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ストーカー

 五月後半独特の埃を含んだ空気は、四条を歩く人間達に梅雨の訪れが間近であると伝えていた。しかし、風流を忘れた現代人はそれに気がつかない。

 馬場文太郎もその中の一人だ。もっとも、もし彼が季節の機微に気を配る男だったとしても、今の不機嫌な気分のままでは、そんな余裕はないのだが。

 自分の後ろをちらりと見る。正確には、彼から離れること約五メートル、先ほどトイレを借りたコンビニの前を歩く、季節外れのパーカーで身を包んだクラスメイトを。フードを目深に被っているため判らないが、あちらも彼のことを凝視しているはずである。既に舌打ちをする気力もない。

 相手の名前を、馬場は知っている。

 町道クリスティーナ。

 アメリカ人の父と、日本人の母の間に産まれたハーフ。元はアメリカで暮らしていたとの話だが、現在はこの通り、日本にいる。今の両親はどちらも日本人らしいから、きっと何か事情があるのだろう。

 彼がそんなクラスメイトにストーカーされるようになって、早一週間が立とうとしていた。朝から夜まで、ぴったりとくっ付いてくる。その間、馬場は学校に行っていないから、彼女も欠席しているということになる。

 今までアメリカという国で犯罪が茶飯事なのは、人口が極端に多いからではないかと馬場は考えていた。だが、どうやらアメリカ人というのは皆犯罪者気質を持っているのかも知れない。

 どうしようか。正直、そろそろ警察に駆け込むべきか。そう、馬場は思った。四条に置かれている派出所の警官達には顔を売ってある。彼が頼めばきっと、彼女を引き離してくれるだろう。未成年だし、注意のみになるかも知れないが、それでもかなりの時間が稼げるはずだ。いや、もしかすると参考人として連行されるかもしれない。金髪のショートボブを振り乱して暴れる彼女を、馬場は想像する。

 しかし彼は頭を振った。さすがに、いきなり警察に通報というのは可哀相な気がする。

 色々と思案した結果、一度電話を掛けてみることにした。つけ回さないでくれ、そう言っても付いてくるようなら警察に任せればいい。

 馬場は、ポケットから携帯を取り出し、電話機能を選択する。クラスメイトがストーカーになった時、電話越しに話せるというのは数少ない利点だ。

 コール音。コール音。コ――ガチャリ。

「ハイモシコー。クリスのケータイです」

 いつもの、舌にバネが付いているような声が聞こえた。

「ババ? どーしました? 何かごよーですか?」

「あのさ、町道さん。つけ回してる相手からの、電話に出る時は、もうちょっと、すまなそうな声を、出すと良いよ」

 馬場の声が、普段通りの噛んで含める口調だったからか、そう注意しても相手の声音は変わらない。

「あー。ババ、やっと私に気づいたんですね。ここ一週間あなたの後ろにいて、全く反応がないのでどーしよーかと思っていたところです」

「いや、初めから、気づいてたから」

「そーですか? じゃー今度から早めの対応をお願いします。あと一つ、お願いしたいのですが。私のことはクリスと呼んでください。チョードーは、私のママと新しーパパのファミリーネームです。私はアメリカ人です。前のアーミティッジの方がしっくり来ます。私、日本も新しーパパも大好きですが、同じようにアーミティッジも大好きなのです。だからクリスと呼んでください」

「ああ、そう。じゃあ、クリス。いいかげん、俺のこと、つけ回さないでくれない?」

「どーしてですか?」

 これは、警察コースかも知れない。いちばん近いの派出所はどこだろうかと、馬場は頭の中にたたき込んだ地図を思い出す。

「いやさ。俺、この前から、バーちゃん行方不明なの、知ってるだろ?いまなら学校休んでも、別に何も、言われないし。平日の四条で、ゆっくり遊びたいんだよね。君に付いてこられると、あんまり、楽しめないんだ。判る?」

 馬場は、楽しめない、を強調した。こうすれば、向こうも自分が嫌がっていることを判ってくれると思ったからだ。

「どーしてそんなことをゆーのですか?」

 伝わらなかった。

 馬場はため息をつきながら、行き先を最寄りの派出所に変える。この一週間で何度も通った場所だから、あとどれぐらいで着くかは直ぐに判る。

 目的地に着くまでの間、彼女と話し続けるべきか否か。少し迷った末、彼は電話を切ることにした。もしここで会話をやめても、相手は変わらず自分に付いてくると考えたからだ。それに万が一、彼女が腹を立てて帰ってしまったとしても、それはそれで馬場が歓迎する事態である。

 馬場はスライド式携帯の、停止ボタンに指を伸ばす。5メートル先の相手は、そんなことを知るはずもなく、言葉を続けている。

「ババ、嘘をつくのはいけません。あなた、遊びたくて四じょーに居るのではないでしょー?」

 馬場の指と足が動きを止めた。突然立ち止まってしまった彼の背に、真後ろを歩く会社員はぶつかりそうになった。

「ババは、大好きなグランマを、探しに来てるんですよね? この街に」

 最後の言葉は、直接聞こえた。

 心なし、彼女の舌に仕込んだバネは、弱くなっていた気がする。


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