協力関係
普段口には出さないが、馬場文太郎は祖母を誰よりも愛している。勿論家族として。彼が祖母を大切に思う理由は、もしかすると家族的な愛情を彼女からしか受け取れなかった事に、起因しているのかも知れない。
そもそも夫婦仲が良いとは言えず、冷却期間と称して彼が九歳の時にそれぞれ家を出て行った両親は、初めから馬場に愛情を向けようとはしなかった。そんな彼を不憫に思ったのか、積極的に彼の面倒を見てくれたのが共に暮らす祖母である。両親が健在ながらその愛を知らなかった馬場少年は、彼女に家族の繋がりを求めるようになったのだ。
そんな祖母と些細なことでケンカをしてしまったのは、八日前。これまでも、馬場と祖母は何度か口論になったことがあったが、その度にどちらかが折れるのが常であった。しかし、今回はどちらも相手に歩み寄ろうとはせず、むしろだんだんとエスカレートして、今までに溜まっていた鬱積を互いにはき出すこととなってしまった結果、祖母は家を出て行った。朝になれば帰ってくると踏んでいた馬場だったが、それ以来彼女は帰ってこない。
さすがに心配になり、携帯電話のGPS機能で祖母の居場所を確認すると、彼女の携帯は四条にあることが判った。詳しい場所までは判らないが、四条付近に居ると考えた馬場は、祖母を捜すことにしたのである。
「それで、グランマを探しに四じょーに来ているとゆーわけですね」
四条にある全国チェーンのファストフード店。その一席で馬場の話を聞いていたクリスは、そう言って自身の持つ紙コップから伸びるストローに口を付けた。中のコーラを少し飲んでから続ける。
「でもババ。本とーにグランマを見つけたいのなら、あなた一人で探すより、友だちか誰かに助けを求めた方が賢いと思います。ケーサツも動いてくれているでしょうが、最近は物そーであちらも色々忙しいと聞きました」
「いや、その、バーちゃんが、心配だから、とか言うの恥ずかしいし」
「あなた、それでもう一週間ですよ! グランマが大事ならそんなこと言ってる場ーいじゃありません」
クリスはテーブルを叩いた。その拍子に、注文したフライドポテトが跳ねる。
こちらを刺すようなクリスの瞳から視線をそらして、馬場は話題を変えようと試みる。
「あ、うん。そうだね。そう言えばさ、何でクリスは、俺がバーちゃん探してるって、判ったの?」
「そんなの、グランマ大好きな人間が一週間も同じ場所をぐるぐる歩き回って、一人で歩いてるお婆さんの顔を一々確認しに行ってるのを見たら、いやでも判ります」
「俺、バーちゃんが好きだなんて、クラスの連中に、言った覚え、ないんだけど」
「それこそ、あなたを一目見れば直感で判ります。ほら犬好きの人って、何となく相手が自分と同じ犬好きかどーかわかるじゃないですか。それと一緒です」
「クリスも、自分のバーちゃんが好きってこと?」
「私の場合は、グランパです。残念ながらもー亡くなってしまいましたが」
「あ、その、ごめん」
不味いことを聞いてしまったと思い、馬場は謝罪を口にする。しかし、クリスは気にした風もない。
「いえ。こちらこそ縁起でもないことを言って、もーし訳ありません。まーとにかくそんなわけで、あなたがグランマを心配する気持ちは痛いほど判ります。なので、あなたのお手伝いがしたいのです」
「いや、それは」
「なんで駄目なんですか?私はあなたがグランマを心配している事を既に知っています。だから何も恥ずかしがることはありませんし、女性を捜す時は同性が居たほーが何かと便利ですよ。学校のほーも気にしないで下さい。あと一週間ぐらいなら何とかなります」
クリスはにっこりと笑ってそう言った。
その後、馬場は小一時間ほどその申し出を断り続けたが、結局最後には了承してしまった。