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24/28

24.北の大地 3、

 夜の帳が降り、露西亜ロシア軍が展開する北海道侵攻作戦の最前線では、夜間態勢への切り替えが進んでいた。その最前線で指揮を執るのは、グレンコ大将。彼の前線司令部の天幕には、日本侵攻の総指揮を執る太平洋艦隊総司令官ザハロフが訪れており、二人は向かい合って言葉を交わしていた。


「日本軍も、我々同様に夜間は戦闘を仕掛けてこないようだな。」

  ザハロフが問いかけると、グレンコは顔色一つ変えずに答えた。

「はい。今まで一度も夜間戦闘はありません。」


「だからといって、決して気を抜くことのないよう、部隊全体を引き締めねばならない。」

  ザハロフの言葉に、グレンコは深く頷いた。

「そうですね。」


「援軍はまもなく露西亜を出発する。それも皆に伝えれば、士気も上がるだろう。」

「さっそく明日にでも士官を集め、部下に伝えるようにいたします。」

  グレンコはそう答え、ザハロフの指示に忠実に従う姿勢を見せた。


 夜もさらに更け、ザハロフ司令官はグレンコ大将の天幕を後にし、最前線から離れ自身の天幕へと戻ろうとしていた――その、まさしく、その時だった。


 突如として、爆発音が響き渡った。


 その音の発生とほぼ同時に林田たち強化人間はそれぞれ転送装置で予定の地点に移動を完了していた。


(さすが、月光族。彼らは天候を操る能力を持っている。草木は、すでに適度に乾燥しているし、火薬による効果を最大限に引き出すよう、完璧に調整してきたのだな。あとは、こちらの目論見通りに、敵が動いてくれれば……)

 林田は、そう思いながら、暗闇の中で静かに敵兵の動きを待った。


 露西亜軍の前線野営地から、遥か海岸へと向けて延びる補給線。それは、前線から平野を通り、山を迂回するように伸びていた。その平野の、ちょうど中間地点と思える場所から、けたたましい爆発音とともに、巨大な火柱が夜空に噴き上がった。


(派手にやってるな……)

  林田は、爆発音の反対側にある露西亜軍の前線野営地の方向へと注意深く耳を澄ませ、敵の動きを探った。彼女の鋭敏な聴覚は、微かな物音さえ聞き逃さない。


 しばらくして、二回目の爆発音が、先ほどよりも遠方で響き渡った。同時に火柱も上がる。そして、露西亜軍の前線野営地の方向から、ざわめきと、多くの兵士たちの足音が聞こえ始めた。


 露西亜軍太平洋艦隊総司令官ザハロフは、補給線方面から聞こえてきた一回目の爆発音の直後、即座に何が起きたか確認するよう命じ、報告を待った。


 程なくして報告が天幕へと入ってきた時、二回目の爆発音が轟いた。


「補給線が分断されようとしています!」

  焦燥に満ちた報告を受けたザハロフは、すぐに決断した。四つに分けていた野営地の内、補給線に最も近い二つの野営地の兵、その数、約25,000人を補給線にいちばん近い野営地に集めさせた。グレンコ大将には最前線に留まるように指示し、自ら25,000の兵を率いて補給線へと向かうことを決めた。ザハロフには、幼い頃から海を愛し、将来は船乗りになりたいと願っていたという過去があった。しかし、陸軍高官である父に半ば強引に陸軍に入隊させられ、長年陸軍に所属していたが、あるきっかけで海軍に転属できたという、異色の経歴を持つ男だった。通常海軍が陸軍を率いる事はないが、ザハロフはそれが許される露西亜唯一の存在だった。


 補給線に向かうため、いよいよ出発しようとした時、三回目の爆発音が聞こえ、再び火柱があがった。


(ここで補給線を断たれたら、全軍一旦海岸近くまで撤退しないといけなくなる……)

  そう思ったザハロフは、クリコフ少将を傍らに置き、急ぎ兵を率いて補給線へと急いだ。彼の顔には、この状況を打開しようとする強い意志と、わずかな焦りが浮かんでいた。


 林田、中村、木下、井上の強化人間四人は、既に大人数用転送装置を四キロメートル四方という広大な範囲に設置し終えていた。強化人間の鋭敏な聴覚は、たとえ暗闇の中でも、微かな足音から相手の位置を正確に割り出す能力がある。相手が少人数であれば問題ないが、今回は露西亜軍の大人数だ。四人それぞれが、細心の注意をもって敵兵の動きを捉える必要があり、研ぎ澄まされた感覚を集中させていた。


 しかし、やがて視界の端に、無数の小さな光が近づいてくるのが見えた。それが露西亜兵の灯りであることも瞬時に分かり、露西亜軍の動きは驚くほど明瞭に把握できた。そうなれば、彼らにとっては、まさに楽な展開となる。


「露西亜軍が四キロメートル四方の範囲内に入った!」

  中村と井上から、林田が持つ小型通信機に次々と連絡が入る。あとは、木下からの最終連絡と、林田自身の判断で、大人数用転送装置を作動させるのみだった。彼らの間には、張り詰めた緊張感と、成功への確信が満ちていた。


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