プロローグ(1)
今日は、私の結婚披露パーティーだったはず。だというのに夫シオドアは、私の目の前で私ではない女性と熱い口づけを交わしている。
それはパーティーが始まって二時間後のできごとだった。
ポーレット公爵家の長男とロイル侯爵家の長女の結婚ということで、国内でも有数の貴族たちを招待した華やかなパーティーが開催されていた。その関係者らにあらかた挨拶をすませて一息ついたとき、シオドアの姿が見えないことに気がついた。
お手洗いだろうかと思ってしばし待ったが、それでも彼は広間に戻ってこない。
双方の親も歓談に耽っており、シオドアの不在をわかっていないようだ。
もしかして、夜風に当たるため外に出たのか。
そういえば、挨拶で顔を合わせた人、合わせた人からお酒をすすめられてかなりの量を飲んでいた。
だから心配になり、熱気漂う広間を後にして彼を探しにきた結果、テラスの先にある庭園で夫が見知らぬ女性と二人で抱き合い、熱く絡み合っている姿を目撃してしまったというわけだ。
「シオドア?」
月明かりが照らす男女は何かと艶めかしい。噴水の前で静かに水音が響くなか、二人はきつく抱きしめ合っていた。
それでも愛を誓い合った夫を見間違えるはずもない。なめらかな金色の髪、切れ長の青い目に整った鼻梁。私の瞳に合わせた琥珀色のタキシードは、人がたくさん集まった中でもひときわ目立っていた。今も月光を浴びて、薄闇のなか照らされている。
呼びかけた声に反応した彼は、相手の女性と唇を離したものの、その手はしっかりと彼女の腰を抱き寄せていた。
「あぁ、イレーヌか。どうかしたのかい?」
どうもこうもない。私たちは数時間前に永遠の愛を誓い合った仲だと思っていた。そして今まさに、集まった人々に私たちの喜びの姿をお披露目していたのだ。
「そちらの女性はどなた?」
感情を押し殺し、ゆっくり尋ねた。胸の奥で何かが軋むような痛みが走り、心臓がうるさいくらいに激しく音を立てている。
「あぁ、イレーヌ。紹介しよう。こちらの女性はリンダ。僕の愛人だ」
愛人。つまり愛する人と解釈して間違っていないだろうか。頭が混乱し、目の前の光景が現実なのかと疑ってしまう。
「そう……。でも今日、あなたは私と結婚をしたのよね?」
声が震えそうになるのを必死に堪えた。
「そうだね。僕は君と夫婦になった。君は僕の妻。だからリンダは僕の愛人だ」
私の感覚がおかしいのだろうか。結婚したその日のうちに、妻に愛人を紹介する夫がどこにいるというのか。
まぁ、ここにいるが。
「奥様。シオドア様を叱らないでください」
まるで自分は悲劇のヒロインとでも言いたげに、胸の前で手を組んでリンダが訴える。
なるほど。彼がリンダを愛人に選んだ理由がよくわかった。見た目が私と正反対なのだ。
焦げ茶の髪はゆるやかにウェーブがかっており、くりっとした碧眼が愛らしい。ぷっくらとした唇にふわふわとした頬は、つんつんとつついてみたくなる。さらに情事に耽っていたと思わせる高揚した表情。
「リンダさん。でしたっけ?」
腕を組んだ私がリンダの名を口にしただけで、彼女は雨に打たれた子犬のように身体を震わせた。きっと、こういうところが彼の庇護欲を刺激したのだろう。
「は、はい……」
早速リンダは大きな瞳に涙をためている。
私は怒ってなどいない。ただ彼女の名を呼び事実確認をしたいと思っただけなのに、なぜこんな目に合わなければならないのか。やり場のない苛立ちが渦巻く。
「私は怒っておりません。もともとこういう顔つきなの」
「そうなんだよ、リンダ。イレーヌはきつい顔つきをしていてね。その容姿だって魔女のようだ」
シオドアは何かあるたびに私の容姿を魔女のようだと揶揄する。漆黒の髪に琥珀色の目。絵本に出てくる魔女の姿そのものだと。
「だから僕も萎えて仕方ない」
コホンと私は空咳をした。いったいナニが萎えるというのか。それは確認してはならないと思いつつも、屈辱と虚しさに襲われた。
「それで旦那様。これはどういう状況なのでしょうか。私と結婚したその日のうちに、愛人と愛を深めていた。そういうことで合っておりますか?」
「さすがイレーヌは賢いね。学年首席だっただけのことはある。さっきも言ったように、君の顔は僕の好みではなくてね。萎えるんだよ。だから、リンダとの間に子どもができたら、その子をポーレット公爵家の跡取りにしようと思っているんだ」
つまりこの夫は、初夜の儀すら放棄するというわけだ。それならそれでかまわない。
永遠の愛を誓い合ったといっても、私たちの関係は表面上だけのもの。お互い、好き合って結婚したわけではないのだから。
それでも心のどこかで、夫婦として尊重し合える関係を築けるのではないかと期待していた自分が、愚かに思えた。
「なるほど。でしたら、最初から私と結婚せずに、リンダさんと結婚されればよかったのではありませんか?」
愛する女性がいるのなら、その人と結婚したほうが幸せになるだろう。
「まったく。いったい君は何を言っているんだい? この結婚はポーレット公爵家とロイル侯爵家の結びつきのために必要なもの。ロイル侯爵家はポーレット公爵家の後ろ盾が必要ではないのかな?」
彼が言うように、二人の結婚はポーレット公爵が、私の父、ロイル侯爵を財務大臣に推薦するため突きつけた条件なのだ。同い年の二人を結婚させてはどうだろうか、と。
そんな理由で私とシオドアの婚約が決まったのは学園を卒業した年の二年前。
「そのようですね。その話は、私が関係するものではございませんが」
父の立場を守るため犠牲になった自分の運命を呪いたくなった。
「だけどね。君には僕の妻でいてもらわなければ困るんだよ」
ポーレット公爵以外の後ろ盾が見つかれば、すぐにでも離婚してやるというのに。
「僕は君を抱けないが、やはり後継は必要だろう?」
抱けないというのは、先ほどの萎える発言とつながっているに違いない。とはいえ、それに関しては深追いしないほうがいいと判断した。
「だから、リンダさんの子を跡継ぎにしたいと?」
「僕の血を引く子だからね。そしてその子の教育は、君に頼みたい」
「なんだって都合のいい話ですね」
声には怒気が含まれていたのは無意識だ。




