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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第2部 Assassin Works
93/94

宿命編17-青春-


 エイマンとのあれこれの後。

 すぐに一般組の隊舎に戻ろうかと思ったのだが、『もう一つのやるべき事』を思い出し、引き返していた。


「さて、どこに居るのか……」


 仕官組隊舎内を行ったり来たり。

 もちろん、一般組は立ち入り禁止である為、【不可視迷彩インビジブル・ジャケット】は展開中である。

 お目当ての人物達を探す。仕官組での任命地発表は既に終わっている様子で、皆最後の清掃作業に勤しんでいる。


 ……いや、井戸端会議をしてるだけで掃除してる奴なんて殆どいやしねぇ。

 まぁ貴方達、お貴族様ですもんね。掃除なんてしませんよね。


 色々な場所で任命地の話題を耳にする。

 こちらは指揮官側の人間が多い為、ほぼ王都残留かと思いきや、ラディーティア送りも半数以上は居る様子だった。

 人手不足は深刻なので不思議な話では無いが、既にラディーティアが最初の犠牲になる事は報告済み。

 それを国の上層部が理解しているのか、それとも軽んじているのか、それ次第で見方は変わってくるが、俺が想定していたより仕官組の配置人員が多いのであれば、軽んじている方で間違いない。

 王国は飛空挺部隊は使用出来ない物として扱うつもりなのだろう。

 およそ状況は最悪の方向へと進みつつあるが、それは今は置いておくとしよう。

 そもそも王国側の動向はそこまで重要ではない。最初から期待などしていないのだから。


 そんな事より、仕官組隊舎ここに来た目的の方だ。

 俺が探していたのは女性騎士の三人組。対抗戦の際に旗防衛組に加わり、ディーオントの吐瀉物の中で気絶してた連中だ。

 なぜ探しているのか?と聞かれれば、『シルヴィアが紛失した指輪の件』だ。

 そもそも、この訓練用隊舎はそんなに広さはなく、更に訓練生が行き来する空間は限られている。

 にも関わらず、「見つからない」となると、多少の邪推もしたくなるというものだ。

 クロノアや他の連中は正攻法で探しているようだし、俺ぐらいは疑いの眼差しで探した方が良いだろう。

 と言う訳で俺は、指輪は落としたのではなく『盗まれた説』で探してみる事にしたのだ。


 ……まぁ、経験的にも、ね。


 おそらく盗まれたとしたら、風呂か睡眠中。

 となれば、犯人は十中八九、女。……というか、金銭目的以外でシルヴィアにちょっかいをかけるとしたら、同姓であろう。

 そこで訓練風景や王国内の人間関係の相関図から容疑者を割り出してみた。

 シルヴィアはウィルコットの人間。表立って揉め事を起こそうとするバカは居ない。だが、それは「その傘下の人間なら」の話。敵対派閥であるならば話は変わってくる。


 ウィルコットとヒューバーは子供同士が婚約者である事から家同士の関係は良好に見える。が、実の所は逆だ。騎士団と魔法師団は水と油。長年のいざこざで、その関係は冷え切っていたようだ。

 現状の王国では『明星の杖』や『冷血の魔女』の活躍もあり、魔法使い優位の体制が築かれている。

 ヒューバー家前当主も内心ではどう思っていたかは知らないが、魔法の有用性については理解していたはず。つまりその関係修復こそが、あの二人の婚姻の裏側にある事情なのだ。

 この婚姻について魔法師団としてはウェルカムとは行かないまでも、そこまでの反発は起きていないのだとか。

 元々、力関係は魔法師団の方が上である為、その立場が磐石の物になると考えているのだろう。

 対して騎士団では反発が多く、魔法師団に取り込まれる事を危惧している訳だ。

 そして『ヒューバー家』が壊滅的被害を受けた今、騎士団内で最も権威があるのは、騎士団長代理『ゴルドア・ラルフ』だ。

 現状、国の非常事態に表立った行動には出ていないが、腹の内では何を考えているかはわからない。

 

 と、国の権力争いは置いておくとしてだ。

 その娘が同じ訓練過程に居れば、「今回の紛失事件に一枚噛んでいるのでは無いか?」と考えても仕方ないという話。


 などと、考えていたら、ようやく目的の人物を見つける。

 隊舎裏の人目に付かない場所。

 いかにも内緒話してますよ。って感じだ。


「ねぇ、見た?シルヴィアの奴、血相掻いて探し回ってたわよ!」


 そうクスクス笑いながら、ラルフの娘が宙に何かを放り投げる。

 小さな円形の貴金属が日の光で銀色に輝く。


 ……いや、正解かよ。

 わかりやす過ぎやしないか?

 何かの罠かと疑うレベルなんだが?


 何かの隙に指輪を盗み取るつもりだったが、もしかすると指輪以外に何か思惑があるのかもしれない。

 その為、様子を少し伺う事にしてみた。


「良い気味よね!あのかわい子ぶりっ子。前から気に入らなかったのよ!」

「全く、今回の件で教官からどれだけ嫌味を言われたか……

 負けたのはアイツらの作戦が悪かったのに、なんで私達が……」

「そうよ!その所為で私達がどんな酷い目にあったかっ!

 今思い出しただけでも……うっ……」


 なるほど。

 今回思い切って事に至ったのは、「元々良く思われていなかった事」のもあるが、「対抗戦の際に情けない指揮をした所為だ」と。その結果「ディーオントの吐瀉物を頭から被ってしまったからだ」と。


 ……えっ?それって俺の所為って事?

 いやいや、違う違う違う。

 全てクロノアが不甲斐ない所為です。


 だが、どうやら何か思惑あっての行動ではなく、咄嗟の衝動による犯行のようだ。

 という訳でさっさと用件を済ませてしまおう。


 ラルフの娘が何度も上へ放った指輪をキャッチしては投げるを繰り返していたので、その瞬間を狙わせてもらった。掌に着地するはずの指輪を横から掻っ攫う。

 その瞬間、【不可視迷彩】の効果が切れ、さっきまで居なかったはずの男が目の前に姿を現したという展開になりましたとさ。


「えっ!?」

「なっ!?いつの間にっ!?」

「アンタっ、対抗戦の時のゲロ男っ!?」

「いや、あれ俺のじゃねーから安心しろ。ゲロ女共」


 俺が嘔吐したみたいな言い方するんじゃねーよ。


 とりあえず、拾った指輪を一度確認。

 特に宝石とかは嵌め込まれている様子のない、模様が彫り込まれたシルバーのリング。

 もっと高そうなデカい宝石でもあるかと思ったが……いや、むしろ職人の技って奴だ。

 硬い金属、それもここまで小さな物に模様を掘り込むのはこの世界の技術では難しい。

 つまり、高価な物に間違いないという事。偽物を摑まされた訳では無さそうだ。


「アンタ、こんな所に居て良い訳?」

「そうだな。だがこうも考えられないか?

 ここでの事は無かった事にするのが、お互いの為だってな?」

「何?脅してんの?」


 以前にも仕官組隊舎に立ち入り、お叱りを受けている。

 今回は二回目の為、「知らなかった」では済まされない。

 怒られるのはどうでも良いが、ここを丸く収める為にはお互いのメリットとデメリットを提示する必要がある。

 ちなみに「盗む」のではなく、『交渉』を選んだのは、今の話を聞き、釘を刺しておく必要があると考えたからだ。


「交渉してんだよ。

 この指輪はたまたま俺が拾った。お前らはここで誰にも会っていない。

 お互い無かった事にすれば、誰も何も咎められる事は無いだろ?」

「裏切らない保証がある訳?

 アンタ?あのクロノア(・・・・・・)の先輩なんでしょ?」


 「あのクロノア」って、どのクロノアの事だよ?

 先日、対抗戦でボコボコにされた役たたずのクロノアさんの事ですかね?

 他に使えそうなクロノアが居るんですか?なら紹介して欲しい所だよ。全く。


「誠に遺憾ながら、な。

 だがだ、逆に考えてみろ?お前らの事をチクったら、俺はここに居た事がバレる。逆もまた然りだ」

「アンタの言う事なんて、誰が信じるって言うのよ?」

「指輪があんだろ?少しは考えて物を言えよ?

 お前らにとっての不都合は教官じゃなく、ウィルコットがどちらを信じるか、だ。

 表立って敵対するつもりは無いんだろ?」

「それは……」


 ここで「喧嘩上等」とか言われていたら、強硬手段で黙らせる他に無かったが、どうやら手荒な手法は用いずに済みそうだ。


 交渉の内容としては、俺は士官側隊舎に侵入した事。向こうはもちろん、ウィルコットの指輪盗難の件。

 その二つをお互いに口外しないという口約束だ。

 つまり「守る」「守らない」はお互いの良識に委ねられる。


「信じろ、と言っているんじゃない。お互いのメリットを考えろって話」

「アンタにとってのメリットって何な訳?ウィルコットにも(・・)媚売ろうっての?」


 含みのある物言いをしやがる。

 正直、この交渉。俺にとってメリットは皆無だ。

 だって、別に教官にブチギレられるくらいの事、俺にとってはどうという事はない。まだ蚊に刺される方が不愉快だ。

 だから、交渉が失敗しようが口約束が守られなかろうが結構。守ってくれれば、面倒事が一つ減るくらいの話でしかない。


 しかし、こちらもそう切り返すつもりだったので好都合。

 無難にやり過ごす。俺は大人になったのだ。

 ……まぁ、後々の事を考えれば、彼女の敵を増やすような行為は避けるべきだろう。


「平民は色々と大変なんだよ」

「そう。まぁ、良いわ。

 レイフォードといい、ウィルコットといい、随分と浮気性な番犬ね?せいぜい尻尾を振ってれば良いわ」

「ああ。そうさせて貰う」


 話が終わると、連中はそそくさと去っていった。

 さて、本当に約束を守るかどうかは不明だが、少なくとも今後表立って馬鹿な事はしまい。

 仮にバラされたとしても、俺からシルヴィアに暴露する事はない。それはそれで面倒だから。


 それにしても、『番犬』ねぇ……


「別に学院長にも腰振ってるつもりはねーんだけどな。

 ……いや、待てよ?」


 俺は現状、レイフォードの傘下だと周りから勝手に思われている。

 問題はそれが「クロノアか」「学院長か」、そのどちらだと思われているかだ。

 学院長に関しては権威を利用している為、仕方がないと言わざる負えないが、クロノアに尻尾を振っていると思われるのは、誠に遺憾だ。


 ……いや、一々追いかけて否定とかはしないけども。

 今度クロノアの尻でも、引っ叩いて溜飲を下げるとしよう。


 『指輪の処遇』に関してだが……「クロノアが見つけた」って事にして届けさせるとしよう。


 そう考え、溜飲を下げる為にも、後輩を探し始めた訳だが……

 その後、士官隊舎内を適当に探索して、まず見つけたのがシルヴィアの方だったのは、本当についていなかったと言わざる負えない。

 だが、シルヴィアを見かけた事も無かった事にすれば良いだけの話。


 の、はずなのだがな……

 

 隊舎外の連絡通路。その傍の草むらを、あるはずも無い指輪を探し続けていた。

 その姿を見られて笑われているとも知らずに。

 少し土で汚れた身なり、そしてその表情、瞼が少し腫れているように見えた。


 ……冷静に考えて、これ以上俺がシルヴィアと関わりを持つべきではない。

 近づき過ぎても得られるのは、俺自信の身勝手な幸福感だけ。

 ならばやはりこの指輪はクロノアに届けさせるべきだろう。


「おい?」

「……ルーク君?」

「ほらよ」

「えっ!?」


 ……分かっていたはずだったんだけどな。


 シルヴィアの後ろから声をかけると同時に手に持っていた指輪を彼女目掛けて放り投げる。

 戸惑いながらも、それを見事にキャッチ。それが何なのか確認すると、目を丸く見開いて驚いた表情を浮かべた。


「それ、お前んだろ?じゃ〜なぁ〜」

「ちょっ、ちょっ、ちょっ!?ちょっと待って!!」


 声をかけられる前にその場を立ち去る。

 曲がり角さえあれば、姿を眩ませるのは容易だ。


「ちょっと、待ってってッ!!」

「うぎィィッ!?」


 さっさと立ち去ろうとしたのだが、腕を掴まれ静止されそうになった。

 それを振り解いたのだが……その後両腕で顎を抑えられて引き止められてしまった為、変な声が漏れ出てしまった。

 

 ……え?俺、探し物を見つけてきた恩人だよね?対応荒くない?


「だから、待ってって!!」

「わーったからっ!?顎離せッ!?」

「ああ、ごめんね」

「……あんだよ?」


 顎を摩りつつ観念して、彼女の話を聞く事にする。

 内容としてはおそらく「指輪をどこで見つけたのか?」という話だろう。


「これ、どこで見つけたの?」

「いや、対抗戦の時、お前を組み伏せただろ?あん時、金目の物だと思ってくすねといたんだが、大切な物らしいから返してやろうと思ってな」


 正直、約束を守ってやる義理は一ミリも無いのだが、話を盛り上げるつもりも無い。

 むしろ、頬の一つでもぶっ叩いて向こうから去ってくれれば、こちらとしては楽で良い。


 と考えた結果の『この発言』。

 完全に全部泥被ったな……でも、俺ってば、なんてかっこいいんでしょう。


指輪これ無くしたのお風呂の時なんだけど?」


 ……かと思いましたが、速攻で嘘がバレました。

 まぁ、風呂入る時に外してれば流石に気がつく。

 とはいえ、一度吐いた言葉を今更飲み込む事など出来はしないのだ。


「いや、勘違いだな」

「違わないよ。外した記憶あるもん」

「いや、違うね。風呂で外してないね。

 いつもは外してるかもだけど、昨日は違うね。一緒に入浴してたね」

「それって、お風呂の時はあったって事だよね?

 じゃぁ、ルーク君の話もおかしいんじゃない?」

「……」


 完全に揚げ足取られた。嘘吐こうとして、嘘を重ねた結果。

 最初から適当に「食堂に落ちてたぞ〜」とか言っておけば良かったのに余計な事を言った所為で墓穴を掘った。

 この様子だと、そもそも誰が犯人なのかも分かっていそうだな。


「はぁ……。

 お前さ?実は心当たりあったんじゃねーか?」

「ラルフさん……かな?前からあんまりよく思われて無かったから」


 御名答。とはいえ、ここまで隠した以上、もう話す気ありませんけどね。


「さーな?記憶にございません。お互いそれで納得してる」

「それじゃ、私は納得いかないんだけど?」

「知るか。元々無くしたのはお前の不注意だろ?父親の形見で大切な物なんじゃ無かったのか?」

「それを言われるとぐうの音も出ないよね。

 ……ん?いや、これはお母様の形見だよ?お父様はまだまだ元気だし」

「ん?

 ああ……そうだった……か?」


 ん?確かクロノアがそう言っていた気がしたんだが……

 考えてみれば魔法師団の団長でもある彼女の父が健在である事は公然の事実で俺自身も知っていたはず。

 であれば、俺はどうしてそんな勘違いを……?


「まぁ、とにかく。

 乗せられて上げるので、少しだけお話ししよう?ね?」

「……あぁ。少しだけ、な」


 と、思考している内に隊舎裏へと背中を押される。

 こんな一目につかない所に男を連れ込んで一体何をしようとしているのか?

 とか言おうと思ったが、士官隊舎内に居る事がバレるとお叱りを受けるので、その為のただの気遣いだ。


「指輪ありがとう。わざわざ探してくれて」

「偶々、帰り道で目にしただけだ」


 ぺこりと礼儀正しく頭を下げてお礼を言ってくる。

 大事な事なので強めに言っておいた。

 掘り下げられない為にこちらから話題を変えるとしよう。


「それよりヒューバーは大丈夫か?」

「うん。怪我じゃなくて疲労でダウンしたみたい。

 ここ最近、色々こん詰めてたから」

「試験前の学生みたいな奴だ。

 今更慌てたってどうにもならねーだろうに」

「でも、何かしなくちゃって気持ちは私も分かるかな……

 ヒューバー君はどうだったの?最後は中々高評みたいだったけど?」

「才能はある。

 が、遅すぎたな。一朝一夕じゃどうにもならねーよ」


 自分から話題を振った為、真面目に答えた。

 とはいえ、今の「才能はある」という一言は別に褒め言葉ではない。

 エイマンは剣術…いや接近戦において、常人を画する才覚を有している。

 経験の乏しい彼が俺との戦いで、あの動きが出来たのは才能の力と言わざる負えない。

 問題はその才能という不安定極まりない力では「偶々で終わる」という事。

 突然発揮する『火事場の馬鹿力』より、経験に裏付けされた『確かな実力』。

 可能性は感じたが、あくまで将来的にの話だ。今のエイマンはクロノア以下だと評価している。


 その俺の話を聞き、頷きつつ神妙な面持ちをするシルヴィア。


「……もしさ?私がルーク君に弟子入りしたら、少しくらい可能性あるかな?」

「弟子入りしたいなら、俺じゃなく学院長にしろ」

「私は見込み無し、かな?」


 真剣に考えれば、魔眼持ちである彼女ならば、エイマンより可能性はありそうな気がする。

 だが、そもそも俺自身に教える気がない。


「……魔法の事は学院長の方が詳しいだろ?

 俺はそれなりに忙しいので弟子入りされても相手出来ねーな」


 一瞬、「魔眼の事は」と言いかけたが、学院長が魔眼持ちである事は王国内でも秘密。

 その為、言い換えたのだが、「彼女が誰かに教えを乞うなら、俺では無く学院長だ」と本気で思っている。

 俺自身、魔法単体の実力で学院長に遅れを取るとは思わないが、戦闘スタイルが魔法使いの正統派とは大きく異なる。


 要するに「魔法詠唱する暇があるなら、武器持って敵に突っ込んだら?」とか言っちゃいそう。

 今の魔王軍式戦闘法では魔法は接近戦で潰す。接近戦は接近戦で潰す。つまり『接近戦一択』なのだ。

 その点、学院長ならば接近戦に対する対処法を教える事が出来る。


 少しの間の後、シルヴィアの表情が曇る。

 だが、それは「弟子入りを断られたから」では無さそうだった。

 それ自体は予想出来ていただろうし、彼女も本気で望んでいた訳ではない。


「ルーク君は……やっぱり魔王軍に帰っちゃうの?」

「ああ。そのつもりだ」


 自分自身で意外だったのは、その「帰る」と言う言葉。

 もちろん、魔王軍に寝返る訳では無く、「戦う」という意味で俺は使ったのだが……

 本来であれば、「行く」や「向かう」が正解のはずなのに、今はその言葉の方がしっくりきている。

 それはつまり、俺は魔王軍を『帰るべき場所』として認識しているという事だ。


「それってさ……一緒に連れてって貰う事って出来ないのかな?」

「それは……なぜだ?」

「私に出来る事をしなくちゃって。

 前にお父様が魔王軍と交渉に乗り出してるって話したの覚えてる?」

「まさかとは思うが、その橋渡しを俺にしろと?」

「簡単に言うと、そうなっちゃうのかな」


 自分で勘違いされるような事を言ったのだが、本気で裏切ると思われているとは……

 まぁ、仕方ないか。元々裏切り者だ。信用が無いのは当然だ。


 問題は同じ道を彼女も辿ろうとしている事。

 とはいえ、前にも思ったが、今の王国の現状を考えればその選択が一番堅実的だ。

 だが、ならば尚の事一緒にはいけない。


「悪いが、俺とクロノアは無理だぞ?

 渡りをつけたいなら、正攻法か別の奴に頼んだ方がいい。

 最悪、一切聞く耳持たれず殺される」

「クロノアちゃんにも同じ事言われちゃって。

 正直、正攻法の方が難しいと思うんだよね。それこそ聞く耳持って貰えないと思う。だから……」

「言っておくが、何を言われても連れて行くつもりは無い」


 シルヴィアは俺の即答に困った表情をする。

 

 少しだけその案も考えた。この交渉を逆に利用して魔王に近づく手を。

 だが、仮に俺が魔王の暗殺に成功したとしても、奴が居るであろう場所は四面楚歌の敵陣のド真ん中。

 その状況で無事に脱出するなど俺一人でも難しい……


 その時、『自分の考え』に疑問を覚えた。

 ……だが、それは今だけでは無い。この事を考えるといつも覚える感覚。


 そもそも、「暗殺に行く」のだから、『殺害方法』は『寝こみ』や『背後を狙う』方法。まともな戦闘は想定していないはず。にも関わらず、頭の中でのシミュレーションでは、どんな状況を想定しても、必ず『魔王との一騎打ち』に発展している。

 つまり……俺は「魔王暗殺に失敗する」と考えている。

 それがなぜなのか?という話。魔王もまた俺と同じように一人の人間。

 人である以上は一日の内、油断する場面、暗殺のチャンスは必ず巡ってくる。

 もちろん敵地でタイミングを測れるか否かは運任せになるが、「絶対に失敗する」などという事はありはしないはず。

 問題は俺自身が無意識の内に失敗それを結論付けている事。

 その理由が一体何なのか?それが単に負け続けて卑屈になっているだけならば良かったのだが……


— これは……俺自身が勝利(それ)を望んでいない……?—


 などと思考している間、シルヴィアとの間に微妙な雰囲気が漂っていた。

 しまった。今の内に席を離れるべきだった。

 だがそれは今からでも遅くはない。

 そう思い、立ち上がろうとしたのだが、シルヴィアがそこで口を開く。


「私が転生者だって前に話したよね。

 だから、知ってるんだ。『死ぬ』ってどう言う事なのか」


 それが会話を繋ぐ目的の話題転換なのはわかる。

 そしてその為に彼女が選んだのは死生観の話題だった。

 他の誰かに言われたのなら「興味ねー、他の奴にしろ」と言い返せたのだが……

 他ならぬ彼女の口から出てきた事に興味を抱いてしまった。

 

 ……ああ。俺も知ってるよ。痛いほど、な。 


「夜寝る時に近いかな。明日何しようかなとか、これやらなきゃとか。そんな事を考えてる内に気がついたら眠りに落ちてる。それと同じ。ある日突然気がついたら死んでいるの。

 それ知るのは目覚めてから。それで後悔するの。もっとああしてれば良かった。あれやっておけば良かったって。

 いやなんだ。今度はそんな風に死ぬのだけは」

「……」


 ……そうか。彼女は苦しまずに死ねたのか。

 

 正直、想像していた物とは違っていた。

 当然か。悪いのは全部俺で彼女は巻き込まれたに過ぎない。

 せめてもの救いは「何一つ苦しむ事なく死ねた」という事。


「夢があるの。今度はちゃんと天寿を全うする。

 特別で無くても良い。人並みに幸せになって、子供とか孫とか、曾孫もいたら嬉しいかな。

 沢山の人にベッドの上で息を引き取る。出会ってきた色々な人に惜しまれながら。そんな最期を迎えたい。

 その為には今を。出来る事はなんでもしないと。戦わないといけないんだって」


 彼女はその時、後悔の内容は口にしなかった。

 だけど、きっと……彼女が後悔している事はこうなのだろう。


— 相模秀治となんて関わらなければ良かった —


 ……俺もそう思うよ。

 相模秀治は有坂栞里と関わるべきでは無かった。

 今までも。そして……これから先も。


「だから……」

「俺は思わない」


 彼女の言葉を途中で遮る。

 自分でも気がついている。これは都合の良い逃げだ。

 それ以上はもう聞きたくない……聞く必要もない。

 取り返しのつかない間違いをして、それを誰にも見つからないように隠すように。

 俺はその後の言葉を続けた。


「後悔も、苦痛も、絶望も、全てを感じる。たった数秒の時間をまるで永遠かのように。

 手に残る体温が消えて、視界が霞んでボヤけても、中々終われない。終わらせてもらえない。

 そうやってようやく気がつく。自分にそんな資格…楽に成ろうなんて許されない事を。

 俺は誰かに看取られたいだなんて思わない。誰かを看取るのなんてもっと御免だ」

「ルーク君…」


 思い出していた。

 一度迎えた終わりの瞬間を。

 彼女とは真逆の死を。

 そしてその時の後悔を。

 もう二度と同じ轍は踏まないと誓った事を。


「死ぬ時は一人で良い」

「……」


 一時の沈黙。

 少しだけ後悔をした。

 こんな話をするつもりはなかった。

 彼女の話を聞いて思わず出てしまった。

 これではまるで当て付けのようだ。

 全部自分が悪いくせに……一体どの口で言ってんだかな……


「生まれも育ちも違うのは良い。考え方が違うなら、無理に合わせる必要も無い。

 君は君の信じたい物を信じればいい。いつかまた最期を迎える時に今度は後悔だけはしないように」


 今彼女がどんな表情をしているのか、何を思ったのか。

 彼女は何も言わなかった。ただ、何かを言おうとして止めた息遣いだけが伝わる。

 彼女に自分の価値観を押し付けるつもりが無いように、俺にもそのつもりは無く、互いに互いを理解する事も出来ない。

 もう俺達は別々の道を歩んでいるのだから。


 ……ただ願う。

 俺の行動の先に、彼女が口にした未来があってくれる事を。


 俺は言葉に詰まった彼女を置き去りにして、一般組の隊舎へと戻った。





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