6 休暇 2、
昼食を済ませた林田は、食事代を支払い、ゆっくりと街を歩き始めた。穏やかな午後の陽光が、彼女の顔を優しく照らす。しばらくすると、前方から見慣れた三つの人影が近づいてくるのが見えた。同じ強化人間であり、彼女の部下である中村、木下、井上だった。三人は林田の前でぴたりと立ち止まり、軍規に従い、きっちりと敬礼する。林田もそれに答礼を返した。
「任務中ではないから、敬礼は不要でいいぞ」
林田の言葉に、中村は少しばつが悪そうな顔をして「そうでした」と呟いた。
「今から飯を食いに行きますが、一緒にどうです?」
中村が恐縮しながらも誘う。林田はにこやかに首を振った。
「今、食べてきたところだ。」
「それでは、俺たち今から食べてきます!」
「ゆっくり食べてこい。」
三人は林田に軽く会釈をすると、連れ立って食堂の方へと立ち去っていった。その背中には、休暇を満喫する兵士たちの開放感が漂っていた。
林田は、三人の背中を見送ると、再びゆっくりと歩き出した。ここ首都とも、しばらくお別れだ。いつになったら、再びこの平穏な街に帰ってこられるだろうか。そんな思いが、胸の奥に一抹の寂しさとして広がる。すれ違う人々や、商店の中から時折向けられる挨拶に、彼女は立ち止まって丁寧に挨拶を返す。市民たちの温かい眼差しが、林田の心にじんわりと染み渡った。
天気は変わらず晴れ渡り、ところどころに白い雲が、まるで綿菓子のようにぽっかりと浮かんでいる。こんな日は芝生に寝転がったら、さぞ気持ちがいいだろうな、と林田は思った。しかし、残念ながらこの商店街の近くには、そんな場所は見当たらない。
商店街を抜け、しばらくのんびりと歩き続けると、やがて小学校の校庭が見えてきた。校庭では、子供たちが無邪気に歓声を上げ、夢中になって遊んでいる。林田は、柵越しにただぼーっとその光景を眺めていた。子供たちが楽しそうに遊ぶ姿を眺めるのが、彼女は好きだった。その純粋な笑顔を見ていると、日々の訓練や、背負う重責から解放されるような気がしたのだ。
しばらくして、そろそろ寮へ帰るか、と思い立ち、商店街の方向に向かって歩き出した。そういえば、英吉利が沖縄か鹿児島に侵攻してくるという情報があったが、あの話はどうなったのだろうか。北海道と同様、沖縄と鹿児島にも全国から応援部隊が派遣されたと聞いていたが、北海道と沖縄、鹿児島以外の防衛は手薄になっていないだろうか? ふと、そんな懸念が頭をよぎる。この首都も、本当に大丈夫なのだろうか。まあ、それは上層部が考えることか、と林田は思考を打ち切る。そんなことを考えながら歩いていると、周囲がにわかに薄暗くなってきた。まだ夕方には早い時間だ。違和感を覚え、空を見上げると、そこには目を疑う光景が広がっていた。
首都の上空、澄んだ青空を切り裂くように、巨大な六つの黒雲が、おぞましく渦を巻いていた。なんという禍々しさだろう。不吉な予感に、林田は身震いした。
商店街を歩いていた人々も、数人が異変に気づき、空を見上げて指差す。「あれはなんだ……?」と、怯えたような声が、あちこちから口走られていた。林田もまた、その恐ろしい光景を、ただ見上げていた。
渦巻く黒雲の、その禍々しい中心部のすぐ下。そこには、宙に浮かんだ人間の影があった。六つの黒雲のそれぞれに、同じことが起こり、合計六人の人影が宙に浮遊している。六人とも、不気味なほどに同じ黒い服に身を包んでいた。そして、全員がゆっくりと右手を掲げ、掌を上にした。次の瞬間、彼らの掌の上には、赤黒い火球が発生し、見る見るうちに大きく膨れ上がっていく。そして、その右手を、一斉に、ゆっくりと地上へ振り下ろした。