4.露西亜軍襲来
日本國国家安全保障省は、英吉利と露西亜が侵攻してくるかもしれないという極秘情報を掴んでから、国防軍の抜本的な再編に着手した。これまでの国防軍は、七軍それぞれに大将が軍トップとして君臨し、完全に縦割り式の組織であった。実戦においては各軍が協力し対処する必要があったが、その連携はしばしば円滑を欠いた。これまで、軍の主な役割は中央集権国家を確立するための国内での内乱鎮圧にあり、外国との交戦経験は皆無に等しかった。しかし、今回初めて外国の軍隊を相手にする戦いが現実味を帯びたことで、組織の再編は喫緊の課題となった。軍幹部の大半からも、組織改革の必要性が強く提言され、こうして大規模な再編が断行されたのだ。
軍は大きく陸軍と海軍に分けられ、これまで独立していた七軍は解体され、新たな枠組みの中で再構築された。例えば陸軍では、師団、旅団、連隊、大隊、中隊、小隊といった具体的な単位が設けられ、その中に各七軍出身の兵士が、それぞれの特殊能力を活かせるよう適宜配置された。もちろん、伝統的な歩兵隊や騎馬隊も、この新たな編成の中に組み込まれた。小隊の下には、分隊や班といったより小さな組織単位が置かれた。
林田たち強化人間は、特別プログラムによる一週間の集中訓練を終え、いよいよ最前線である北海道へ向かうことになった。林田が班長を務める、四人の強化人間からなる精鋭班である。彼らの心には、高揚感と、そして未知の戦場への緊張感が入り混じっていた。
北海道の海域では、既に露西亜軍が渡海作戦を開始し、侵攻の火蓋が切られていた。敵の上陸は寸前まで迫っていたが、日本國国防軍は死守していた。それは、風軍出身者による神術と、水軍出身者による神術が合わさった、驚異的な連携によるものだった。二つの神術が呼応し、瞬く間に強風と大波を巻き起こし、敵艦の多くを転覆させ、海底へと沈めていたのだ。しかし、その効果は最初だけであった。露西亜軍もまた、対抗手段を持ち合わせていた。彼らは風魔法で強風を、水魔法で大波を抑え込み、次々と艦艇を海岸へと接近させ、上陸を開始しようとしていた。
その時、青い空を切り裂くように、無数の火球が敵船団に降り注いだ。それは、火軍出身者による神術――燃え盛る炎の雨だった。
炎に包まれ、たちまち燃え上がる敵船。船上は地獄絵図と化し、露西亜兵たちはパニックに陥り、右往左往していた。焦げ付く匂いと、絶叫が、広大な海に響き渡った。
露西亜帝国太平洋艦隊総司令官ザハロフは、日本國侵攻の任を受け、上陸作戦の旗艦ピョートル・ヴェリーキーの艦橋に座乗し、全軍の指揮を執っていた。二千隻に及ぶ軍船と、十万人に及ぶ兵士。これほどの戦力を預かりながらも、彼の内心には焦りがあった。本当ならばその二倍の兵力が欲しかったし、訓練期間も短すぎた。しかし、一度任務を受けた以上、目標は達成しなければならない。幸い、優秀な部下には恵まれていた。前線からは、部下がその能力を発揮し、最前線が上陸目前だという報告が入った。橋頭堡さえ築ければ、後は攻撃に加速がつくはずだ。そう信じていた矢先の、火球の雨だった。
前線では、火球に対抗すべく、露西亜側の魔術師たちが水魔法による火球防御を展開し始めた。瞬く間に水膜が火炎を包み込み、混乱は収まり始めた。
「上陸だ! 行け、行け、行け、行け!」
前線の下士官が、血の滲むような声で兵士たちに檄を飛ばす。その叫びに呼応するように、次々と上陸用の艦艇が波打ち際を乗り越え、白砂の海岸へと突き進んだ。露西亜兵たちの、日本國への最初の一歩が、今、踏み出されようとしていた。