10.首都炎上 2、
林田たち強化人間四人は、商店街から少し離れた広場にいても、議事堂や首相官邸のある方角から聞こえる、火災とは異なる異様な音をはっきりと察知していた。それは、単なる建物の崩れる音ではなかった。
林田は、中村と木下、そして井上を素早く見回し、自身の考えを口にした。
「商店街への攻撃は、もしかしたら陽動作戦じゃないかと思う。奴らの本当の狙いは、政府機関の掌握だ。」
中村は林田の意見に深く頷き、木下と井上もまた、同じ考えに至っていたかのように同意の表情を浮かべた。
林田は即座に指示を出した。
「中村は木下と、広場に避難してきた人たちを安全に守ってくれ。井上は私についてこい!」
林田は井上を伴い、燃え盛る商店街を突き抜けて、議事堂や首相官邸がある方角へ向かって走り出した。最短距離を突き進むために、彼らは火の手が上がる木造の建物が密集する通りを、常人では考えられない速度で駆け抜けていく。炎の熱気と煙が彼らの肌を焦がすが、強化人間の身体能力がそれを許容した。
商店街を抜けた先には、緑豊かな林が広がっていたはずだ。しかし、その林も既に火災に見舞われており、林を抜けるはずの道は炎と煙に阻まれていた。燃えていない場所を探し、林の中を迂回するしかない。だが、見渡す限り、燃え盛る木々ばかりで、安全に抜けられる場所が見当たらない。
「議事堂や首相官邸を孤立させるのが目的のようだな……!」
林田は、敵の周到な作戦に、思わず歯噛みした。その時、彼女は自身の判断ミスを後悔した。転送装置を寮に置いてきてしまったことだ。いや、待て。転送装置は、もう最後の一つも軍に渡してしまっていたことを思い出した。では、どうすれば議事堂と首相官邸の状況を確認し、合流できるのか……。脳裏に閃いたのは、単なる転送装置ではなく、次元転送装置の存在だった。
林田は迷わず「井上、ついてこい!」と叫び、新たな目的地である寮へと走り出した。井上もまた、林田の意図を察したかのように、無言で彼女に続く。
寮に向かう道の途中には、燃え上がる商店街や議事堂、首相官邸の方向を不安げに見つめる人々が、そこここに立ち尽くしていた。彼らがいるので、林田たちは速度を上げることができない。人混みを避け、慎重に進む。この迂回と人々の間を縫う移動で、寮に到着するまでに十分ほどの時間がかかってしまった。
その頃、商店街への火球攻撃は既に終わっていたため、炎の勢いは消防隊の懸命な活動によって、次第に小さくなりつつあった。
議事堂や首相官邸のあるエリアも、同様に鎮火へと向かっていた。しかし、議事堂や首相官邸の消火活動に当たっている消防隊員たちは、あることに強い違和感を覚えていた。それは、建物内から避難してくる要人が極端に少ないことだ。首相の顔はもちろん、大臣や議員たちの姿も半数にも満たない。今日は、たまたま中で執務していなかったのだろうか? それだけではない。煙に巻かれて避難が遅れているのだろうか?
消防隊隊長は、ようやく避難してきた文部大臣と短い言葉を交わした。なぜ避難者がこれほど少ないのか、その理由を聞いた隊長は、驚きを隠せなかった。しかし、今は職務上、一刻も早く鎮火させることが最優先だ。
消防隊隊長は、隊員たちに叱咤激励を飛ばし、消火作業を指揮していた。その時、彼の背後で、何かの異様な気配を察知した。隊長がはっと振り向くと、そこには、まさに忽然と現れた集団がいた。彼らは銃剣を構え、何事か叫びながら突進してくる。さらに、消防隊とその集団との間には、風と共に舞い降りた者たちもいた。
舞い降りた者たちは、日本國国家安全保障省第三大隊治安部隊所属の石田が率いる部隊だった。四十名の部隊の中は、風軍出身兵士と地軍出身兵士の混成部隊となっており、彼らもまた特殊な能力を持つ。そこに、議事堂警備の八十名と首相官邸警備の七十名の警官が、炎の中を駆けつけ、彼らに合流した。
銃剣を向けている敵兵の後方には、長短様々な杖を手に持つ者たちもいて総勢六百名ほどいた。そして、時が経つにつれて、空間の歪みと共に次々と新たな敵兵が現れ、最終的には三千名もの精鋭部隊に膨れ上がり、戦場の空気は、一気に極限へと達した。