8.首都侵攻 2、
林田が空を見上げたその刹那、首都上空の黒雲の中心から、先ほど艦橋で姿を消した六人の最上級魔導士が、まるで闇の中から具現化したかのように次々と現れた。
彼らは、魔法の中でも最高峰とされる転移魔法を操るだけでなく、他の様々な魔法をも自在に使いこなす。それが、彼らを「最上級魔導士」たらしめる所以だった。
六人の最上級魔導士は、それぞれ首都の異なる場所を攻撃目標としていた。その標的は、活気あふれる商店街、そして政府の中枢たる議事堂や首相官邸が建ち並び、広い中庭を囲むエリア。さらに、この国の精神的支柱である主上がいらっしゃる社と、皇居までもが含まれていた。
六人の魔導士は、目標上空に到達すると、揃って右手を掲げ、掌を上にした。次の瞬間、彼らの掌の上には、赤黒い火球が発生し、見る見るうちに大きく膨れ上がっていく。そして、その火球を宿した右手を、一斉に、無慈悲に地上へと振り下ろした。
商店街へ、議事堂へ、首相官邸へ、社へ、そして皇居へと、六つの巨大な火球が轟音と共に落ちていく。木造建築が立ち並ぶ商店街や、歴史ある議事堂、首相官邸は、火球の直撃を受け、瞬く間に業火に包まれた。
最上級魔導士たちは、一度きりでは終わらせなかった。彼らは2度3度と火球を生成し、地上へと振り下ろした。そして、再び転移魔法で煙のようにその場から消え去った。
商店街では、未曽有の大混乱が巻き起こっていた。火の海と化した通りを、人々は悲鳴を上げながら逃げ惑う。煙に巻かれ、炎に焼かれ、互いにぶつかり合い、次々と倒れ込む者。倒れた者を踏みつけていく者、足を取られて転ぶ者。弱者は容赦なく置き去りにされ、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開された。しかし、その中に一筋の光明があった。商店街のほとんどの店が加盟する商工会には、かつて有事の際に備えて組織された青年部があったのだ。その青年部員たちが、炎と煙が立ち込める中を勇敢に駆け回り、率先して弱者保護と、逃げ惑う人々を安全な方向へと誘導し始めた。
首都は、燃え盛る議事堂、首相官邸、そして商店街の炎で赤く染め上げられていた。
日本國が誇る消防隊が、懸命の消火活動に当たっていた。彼らは水の一族が中心となって活動しており、本部隊は議事堂や首相官邸を、分団は商店街の消火活動をそれぞれ担当していた。現在、水の一族の若者は軍に在籍する者が多く、消防隊には中高年が大半を占めていた。若者には瞬発力や持久力で劣るかもしれないが、彼らは紛れもないベテランだ。長年の経験値がものを言い、どこに放水すればより早く鎮火するのかを熟知していた。彼らの懸命な活動が、更なる被害の拡大を食い止めていた。
火球を振り下ろし終えた六人の最上級魔導士は、転移魔法で瞬時に旗艦ヴィクトリーへと戻った。艦橋では、六人の中でも最も年長者である最上位のテイラー魔導士が、初回攻撃の状況をジョーンズ大将に報告した。
「議事堂と首相官邸、商店街への火球攻撃は成功です。しかし、社と皇居は結界が張ってあり、火球は結界に激突し、四散しました」
「やはり結界がありましたか。情報通りですな」
ジョーンズ大将は、テイラー魔導士の報告に微動だにせず、冷静に頷いた。彼の顔には、予期せぬ事態への動揺は微塵もなく、むしろ大英帝国の諜報能力の高さに、密かに満足げな表情を浮かべていた。
「作戦通り遂行します。第二攻撃に移って下さい」
ジョーンズ大将の指示に、テイラー魔導士は「了解しました」と短い言葉で応じた。彼は残りの五人の最上級魔導士を促し、第二攻撃のため、旗艦ヴィクトリーの周囲にいた五隻の艦艇から、精鋭部隊の兵士を送り込む手筈を整えた。各魔導士が百名ずつ、合計六百名の精鋭兵をそれぞれの目的地へと転移させる。このプロセスを繰り返し、最終的に三千名もの精鋭部隊を首都へと送り込んだ。
さすがの最上級魔導士たちも、これほどの連続した転移魔法の使用は、膨大な魔力を消耗させた。彼らの顔には疲労の色が濃く浮かび、しばらく休息が必要だと判断された。旗艦ヴィクトリーに用意された専用の休憩室で、彼らは深々と座り込み、消耗した魔力の回復に努めることになった。
最上級魔導士たちの役目が一旦終わると、旗艦ヴィクトリーとそれに随行する艦艇は、首都を目指し全速力で航行を開始した。巨大な帆をいっぱいに張り、風魔法で追い風を受け、さらに水魔法で海流を調整することで、驚くべき速さで日本國の首都へと迫っていった。