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25. 北の大地 4、

 夜の帳が降りた、露西亜ロシア軍の北海道侵攻作戦の最前線。補給線の攻撃を受け、ザハロフ率いる部隊は前線から急ぎ攻撃地点へ向かっていた。新月の闇が大地に横たわり、厚い雲がわずかな星明かりさえ遮断している。周囲には集落どころか一軒家すらなく、あたりは漆黒の闇に包まれていた。草木が乾燥しているため、松明を使うことはできない。もし使えば、火が燃え移る可能性が高く、進軍どころではなくなるからだ。したがって、彼らは魔光石を使用して進んでいた。


 魔光石は、魔力を込めることで発動する光る石だ。魔力を扱える者ならば誰でも魔力を込めることができる。非常に有用性が高いため夜間の進軍に使用されていた。露西亜軍では、およそ五十人あたりに一個程度の魔光石を所有していた。


 魔光石の助けもあり、露西亜軍は闇夜でも順調に進むことができた。しかし、彼らが攻撃を受けている補給線にあと一キロメートルほどに近づいた、その時だった。



 ザハロフ率いる露西亜兵たちは、足元にあった草や土が一瞬にして消え失せたのを感じた。それまで魔光石の光で見えていたはずの地面が、何もない真っ黒な空間に変わっていたのだ。突然の事態に進軍の隊列は乱れ、兵士たちは互いにぶつかり合う者もいた。しかし、それはほんのわずかな時間で、すぐに眩しい光の中に立ちすくむことになり、反射的に目を瞑った。


 しばらくして、まぶしさに慣れ、ザハロフが静かに目を開けた。まず、太陽が出て昼間であることに驚愕し、さらに周囲の景色を見て、彼は息をのんだ。


 そこは、先ほどまでいた北海道の景色とは明らかに違う。見慣れない丘陵地帯が広がっていたのだ。


 ザハロフは、騒ぎ始める兵士たちを何とか鎮め、あちこちに倒れている兵士たちが散見されたため、彼らを助け起こさせた。そして、クリコフ少将には直ちに偵察隊を編成するよう指示を出し、現状の把握に努めることとした。残った兵士たちには、周囲の警戒を厳にするよう通達した。



 しばらくして、編成された偵察隊が帰ってきて、その報告を聞いたザハロフは、まるで悪い夢でも見ているかのような感覚に襲われた。


 ザハロフ司令官が率いる露西亜軍は、いきなりイングランド中央部のコッツウォルズ地方に転移させられたのだという。偵察隊は点在している民家を訪ねたらしい。建物は明らかに日本とは違う洋風の造り。かつて英国に留学した経験のある者が偵察隊におり、彼が訪ねた民家で、自分たちがイングランド中央部のコッツウォルズ地方にいることを確認したのだ。


 ザハロフ司令官は、茫然とするクリコフ少将に、冷静を保ちながら尋ねた。

「この状況をどう思うかね?」


 クリコフ少将は、言葉を選びながら答えた。

「どうしてこうなったかは分かりませんが、今は今後の対応を考えなければなりません。二万五千人もの軍隊が突然現れたことで、この地域の住民はパニックになるかもしれません。」


「その通りだ。」

  ザハロフは深く頷いた。

「我が国と英国は今、条約により共に日本國に攻め入っている。ここで、我々が敵対行動をとっていると英国が看做せば、今までの軍事行動が水泡に帰すだけでなく、最悪の場合、英国と戦うことになりかねない。それは何としても避けねばならぬ。」


「兵士たちに、むやみに住民を刺激せぬよう周知徹底します。」

 クリコフ少将が報告すると、ザハロフはさらに指示を出した。

「やってくれ。それと、この場にずっととどまるわけにはいかない。補給も無しでは、部隊が維持できない。」


「我々の状況をまず英国政府に説明し、平和裏に本国へ帰国したいと伝えるべきだと思います。」

クリコフ少将の提案に、ザハロフは決断した。

「分かった。至急、政府と交渉する人員を選抜してくれ。」

  ザハロフの顔には、苛烈な戦場では見せなかった困惑と、それでも最高司令官としての冷静な判断力が同居していた。




 



 

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