9.首都炎上 1、
英吉利軍の最上級魔導士が、無慈悲に火球を振り下ろしたその時、林田はまさに商店街を歩いていた。すでに数人の市民が空を見上げ、呆然と指をさしている。林田もつられるように視線を上げると、巨大な火球が轟音と共に落ちてくるのが見えた。そのうちの一つが、林田が昼食を摂ったばかりの、あの馴染みの食堂の付近へと吸い込まれていく。
林田は反射的に食堂へと駆け出した。街は既にパニック状態に陥り、逃げ惑う人々でごった返している。全速力は出せない。しかし、人間を超越した身体能力と空間認識能力を活かし、林田は巧みに人々の間をすり抜けた。火球が着弾し、炎と煙が立ち上るまでのわずかな時間で、彼女は食堂にたどり着くことができた。
幸いにも、食堂は火球の直撃を免れていた。しかし、空中に浮かんだ敵からは、新たな火球が降ってきている。このままでは、いつこの場所が炎に包まれるかわからない。安全な場所を探し、人々を避難させなければならない。何よりも、昼間、無邪気な笑顔を見せてくれた食堂の娘、美知の安否が林田の胸を締め付けていた。
林田が食堂の正面にたどり着くと、中から怒涛のように客が飛び出してきた。その中に、林田の部下である強化人間の中村、木下、井上の姿もあった。客が全員出終わると、続いて食堂で働く従業員たち、そして最後に、安堵と恐怖が入り混じった表情の経営者夫婦と、彼らに手を引かれた娘の美知が、ようやく外に出てきた。
美知の無事な姿を目にして、林田の心にようやく一筋の安堵が広がった。
「中村、木下!」
林田は、すでに周囲の状況を確認している二人に鋭く指示を飛ばした。
「お前たちは安全な場所を探せ。見つかり次第、私に連絡しろ!」
中村と木下は、「了解!」と力強く返事すると、それぞれ別々の方向へと駆けだした。彼らもまた強化人間だ。並外れた動きで、人の波間に消えていった。
林田たち強化人間四人は、互いの通信手段として、専門の科学者に作ってもらった小型の通信機を常に携行していた。そして今、まさにそれが役立つ時が来たのだと、林田は通信機を握りしめながら感じていた。
林田は改めて周囲の状況を確認した。あたりは木造の建物ばかりだ。どこにいても、この大規模な火災からは逃れられない。どこか安全な場所はないか。その時、ふと、街中に点在する広場の存在を思い出した。広場なら、延焼の危険も低いだろう。そう考えた林田は、通信機を介して中村と木下に、広場の状況を確認するよう連絡した。
間もなく、中村から報告が入った。中村も木下も同じ広場にたどり着いたという。広場は火災現場からは少し離れており、周囲に可燃物もないことが確認された。この広場は、元々、このような大規模火災対策としても設計されたものだ。商店街と住宅街を隔てるように配置されたこの広場のおかげで、今のところ住宅街への延焼は食い止められていた。さらに、既に商店街の青年部のメンバーが、勇敢にも人々を広場へと誘導しているという報告も入った。
林田は中村の報告を聞き、安堵のため息をついた。これで、避難場所は確保できた。彼女は井上と共に、パニック状態の人々に指示を出し、安全な広場へと誘導し始めた。
美知は、両親に手を引かれながらも、林田たち強化人間の後ろについて、懸命に歩いていた。
美知の父親である食堂の主は、娘の美知が少しでも早く林田の近くに行こうと、先を急ぐ様子を見て、優しく諭した。
「美知、そんなに急いじゃ危ないよ。」
「なぜなの?」
美知が問い返すと、父親はさらに言い聞かせる。
「もし、何かにつまずいて倒れたら、後ろから来る人たちもつまずいて倒れて、美知の上に重なって、大変なことになるんだ。」
美知は林田に会いたくて仕方がなかった。
「未結お姉さんの近くに行きたいの。」
娘の純粋な願いに、父親は笑顔で答えた。
「広場に着いたら、近くに行こうね。」
美知は素直に頷き、父親と母親の歩調に合わせて、しっかりと歩き始めた。林田は、彼らが広場へと向かう姿を見守りながら、上空の動きを警戒した。