排泄
この物語はフィクションです
実際の事象・人物・団体名等とは
一切関係ありません
暗い路地裏、少女が一人。
既に時刻は深夜を周り、彼女が入ってきた表通りの喧騒も、小さくなりつつある。その入り口を、ビルに挟まれた光を、いま一度振り返る。先ほどまでいた場所がいやに遠かった。
少女は一歩一歩恐れるように路地裏を進む。かすかに雪がつもっていたが、暗道に染みついた汚れにその純白は全て汚されている。彼女の靴は、そんな茶雪を踏んで歩かねばならない。一歩進むごとに、雪の汚れが絡みつく気がして、少女は歩幅を広げた。そうすれば、目的の場所にはすぐだ。
見向きもされない、廃ビルに挟まれた暗所。それを良いことに多くの人間がここを汚したようだ。即席麺や弁当と思われる空の容器、何が入っているか想像も付かない黒いゴミ袋、何故かサドルのなくなった自転車まで、大小様々なゴミが捨てられている。
まるで煌びやかな繁華街の排泄物が、この一角に集まっているかのよう。
そう考えて、少女は少し笑った。ここに集められている物が、あの街からでた排泄物だというのなら、自分が今両手で抱えているコレもそうなのだろう。街が彼女を食べて、しゃぶって、砕いて、そして残った消化できない幾ばくかの繊維が固まったものなのだろう。
いや、そうではない。少女は自身の考えを否定する。
コレは、私の排泄物だ。私があの美しい街を食らったのだ。いつものように骨の髄までしゃぶり尽くして、自分の身体に取り込んで、そして要らない部分を自身からひり出したのだ。ただ、コレは、この子はちょっとの間でも夢を見たくて、間違えて。ホントの出口は肛門だったのに。子宮から出てきてしまっただけなのだ。ただの大便が、人間になった夢を見てしまっただけなのだ。事実、落ちた場所は、どちらにしろトイレシンクの中。
「夢からは、醒めなくちゃ」
そう呟くと、少女は胸に抱えた袋を地面に置いた。量産店で買った安物の生地は、瞬く間に陵辱されたらしい。中に居た塊は、急に感じた冷たさに泣き出した。耳を突き削ぐようだと思ったその声も、今はくぐもって良く聞こえない。
「バイバイ」
少女は一度だけ、哀しそうに袋を見るとくるりと背を向け、夢から醒めるために歩き出す。暗闇の中から光に向かって進む自分は、まるでドラマの主人公のようだと思う。人は便に別れを惜しまぬ。だから彼女も振り返らない。暫くすると、少女の姿は光の中に消えた。
残された袋は、少しの間自身の危険を知らせようと泣き叫んでいたが、次第にその声は弱々しくなり、やがて、プッツリ、と止まった。
彼が七夜の夢から醒めたことを悲しんだのか、喉がつぶれた獣の声が、どこからともなく響いた。しかし、それは誰にも聞こえない。だから、夢から醒めた者が居たことは、本人以外誰も知らない。
新しい連載に手を出してみました。
よろしければお付き合いください。
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