宿命編18-青春-
シルヴィアに指輪を返却し、士官組隊舎を今度こそ後にした俺は、一般組隊舎へと戻ってきていた。
士官組とは違い、皆真面目に掃除に勤しんでいる中、気配を消しつつ、会話を盗み聞く。
当然だが、聞いた者全てがラディーティア送り。皆は同じ任命地の為か、最前線だというのに表情には明るい印象を受けた。
ポジティブなのは良い事だ。
……今ぐらいは、な。
「おい?どこを彷徨いてたんだよ、ルーク?」
そうして歩いていると食堂の近くの廊下で班員達と合流する。
全員、掃除用具片手に真面目に従事している様子。
正直に言っても良い。
「仕官組に難癖つけられて訓練場まで行ってました」
……確実に何か問題起こしたと思われるだろうな。
「ちょっと思い出に浸ってた」
「冗談だろ?」
「嘘だな」
「昼寝してただけだろ」
「……俺がどんな目で見られていたのかを振り返れて感慨深いよ。全く」
嘘だけど昼寝はしてねーよ!
割と世の為人の為に働いてたっての!
……それこそ言っても信用されなさそうだけど。
「ほら、これ。
ルークの分も貰っといたぞ」
「ん?」
そう言い渡してきたのは黄色の布切れ。
黄色というか、ただの黄ばんだ汚ねー布。細長い見た目は鉢巻のようにも見えていて、端の縫製が素人丸見えに甘い。
……一体これは何だ?新手の嫌がらせか?
「あんだよ?このゴミ?」
「ゴミって、お前な?」
「105期生で何か記念品を作ろうって話になったんだよ」
「それがこのゴミか?」
「それ、対抗戦の旗で作った物なんだぞ?」
「ただのゴミじゃねーか」
「俺達で守り抜いた勝利の旗なっ!!」
「ルークってブレないよね〜」
結論。マジで『ただのゴミ』でした。
それにしても、あまり自陣にはいなかった為、こちらの旗の記憶は薄い。
が、士官組の旗が綺麗な物だったのは覚えている。
こんな所にも差があったのか……
「てか、旗切ったのか!?
よく教官共が許可したな!?」
訓練用の旗とはいえ、一軍の象徴とも言える代物。
土につけるだけでも「敗北を意味する」とさえ言われている代物を事もあろうに破くなんて……とてもではないが許可が降りるとは思えない。
……と、考えていたのだが。
「降りたよ?許可」
「……マジかよ」
「予備が沢山あるらしい」
「教官達、上機嫌だから今なら大抵の事は許可出るぜ!」
……まぁ、所詮は黄ばんだボロボロの切れ端ですもんね。
何でも許してくれると言うなら、訓練場に穴でも掘っておいて、最後にワイドムートを叩き落として埋めてやるか。
……いや、やめておこう。穴掘んの面倒だし。
とりあえず、そのゴミに関してはポケットに突っ込んでおくとして。
「んで?お前らどこ配属になったんだ?」
「俺らは全員王都残留だよ」
「……そうか」
他の者同様にラディーティア送りだとばかり思っていた。
所詮、今の情勢では死ぬ順番が後回しになっただけかもしれないが。
……正直、安心した。
その感情に意味が無い事は分かっている。
彼らが生き延びようとも、戦局を左右する事は決してない。
でも、それでも……今だけは。
班員達が談笑しているのを、少しの間見守る。
何かを得られる訳では無い。状況が好転する訳でもない。
でも、なぜか、その光景が。ここにいる事が心地良くて。
……本当に。ここに来て良かった。
ただの寄り道。ただのリハビリと自陣の戦力視察のつもりだったのだが……
また一つ。戦う理由が増えてしまったな……
その時、背後から近づいてくる気配に気がつく。
「ルーク」
「ホルフか、お前も王都残留か?」
「いや、私はラディーティア配属となった」
「ま、最前線が順当だよな……」
「ふっ。らしくないな?お前のそんな顔は」
そう言われて、一瞬「俺、表情に出してたか?」と思い、顔に手を添える。
俺の様子を見て、ホルフが鼻で笑って見せた。
その事に自分自身で驚きを隠せないでいた。
分かっていたはずだ。彼らが向かう場所が前線以外に無い事を。
分かっていたはずだ。彼らが向かう場所が死地になるという事を。
分かっていたはずだ。その戦いの火蓋を自分自身が切って落とす事を。
だというのに……俺は……
「ルークは感情が顔に出にくいだけで無い訳ではない。
分かるさ。何たって一番の理解者だからな」
「……そうだな。そうかもしれない」
今まで、他者に対して感情が揺り動かされる事は殆ど無かったんだがな……
本当に人並みだな。俺も……
「例えどこに配属になろうとやる事は同じだ。
お前達が来るまで、敵の足止めをするのが私達の仕事だ」
「ホルフ、お前……」
「本当なら魔王の首を、とまで言いたい所だが、君達の仕事まで横取りするつもりは無い。
とはいえ、あまり王都でゆっくりしているようなら、我々だけでこの戦争を終わらせるだけだがな」
「……いや。残念だがそうはならねーさ」
「ふん。そうだろう。
ルーク。君が蚊帳の外を良しとする訳が無いからな」
その言葉の本当の意味を。
今の彼らに説明する事は出来ないけれど。
死地に赴く、お前達へ。
たった一つだけでも俺から手向けられる物があるならば……
「約束する。俺が必ず、魔王の首を獲ってやる。
だから、それまで。何が何でも最前線で持ち堪えろ」
「ふっ。言われるまでもない」
「ルークが言うと本当にそうなりそうだから怖いよね?」
ホルフと班員達が笑う中。
一人、固く決意する。
約束する。必ずだ。
この戦争を俺の手で終わらせてみせる。
だから……安心して逝ってくれ。
残ったお前達の願いは、俺が一緒に持っていくから。
——————————————————
シルヴィア、エルビー、クロノアの三人は最後の夜を士官組の宿舎で過ごしていた。
本来、王都残留組の彼女達は自宅へ帰るという選択肢もあったのだが、シルヴィアに付き合う形で宿舎に残っていた。彼女は徴兵を家から反対されている為、屋敷に幽閉される事を恐れての行動だった。
クロノアもルークが明日までは、学院寮に帰らないのを知っていた為、付き合う事にした。
「二人ともごめんね。
最終日に探し物なんて」
「いえ。見つかって何よりです」
「だね〜。
見つけたのがアイツだって言うのは気に入らないけど」
仕官組宿舎は一般組とは違い、一人一部屋づつ部屋が用意されている。
今はシルヴィアの部屋に全員が集まって、お茶会をしている状況。
その部屋は他の部屋と同様にベットと机、ロッカーだけの簡素だったが、自身と比べて荷物が大量に置いてある。それらは彼女の家出セットである。彼女は本気で軍に徴兵されるつもりなのだ。
「というか、犯人なんじゃない?「偶々拾った」とか胡散臭過ぎるって!」
「でも、先輩が犯人なら、何があろうと絶対に返してくれてないですよ?」
「いや、当たり前みたいに言われても……
シルヴィーもアイツが怪しいって思うでしょ?」
「えーと、そんな事は……ナイトオモウヨ?」
シルヴィアは赤ら様に惚けて見せる。
「その感じ……さては解決しているな?」
「この件はデリケートな問題ですので。詮索はご容赦下さい」
彼女は二人にお辞儀しつつ、丁寧な口調と態度で「これ以上は聞くな」と釘を刺した。
それを聞き、クロノアは事ルークの話については広げるのはマズイと判断し、何も言わなかった。
だが、エルビーは違った。それを訝しむ様子はなかったが、何やらニヤニヤと笑みを浮かべる。
「にしても、こうなると…いよいよじゃない?」
「……?」
「……何がですか?」
「アイツ、シルヴィーに気があるんじゃないかって話よ!」
「ブフッ!?」
口に含んでいた紅茶を吹きそうになり手で口を抑えるクロノア。
一度、彼女の方を見るシルヴィアとエルビーだが、すぐに話を続けた。
「んー?そうなのかなぁ?」
「そっーでしょ!
いつもピンチになると絶対助けに来るじゃん?タイミング良過ぎるでしょ?絶対狙ってんだって!」
「それは……運が良かっただけでは?」
「うーん……私も偶然だと思うよ?
別に好かれる理由無いけどな〜?」
「顔じゃない?一目惚れと見た!」
「そんな事は……
無いと、思いたいですけど……」
クロノアは手をハンカチで拭きながら、王国で再会してからの『ルーク』の行動を思い返していた。
カーミラとシュミットの襲撃、『血塗りの猟犬』との大立ち回り。
確かに両方共にルークが行動を起こした時、その騒動の中心にシルヴィアが居た。
特にヒューバー邸では、彼女が殺されかけたタイミングで助けに現れている。作戦的に明らかに不利になる状況になる事を承知で。あの時は学院長への義理立てだと言い訳をしていたが……
対抗戦の時、他の仕官候補生には「容赦無し」で攻撃していたが、シルヴィアに対しては拘束するに留まっている。状況的に「必要無し」と判断したようにも見えるが、彼女が『魔眼持ち』である以上、気絶させて無効化する方が確実だったし、ルークであればそう考えるはず。
にも関わらず「なぜ?」と。心の底にあった「どうでもいい」と感じていた疑問が今になって浮上してきていた。
「の割には話てる時に目が合った事無いんだよねー?」
「照れてんじゃない?可愛いとこもあるじゃん?」
「……」
「私は……違うと思うよ?
だって……」
「「??」」
そこで考えこむ、シルヴィア。
二人ともに彼女には「ルークの態度に心当たりが有るのだ」と思い、次の言葉を待っていた。
一体何があるのか?と二人はそれぞれ別の意味で興味を抱きながら、少しの間の後、彼女は口を開く。
「だって、ルーク君。
私と話す時、いつも辛そうなんだよね……」
「……そう?」
「そう……なんでしょうか?」
「うん……そうだよ」
クロノアはそれを聞き、「感情が表情に出にくい人なので」と言おうとしたのだが……
思い返してみれば、ルークはシルヴィアの身を守る事は多いが、対面する事を避けているようにも見えていた。
療養中も良くお見舞いに来る彼女に対して、なるべく二人きりにならないように立ち回っていた気がする。
ルークがシルヴィアをどう思っているかはわからないが、明らかに特別扱いはしていたように思えた。
「……そういえば、私の指輪。お父様の形見だって勘違いしてた」
「それ、シルヴィーのお母さんのでしょ?」
「そうですね。
ウィルコット卿がご存命なのは先輩も知っているはずですが……」
シルヴィアはそのルーク発言が気になっていた。
『何が』なのかは明確にわかっていなかった。
だが何かが引っかかる。頭から離れないほどに。
「指輪なら女性を連想するのに、そこで男性を連想する辺り、普通じゃないよね〜。
その辺はらしいんじゃない?」
「そう言えば先輩、最初にその話して時、私が「男から貰った」と勘違いしてましたね」
シルヴィアは二人のように『男女の差』で気になっている訳では無かった。
それは転生する以前、男性の貴金属等の装飾品は一般的な物だったからだ。
しかし、この国では男性が装飾品を身につける習慣はない。……ある一部の成金を除いて。
婚姻の為に指輪を交わす事も無い為、装飾品に興味が無ければ身につける事はない。例外は魔法具の類だが、そちらも腕輪や武具が一般的である。
故に単なるルークの勘違いというだけの話なのだろう。直近で例外の貴族を目にした事で引っ張られただけである可能性は高い。
だからシルヴィアは「自分が何に対して引っかかっているのか?」が、そこで分かってしまう。
— もしかしたら、ルーク君は転生者なのかもしれない —
そう考えてみれば、会話の中で思い当たる節が多い気がしていた。
だが、だとしたら……なぜ彼はその事を私に教えてくれないのか?
自分が同じである事は既に入学時の自己紹介で知っているはず。
魔王軍の間者だから?
学院長との間で何か事情が?
それとも他に何か……?
何かがそこまで出かけている感覚がある……何かを失念している気がした。
なぜ彼は私を助けてくれるのか?
同じ転生者だから?
ただ「同郷だから」という理由であそこまでしてくれるだろうか?
……考えても答えは出ない。
次にあった時、本人に尋ねる他に無いが、またはぐらかされるのだけだ。と思っていたのだが……
「という訳で、やっぱりルークはシルヴィーの事が好きなんだと思いまーす」
「違うと思います」
……私の事が好きな転生者か。
シルヴィアは逆説的な考え方をしてみた。「もし、そういう人が居るなら誰だろう?」と。
だが、そもそも前世では両親共に他界し、天涯孤独だった為、数える所か、たった一人しか……
そう考えた時、ようやく彼女は指輪の話で「何に引っかかっていたのか?」が分かった。
父親の指輪をペンダントにしていたのが『今の自分』では無く、『前世の自分』だった事を。
そして、『指輪事』を知り、自分に好意を抱く人物が、「一人確実に存在する」と言う事を。
証拠はない。根拠も。
……だけど、確信はある。全ての辻褄が完全に一致する。
— 俺は思わない —
そう言った彼の横顔が別の誰かと重なった。
どうでも良い事を話す時は顔を見て饒舌な癖に、肝心な時は斜め下を見ながらどうでも良さげに話す彼の顔を。
— 自分にそんな資格…楽になろうなんて許されない事を —
待ち合わせに遅刻して、頭をかきながら謝ってきた彼のように沈んだその声の癖を。
ずっと気になっていた仕草が。
ずっと気になっていた態度が。
ずっと気になっていた背中が。
全てが一つに重なった。それを言えない理由と共に。
— 誰かに看取られたいだなんて思わない。誰かを看取るなんてもっと御免だ —
……そうだったんだ。私を看取ってくれてたんだね。
— 死ぬ時は一人で良い —
「そっか……今度は一人で行くつもりなんだ……
御免ね……気付いてあげられなくて……」
「ちょっ!?シルヴィー!?」
「シルヴィアさん!?」
シルヴィアがポロポロと瞳から涙を流れ出す。
それを心配する二人。
「私、ルーク君に会いたい……
会って、話さないと……」
その日は夜遅かった事もあり、翌日に会う事にしたが、ラディーティア組の見送りの後、ルークがすぐに王宮へ出向となった為、クロノアに取り継いで貰う事になり、更に後日に繰り越される事になった。




