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【ホラー 怪異】

罪人を喰らう

作者: 小雨川蛙

 

 一人の罪人が看守に連れられて一つの牢屋の前で止まった。

 その牢屋の壁や床は血に塗れており、いたる所に爪や歯が転がっていた。

 まるで、この場所自体が処刑場であるようだ。

 それを見て罪人の顔は青くなる。

 この場所に纏わる噂は本当だったのだ。

 二人の看守に一つの牢屋。

 そして、姿を消す罪人。

「入れ」

 そう言うと同時に看守は罪人を突き飛ばした。

 床に転んだ罪人の身体は血でまみれて赤く染まる。

 自分が入るはめになったあまりにも異様な空間に罪人が絶望していると看守が言った。

「お前は自らの無実を主張していたな」

 その言葉に罪人は何度も頷いた。

 言葉を発したかったが、彼の喉は焼かれており声は出せなかった。

 無実であったはずなのに、罪を被せられてここに居る。

 全て、彼を貶めた者が仕組んだ事だ。

 彼は巨大な陰謀に巻き込まれたのだ。

 そして、理不尽にも命を失おうとしている。

「喜べ。ここはお前にとって相応しい場所だ」

 罪人は必死に身振り手振りで訴えようとしたが、その様を看守は鼻で笑う。

「明日の朝、また来る。最後の夜を精々楽しみな」

 そう言って看守はそのまま歩き去ってしまった。

 罪人は必死に檻を叩いたが結局、看守が戻って来ることはなかった。

 やがて、罪人は諦めると牢屋の隅に座りさめざめと泣き始める。

 この場所に纏わる噂が再び浮かぶ。

 二人の看守と一つの牢屋、そして姿を消す罪人。

 この牢屋に入れられた者は処刑の日を待たずに必ず姿を消す。

 それは二人組の看守による残虐な『趣味』が原因なのだ。

 しかし、それを咎めるものはいない。

 何故なら、この場所に放り込まれる者は皆『死んで構わないもの』だから。

 いや、むしろ『死ぬべきもの』だけがこの場所に贈られるのだ。

 それ故に、高貴なる……それこそ、罪をあっさりと他人になすりつけることが出来る者達は、この場所と二人の看守を気に入っていた。

 いや、重用していたと言った方が正しいかもしれない。

 声が出ないままに罪人は涙を流し続ける。

 なんでこのようなことになったのか。

 なんでこのような仕打ちを受けることになったのか。

 あまりにも酷い理不尽に打ち震えながら。


 そして、夜。

 罪人が座り込み俯いていると奇妙な息遣いが聞こえた。

 それと同時にひたり、ひたりとまるで裸足で歩くような足音も。

 何事かと思い罪人が顔をあげると檻の外側に蜃気楼のように朧げな人よりも大きな狼が一匹、こちらへ向かって歩いて来るのが見えた。

 それの身体は透き通っており後ろ背にある冷たい石造りの壁が見えるほどだった。

 まるで檻など存在しないかのように狼は牢屋の中に入り込むと、しゃがみ込んで罪人と顔を合わせて問う。

「君は何の罪を犯した?」

 罪人は必死に訴えようと口を開いたがやはり声は出なかった。

「喉を潰されたのか」

 そう言うとしばらくの間、罪人の目を無言のまま見つめる。

 そして。

「君は不味そうだ」

 言うと共に狼は踵を返してそのまま牢を出て消え去った。

 独り残された罪人はただ呆然として狼を見送るばかりだった。


 翌朝。

「おや。生きてたか」

 そんな看守の声で罪人は目覚めた。

 あんなにも悔しくて、苦しくて、そして何より恐ろしくて仕方なかったのに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「珍しいな。俺はあんたが殺される方に賭けていたんだが」

 そう言うと看守は牢屋から罪人を解放し、そのまま看守室へ連れて行くと待機していたもう一人の看守が湯と温かい食事を用意した。

 罪人は混乱しながらも湯を浴びて食事をする。

 そんな罪人を見つめながら看守の一人が言った。

「あれはな。人の罪を喰う化け物なんだ」

 その言葉にもう一人が頷く。

「上の連中は何にも知らねえがな。俺らが来るずっと前からこの牢屋に住み着いてやがるんだ」

「あいつの『食事風景』を見たら一生忘れられねえぜ? 俺はぁ未だに肉が食えねえ」

 罪人が呆然としていると看守が言った。

「なんだ、察しがわりぃな」

 肩をバンっと叩きながらもう一人が笑う。

「あいつがあんたを襲わなかったってことはあんたは本当に無罪だ。飯を食ったらとっとと逃げちまいな」

「そうそう。ここにあんたをぶちこんだ連中はあんたが『俺らに』消されちまったと信じ切っているが、とっとと逃げるに越したことはねえ」

 ぽかんと口を開けたままでいる罪人の前に看守たちは真新しい衣服と幾つかの金貨を渡すと、そのまま追い出すようにして罪人を……いや、ただの一人の青年を送り出した。

 青年が去った後、看守が相方へ言った。

「今日はお前の番だ」

「あいあい……獄中死と」

 そんな適当な様子で書かれた日誌には数多くの『獄中死』を遂げた人物の名が書かれていたが、実際に死亡した者の数は精々が半分。

 人を喰らう化け物から見逃された者は皆、今日この場所を後にした青年と同じように看守達が密かに逃がしていたのだ。

 日誌を乱雑に放り投げて看守の一人が問う。

「さて、あの化け物に俺らの罪はいつバレるかね?」

「さあな」

 二人は今日も職務放棄という罪を犯していた。

「ま。それまではのんびり楽しもうや」

「その通りだな」

 数え切れないほどの罪人が凄惨に裁かれるのを目撃しながらも、二人は今日も怠惰に日々を過ごすのだった。

「お偉いさんの『後始末』や『尻ぬぐい』をしてるんだ。どうせ、俺らもろくな死に方しねえよ」

「ちがいねえな」

 そう言って、看守達は昼だと言うのに酒を煽った。

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