閑話:アーヴィン(1)
アーヴィンはエラルズ王国の第二王子として生を受けた。兄ヴェリオンとは十八歳年が離れているため、妾腹の子と思われがちだが、父母を同一にする兄弟である。
当時の王子ヴェリオンは生まれたときから病弱で、よく熱を出しては寝込んでいたそうだ。両親は、周囲から早く第二子をと望まれたようだが、望んだからといってすぐに授かるものでもない。
となれば側妃をという話もあがったらしいが、それを父王は頑なに拒んでいたらしい。
そうこうしてヴェリオンが生まれて十八年後に誕生したのがアーヴィンだった。すでに兄王子は立太子の儀を済ませ、王太子として政務にたずさわっていたが、アーヴィンの誕生は喜ばれた。
――これで予備ができた。
そんな思惑をひしひしと感じるようになったのはいつからだろう。しかしそれは両親が向けてくる視線ではなく、父王たちの周りにいる、腹の底では何を考えているかわからないような奴らから。
彼らはアーヴィンをヴェリオンの予備として見ているのはわかっていた。
しかしヴェリオンが結婚し子に恵まれると、アーヴィンに予備としての価値もなくなったのか、そんな話すら聞こえなくなり、さらにはまとわりついていたうるさい人間もいつの間にかいなくなっていた。
そしてアーヴィンが十二歳のとき、父は王位をヴェリオンに譲った。身体の弱かった兄もすっかり健康になり、ここ十年は風邪一つひいていないと笑っていたのは記憶に新しい。
そうなると今度は、誰もがアーヴィンを王の弟という目で見始め、あわよくば利用してようという思いすら伝わってきた。それに気づかぬふりをして無邪気な態度を取れば、相手も相好を崩してアーヴィンを懐柔しようと腹の中を探り合う。その空気にアーヴィンは辟易していたのだ。
退位した父は、母と二人で離宮にひきこもった。とはいえ、別に体調が悪いとかそういうわけでもなく、ただ二人で余生を楽しんでいるだけ。特に母は、アーヴィンを授かるまでの心労があったのかもしれない。
アーヴィンがもっと子どもだったら、一線を退いた両親に甘えられると言って喜んだだろう。だけどそうするには成長しすぎていて、二人の邪魔をしてはならないと、変に気遣ってしまう。
だからアーヴィンは、同年代の子と同じように学園に通うのが楽しみでもあった。なにより学園の教えは「平等」である。自分をヴェリオンの予備とか王族とか、そんな色眼鏡で見る者たちか解放されると、そう思っていた。
しかし、そこにある「平等」も完璧ではない。いや、この世に完璧な平等など存在しないのはわかっていたし、世の中が理不尽の塊であるとも理解していたつもりだ。
それでも新入生代表の挨拶は、実力で手にしたものだと自負している。
代表挨拶は、入学試験でトップを取った者がその役目を担うというのは家庭教師からも聞いていたし、十数年前にはその大役を平民が果たしたらしい。
一方、いくら平等という概念の下であっても、王族とは教師ですら一歩引くような身分であったと、入学してから気がついた。どこかみな、壁をつくってアーヴィンと接するのだ。
しかしイレーヌ・ロイルだけは他の人と違っていた。
新入生代表として壇上で挨拶をしたとき、刺さるような視線を感じた。その視線の主を探ってみれば、琥珀色の涼やかな眼差しが、アーヴィンを真っすぐに見つめている。濡羽色の髪は艶やかで、凛としたたたずまいから目が離せない。
彼女がロイル侯爵令嬢だと知ったのは、彼女の隣に侯爵が座っていたからだ。
家柄によるクラス分けでは、彼女と同じAクラスになり、クラス委員長と副委員長という関係になった。
最初はアーヴィンを敬称で呼んでいた彼女だったが、アーヴィンが根気よく、いやしつこいほどに「名前で呼んでくれ」「なんなら愛称でもいい」と言ったところで、イレーヌが折れた。
そこから彼女との距離は一気に縮まった。
イレーヌという緩衝材があるから、他の級友ともよい関係が築けたのだと、今になって思う。
またアーヴィンから見たイレーヌは誰にでも人当たりがよく、かつ勤勉だった。
「私、入学試験であなたに負けたのが意外と悔しかったみたい」
入学直後の実力試験でイレーヌがトップを取った。しかもアーヴィンがどうしても解けなかった問題も完璧に答えていたのだ。
となれば、アーヴィンにも悔しいという気持ちが生まれ、その悔しさという感情があった自分に驚きつつも、彼女の近くにいればもっとさまざまな感情を味わえるのではないかと、期待してしまった。さらに、イレーヌ自身をもっと知りたいという欲が出てくる。
クラス委員という関係も、イレーヌのそばにいるには絶好の材料でもあった。
その後、二人とも生徒会役員に選ばれればなおのこと、イレーヌと一緒に学園で過ごす時間が増えた。
アーヴィンが学園に通うようになって一年が過ぎたが、そこでの生活は新しい発見の毎日で、充実した時間を送っていた。




