励まし合う。

 心が折れそうになったとき、彼の存在が支えになった過去は何度もある。今だけは音楽に酔いしれ、彼との時間を堪能したい。


 音楽は盛り上がり、ダンスも終盤にさしかかった。


「イレーヌ。君と共に過ごした時間。俺は忘れないよ?」

「えぇ……私も。あなたは良き友で良きライバルだった」

「そうか……」


 音楽が止み、私たちは二人で手を繋いで深々と頭を下げた。いつもより長めに頭を下げたのは、こぼれそうになる涙を堪えていたからだ。


「……イレーヌ」


 アーヴィンの声に無理やり笑顔を作ってから顔を上げた。


 そして彼がこの国から出ていったと聞いたのは、卒業式を終えてから十日ほど過ぎたとき。

 知見を深めるために近隣諸国を見て回るらしい。国王陛下の右腕となって、国政を担っていくために――。


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