カードゲーム婚約破棄
「お前との婚約を破棄して、俺はこのアリスと結婚する!」
「そんな……」
俺の言葉に、婚約者のメアリーがふらりとよろめいた。
少しショックを受けたかに見えたが、すぐに唇を引き結び、毅然とした表情で俺を見る。
ふん。そういうところが、気に入らなかったんだ。
「承服いたしかねます」
「ふん、お前が何と言おうと」
「そうですかぁ……やっぱり、勝負で決着を付けるしかないようですね」
「アリス?」
「仕方ありませんわ」
「メアリー?」
一歩前に出るメアリー。それに合わせて、俺の腕から離れて歩み出るアリス。
二人とも神妙な面持ちをしているが、俺には何が始まったのかまったくわからない。
当事者の俺が置いてきぼりになることがあるのか??
この展開で??
アリスとメアリー、2人が対峙して……2人とも示し合わせたように制服のスカートのポケットから何かを取り出した。
手のひらにすっぽりおさまるくらいの大きさの、カードの束、に見える。
「得るか、失うか。その勝敗は……」
「ただカードのみが知る!」
がごん!
派手な音がして、2人の足元の石畳が迫り上がってくる。
石畳が?
迫り上がって??
くる????
何だそれ????
どういう仕組みだ????
まるで意思を持ったかのような動きで、石畳が形を変え……2人の目の前に、それぞれ小さなテーブルのような形のものが組み上がった。
2人はその机の上に、手にしたカードの束を乗せる。
「戦闘準備!」
2人が同時に叫ぶ。
瞬間、テーブルと足元の石畳が、ブゥン! と音を立てて、青白く光り始めた。
それはまるで……舞台のようだった。
どうして?
どうして光る???
2人がテーブルに置いたカードの束が目にも止まらぬスピードでひとりでにシャッフルされ、そのうちの5枚が2人の手元に届く。
それをキャッチして、2人が叫んだ。
「試合開始!」
何故か突如として俺の知らない「何か」が始まっていた。
周りの生徒たちは驚愕ではなく緊張の面持ちで2人を見守っている。
俺みたいなアホ面を晒している人間は、1人もいない。
俺以外みんな、この状況に疑問を持っていないようだった。
え??
もしかして、これ、知らないの俺だけ????
「あたしのターン!」
アリスがテーブルに置いたカードの束から一枚引いた。
手に持っている札が6枚になる。
そしてにっと意味深に笑ったかと思うと、一枚のカードを表向きにして、テーブルに乗せた。
「世界カード、『エルドリッチ・ガーデン』発動!」
びかびか、と一段と派手な光が迸る。
あっという間に、2人の間の地面がおどろおどろしい森のような風景に変わっていった。
なんだこれ。
何この技術。俺の知らない最新技術がおそらく無駄遣いされている。
「ようこそ、あたしの不気味な世界へ」
アリスがにっこりと笑ってカーテシーを披露する。
おおっとざわめきが広がる。
「く、来るぞ!」
「アリス嬢お得意の、エルドリッチコンボ!」
観客が口々に言っているが、「みんな知ってて当然」みたいな状況に謎は深まるばかりだ。
謎コンボどころか、このゲームらしきもののことすら、アリスからもメアリーからも、他の友人からも聞いたことがない。
どうして?
逆にどうして??
どうして俺だけが知らない????
もしかしてみんな俺のこと嫌い????
アリスは手札からさらにもう一枚カードを取り出すと、テーブルに表向きで置く。
「そして手札から『エルドリッチ・シード』を攻撃表示で召喚。カードを一枚フィールドに伏せて、ターンエンド」
何だ、攻撃表示って。ただカードを正位置に置いただけだ。他に何表示があるんだ。逆位置だと何か変わるのか。
しかももう一枚カードをテーブルに置いた。
手持ちのカードはもう3枚しかない。
どういうゲームなのか分からないがそんなに減らしていいものだろうか。それとも手札を全部無くした方が勝ちなのか?
アリスが表向きに置いたカード。そこから飛び出した種のような形のモンスター……としか形容のしようがない。……が奇声を上げて一回転する。
当たり前のようにカードからモンスターが飛び出してきた。
非常に立体的なのでまるでその場にいるかのようだが……よく見ると光の粒子のようなものが見える。どこかから立体的に投影されている映像のようだ。
しかも映像に飽き足らず音声まで。
何だそれ。
このカードゲームらしきもの以外にも死ぬほど活用できそうなのに、その事例を他でまったく見かけたことがないのは何故なんだ。
誰か取ってるのか、特許。
「わたくしのターン! ドロー!」
次にメアリーがもう1枚カードを引く。
それなら最初から6枚配っておいたらいいんじゃないのか。
「わたくしは場にカードを2枚伏せて、手札から『ロイヤル・サーヴァント』を召喚!」
ぶぅん、と音がして、メアリーの側にモンスターの姿が浮かび上がる。
鎧を来た騎士のような姿で、アリスのモンスターとは雰囲気が違う。
メアリーが片手を勢いよく前に突き出した。
「ロイヤル・サーヴァントで、エルドリッチ・シードを攻撃!」
「きゃあ!」
メアリーの騎士モンスターが、アリスの種のモンスターを切り捨てた。聞くに耐えない悲鳴をあげて、種のモンスターが光の粒になって霧散する。
その途端、アリスが立っている床が揺れて、派手にアリスが小さく悲鳴をあげてよろめいた。
え?
これ、ゲームだよな?
だがアリスの姿は、本当に痛がっているように見えた。
「あ、アリス!? 大丈夫か!?」
「おやめなさい」
隣を見ると、いつの間にか俺の隣には学園長が立っていた。
訳知り顔で腕を組んで、メアリーとアリスのほうを見つめている。
何故訳知り顔なんだ。
むしろ何故俺だけが訳が分からないんだ。
「近づかない方がいいワ……彼女たちはもう開始したのよ」
「学園長??」
「闇の試合を、ね…!」
「や、闇の試合!!??」
知らん。
知らんすぎて、だんだん怖くなってきた。
俺の知らない間に、一体何がどうなったらその闇の試合とやらがこんなに市民権を得るのか。
「そう。この勝負に勝ったものが貴方と結婚し」
「俺の意思は?」
「そして負けたものは……魂を闇の牢獄に囚われる」
「魂を!!??」
一個も知らんルールを提示されて、戸惑うことしかできない。
何故だ。俺はアリスと結婚すると言っているのに、何故俺の意思を無視して勝手に不要な争いをする。
俺の取り合いに飽き足らず勝手に魂まで取り合うな。
しかも俺の知らない競技で。
「いたぁい! ひどいじゃないですかぁ」
「や、やめろー!! 俺のために争うな!! というか勝手に魂を賭けるなー!!」
くすんくすんと涙を拭うアリスに居ても立ってもいられなくなって、一歩踏み出した。
しかしアリスはそんな俺のことなど一瞥もせず、メアリーに向き合うとペロリと舌を出した。
「……なぁんて。ふふっ……エルドリッチ・シードの効果を発動!」
「え?」
「エルドリッチ・シードが攻撃表示で破壊された時……失われたライフ100ptにつき1枚、相手デッキのカードを墓地に送りますぅ」
「な、なんですって!?」
ド派手な仕草で片手をメアリーにむかって突きつけるアリス。
さっきから、どうしてもそのポーズをしないといけないのか?
カードゲームなのに?
「通りますか?」
「通しです」
アリスの問いかけにメアリーが頷いた。
ここまでの芝居がかったやり取りが嘘のような冷静な会話だった。
何だこれ。
するとアリスがまた先ほどまでの調子に戻って、にっこりと笑う。
「うふふっ! メアリー先輩のデッキから、9枚のカードを墓地へ!!」
「くっ!!」
メアリーのカードの束から9枚が一人でに抜き出され、パリーンとガラスの割れるような音と共にカードが消滅する。
心なし、メアリーもダメージを受けているように見えた。
何だ、減るとダメなのか、カード。
「あたしのターン! ドロー!」
アリスが自分のカードの束から1枚、新たに引き入れる。
そして自分の手元に持ってきたカードと元々の手札をシャカシャカと入れ替えて、パチンと音を鳴らした。
最初は気にならなかったその仕草だが、繰り返されるとやけに気になってきた。その音はなんだ、一体どこから出てるんだ。
何故か妙に癪に触るのは何故なんだ。
「好きな子がシャカパチするタイプだと百年の恋も冷めるわよネ」
訳知り顔の学園長が頷く。
俺も理由が分からないことに理解を示さないでくれ。
「が、学園長、これは一体」
「アリスさんはデッキ破壊の名手……いくら学園有数のプレイヤーであるメアリーさんといえど、この勝負、分が悪いわヨ」
「で、デッキ破壊はどう考えても悪役の使う戦法だろ!」
「そういうのは詳しいのネ」
学園長があらあらと首を傾げるが、そんなことはどうでもいい。
俺が聞きたいのは二人の戦法とかデッキの相性じゃない。
「何なんだ、このゲームは!」
「購買で売ってるワ」
「こ、購買で!?」
「ここをカードゲームアカデミーにするのがワタシの夢なの」
「学園への出資をやめるように父上に言っておく!」
俺と学園長がやいやいやっている間に、2人の試合が進んで行った。
しばらく目を離しているうちに、どんどんとメアリーが追い詰められていた。
アリスの戦法で削られたのだろう、すっかりカードの束が減ってしまっている。
デッキ破壊が戦法として成立するということは、山札がなくなったら負けということだ。
「ふふっ♡ 次のあたしのターンで終わり、ですね」
「……いいえ、まだよ」
すっかり勝ちを確信してにこにこと笑っているアリスに、メアリーが毅然とした態度で言う。
昔からそうだった。
貴族たれと育てられた、見本のような女だ。
常に凛とまっすぐ立つ、強く美しい姿。
……そういうところが、嫌いだった。
「まだ、わたくしのターンが残っています」
「今更何ができるって言うんですかぁ? それっぽっちの山札と、たった一回のドローで」
くすくすと笑うアリスに向かって、メアリーはキッパリと言い切った。
その横顔には、焦りが微塵も感じられない。
「わたくしは、信じています。わたくしの、カードを」
しんと、その場が静まり返る。
誰もが息を呑んで見守る中で、メアリーが山札に手を伸ばした。
「ドロー!!」
そして引いたカードを一瞥もしないまま、アリスに向ける。
「『ロイヤル・パラディン』を召喚!!」
そう宣言して、メアリーがカードをテーブルに乗せる。
光に包まれて、先ほどのモンスターよりも仰々しい甲冑姿の騎士が現れた。
瞬間、どこから流れてきているのか分からないが、やたら景気のいい音楽が流れ始めた。
初めて聞く曲だ。だが何故だろう。不思議と聞くものを鼓舞するような、――勝利を確信させるような、そんな音楽だ。
アリスの顔が歪む。
この一連の流れを見せられては無理もない。
残り少ないとはいえ、一発で目当てのカードを引き当て、それをノールックで召喚する。
何だそれ。
ものすごく、かっこいいじゃないか。
「さらにフィールドに『ロイヤル・プリンセス』を召喚! ロイヤル・パラディンの特殊効果発動! 場にロイヤル・プリンセスがいる時……自身をゲームから除外することと引き換えに、相手フィールドのカードを一枚、ゲームから除外する!」
先ほどまで何をそんな大袈裟にと思っていたのに、ばっと勢いよく手を突きつけるその仕草までもかっこよく見えてしまう。
理由は分からない。男の性とでも言うべきだろうか。悔しいが、そう感じてしまうのだから、仕方がない。
「通りますか?」
「通しです」
「そこだけ急に落ち着くの何なんだ」
ずっこけた。
冷静になったのも束の間、すぐに先ほどまでの勢いを取り戻して、メアリーが叫ぶ。
「エルドリッチ・ガーデンをゲームから除外!」
「あたしのエルドリッチ・ガーデンが!」
アリスの前に浮かんでいたカードが、パリン、と割れるようなエフェクトと共に消滅する。
狼狽した様子で叫ぶアリス。消えゆく自分のフィールドの騎士の姿を見て、メアリーはそっと胸の前に手を当てて、目を閉じる。
「これこそが尊き犠牲。弱きものを守ることこそ騎士の勤め……貴方の犠牲、無駄にはしません」
カッと目を見開き、バン、と堂々とした姿で再び、メアリーが自分のカードの上に手をかざした。
「ロイヤル・プリンセスの特殊効果発動!! 墓地にあるロイヤルシリーズモンスターの数につき、攻撃力が100ポイント上昇する!!」
「くっ……」
アリスが慄いたようにふらりと後ずさる。
あれだけのカードを墓地に送ってきたのだ。このカードの効果はおそらく絶大なものになる。それを感じ取ったのだ。
「この試合で墓地に送られたロイヤルシリーズのモンスターの数を、覚えているかしら?」
「そんなもの、覚えてるわけ、」
「そう。わたくしは覚えているわ」
メアリーが再び、勢いよく手をアリスに突きつける。
まるで、剣の切っ先を突きつけるように。
「墓地に送られたロイヤルシリーズモンスターは20……つまり、ロイヤルプリンセスの攻撃力は……3000!!」
「さん、ぜん……」
呟きながら、アリスがよろめく。
アリスの残りヒットポイントは2500。場に攻撃表示で召喚されているモンスターの攻撃力は400。
つまり、この攻撃を食らっては……どうあっても、生き残れない。
「食らいなさい!! 【ノブレスオブリージュ・ロンド】!!」
「きゃああああ!!!!」
アリスが悲鳴を上げながら、派手に後ろに飛び退いて、崩れ落ちる。
表示されていたヒットポイントのカウンターがからからと勢いよく回り……マイナスになった。
ぶぅん、と音がして、光と映像が消える。
がくりとその場に膝をついたアリスが言った。
「あたしが、負けるなんて、そんな……」
「アリスさん」
いつの間にやら下がってきた台座を降りて、メアリーがアリスの前に立っていた。
ぴんと背筋を伸ばして、そして……にこりと微笑む。
「いい試合でした」
「っ、お、覚えてなさい!!!!」
そう叫んで、アリスが走り去っていく。
その背を見送っていたメアリーの肩を、学園長がポンと叩く。
「ホント、いいモノ見せてもらったワ」
「ありがとうございます」
美しい礼とともに感謝を述べて、メアリーも歓声を上げる観客たちに手をあげて答えながら、去っていった。
残った観客たちも口々に試合の感想を言い合いながら、ぱらぱらと解散していく。
この場に俺だけが、ぽつねんと残された。
…………え?
た、魂は???????
◇ ◇ ◇
「あっはは! 見た? あの間抜けヅラ! あーあ、おっかしー!」
メアリーとアリス。
試合を終えた2人の少女は、隣に並んで、学園の中庭を歩いていた。
言葉通りにからからと笑うアリスに、メアリーが嗜めるように言う。
「はしたないわ、アリスさん」
「でーも、メアリー先輩もすっきりしたでしょ?」
「それは……ふふ、そうですね」
メアリーがふっと澄ました顔を緩めて、笑う。
先ほどまでの凛とした雰囲気が嘘のようだ。
その様子に、アリスもにーっと満足気に口の端を上げた。
そして両手をうーんと天に向かって伸ばして、伸びをする。
「男ってだけで、あたしたちのことまるで賞品みたいに扱ってさ。こっちは決闘なんか興味ないんだっつーの。あたしたちの気も知らないで」
「これで少しでも、ご自分の行いを顧みてくださるとよいのですが」
「どうだか」、と呆れたように呟くアリス。
彼女もまた、先ほどまでの可愛らしさを取り繕うような不自然さがなくなっていた。
アリスはメアリーよりも二、三歩前を歩いていたが、ふと足を止めて、振り返る。
「ね、あんなバカのことよりさ、もう一回試合しよ! もうすっごい悔しかったんだから!」
手を伸ばして、メアリーの手を握った。
メアリーは一瞬目を見開いたものの、嫌がる素振りはない。
さぁ早く早くと手を引くアリス。くすくすと困ったように、だけれど嬉しそうに微笑みながら、それを追いかけるメアリー。
その様子はとても、同じ男を取り合った関係性には見えず、仲睦まじい……友達同士のように見えた。
「あら。あのデッキ、可愛くないから嫌だと言っていたのに」
「だんだん愛着湧いてきたの! てかメアリー先輩だって見た目に似合わず脳筋デッキじゃん!」
「そうかしら」
「そうだよ!」
「おーい!!」
声がして、2人が振り返る。
先ほどまで間抜け面を晒していた例の男が、こちらに向かって走ってくるところだった。
「俺も購買でカードを買ってきたぞ!! 俺とも試合しろ!!」
ふんふんと鼻息を荒くしながら、目を輝かせるその姿を見て、メアリーとアリスは目を見合わせて、笑った。
「どれ、ちょっと鍛えてやりますかー」
「あら。やさしいのね。妬いてしまいそう」