28. 終章
今回の露西亜と英吉利からの侵攻に対し、林田未結は、その画期的な策の提案から、最前線での実行部隊としての活躍に至るまで、目覚ましい働きを見せた。すなわち、彼女は日本國を救った功績者の一人に他ならなかった。その多大な功績が認められ、林田は伍長から軍曹へと昇進した。
林田が提案したのは、露西亜軍を英吉利国内に転送し、それを「露西亜軍が攻めてきた」と吹聴するという大胆なものだった。そして、この作戦は完璧に実行され、見事に成功したのだ。
この成功の裏には、もう一つの要因があった。それは、かなり以前から時間をかけて日本國国家情報局が英吉利国内に張り巡らせた、強固な組織の存在だ。英吉利政府に不満を持つ反乱分子を諜報員として取り込み、育成してきた成果が、今、功を奏したのである。
林田が提案したとされるこの策は、実は誰にも明かしていないが、神山一輝からの進言によるものだった。そのうち礼に行かねば、とは思っていたが、何よりもまず、食堂の美知ちゃんが無事か確認するのが先決だった。
だから、東京に移動した林田は、すぐに美知がいた商店街へと向かった。
商店街は、壊滅的な状況だった。火球攻撃による火災の爪痕が生々しく残り、壊れた建物の残骸がそこら中に散乱している。その瓦礫の中を、林田は一心不乱に、美知がいた食堂があった地点を目指した。
食堂は全焼していた。林田が食堂のあった場所に辿り着いた時、ちょうど店主とその家族が、全焼した建物の前に立っていた。
店主は五十歳くらいの男性と、食堂の再建について相談しているようだった。その時、傍にいた美知が林田の姿に気づくと、パッと顔を輝かせ、ニッコリと笑った。
「未結姉ちゃん、無事だったんだね!」
美知は叫びながら林田に走り寄り、小さな身体で力いっぱいに抱きついた。
「軍人さんだから、ずっと心配してたんだよ!」
「私も美知ちゃんのこと、心配だったよ。」
林田は美知を優しく抱き上げながら答えた。その瞬間、横から、
「感動の再会だな。」
と、穏やかな声がかけられた。
林田が声の主の方を向くと、そこには国家情報局所属の渡辺中佐が立っていた。林田は美知をゆっくりと降ろし、すぐさま、ぴしりと敬礼する。渡辺中佐もそれに答礼を返すと、美知に向かって、優しく微笑みかけた。
「少し、お姉ちゃんを借りていいかな。すぐに戻るから。」
美知が素直に頷くと、渡辺は林田に促した。
「広場の方に行こうか。」
「わかりました。」
広場はガランとしており、ほとんど人影はなかった。商店街の片付けや再建で、皆忙しく働いているのだろう。
広場の端に渡辺と林田は立ち、渡辺が口を開いた。
「まずは、昇進おめでとう。」
「ありがとうございます。」
「早速だが、君たち強化人間四人を国家情報局に迎えたいと思っている。」
その言葉に、林田はわずかに不安気な表情を浮かべた。
「異動の辞令が出れば従いますが、なぜ私たち四人とも異動なのかが気になります。最前線で働きましたが、何か不手際でもありましたでしょうか?」
「いや、不手際など一切ない。」
渡辺はきっぱりと否定した。
「君たち強化人間は、常人を遥かに凌駕する身体能力と五感を持っている。その能力を、国家情報局でこそ最大限に活かして欲しいのだ。」
「………」
林田は沈黙した。アークの時代、彼女は司令官として働いていたが、それは自分の能力を真に望まれてやっていたわけではなかった。むしろ、脅され、強制的にやらされていたので、そこに満足感など微塵もなかった。しかし、今は違う。自分の能力を、本当に必要とされ、活かせる場ができるのだ。林田はすぐに、清々しい表情で答えた。
「喜んで引き受けます。」
渡辺と別れた林田は、美知のところに戻り、他愛のない会話を続けた。美知の表情はすっかり明るく、美知の相手をする林田の表情にも、心からの笑顔が見られた。彼女の瞳には、希望に満ちた未来が映し出されていた。




