宿命編16-青春-
エーデルタニアに降り注ぐ無数の黒い雨が見える。
その雨粒が地表に落ちる度に爆発音と悲鳴、そして地響きが轟く。
生きとし生ける者全てに平等に死を齎す死の雨が降り注ぐ中、廃墟と化し始めた王都の街を歩く。
かつては活気に満ちた城下町も、商店も、学院も。そして王城も。その全てが瓦礫と死体の山へと変貌を遂げた。
そして……
「……」
白と赤毛の二人の女性が倒れていた。
身体は灰で黒く汚れ、血溜まりの中に体が浮かぶ。
その先にはもう一つ。金色の髪の女性が見えた。
側へとゆっくり歩より、身体を抱き起こす。
他の二人と同様に血と灰で染まった顔を優しく拭き取るが……
顔は分からなかった。けれど、それが彼女なのは分かってしまう。
爆発の所為で無惨な亡骸になった彼女を抱きながら、この後何をすれば良いのかも分からず、気がつけば周囲には火の海が広がり、喉は焼け、声すらも出せなかった。
「一つ聞きたいのだが?」
その男は俺の目の前に突如として現れる。
火の海がまるで奴を恐れるかのように道を開き、灰燼を物ともしない佇まいと、涼しげなポーカーフェイスからは一切の感情も覗かせない。
三年前と何一つ変わらぬその姿で、膝をつく俺を見下す。
「何を持って、私に勝てると勘違いをした?
一度として勝てた事などありはしないというのに」
思わず目を逸らしてしまった。
その男の言う通り、俺は一切の勝算も考えもなく、この戦いを始めた。
犠牲は百も承知だった。自らの生死ですらも厭わないつもりだった。
だけれど……その結果が今、目の前にある。
「その女を守りたかったからか?
知っていたはずであろう?想いなどでは強くなれない事を」
エイマンに言い放った言葉が自らへと還ってゆく。
本当に「どの面で言ってるんだ?」と言う話だ。
「他者の復讐を馬鹿にして、自らの私情を肯定する。『今の貴様』は実に滑稽だな?
結局、『自身の為では無い』という点において、何一つ違いが無いと気がついていないのか?」
本当に……本当に俺もそう思うよ。
焼けた喉からは枯れ果てた乾いた息だけが漏れ出た。
言葉にならない残響が喉を響かせど音は出ず、それでも呼吸だけは止まってはくれない。
もう生きる理由も無いくせに。
そう思ったのは事実だった。だけど……不思議とそれだけでも無かったように感じた。
まだ、やらなければならない事があるような、そんな感覚があった……
だが、一体『それ』は……?
「分かってはいるようだな?
ならば、私の元へ来るがいい。お前自身の『本当の願い』を持って」
その男だけはその『何か』を分かっているようだった。
そう告げると奴は俺の目の前から去り、視界は紅蓮の炎に包まれた。
「……っ!?」
目覚めると身体中汗まみれだった。
手には震えもあったが、力を込めるとすぐに治まる。
「夢を見ていた」と言うのに、その内容を起きた今でも鮮明に思い出せる。
周囲で寝ている同期達はこちらの事は気にせず、寝息を立ててグッスリ寝ていた
他の者が目を覚まさぬように静かに部屋を出ると、水道へ向かい額の汗を流した。
「はぁ……。
俺も人並み、だな……」
自分の事は案外分からないものだ。と嘯ければ楽だったんだが……
「そらま、一度も勝った事、ねーもんな……」
もうすぐこの訓練が終わりを迎える。
それは同時に魔王軍との戦争が本格的に始まる事を意味する。
殿下に言った事に対して後悔がある訳ではない。
『全ての願い』をこの戦争の終わりまで背負っていく覚悟を決めた。
……いや、違うな。
俺は最も重要な物を忘れている。
『魔王サタン』という『最強の師』を相手にすると言うのに、半端な覚悟で挑もうとしている。
栞里の…シルヴィアの為にという願いは嘘ではない。
だが問題は「最期の瞬間まで『それ』を押し通す事が出来るか」と言う話だ。
今の俺はその為に他の全てを、自分自信すらも捨て去る事が出来るのか?と。
いつも…いつでも死ぬ覚悟は出来ているつもりだった。
だけれど。『史上の騎士』も。『肉削ぎシュミット』も。『血塗りの猟犬』も。
今まで俺は勝てる戦いしかしてこなかった。状況は厳しかったが戦力的にはこちら上だった。
自分一人がいれば、戦局などいくらでもひっくり返せる。今までの戦いは勝てて当然の事。
……だが、ここから先は違う。
俺にその全てを叩き込んだのは、『魔王サタン』に他ならないのだから。
今更、自分自身が死ぬ事を恐れている訳では無い。
もうとっくの昔に一度は死んでいる。だから今更だ。
……だけど、今更だけれど。もう後悔だけはしたくないんだ。
頼むから。死んだって構わない。命なんてくれてやる。これが最後で構わないから。
だから、お願いだ……
「『この願い』だけは、最期まで届けさせてくれ」
———————————————
対抗戦翌日。
実質、訓練自体は全て終了し、残りはそれぞれの任命地の発表と訓練中使用した宿舎や施設内の後片付けを行うのみとなっていた。
明日の昼過ぎには「完全撤収する」という運びで、今は同期達が先に『任命地』を個々に言い渡されている所。
……発表も何も、最前線の『ラディーティア』しか無いのだがな。
とはいえ、それは『王命』の下っている俺には関係の無い話。
その為、一足先に一人後片付けをやっていた訳だが……
「あっ、先輩」
「後輩か……」
当然、掃除など面倒なので皆が来るまでフラフラ廊下を歩きつつ時間稼ぎをしていたのだが、そこにクロノアがやってきた。
仕官組でも同様に任命地の発表が行われているはずなので、同じく発表の無い後輩がここに居るのは不思議では無い。(ルークとは違い、レイフォード家の人間だから)
そういえば、食堂は合同で使われていたから、そこに向かっている最中なのか?
「あの?先輩?ちょっと伺いたい事が……」
「サボってますけど、それが何か?」
「いや、自信満々に言わないでくださいよ?
別にその事を言及したいのでは無くてですね?」
「あん?」
何だろうか?昨日の宴会の時の話か?
とも思ったのだが、内容は全く違っていた。
「そちらの施設内で落とし物とかありませんでした?
『指輪』なんですけど?」
「指輪ぁ?んなもん聞いてねーけど?」
そんな物が見つかった話は聞いていない。
だが、なぜ指輪なんて探しているんだ?クロノアは?
その瞬間、クロノアの態度やここ数日の事を思い出し、俺の灰色の脳細胞が答えを導き出す。
シルヴィア ←♡→ エイマン
シルヴィア ←友→ クロノア
○クロノア ←♡→ エイマン
こういう事なんだなッ!?
指輪はエイマンから貰ったという事だなッ!?
……いや、流石に有り得ないか?
いくら最近とち狂ってるとはいえ、婚約者がいる身で、更には家を再建しなければならない状況で、愛人とか作っている場合ではないだろう。
……いや、待てよ?逆にか?狙いは『レイフォード』の方か?
クロノアは『冷血の魔女-マリア・レイフォード』の親戚でその弟子という事になっている。
家柄<戦力という意味で考えれば、『ウィルコット』よりも『レイフォード』なのは間違いない。
エイマンの奴……なりふり構わなくなってきやがったな?
とはいえ、クロノアの様子が事なしか、いつもよりソワソワして、慌てているようにも見える。
この予想が正しければ納得出来る。想い人からの贈り物、それも指輪を落としたのだから。
……にしても、どうしたものか?
明らかな政略結婚な上、二股な訳だが……コイツは理解しているのだろうか?
「お前さ?二股で良いのか?」
「へ?何がです?」
「いや、だから指輪の。探してんだろ?」
「えっと……別に良いのでは?何か問題でも?」
問題無しみたいです。
確かに、この国の価値観で言えば、貴族の重婚も、愛人を作るのも別に法に反している訳ではない。
むしろ魔王軍の兵士から、貴族に嫁げる訳だから、間違いの無い玉の輿だ。
「そうか……まぁ、お前が良いなら別に良いのかぁ」
「さっきから何か変ですよ?先輩?」
「とりあえず、まぁ……おめでとうと言っておこう」
「……はい?」
自分でも不思議だったのは、その事に『やや複雑な感情』を覚えた事。
それがシルヴィアの事を考えてなのか、後輩の事を考えてなのかも分からない。
どの道、俺がどうこう言える話でも無い。本人達が納得しているのなら仕方無しだろう。
そこでクロノアがやや目を細めつつ、何か考えるような仕草を見せる。
数秒の後、「はっ!?」という声と共に目を見開くと、慌てて口を開いた。
「ちっ、違いますよっ!?
あの、あれです!!シルヴィアさんのです!!」
「は?ウィルコットの?」
と、慌てた口調でそう言ってきたクロノア。
だが、どういう意味だ?文脈的にこの場合は……
その瞬間、俺の灰色の脳細胞が再び答えを導き出す。
シルヴィア ←♡→ エイマン
エイマン ←♡→ クロノア
○クロノア ←♡→ シルヴィア
つまりはこういう事かッ!?
その指輪はシルヴィアから貰った物とッ!?そういう事なんだなッ!?
これは祝福してやった方が良いのかッ!?どっちなんだッ!?正解はなんだッ!?
……だが、指輪を慌てて探しているという事は少なくとも嫌ってはいないはず。
「おっ…おう。そうか。お前も大変だな?
でも、まぁ、それでもぉ?玉の輿には違いないし。まぁ、おめでとうと言っておこう」
俺は男だとか女だと細かい事を気にしない。そういう男だ。
むしろ、さっきまでの複雑な感情はなく、素直に応援しようと思えてすらいた。
「いやッ!?それ絶対変な勘違いしてますよねッ!?」
慌てた様子のクロノアから再度、詳しく事情を聞いた訳だが……
「詰まる所、探してる指輪はヒューバーからでも、ウィルコットからでもなく、そもそもお前の物ではなく、ウィルコットの持ち物だと?」
「はい。何でも親御さんの形見らしくて……
というか、今の話の流れでどうしてそこまで勘違い出来るんです?」
後輩の奴、まるで俺が悪いみたいに言いやがって。
全部お前の説明が足りなかっただけで、決して俺が悪い訳ではないのだ。
しかし、『シルヴィアの指輪』……あんまり記憶に無いな?
基本、教室では声しか聞いていないから、外見的な特徴をあまり把握できていない……なんか、女子と目を合わせて話せない思春期男子みたいだな?俺?
違っげーし!別にそんなんじゃねぇーし!
……いや、あぁ。あれか?
確か、死んだ父親の形見をネックレスにして付けていたっけか?
また、無くしたのか?「泣くぐらいなら、家に置いておけ」と、前世でも言ったのにな?
「はいはい、見かけたら届けてやるよ」
「お願いします。先輩」
しかし、本当に仲良くなったな?コイツら。
そして、それを「喜ばしい」と本気で思っている俺は一体何目線なんだ?
先輩?どっちかっていうと母親に近い感覚だ。
ついに俺の母性が目覚めてしまったか。
いや、馬鹿な事考えて無いで次の行動に移ろう。でないと……
「ルーク?」
「……はぁ。何か用か?」
後輩と呑気に話していると、なぜかエイマンが姿を表した。
「偶然だ」と思いたい所だが、クロノアのように探し物をしてという様子には見えない。
それに、どうも気配に殺気が入り混じってる。
おそらくは対抗戦の続きなのだろうな……
「少し時間を貰えないだろうか?」
「なんだ?探し物の件なら、後輩から聞いたぞ」
「何の話だい?」
分かってはいたが、やはり『シルヴィアの指輪』とは無関係の様子。
だが、今の反応を見るに、そもそも話すら聞いていないように見える。
クロノアの方へと視線を向けると気まずそうな表情を浮かべる。
婚約者は除け者か……まぁ、それを今のエイマンは気にしないだろうけど。
「それは……」
「こっちの話だ。
それよりお前の要件を言えよ?」
「少し時間を貰えないだろうか?」
それはさっき聞きましたけど?内容を言えよ?内容を。
これはどう考えても、『対抗戦の続き』だな。
まだ「一悶着有りそうだ」とは思っていたが、ガッツリ俺だけを巻き込むのはやめてくれないだろうか?
俺、付き合う義理無いんですけど?
「断る。こっちは暇じゃねーんだよ」
「頼む。そんなに時間は取らせない。君ならば尚の事」
共に居た後輩に「何とかしろ」と視線を向けるが、苦い表情をするのみで特には何も言わない。
「言わない」というよりは、「言えない」と言った方が正しいかもしれない。
立場的にも、感情的にも、どちらかと言うと俺の方に「協力してくれ」って思っているのだろうな。
『普段の俺』ならば、間違いなく「断る」一択なのだが……後輩の為にも、シルヴィアの為にも、多少の置き土産は残して行かなければ、か……。
こうもこの男が頼りにならないと、このまま王国を後にするのが不安過ぎる。
であるならば、サクッと終わらせるだけだ。
「はぁ……わーったよ。少しだけ、な」
「助かる」
そう言うと、エイマンの先導でその場を去ろうとする。
方向的には外の方だが、おそらくは士官組、屋内の訓練場だろう。
であるならばやはり、やる事も一つ。予想通りという事。
「んじゃーな、後輩。探しもん頑張れよ〜」
「ちょっ、先輩っ!?あのっ!?くれぐれも、やりすぎ注意ですよっ!?」
「知るか。んなもんアイツ次第だろーが?」
そういうと後輩を置き去りにし移動を始める。
お互い何も言わず、目的地までの気まずい時間をやり過ごす。
数分の後、屋内訓練場へと辿り着く。
「手合わせを頼みたい」
「……」
はい。何の番狂わせもなく、馬鹿の一つ覚えの手合わせでした。
そう口にすると、腰に下げていた真剣を壁に立て掛け、代わりに訓練用の刃を落とした剣を手に構える。
正直、その姿勢には落胆させられた。
こちらとしては何も言わず、真剣で切り掛かって来てもらって構わない。
それでもハンデにすらならない。そもそも、なぜこの男は俺と「対等な戦いが出来る」と勘違いしているのだろうか?
何度も挑んで来るのであれば、勝算は持参してくれないと、結果はいつまで経っても同じだ。
要するに何を言いたいかと言うとだ。もうコイツをボコボコにするのは飽きました。
「はぁ……お前ってホントに救えねー奴だな?」
「何と言われても、私は今私に出来る事を全力でやるだけだ」
「そら、ご立派な事で。言葉だけは、な。
お前さ?俺の言った事、ちゃんと覚えてんの?」
「私には実力も覚悟も足りていないという話だろう」
「……んで?その答えがこれってか?」
「愚直だと笑いたいのか?」
「笑えねーな。馬鹿過ぎて涙出てくらー。
……いや、出ねーけど」
理解出来てんのか、出来てないのか、分からない回答。
……いや出来てねーか。『対抗戦』じゃねーしな。
エイマンは俺に弱過ぎて「呆れられてる」とか、「馬鹿にされてる」とか思っているんだろう。
この訓練期間を通じて俺自身気が付いた事がある。
どうも俺の言葉と行動は、他の者に曲解されてしまう事が多い。
今回の一般組訓練生のように良い方向へと傾いてくれるなら良いのだが……エイマンに関しては悪い方向へ向いてしまった。
そもそもの話だが、俺はエイマンに何も望んでいない。
むしろ、余計な事は何もせずに、お家の再興を頑張って頂きたい。
今回の戦争に一枚咬むとしても、『ヒューバー家の当主』として、金で人を雇うなり、騎士団をアゴで使うなりして、あくまで指揮官として参戦して欲しい。
俺が「覚えているか?」と聞いたのは対抗戦の時ではなく、森林踏破訓練の時の方。「自分を何だと思っているのか?」という話だ。
だというのに、ご当主様ときたら、相も変わらずチャンバラ三昧。道楽も程々にしてくれって話だ。
復讐がしたいという気持ちは理解出来るが、方法は『今の状況』と『自身の実力』に見合った物でなければならない。
自分の手で、と考えているだけでは、夢も理想も遥に遠い。
口で言われただけでは気がつけないのも、理解出来ないのも、今までのやり取りから百も承知。
いっそ、腕の一本でも無くなれば諦めもつく、かな?
流石にそこまですると大事なので、骨折くらいで勘弁してやろう。綺麗に叩き折ってやるぜ。
と、いつも通りのスタイルで戦うつもりだったのだが、もう一つ名案を思いつき、俺もエイマンと同じく訓練用の剣を手に取る。
俺が剣を武器に選んだのが意外だったのだろう。エイマンガ訝しげな表情をした。
「どういうつもりだ?」
「偶には悪くないかと思って。
いつでもかかってこいよ?」
その言葉と同時に切り込んでくるエイマン。
こちらの構えを待たずに踏み込む姿勢は一見卑怯だが、むしろこの場合は高評価だ。
しかし、いくら加点をくれてやっても結果が0点なら、総合評価は赤点必須だ。
切り込んでくるエイマンの刃を力任せに弾き返す。
術裏を一切介さない剣に、柔軟に対応しようと切り返し、次の一撃が俺の眼前に迫る。
実を言うと剣術に関して、全くのド素人と言う訳ではない。むしろ一通りの武器の使用法は魔王軍時代に叩き込まれているから、三節棍や鉤爪のようにトリッキーな武器で無ければ、達人とまでは行かずとも、人並み以上に扱う事が出来る。
ではなぜ、あえての力任せなのか?エイマンに自分の力量の無さを自覚させる為だ。
エイマンの剣術をサラリと躱し、力任せの斬撃を見舞う。以降はそれの繰り返し。
それを数度繰り返すと距離を取られる。
「……剣術もかなりの腕のようだ」
「どこら辺が?ただ振っていただけ何だが?」
「……」
「言っておくが、それはお前が弱過ぎるだけだ。
こんなもん術裏が分からんくても、リーチにだけ気をつければ、何使っても変わらん」
エイマンの険しい表情。
更には剣のグリップを持ち帰る仕草を見せる。
これは気を引き締め治したのではなく、俺の斬撃を受け続けて腕が痺れただけだろう。
もう限界寸前に見える。思いの外早く解放されるかもな。
「んで?ギブアップするなら今の内だぞ?」
「まさかっ!」
話にならん。さっさと片腕叩き折ってやろうと、そう思ったのだが……
対抗戦の時も思ったがエイマンの奴、手加減しているとはいえ、俺の動きを目だけでは追えている。身体だけがついて来れていない……というより、自分で無理に型に嵌めてしまっている感じがする。
元々の実力を隠している。と言う訳ではないだろうが、『何か』を掴みかけてはいるようだ。
などと考察していたら、やや訓練が長引いてしまった。
「ゼェ……ハァ……ゼァ……
何故なんだ……?どうして、こんなにも違う……?」
「んなもん、お前が弱いからに決まってんだろ?馬鹿言ってんじゃねーよ」
十分後、目の前にはボコボコになったエイマンが居た。
当然だが一度としてエイマンが俺の動きについて来れる事はなかった。
見込み違いだったが、仕方がないと言えばそこまでだ。
才能があっても、それを引き出す事が出来ない者は多い。
人間故の甘さ。人間性の保守。その枠の中でのみの生き方。
人であろうとし、他者が当たり前とし、それ以外を否定する考え方。
弱肉強食の生存競争から逃げる為の方便。強気を挫き、弱気を助ける。なんと素晴らしき世界かな。
そんな優しい世界を守る為の体制こそが『数の暴力』だ。
だが、それが通用するのは人間の間だけ。俺達のように「怪物」と呼ばれ、爪弾きにされる者が相手では効果がない。
「それがっ…!一体どうしてなんだっ…!
父上だって、命を賭けて、人質を守る為に戦ったんだっ!それなのに、なぜこんなにも差があるんだ……?」
「言ったろ?
命を賭けたくらいで実力差が埋まるなら、いくらでも誰でも賭けてるっつーの。
命賭ける前に死に物狂いで鍛錬しろよ?努力も無しに強くなれる訳ねーだろ?人生舐めんな」
「私達だって、修練を積み重ねてきたんだっ!それなのに……」
「それこそ知るか。なら逆に、なんでこんなに弱ーんだよ?俺のが聞きてーわ」
『血塗の猟犬』は間違いなく魔王軍の部隊中では最強だった。
だが、それはあくまで部隊行動上での話。個々の実力ではまた別だ。
連中も幹部に次ぐ実力者だが、その幹部連中ですら『魔王』という存在には手どころか指先だって届きやしない。それだけ圧倒的な実力の開きがある。
つまり今、俺とエイマンの間には決して埋める事の出来ない。どうしようも無い差がある。
なぜこんなにも差が出来たのか?……いや、知らねーよ。単なる努力不足じゃない?
「『強さ』に精神論が関係無い事なんて、とっくに理解出来ている……
だけど……なら、私はどうやって皆を守ればいい?どうすれば、この戦争に勝つ事が出来る?」
「知るか、腰ヌケ。
弱音が吐きたいなら、女にでも言ってろ。丁度良いのが近くに居んだろ?」
「君は……っ!君は強いからそう言えるんだ!強いから弱い者に寄り添えないっ!」
「なら、お前?考えた事あんの?平民とか奴隷とかの気持ちをさ?
わかんねーだろ?当たり前だ。強い奴は弱い奴の気持ちなんて考えたりしねーよ。興味ねーからな?
都合の良い時だけ弱者ぶってんじゃねーよ?気色悪ィ」
「……頼む。教えてくれ。どうしたら君のように戦える?」
だから、「知らない」つってんだろうが。
この分だと、俺が「仕方ねー、どんな奴でも三日で強くなれるとっておきを教えてやるよ」とか言うまで食い下がってきそうだ。
というか、そんな『秘密特訓』があれば、クロノアは『血塗の猟犬』を一人で制圧していた事だろう。
それが出来ていない時点で察して頂きたい所だ。そんな事にも気がつかないレベルで追い詰められている。とでも言いたいのだろう。
だが、俺からすれば、まだまだ爪先突っ込み始めたぐらいだ。
もっと死ぬ一歩手前ぐらいでその顔をして欲しいです。
そんなに死にたいのか、なら……
別にコイツでも良いか。
「そうかい。なら……」
そう言いつつ、俺は懐から短剣を取り出す。
脅しではない。本気で目の前の邪魔者を殺すために。
「お前さ?もうここで死ねよ」
「……え?」
短剣をエイマンの首に目掛けて叩き込む。
冗談や試したつもりは無い。防げなければ本気で首を掻っ捌くつもりだった。
辛うじてそれを剣で防ぐエイマンとその首元で鍔迫り合いになる。
だが、ここまでの疲れか、こちらは片腕だと言うのに止めるのでやっとの様子だった。
「くっ……!?どうして……っ!?」
「何言ってんのか知らねーけど。
お前の為に無駄な時間を割くのは金輪際御免だ。という訳で、死んでくれ」
「ぐ…っ!?そんな…っ!?」
「そんな事で、か?
死ぬよ?魔王軍では『こんな事でも』な」
短剣の切先がエイマンの首へと僅かに突き刺さる。
首元まで突きつけられた事でようやく死への恐怖を感じられたのか、少し抵抗する力が増した。
だが足りない。これでは全く足りない。
「わっ…私はまだ……っ!?」
「死にたくないなら頑張んないとなぁ?命懸けで」
短剣に込める力を更に強める。
刃がみるみる首の中へと吸い込まれてゆく。
「あッ…!?ぐぅ……ッ!?」
「どした〜?命懸けられんだろ〜?早くしろよ?
で、ないのなら」
その瞬間に短剣を横に振り抜く。
せめて最後の苦しみを和らげてあげようという優しさだ。
ブンッ!と俺の一撃が空を切る。その一撃は躱されてしまった。
意外だった。今までのエイマンには無い動き。逃すつもりは決して無かった。「完全に本気か?」と問われれば、まだまだ全然ではあるが、それでも今までのエイマンでは回避不可能な攻撃だったはず。
……いや、違う。少し舐めすぎていただけだ。
つまり、一度避けたからどうした?という話。
「それで?だからどうした?
満足したならもう死ねよ?」
「……まだだッ!まだ、終われないッ!!」
最初に自身で立てかけた剣を抜き放ち、勢いよく踏み込むエイマン。
問題は、その構えが今までの物とは明らかに変わる。
お行儀の良い騎士団剣法ではない。荒々しい獣のように刃と殺気をこちらに突き立ててくる。
「おっと」
正直、『これ』には本気で驚かされた。
踏み込みの速さが今までとは段違いに早い。それだけに留まらず、一撃の鋭さが別人級。
数度の刃の撃ち合い、その斬撃には殺意が込められている。
しかも、エイマンは今、【闘気】を身に纏っている。
【闘気】はガーランド帝国発祥の拳法に用いられる技。剣術でも応用出来ない訳では無いが、王国では【蛮勇化】のような強化魔法が主流。
どちらが優れているのかは、単に使用者の技量次第だが、今エイマンは直感で【闘気】を選んだ。
バルゴの見様見真似かもしれないが、結果的に言えばそれは正解。
「うおおおおおおォォォォォォッ!!」
「化けの皮でも剥がれたか?面白ぇ」
ただ力任せのチャンバラでは無く、剣に纏わせた【闘気】を推進力として放出する事で切り返しを早め、それを更に身のこなしにも反映させている。
獣の荒々しさと剣術の繊細さを併せ持つ、独特な戦闘スタイル。
これが出来るのなら、なぜ最初からやらなかったのか?
答えはシンプルで、「ガーランド帝国の技法だから」というだけの理由。
貴族としてのプライドとメンツ。どうやらようやくそれらを捨てられたようだ。
つまり、これは彼の完全な我流剣術。
……だと、そう思ったのだが、どこかで見た事がある気がする。
昔…どこかで……
— 言ったはずだぜ?「死んでも」だってな?
また、会いに来てやったぜ?『デモンズ・ボーイ』—
何かが聞こえたような気がした。耳からではなく、もっと遠いどこかから。
別にその言葉に感情が動く事は無い。懐かしいとか感傷に浸るとか。
そもそも、それが誰の声だったのかも思い出せやしなかった。
だが、何となくそれが何なのかはわかる。
それはかつて『俺が捨てた物』の一つなのだろう。
何も持とうとしなかった俺が、今更何を取り戻そうとしているのか……
まるでそれを思い出させようとするように、心の中でいつかの声が聞こえてくる。
エイマンと打ち合う度に、手に伝わる感触が、遠い記憶を呼び起こそうと、心臓が早鐘を撃ち続ける。
そしてそれを。それが「戒めである」と思い知らされる。
過去すらも捨て去った俺が今更一体何を……と。
その時、エイマンとの剣戟の最中、この訓練場に接近する一団の気配に気がついた。
細かい所は分からなかったが、その内二人はすぐに分かった。
という事は、他の連中もお察しなのだが……
ここまで……だな。
切り返してきたエイマンの白刃、その横っ腹に蹴りを見舞う。
足に引っかかった剣を強引に床で叩き折ると、相手の懐へと短剣を叩き込む。
取った。その確信があった。よもや、その一撃を凌がれるなど微塵も考えもせずに。
「うおォォォォォォ!!」
叩き折って残った剣の僅かな刃でこちらの一撃を受け止める。
反応も早い。既にクロノアレベルに到達している。想像以上の成長速度。
……いや、成長したのではなく、本来の力が引き出された結果。
しかもまだ先が有りそうだ。今までどれだけ自分を抑え込んできたのか。
「……まだ、やれるのか?」
「まだ…っ!まだッァァァ!!」
気がつけば、剣戟は続いていた。
こちらの蹴り技や、徒手による殴打を受けつつも、短剣による致命傷はしっかり避けてくる。
既に折れた剣での間合いはこちらの領分。一方的に攻撃を受けつつも勝ち筋を探っているのが分かる。
「ちょっ!?先輩っ!?」
先に感じていた気配の主達が訓練場へと入ってきていた。
俺が一瞬視線をそちらへ送った瞬間を見逃さなかった。
「【破剣技-喰牙-】ッ!!」
片手で振り回していた剣を両腕で持ち、血管が浮かび上がるほどの力で振りかぶる。
一見隙だらけそうだが、タイミングが抜群だった。
俺はエイマンが振りかぶった瞬間、咄嗟に隙有りで踏み込んでいた。だが、その一撃は予想より断然早い。
もし、これが元の長剣であったなら、回避不能の一撃と化し、俺の身体を真っ二つに両断していた事だろう。
手に持っていた短剣を空中に投げる。
振り下ろされる【破剣技-喰牙-】を両手で挟み、受け止める。
【真剣白刃取り】。いくら今の彼、渾身の剛剣といえど、残念ながら俺が本気になれば受け止めるのは容易い。
……とはいえ、本気にさせられてしまった事は評価せざる負えない。
受け止めた瞬間に膝蹴りで剣を腕から叩き落とすと同時に足を伸ばし、そのままエイマンの顎を足蹴りが射抜く。その後、宙に放ち、天井にぶつかった短剣が落ちてきたので華麗にキャッチする。
「がはッ!?」
壁際まで飛ばされたエイマン。
口からは僅かに血を流している。今ので切ったのだろう。
それを心配して、先ほど訓練場に入ってきたいつもの仲間達、エルビー、ディーオント、そしてシルヴィアとクロノアが駆け寄っていた。
クロノアの奴が「やり過ぎ注意って言いましたよねっ!?」と視線を送ってくる。
いや、当初想定していたよりはやってないよ?むしろボコボコにし足りないぐらい。
「まだだっ!まだやれるっ!」
「おいっ!?どうしちまったんだよ?エイマン?」
気を失わせたと思っていたエイマンだが、どうやら意識は保っていた様子。
「ほら?エイマンだってまだまだやられ足りねーてよ?」と、クロノアに視線を返すが「絶対にやめて下さい?」と睨みつけられる。
……いや、望んだのは俺じゃねーよ?
まぁ、ここら辺で止めにするか。
てか、そもそも俺だってとっくに終わりにしたかったってのッ!!
「ま、ここまでって所だろ?
最後の方は良かったぜ。後はお前次第だ」
「ルーク……」
死の危険が無くなったからか、そう口にすると気を失うエイマン。
昔、魔王との訓練中にここで気を失って、ボコボコのボコにされた苦い記憶を思い出しつつ、何もせずにその場を後にする。
別にエイマンは俺の弟子でも何でも無い訳だし、そこまでする義理もやる気も無い。
言えるのは、「たかが一つの壁を越えただけだ」という事。この先、数多乗り越えなければならない最初の一つ。
この程度で調子に乗るようであれば、そこまでだが……
「まっ、後の事は任せるとすっか。
今度こそ見せつけてくれよ?『仲間の力』って奴を」
彼と彼女達に一つだけ期待を残し、俺は一般組隊舎へと戻って行った。




