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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第1部 The First Savior
9/86

約束


 オッサンから、山岳地帯への進軍を命じられて、数日後。

 勇者と、その小隊メンバーに招集がかかった。

 例の山岳地帯における作戦、その説明会のような物だ。


 ……実際は、もっと重々しい雰囲気だが。


 オッサンの執務室に入ると、すでに中には勇者、ゲイツ、エミリアといった見知った顔と、全く知らん顔の者達が十人ほどいた。

 見知った顔は『生き残りの小隊メンバー』だったが、見知らぬ顔の方は『補充された要員』だろう。


「ちょっと、アンタねっ⁉︎

 一回も見舞いに来ないなんて、どんだけ薄情者なわけっ⁉︎」


 部屋に入るなり、エミリアが詰め寄ってくる。

 彼女が今口にした通り、退院以降一度として治療院に顔を出していなかったのだ。

 俺としては「なぜ?俺が見舞いになど行くと思っていたのか?」という話なのだが?

 それ以前に、俺には行けなかった『正当な理由』がある。


「あのな?お前らがベットで、ゆっくぅーり寝てる間に、誰が報告書やら、始末書やらを書いていたと思ってんだ?あん?

 お前こそ、退院したんなら差し入れの一つでも持って来いっつの!」

「何言ってんのよ!

 始末書を書かなきゃいけなくなったのは、アンタが街の建物を吹っ飛ばしたのが原因なんだから、自分で書くのは当然でしょ!」


 いやだから、その始末書を書かされていたから、行けなかったんだって。

 コイツは自分が言っている事が、矛盾むじゅんしているというのに気がついていないのだろうか?


 ……まぁ、始末書を書いていなくとも、見舞いには行かなかったけどね。


「前から思っていたけど、二人は随分仲がいいんだね?」


 エミリアと睨み合っていると、勇者が声をかけてくる。

 毎日の鍛錬の所為で、最近では城内でも顔を合わせると、声をかけてくるようになっていた。


「これが仲良く見えるなんて、お前目が悪いんじゃないか?治療してもらった方がいいぞ?」


 エミリアも「うんうん」と、その俺の言葉に同調する。

 しかし、その様子を見て、再び勇者は……


「僕の国では『喧嘩するほど仲がいい』って言うんだけど……違ったかな?」

「違う‼︎」「違います‼︎」


 ピッタリと息が合う姿を見て、勇者が「ほらやっぱり」とか言いやがるので、反論しようかと思ったが、そのタイミングで、オッサンが咳払いをする。

 どうやらそろそろ話を始めたいらしい。

 部屋にいた者達が並び始めたので、俺も適当な所に並ぶと、オッサンの説明が始まる。


 作戦の内容自体は、二十年前の物をそのまま使っているらしい。

 山岳地帯内には、いくつか敵を誘い込めるポイントがあり、そこを待ち伏せして部隊が強襲。

 最終的に魔王軍を山岳地帯の、更に西の方角にある廃城へ誘導する。

 そこからが勇者の出番だ。

 追い詰めた敵の指揮官を聖剣でぶった斬ったら任務終了。


 ……簡単に説明するとこんなもんだが、本当に上手くいくのだろうか?


 何せ、一度使った作戦だ。

 魔王軍が対策していないとは到底思えない。

 だが、そんな事は俺よりも、オッサンの方が良くわかっているはずだが……?

 そう考えていると、小隊員の一人がその質問をする。

 オッサンもその点に関しては懸念けねんしているが、何でもお偉いさん方で話し合った結果らしい。

 あと山岳地帯における戦闘で、他に出せる『良い案』も無かった。

 魔族ですら踏破が困難なフィールドなど、人間が取れる手段も限られているという物。

 王国側も、入り組んだ地形を完全には把握はあくできていない為、待ち伏せが一番確実だろうと考えたんだとか。

 最後に「各々気を付けて作戦に挑むように」と伝えると、この日は解散となった。


 俺は解散後、すぐに部屋から出ようとした。

 これ以上、エミリアやら勇者やらに絡まれるのは面倒なので避けたい。

 と、思ったのだが、早速エミリアに捕まってしまう。


「ちょっと!何で何も言わず帰ろうとしてんのよ?」

「そりゃ、用事も終わったし帰るだろ?

 今日も夜勤だし、早く帰らせてくれ」


 一体、エミリアの奴は俺に何を期待しているのだろうか?

 元々そこまで仲良くもないので、一々挨拶などする訳も無かろうに。

 だが、だと言うのに話を続ける。


「そう、なら丁度良いわね。

 これから勇者様と「街に出よう」って話していた所だったから、ほら早く行くわよ」

「……お前な?話聞いてなかったのか?

 俺は「帰る」と言ったはずだが?」


 後ろを見ると、勇者がこちらに手を振っている。

 ……本気なのか?

 いや、俺は絶対に行かない。

 が、しかし……


「まぁ、そう言わず、たまには街に出て羽を伸ばしてこい」


 そう話に割って入ってきたのは、オッサンだった。

 いつの間に、俺の後ろに……

 気配を殺してきやがったって事は確信犯だな?

 そして、勝手に話を続ける。


「作戦が始まれば、次にいつ帰ってこれるかもわからんのだ。

 今出来る事は、今やっておけ」

「あっ⁉︎おいっ⁉︎」


 そう言うと、オッサンは俺の髪をわしゃわしゃとかき乱し、その場から去っていく。


 ……文句を言う隙を奪われた。


何惚なにほおけてるの?早く行くわよ!」


 エミリアはそう言うと、さっさと勇者の方へと歩いていく。

 まだ「行く」とは一言も言っていないのだが……


「しゃーねぇなぁ…」


 仕方なく腹をくくり、エミリアの後を追いかけた。


 ———————————————————


「まさか、本当に君が来てくれるとは思っていなかったよ」

「俺もだ。てか、断ったはずなんだがな?」


 勇者は意味がわからなかったのだろう。 

 聞き返そうとしたが、エミリアの方を一度見ると何かを察したようだ。

 それ以上、この話を掘り下げる事はしなかった。


 今は王城から出て街を歩いているが、魔王軍が国境近くまで迫ってきているとは思えないほどに、いつも通り賑わっている街並みだった。

 この平和な日常が「永遠に続く」と信じているのだろう。

 いや、街の者達だけでは無い。王宮の者達も同じだ。

 皆、今の状況を楽観視し過ぎている。

 最後は必ず、勇者が魔王を打ち倒してくれると信じ切っているのだ。


 ……俺もそうなれたら、もう少し肩の荷を下ろせるかもしれないんだがな。


「ところで、どこに向かうんだ?」

「どこかでご飯でも食べながら話ができたらと思っていたんだけど…おすすめとかあるのかな?」


 そういえば、「街に出る」と言われただけで、どこに行くかまでは言われていなかった。


 ……それにしても、『おすすめ』ねぇ?

 まぁ、誘ったエミリアの方が適当に決めるだろう。


 しかし、そのエミリアはというと、勇者の問いに何も反応する事無く、平然と歩き続けていた。


「おい、勇者様が聞いてるぞ?エミリア?」

「えッ⁉︎私⁉︎」


 なぜ、そこで驚く?

 まさか、俺に案内させようとしていたのか?

 どう考えてもこの流れなら、エミリアのおすすめの店を案内するところだろうに?


 ふと思い出したが、そういえば学院にいた時、休日にエミリアが資料室にこもって、一人で魔法書を読み込んでいる姿をよく目にしていた。

 それに何より、俺とこうして関わっている時点で察してやるべきだった。


 ……この女、やはり今も友達いないな?


 今でも休みの日は、魔法師団の寮で一人寂しく魔法書を読んで勉強しているに違いない。

 俺は一度エミリアの方向を見て優しく頷く。


「仕方がない。俺の知ってる店でよかったら案内してやる」

「ちょっと待って⁉︎今なんでこっち見て頷いたの⁉︎

 何だか、とても不愉快な事を考えていた気がするのだけど⁉︎」


 これからはエミリアには少しは優しく接してやろう。

 そう考え、ぶつくさ文句を言うエミリアを無視しながら、街を歩き『ある店』の前で足を止める。


 『シンドウ亭』だ。

 なぜ俺の名前がついているのか?というと、正確には『父の名前』の方だ。

 何でも、ここの新メニューを父が考えたのが縁で名前をもらったんだとか。


 店の中へと入ると、店員の女性が声をかけてくる。


「いらっしゃい。……あら、ユウキちゃんじゃない!

 …って、今日はどうしたんだい?グレインさん以外の人と来るのなんて初めてじゃないかい?」

「どうも、おばさん。席空いてる?」


 父の名が付けられた店だから、俺自身も幼い頃から良くここには来ていた。

 そして、店を切り盛りしている夫婦とも知り合いだ。

 とはいえ、ここに同世代の人間…と言うより、オッサン以外の者と来た事がなかった為か、いつもよりおばさんのテンションが高めだ。


 一通りの挨拶を済ませた後、俺達は四人がけの席に案内された。

 俺は二人が座った後、対面の席へと腰を下ろす。

 店の壁に、ぶら下げられたメニュー表の中から、「何を頼むか?」と考え込む二人だが、俺はここに来ると必ず頼むのは『カレーライス』だ。

 父も好きだったらしい。

 その後すぐに注文を済ませるが、他の二人も同じ物を注文した。


「…この世界にもあるんだ。『カレー』」


 勇者がボソッと、そんな事を言ったのが聞こえてきた。

 そういえば、このメニューも父が考案したのだと昔聞いた事がある。

 おそらく勇者の元いた世界の料理なのだろう。


「お前より、前に呼ばれた勇者が考えたメニューらしいぞ」

「それって、もしかして君の?」

「……知ってたのか」


 別に隠す為にそう言ったつもりでは無かったが、少しまどろっこしい言い方になってしまった。

 隠したかった訳ではなく、ただ「話すつもりがなかった」だけだ。

 そして、どこで知ったかについても不思議な話では無い。

 王宮にいれば、俺が先代勇者の『出来損ないの息子』だと言う事は耳に入る。


 ……それともオッサンが言ったのかもしれないが。


「…ごめん。あまり聞きたく無い話だったね。忘れてほしい」


 俺が父の死に『トラウマ』でもあると、思っているのだろうか?

 何も思う所が無い訳ではないが、今更それを聞いたくらいで気分を害したりなどしない。


「別に気にしなくて良い。

 正直、父の事をそこまで覚えていないんだ」


 正確に言えば、今でも父との思い出は、確かに記憶の中の一番大切な所にある。

 しかし、それを正直に勇者に言わなかったのは、決して気を使ったからと言う訳ではない。

 その思い出を、他者に教えるつもりが一切無かったからだ。


「へぇ〜アンタも大人になったのね?

 昔はその話をすると、すぐ喧嘩ふっかけてたのに〜」

「そうだったか?よく覚えてない」


 だが、その言葉にエミリアの奴が突っかかって来た。

 この受け答えは、別にとぼけた訳ではない。


 実際、学院時代。

 同期と、よく喧嘩していたのは事実だ。

 だがそれは、向こうが喧嘩を売ってくるような言い回しだったからだ。

 今と同じで周りから嫌われていたから、あえて俺が腹を立てるような事を言ってきたからに過ぎない。

 別にそうで無いなら、目くじらを立てる気はない。


「二人は師団教育学院の同期なんだっけ?

 彼は昔からこうなのかい?」

「そうですよ。

 この男ときたら、貴族だろうが教官だろうが気に入らない事があると、すぐに食ってかかるんですから、大変でしたよ」

「……『田舎者』とか馬鹿にされて、屋内外構わずポンポン魔法打ちまくってた、お前にだけは言われたくないな?」


 自分を棚に置いて言いたい事を言いやがるので思わず言ってしまう。

 この女は元々、南の街出身の辺境貴族だ。

 それゆえ、王都出身の連中に馬鹿にされていたのだ。

 それを聞き、こちらを睨むエミリア。


「あはは……本当に仲がいいんだね?」


 再び勇者が正気を疑う事を言いやがる。

 エミリアが勇者に反論するが、どうせ何を言っても逆効果なのだろう。


「そんな事より、何か話があったから、わざわざ食事に誘ったんじゃないのか?」

「そんな事とは何よ?そもそも…」


 エミリアがまだぶつくさ言っているが勇者が話し始める。


「別に話ってほどの事じゃ無かったんだけど…親睦会みたいな事がしたいなぁて思って。

 ほら?僕達は『オーグスタ』でも一緒に戦った仲間な訳だし。チームワークを良くする為にも、どうかなって…」


 勇者の言う事には一理いちりある。

 小隊で共に戦う以上、チームワークは重要だ。

 しかし、ならばなぜ、よりによってこのメンツなのか?

 俺ではなく、ゲイツの奴を誘ってやればいいものを…


「でも、よく私達生きていたわよね……魔人と戦ったのに。

 正直、今でも不思議よ」


 『オーグスタ』での戦いの事を、今更になって思い出したのかエミリアがそう言う。

 実際、俺は二度目なので、そこまで不思議に感じてはいなかった。

 だが、魔人〈アウロラ〉は『四帝』の一人。

 それをあれだけの犠牲で仕留めるに至り、更に全員五体満足でいられるのは奇跡だ。

 その奇跡も、目の前にいる勇者様のおかげなのだろうな。

 ……俺だって、結構頑張ったんだけどね?


「不思議とか簡単な言葉で片付けやがって。

 俺が何回、死を覚悟したか……

 とはいえ、次は更に辛い戦いになるだろうな」

「『次の戦い』か……実際の所、上手くいくと思うかい?」


 勇者が俺達に問う。

 ここで二人を安心させる為に言葉を発するなら簡単な事だ。

 「前回も上手くいったから、今回も必ず上手くいく」だ。

 ……しかし、何事にも『心構え』というのは必要だ。

 知っていれば、もしもの時に備える事もできる。


「正直、全てが上手くいくとは思えない。

 確かに、魔人って連中は『力任せな戦法』を好む傾向にある。圧倒的な力ってヤツを持っているからな。作戦とか策略とかってのは必要無いと思ってるんだろう。

 今回の作戦は、『そういう今までの傾向』を元に立てられた物でもある。

 だが、魔王軍も馬鹿じゃない。一度失敗したのに、また全く同じように攻めてくるとは思えない。

 まぁ、とはいえ今の段階で言えるのはそれくらいだ。あまり深く考えてもしょうがないし、後は成功を祈るくらいしか出来ないな」


 これでも少しは楽観的な方向で話したんだが……二人の雰囲気が若干暗くなる。

 少し不安にさせてしまったか?その場の空気が少し重くなる。

 とその時、丁度頼んでいた料理が運ばれてきた。

 スパイスのいい香りが、さっきまでの空気をかき消してくれる。

 勇者は見るなり「本当にカレーだ…」と言い食べ始める。


 エミリアはと言うと、カレーは食べた事がないのだろう。

 オドオドしながら一口食べると、どうやらお気に召したようだ。

 次々と口の中にカレーを運んで行く。


 しかし、料理ってのは不思議なもんだ。

 昔、同級生と喧嘩をして家に帰るとオッサンに良く怒られていた。

 だがその後は決まってこの店に来てたっけな。

 美味いものを食べると、自然と気分が良くなるものだ。


「ま、なるようになるさ。

 前回だってそうだっただろ?」


 そう言うと二人は頷く。

 そして食べ終わると、この日はここで解散となった。

 俺は夜勤があったので、そのまま帰って寝ることにしたのだった。


 ———————————————————


 勇者達との会食の夜。


 いつも通りの巡回のはずだったのだが、今夜もお客さんが待っていた。

 また、オッサンか?今度は何のようだよ?と思っていたのだが……


「っ⁉︎」


 だが、それはいつものオッサンでは無く、意外な人だった。

 

「こんばんは。ユウキ。

 久しぶりですね?」

 

 それは『ティアラ』だった。

 ……正直驚いた。

 今まで、こんな事は一度として無かったからだ。

 しかも、彼女の部屋の前には、護衛の騎士がいて、移動の際は一緒についてくるはずだが、その姿は見当たらなかった。


「……どうして、ここに?」

「叔父様から聞いたんです。

 ユウキが全然会いに来てくれないので、こちらから来てみました。

 驚きました?」

「驚いたのもそうだが、どうやってきたんだ?護衛の騎士は?」

「窓からロープを使って降りてきたんです!」


 と、胸をはり自信満々に言うお姫様。

 最近の彼女の素行からはあまり想像はできないが、子供の時はかなりのお転婆娘てんばむすめだったのだ。

 しかし、今まではここまで強引ごういんな方法で、俺に会いに来る事は無かった。

 用があればオッサン伝いで、俺を呼び出していたのだが……

 いや、実際には「会いに行く」よう言われていたが、無視した為に、この行動に出たのだろう。


「おいおい?今頃、護衛連中が血眼ちまなこになって探してるんじゃないのか?早く部屋に戻ってやれよ?」

「それでは部屋を抜け出した意味が無いでしょう?

 ……また、戦地に向かうと叔父様から聞きました」

「今度は山岳地帯だそうだ。

 ……ちょっと、長くなるかもな」

「長くなるかもしれないのに、会いにきてくれないなんて、ユウキは本当に薄情者ですね?」


 そう言うと、むすっとした顔をするティアラ。

 俺は返答に困り、頭を掻く。

 

 ……とりあえず誤魔化しておくか。

 おそらく、通じないだろうが。


「……明日辺り、時間を作ろうと思っていたんだ。

 何せ言われたのは今日だったし、その後は勇者達と話をしていたから」


 ティアラが「本当に?」と疑っているが、当然嘘だし、本人にもバレてるだろうな。

 俺が気まずそうに返答に困っていると、話題を変えてくれる。


「それにしても意外でした。ユウキが勇者様と仲が良いなんて」

「……いや、待て。

 なぜ、俺が勇者と仲が良い事になっている?」


 ティアラがキョトンとした顔をしながら答えた。


「勇者様がよくユウキの話をしますし、剣術を教えているとの報告も受けています。

 それに今日もお話をされていたのでしょう?ユウキがわざわざ時間を作ったのですから、それは仲の良い証拠です」


 俺が話をする時間を作っただけで『仲良い』とか、どんだけ「友達いない」と思われているんだろうか?

 この定義で言ったら、友達百人簡単に作れそうだ。


 ……いや、俺には無理かもしれない。


「勇者のヤツ、俺の話とかしてるのか?

 さぞ、悪口を言いまくってるんだろうな?」

「そんな事ありませんよ。

 『ユウキは凄い』っていつも言っていますよ」


 ……本当か?

 正直、剣でひたすら打ちすえまくってるだけだから、められる要素ないと思うのだが?


 そこで、ふとティアラが空を見る。

 俺も同じように空を見た。

 雲一つ無い夜空に星が瞬く。


「こうしていると、魔王軍がすぐ側まで迫って来ようとしていると、実感があまり持てませんね。

 この日々が永遠に続くとそう思ってしまいます」

「……続くさ。勇者が魔王軍を止める。

 王都が攻撃を受ける事はない。全て上手くいくさ」


 俺は勇者とエミリアに言った事と、真逆とも言える事を言ってしまう。

 彼女の不安を少しでもやわらげたかったのか、それともその後に彼女から言われるかもしれない言葉を恐れてか……


 しかし、想像していた受け答えとは違っていた。

 ティアラは首に下げていたペンダントを外すと、俺に差し出してきた。

 それが「何なのか」、俺は知っている。

 死んだ王妃、彼女の母の形見の指輪をペンダントにした代物だ。

 しかも、『ただの指輪』では無い。

 それは『魔法具』だ。

 

『魔法具』

 魔法を付与した道具の事。

 この指輪は、一度だけ防御魔法を使う事のできる代物だ。

 使用後は粉々に砕けてしまう。


「ユウキ、これを……」


 そうは言われる物の、その場で少しの間、硬直してしまう。

 ……「受け取れ」と言う意味なのだろうか?

 とはいえ、母の形見である以前に、とても高価な代物だ。


「流石にそれは貰えないだろ?」

「誰が『あげる』と言いましたか?貸してあげるだけです。

 この指輪は身につけている者をわざわいから守ると言われているのですよ。

 だから……必ず返してくださいね?」

「なんか言ってる事、無茶苦茶じゃないか?

 それ使ったら砕けるんだぞ?」

「だから『使うような危険な事はしないように』と言うお守りです。

 良いから…」


 ティアラはそう言うと、勝手に俺の首にくくり付ける。

 彼女が首に手を回すと、顔がすぐ側まで近づいてくる。

 フワッと揺れる髪からはとても良い匂いがした。

 ……と、そんな事を考えている間に、首へとペンダントを付けられてしまっていた。


「ユウキは怪我ばかりするので、しっかり守って貰ってください」

「……わかったよ。姫様のおおせのままに。

 そろそろ部屋に戻ってやれ。今頃、気がついた騎士達が慌てて、城中を探し回っているかもしれないぞ?」


 そう言うと満足したのか、ティアラは頷き、二人で帰路へ着く。


 最初、ティアラは来た時と同じようにロープから戻ろうとした。

 それを必死に止め、普通に表から部屋に入るように説得するのは中々骨が折れた。

 心配だったので、部屋まで付き添うと、護衛の騎士が彼女を見るなり駆け寄ってきた。

 事情は説明したが、めちゃめちゃ睨まれた。


 というか、結構な時間、お姫様、お散歩していらっしゃったよ?

 なのに、気が付かない自分達の無能さを棚上げして、俺に八つ当たりすなよ?

 ティアラの手前文句は言ってこなかったが。


 最後、別れ際にティアラが口を開く。


「必ず帰って来て、今度はユウキから会いに来てくださいね?」

「……あぁ、おやすみ」


 そう言うと、彼女は部屋へと戻っていった。

 俺も文句を言われないように、その場からすぐに立ち去る。


 ……きっと、彼女には見透みすかされているのだろうな。


 例えどんな状況におちいろうと、俺には『勇者を守る』と言う任務がある。

 だから、俺は「必ず生きて帰ろう」だなんて考えていない。

 もし、一度でも彼女に「行かないで欲しい」と言われていたなら、俺はとても困っていただろう。

 だがそれは、決してまだ「生きていたい」とか、「彼女の側にいたい」とか、そんな考えではない。

 俺は、絶対にこの戦いに、戦場に向かわなければならない。

 今は亡き、先代勇者の……父の代わりに。


 だからその為に、俺は彼女を説得しなければならなかったのだが……

 その為の言葉を、俺はしぼり出す事ができただろうか?

 彼女はそれを分かっていたから、俺の考えをんでくれたから、その言葉を言わず見送ってくれようとしているのだろう。

 でも……それでも彼女には、俺に言いたい事があって。

 でも、気を遣って言えなくて。

 『本当の言葉を言う事はしなかった』というの事を、付き合いが長いとわかってしまう。

 そして俺はまた、彼女のそんな顔を無視して、一人で行こうとしている。

 だけどもし……もしも、全ての戦いが終わった時、まだ俺のこの命が残っていたなら、その時は……


 俺は決して口には出来ない『その約束』を心に秘めたまま、今日も巡回へと戻った。


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