3.談話室
林田たち四人が談話室の扉を開けて中へ足を踏み入れると、そこには既に二つの人影があった。中央に据えられた大きな木製のテーブルを挟んで、林中尉の他に、もう一人の男が隣に腰掛けている。その男は、林中尉と同じ情報局所属の庄山大尉だった。彼の顔には、疲労と、それ以上に重い責任感が刻まれているようだった。
林田たちが室内に足を踏み入れたのに気づくと、庄山大尉が顔を上げ、穏やかながらも芯のある声で促した。
「挨拶は不要だ。適当に腰掛けてくれ。」
促されるまま、林田たち四人がそれぞれ椅子に腰を下ろすと、庄山大尉はすぐに本題に入った。
「君たち強化人間のお陰で、情報伝達は格段に速くなった。国内の転送装置設置計画地点はほぼ完了し、海外も順次、完了に近づいている。今回の露西亜からの侵攻についても、転送装置があったからこそ、これほどの速度で情報を伝達できた。心から感謝する。」
庄山大尉はそう言うと、林中尉と共に、深く頭を下げた。その真摯な姿勢に、林田は思わず息を呑んだ。
林田は慌てて、制止するように声を上げた。
「頭を上げて下さい! 我々がこの世界に移住できなければ、今はもう生きていなかったはずです。これはそのお返しでもありますし、何より、我々を受け入れてくれたこの国が無くなると、我々も困ります。……ところで、ここに呼ばれたのは、他にも何か、話があるからではないですか?」
林田の言葉には、謙遜と、そして先を見越した鋭い洞察力が滲んでいた。
庄山大尉は、林田の言葉に小さく頷いた。
「その通りだ。」
彼は真っ直ぐに林田たちの目を見据え、言葉を選びながら続けた。
「君たち四人には、早めにここの研修を切り上げ、実戦に備えた訓練に参加してもらうことになった。」
「実戦に備えた訓練に、ですか……?」
林田の言葉に、他の三人の強化人間も驚きの表情で顔を見合わせた。彼らはまだ、自分たちが置かれた状況の深刻さを完全に理解しきれていなかった。
庄山大尉は、彼らの反応を冷静に受け止めた上で、厳しい現実を突きつけた。
「君たちは、研修の成績がずば抜けて良いし、素晴らしい身体能力も備えている。先ほど北海道に露西亜が侵攻したと話したが、実は他にも情報がある。英吉利が、沖縄か鹿児島に侵攻してくるという、極秘情報だ。」
「北と南の挟み撃ち、ですか!」
林田の声が、談話室に小さく響いた。他の強化人間たちも、目を見開いて互いの顔を見合わせた。彼らの間に、戦慄にも似た空気が流れる。日本國が、二方向から同時に攻められる可能性。それは、彼らの想像を遥かに超える危機だった。
「一ヶ月ほど前、英吉利を出港した艦隊は、喜望峰の沖合を通り、植民地に寄港し補給と休息をとりながら、現在、亜細亜に向かってきていると情報が入っている。更に最新の情報では、香港にも寄港していたが、今朝早くに出港したらしいということだ。しかし、その後は現在地の確認が、一隻も出来ていないのだ。」
庄山大尉の言葉は、まるで冷たい水を浴びせるようだった。確認できない、ということは、すでに日本國の近海に迫っている可能性もあるということだ。
「でしたら、もう侵攻直前の可能性が……?」
林田の声が、わずかに震えた。
「だからこそだ。実戦に早めに参加できそうな君たちに、戦力向上の為、早急に実戦訓練をしてもらいたいのだよ。」
庄山大尉の視線は、彼らに期待と重責を同時に負わせるものだった。
林田は、不安と覚悟が入り混じった目で、他の強化人間三人の顔を一人ずつ確認した。彼らの瞳にも、戸惑いと、しかし、やがて来るであろう戦いへの決意のような光が宿っていた。林田は、静かに、しかし力強く返事した。
「承知しました。」
庄山大尉は、満足そうに頷いた。
「訓練は本部で行う。正午までに、林中尉を訪ねてくれ。」