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[第二話]告白と迷いのはざまで

「お前はバカか!」

ヘッドホン越しに男の怒鳴り声が響き渡る。

狼牙は思わず、指でヘッドホンを耳から少し外した。

彼の名はたちばな れん。小学生のときに狼牙と出会い、現在は別の高校に通っている。高校生になり、互いに親から進学祝いにパソコンを買ってもらい、学校から帰った後にこうして集まっては、ゲームや雑談を楽しんでいる。

姫野に告白したその日、狼牙は家に帰るなり、今日自分に起きたでき事を誇らしげに橘に話していた。そして今、狼牙は橘に思いっきり説教されている最中だ。

「転校初日だぞ?見知らぬ男子に告白されて、快諾してくれる女子なんて居るわけねぇだろ!」

「でも……俺、イケメンだよ?」

「いくら外見がどれだけ良くても、許容範囲ってのがあるだろ!」

数秒後、ヘッドホンの奥から、橘のため息をつくのが聞こえる。

「……まぁ、変態野郎の魔の手から救ったのは、よくやったけどな。」

思いがけず褒められ、狼牙は少しだけ胸を張った。

「しっかし……お前、自分から告白できたんだな。」

「それぐらい、できるよ。」

橘が興味なさそうに「ふーん」と返す。

「……で、なんて言ったんだよ?」

その声色からは、からかいの気配が全開だった。

狼牙の脳裏に、先ほどの告白シーンがよみがえる。思い出した瞬間、頬がじわっと熱くなり、成熟したりんごと同じくらい真っ赤になる。

「はあ!?言うわけねぇだろ!」

かなり動揺しているのが分かる。狼牙の声は、情けないほど裏返っていた。

「で、これからどうすんだ?」

その瞬間、狼牙の思考がフリーズする。

「……?どうするって……?」

「どうやってその子と距離を縮めるつもりなんだよ?」

狼牙は目を丸くし、戸惑ったような顔を浮かべる。

数秒の沈黙のあと、ようやく橘の言葉の意味を理解したのか、口を開こうとするが—

「え、あ、そ、それは……えっと……」

言葉がうまく出てこず、顔が熱くなった。

「………もしかして、お前、何も考えずに告白したのか?」

狼牙の口がぴたりと止まる。

図星だったようで、言い返せない。

橘は深々とため息をついた。

「……ったく。とりあえず、今週末にどこか誘え。」

その助言を聞いた狼牙は、スマホを取り出し、メールアプリを開く。

姫野にラインを送ろうとするが―指が途中で止まった。

「……誘い方、分かんねぇ……。」

狼牙は異性からアプローチされた回数は数え切れないほどあるが、自らアプローチしたことは今回が初めてである。そんな狼牙からしたら、目当ての異性を遊びに誘う行為など、まさに『未知』なのである。

狼牙は思わず顔を上げ、勢いよくガタンと音を立てて机に額を打ちつけた。

そのまま頭を深く下げ、手のひらで額を押さえながらため息をつく。

「頼む、蓮!俺に女の子の誘い方を教えてくれ!!」

「はあ?普通に予定を聞けばいいじゃねぇかよ。」

「俺、女子を誘ったこと一回もないからわかんねぇんだよ。それに……」

数秒の沈黙の後、狼牙重い口を開く。

「今回は訳が違うんだ!姫野さんには―絶対に振られたくないんだよ!!」

一瞬の沈黙のあと、橘が小さく笑う。

「……お前にも、『振られたくない』って感情あったんだな。」

「頼むッ!!!」

数秒の沈黙のあと、ヘッドホン越しに小さなため息が漏れる。

「………いいぜ。」

優しげな低い声が、ヘッドホンから静かに響いた。

その声を聞いた瞬間、狼牙はぱっと顔を上げる。

「ほ、ほんとか!?」

「ああ。」

狼牙の表情に、ぱっと笑顔が広がる。

「サンキュー、蓮ッ!!」

「……いいから早くメッセージ考えろ。やるぞ。」


「これでどうだ!」

狼牙はスマホの画面をPCのカメラに向けて見せた。

デスクトップの映像には、眼鏡をかけた茶髪の青年—橘が映っている。

彼は目を細め、じっとスマホの画面を凝視した。

「………まあ、及第点だな。」

その一言を聞いた瞬間、狼牙は一気に肩の力を抜き、椅子にもたれかかる。

「はぁ〜〜……疲れた〜。」

ふたり同時に天井を見上げ、大きなあくびをひとつ。

「そろそろ寝るわ。」

橘の言葉に、狼牙もマウスカーソルを画面右下の電源マークへと滑らせる。

「今日はありがとな、蓮。」

橘はもう一度あくびをして、ゆっくりとヘッドホンを外した。

「……結果、ちゃんと報告しろよ。」

PCの電源を落とし、狼牙は布団に潜り込む。

心のどこかに、ほんの少しの不安と、それ以上の期待を抱きながら—。


「……で、どうだった?」

次の日。

学校から帰った狼牙は、いつも通り橘と雑談をしていた—その流れで、不意に問いかけられる。

「………え? 何が?」

その瞬間、狼牙の思考回路がショートしたかのように止まった。

「メールだよ、メール。送ったんだろ?返事、見せてくれよ。」

「え……いや……えっと……」

どこか挙動不審な様子で、狼牙は視線をそらす。

スマホを手にしているのに、かたくなに画面を見せようとしなかった。

「……? どうした? 早く見せろよ。」

橘が眉をひそめ、不審そうな声を返す。

そのとき、狼牙がぽつりと口を開いた。

「なあ……蓮。約束してくれ……」

「……? なんだよ?」

「報告しても……怒らないでくれよ……」

その声には力がなく、どこか震えていた。

まるで壊したガラス細工を隠し持つ子どもみたいに、狼牙の表情は不安と後悔で曇っていた。

「……? わかったよ。約束するから、とりあえず見せてくれ。」

狼牙は小さく頷き、スマホを握る手にぐっと力を込める。

「……わかった。」

狼牙はスマホを橘に向け、メール画面を見せた。

橘が目を細めて覗き込む。

「……あ? これ、入力画面のままじゃねえか。送信は?」

狼牙は目をそらし、もぞもぞと答える。

「……まだ、押してない。」

その瞬間、お互いの空間に沈黙が流れる。

「……はあああっ!?!?」

橘が思わずヘッドホン越しに怒鳴る。

「何やってんだよ! お前、そんなビビってたら、一生本命には届かねぇぞ!!」

「だ、だってさ……もしウザがられたらどうしようとか……引かれたらもう、会話すらできなくなる気がして……」

狼牙が申し訳なさそうな顔になる。

「うだうだ言ってんじゃねぇよ! あんなに必死で頼んできたのお前だろ! ビビってる暇あったら、さっさと送れ!」

狼牙はぎゅっとスマホを握りしめ、迷いの色をにじませながらも画面を見つめた。

「……わかった。今、送る。」

震える指を必死に落ち着かせながら、送信ボタンに近づける。心臓の鼓動がどんどん大きくなり、呼吸が荒くなる。

「……む、無理だ……やっぱ無理……!」

頭を抱え、うめくような声を漏らす。

「すまない、蓮……もうちょっとだけ……待ってくれ……!」

橘がため息をつき、しばらく黙り込む。

そして、呆れたような声で言い放った。

「……もういい。分かった。」

狼牙が顔を上げる。

「えっ?」


次の日。昼休みになり、皆がいつも通り持参した弁当を食べる。狼牙は青ざめた顔で弁当を食べていた。クラスメイトたちに心配されたが、『寝不足』という言い訳で乗り切った。狼牙は弁当を食べながら、昨日した橘との会話を思い出していた。

「明日。放課後に、直接誘え。」

「——は?」

「逃げ道はもう、全部ふさいどいた。お前、直接じゃないと一生踏み出せないだろ。」

「ちょ、ちょっと待て!それはハードルが高すぎ……!」

「今ここで送るか、明日、直接誘うか。選べ。選ばない、はナシな。」

狼牙はしばらく言葉を失い、スマホと画面を交互に見つめたあと、顔を歪めてつぶやいた。

「……鬼かよ、蓮……」

「感謝しろ、優しさだ。」

(はぁぁ……まじかぁ……)

緊張しているのか、弁当が喉を通らない。箸を持つ手がわずかに震えているのに気づき、そっと膝の上に置いた。

「……ちょっと冷めたな」とかすれた声でつぶやいて、ごまかすように口に運ぶ。

―……「あのさ、今度、カフェに行かね?」 ……いや、これだと軽すぎるか……

「一緒に行きたい場所があるんだ」……。うわ、キザすぎて無理……

昨日の夜中はずっと、姫野をデートに誘う練習を脳内でしていた。しかし、前回の告白のこともあり、成功する未来が狼牙には見えていなかった。

狼牙が弁当を食べていると、近くの女子が声をかけてきた。

「狼牙、また髪セットしてきたでしょ。モテようとしてんのバレバレだから」

「え、違うって。これは……天然の色気ってやつ?」

「うわ、出たー。自分で言うタイプ」

「そんな冷たいこと言うなって。桜の笑顔、今日も可愛いな。」

「はいはい、ごちそうさま~」

周囲からもクスクスと笑いが漏れる。

そんな風に冗談を飛ばしながらも、狼牙の目はつい、姫野のほうを追っていた。

彼女はひとりで静かに弁当を食べていたが、どこか話しかけにくい雰囲気をまとっていた。


放課後の帰り道。

授業が終わって、一人でとぼとぼ歩いていた姫野に、狼牙は後ろから声をかけた。

「姫野さん!」

いつもはクラスの女子に囲まれて軽口を叩いている狼牙とは思えないほど、その声は少しだけ裏返っていた。

姫野が振り向く。

「あっ、狼牙くん。どうしたの?」

その優しげで、どこか儚げな声に、狼牙の頬がほんのり赤く染まる。

それが夕日のせいなのか、それとも照れているからなのか―本人にもよくわからなかった。

(いける。いけるって……! いつもの感じで軽くいけよ、俺……!)

そう自分に言い聞かせても、なぜか口が動かない。

喉の奥がカラカラに乾いて、声が引っかかる。

(なんだよこれ……他の女子なら余裕なのに……)

昨日、橘に言われた言葉が頭をよぎる。

「お前、直接じゃないと一生踏み出せないだろ。」

高鳴る鼓動を押し込めるようにして、狼牙はようやく言葉を絞り出した。

「……あの。もしよかったら、今週末……どっか一緒に、出かけませんか?」

自分でも驚くほど小さな声だった。

口に出した瞬間、胸の奥がきゅっと縮こまる。

まるで子犬のような純粋な目で、姫野の顔をまっすぐに見つめる。

姫野は、少しだけ目を見開いたあと、困ったように笑って言った。

「ごめん!」

その一言が、狼牙の胸に突き刺さる。

一瞬、世界がモノクロになったような気がした。

夕焼けさえ、どこか遠くに霞んで見える。

(うそだろ……終わった? 終わったのか、俺……?)

うつむこうとしたその時、姫野が慌てて続けた。

「いや、そういう意味じゃなくてね……。今週末はちょっと用事があって……」

狼牙が顔を上げると、姫野は少し照れたように笑っていた。

「来週なら空いてるから、そこでもいい?」

狼牙の中に、さっきまで沈んでいた太陽が、もう一度登る気がした。

「あ……は、はい!」

思わず声が弾む。

さっきまで感じていた胸の痛みが、嘘みたいに軽くなっていた

「楽しみにしてるね。ばいばい」

姫野が笑顔で手を振る。

その笑顔は、夕焼けに溶けていくように、やわらかくて、どこまでも優しかった。

狼牙も、つられるように笑って手を振る。

心の奥が、じんわりとあたたかくなる。

姫野の背中が、夕日の中へとゆっくり遠ざかっていく。

その姿が見えなくなるまで、狼牙はずっと手を振り続けていた。

まるで、胸の中でやっと芽生えた、小さな幸せを手放さないようにするかのように。


「蓮、やったぞーーー!!!」

自宅に帰るなり、狼牙は玄関で叫んだ。

恐竜の咆哮かと聞き間違えるほどの大声に、電話口の橘が思わず耳を押さえる。

「うっさ……何だよ、いきなり」

「来週! 姫野さんと二人で出かけることになった!!!」

一瞬の沈黙のあと、橘の声が弾んだ。

「マジか! よかったな!」

「でさ! その……デートのプラン、一緒に考えてくれよ!」

だが次の瞬間、橘は冷めた声で言い放った。

「……は? 自分で考えろよ」

「え、な……なんで!?」

戸惑う狼牙に、橘は淡々と告げる。

「行くのはお前だろ。アドバイスはするけど、プランはお前が考えろ」

「いや、でもさ―」

「大丈夫。OKってことは、脈がゼロってわけじゃねぇ。自信持て」

狼牙はしばらく沈黙し、やがて納得したようにうなずいた。

「……わかった。やってみるよ」

電話の向こうで、橘が小さくあくびをする。

「……がんばれよ、王子様」

その一言が、狼牙の背中をそっと押した。

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