剣術指南
それは、昔の話。
王妃だったティアラの母が死んで、すぐの事だった。
泣き疲れて寝てしまった俺は、夜中にトイレに行こうと廊下を歩いていると、ティアラの部屋にまだ明かりがついていることに気がつく。
ふと声をかけようかと、その部屋に入ろうとするが扉のドアに手をかけるが……そこで中へと入るのをやめる。
なぜなら中から彼女の泣き声が聞こえてきたからだ。
父が死んだ時も、王妃が死んだ時も彼女は俺を慰めてくれた。
彼女は俺の前では強く、決して弱音を吐いたり涙を流す事はしなかった。
しかし、それは悲しく無かった訳ではない…ただ我慢していただけだ。
だがその時、俺は彼女に何と声をかけてよいのか分からなかった。
自然と手がドアから離れ、その足は部屋から遠ざかり、尿意の事も忘れ自室へと戻る。
……俺はその時、彼女から逃げたのだ
そして、そんな弱い自分自身に対して心底腹がたった。
あの時からだろう。
本当の意味で、強くなりたいとそう思うようになったのは。
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「……全然、終わらねぇ」
「口より手を動かさんか。手を」
俺にそう言ってきたのは、今いる部屋の主人にして、騎士団長のオッサンだった。
あの戦いから一週間が過ぎていた。
『オーグスタ』での戦いは、指揮官である魔人〈アウローラ〉が死んだ事で敵軍は撤退。
俺達は多くの怪我人と共に、王都の治療院へと移送された。
俺自身の怪我は、見た目こそ全身傷だらけで酷い有様だったが、致命傷になるような物は無く、すぐに退院できる事となった。
エミリアは魔力の使い過ぎで極度の疲労状態との事。
もうしばらく安静にしなければならないんだとか。
とにかく、ベットから恨めしそうに睨んでくるエミリアを尻目に、退院したまでは良かったのだが……
治療院を出た俺を待っていたのは、騎士団長と数人の騎士達。
俺は、彼らに騎士団長の執務室に連行され、朝から休憩無しで報告書やら始末書を書かされていた。
「もう、夕方だろぉ……?
続きは明日にしてくれよぉ……?」
「ダメだ。どうせお前、逃げるだろうが?」
俺は今までこういった書類仕事は殆どした事がないのだ。
一枚書くのにも四苦八苦しているのを、横でオッサンが何やら楽しそうに眺めていやがる。
「てか、勇者に書かせろよぉ?
アイツ、入院して無いだろう?」
「龍人殿がこの世界の文字を書ける訳がないだろう?
いいからさっさと手を動かせ!手を!」
……何と言う理不尽。
本来であれば、こういった公務は小隊長のゲイツの仕事なのだが、先の戦いで死…いや、何とか一命は取り留めた物の、全身の火傷が酷く復帰するにはまだ時間がかかる。
他の小隊員も数名生き残った者がいたのは不幸中の幸いと言った所か。
何せ、今回襲撃してきた魔人〈アウローラ〉は『四帝』の一人。
一年前、俺が大怪我を負った『殲滅卿』も『四帝』の一人だったが、あの時の被害に比べれば、今回はかなり少なかったと言えるだろう。
それもこれも全ては『勇者様のおかげ』だ。
と話している者達を治療院や、ここに来るまでの道中よく耳にした。
俺もかなり頑張ったはずなのに、手柄は全て勇者の物で、後始末だけが全て回ってくるなんて……この仕打ちは酷すぎるのではないだろうか?
「おい、ユウキ?そこ間違っているぞ?書き直せ」
そうは考えながらも、必死こいて報告書を書いていたが、オッサンに書類のミスを指摘される。
カタカタカタカタっ!
別に意識してやっている訳ではないが、肩が怒りで震え、机が軋む。
……ダメだ。もう我慢の限界だッ!
「あァァァァァァァァァァッ‼︎
もう無理ッ‼︎騎士団辞めますッ‼︎お疲れ様でしたッ‼︎」
そのまま、机に突っ伏し、ボイコットを宣言する。
これが今の俺にできる、『最大の抵抗』だった。
その様子に呆れた様子を見せるオッサン。
「ハァ…わかった。
今書いてる分を書き終えたら、今日は帰っていいぞ」
「ホントか⁉︎後から『やっぱりやれ!』とか言っても絶対帰るからなッ!」
その言葉を待っていたのだ。
俺はすかさず、起き上がると食い気味にオッサンに言う。
「突然、元気になりおって……本当だ。ただし明日絶対に逃げるなよ?
逃げたら本当に終わるまで、この部屋から出さんからな?」
「あぁ、国王陛下と勇者様に誓って」
「こう言う時だけ調子の良い奴め」
こうして俺は何とか書類の山から解放されるべく、目の前の報告書を書き上げるのだった。
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「てか、結局あれから三時間近くかかったぞ…」
執務室から解放された俺は、文句を言いながら帰路についていた。
既に空は夕焼け模様が終わりかけ、俺の今の気分のように日が沈みかけている。
これが明日もだ…と思うと気が滅入ってくる。
これならば、オーグスタで魔人と戦っていた時の方が気分的にはマシだった。
明日は何とかして逃げられない物か、と考えながら王城の中を歩いていると……
シュッ‼︎シュッ‼︎と中庭の方から空気を割くような音が聞こえてきた。
その音の正体はすぐに分かる。
それは俺にとっても聴き慣れた音、剣を振る音だ。
だが王宮の中庭で素振りをするなど、「どこの馬鹿か?」と思いながら、そちら見てみると、そこにいたのは勇者だった。
思えば、勇者の剣の腕がどのくらいなのかを俺は知らない。
アウロラとの戦いでも、まともに剣を交えてはいなかったからだ。
何でも、元の世界では『剣道』なる剣術を習っていたと、オッサンから聞いている。
実際に素振りの姿勢を見ても、全くのズブの素人という訳ではないようだ。
その姿勢は様になっている。
……だが同時に、あまり意味も無いように感じた。
「やぁ、もう怪我はいいのかい?」
勇者はこちらに気がつき、そう声をかけてきた。
額からは汗が流れ落ち、息も若干荒い。
結構な時間、その場で素振りを行なっていたのだろう。
「あぁ、まぁな。お前はこんなとこで何やってんだ?」
「何って剣の鍛錬だよ。こうして素振りを…」
そんな事は言われなくてもわかっているのだが……
まぁ、今の質問の仕方は俺が悪いか。
普通は、そう受け答えをするだろう。
「ふーん?んで?それ意味あんのか?」
「…意味?」
なので、俺は言葉を付け足した。
本来、聞こうとした『その言葉』を。
しかし、勇者は首を傾げ、俺が何を言っているのかわからないと言った様子でこちらを見ていた。
「剣を振る姿勢はもう出来上がっている。今のお前に圧倒的に足りていないのは経験だ。
んな事している暇があんなら、誰でも良いから手合わせでもした方がいい。ただ闇雲に剣だけ振ってたって時間の無駄だぞ?」
剣を振るには、体力と姿勢は重要だ。
だが勇者の素振りを見る限り、もうその二つは十分に身についている。
剣術…と言うより、戦いにおいて最も重要なのはその先。
技や立ち回りなど、その状況に応じた柔軟な対応と考え方、そして自分を律し、信じる心。
心技体、全てが揃ってこそ、その真価を発揮する事ができる。
「……じゃぁ、少し相手をしてくれないかな?」
そう言うと、勇者は持っていた剣をこちらに向けてくる。
刃を潰した練習用の剣だ。
しかし、確かに「誰でも良い」とは言ったが、まさか俺を選んでくるとは……。
「断る。何で、俺がそんな面倒な事を?」
「君の事は団長さんから聞いたよ。『王国一の剣の使い手』だと」
……本当かっ⁉︎
あのオッサンめ、また適当な事を言いやがって……
確かに、オーグスタへ行く前に、そんな世迷言を口にしていたが、まさか他の者にまで言っていたとは。
「オッサンめ、口から出まかせを。
あのな?俺が聞いているのはそういう事じゃなくてだな…」
そう俺が聞いているのは、彼が手合わせしたい理由では無く、俺が相手をしなければならない理由だ。
まぁ、勇者が何を言ったとしても、そんな理由ありはしないのだが……
「僕は……強くなりたいんだ。
この間の戦いの時、感じたんだ。君は他の誰にもない本当の意味での『強さ』っていうのを持っているような気がする」
「……」
本当の意味での『強さ』……か。
そんな物、俺が持っている訳が無い。
持っていると言うのなら、なぜ俺は肝心な時に何時も何もする事できないのだろうか……と、今までの事を思い出させられてしまう。
今日は本当に『最悪の日』だ。
朝から慣れない書類作業に追われ、終いにはこの有様だ。
思わず、日が沈み、暗くなった空を見上げて、溜息を溢す。
余計に陰鬱な気分になって、再び目の前の勇者と向かい合う。
……良いだろう。
コイツで今日の鬱憤を晴らしてやる。
「……分かった。良いぜ。
ただし、ここではダメだ。騎士団の宿舎の方に古いが道場がある。ついて来い」
こんな所で剣を振っていればお偉いさんからどんな文句を言われるか分かったものでは無い…勇者のコイツは何も言われないだろうけど。
これ以上、始末書が増える事だけは避けたい。
騎士団宿舎の隣にある道場。
今は新しい道場が騎士団の訓練用の区画に建った為、あまり使われていないが、俺は時々ここで剣術の鍛錬をしている。
誰も来ないから丁度良いのだ。
宿舎が近い為、あまり音を立てると、文句を言われそうだが、使っているのが勇者なら煩く言う者もいまい。
道場の中へと入りつつ、途中宿舎から貰ってきた種火で、道場に灯りを灯す。
松明の灯りでは、少々薄暗いが、剣術の稽古程度ならば問題あるまい。
勇者は俺と向かい合うと、再び練習用の剣をこちらに向けてくる。
「そいつをよこせ。
お前は《《それ》》を使え」
そう俺は勇者の腰にある『聖剣』を指さす。
それに対して勇者は驚いた様子を見せた。
「いや、でも……もし当たっちゃったら……」
「お前は一体何の心配をしている?」
俺は生身のまま、練習用の剣を構える勇者に踏み込む。
勇者は目では俺の動きを追ってくるが、身体はついて来れていないようだ。
その手から握っていた剣を奪い取り、そのまま軽く蹴り飛ばす。
勇者の体は宙を舞い、数メートル飛ばされると床に倒れた。
「言っておくが、俺は騎士団長殿みたいに優しくは無いぞ?
手取り足取りなんて教えてやる義理は無いからな。
強くないたいなら、俺から技を盗んでみせろ。
それとも、今からでもギブアップしとくか?」
「……いや、望むところだ‼︎」
勇者は聖剣を鞘から抜くと斬りかかってくる。
だがその太刀筋には、まだ遠慮が見て取れた。
……全く、舐められた物だ。
気の抜けた一太刀が、俺に当たるとでも思っているのだろうか?
俺はその一撃を軽く受け流すと、勇者の腹部目掛けて剣を打ち込む。
「がはッ⁉︎」
勇者は再び宙を舞い、さっきより飛ばされると床に倒れる。
……少しやり過ぎたか?
だが、その心配をよそに勇者は立ち上がると再び剣を構える。
その顔は、さっきまでの遠慮まじりの、どうしていいかわからない間抜け面では無い。
本気で目の前の相手を倒そうとする闘志が見てとれた。
……なんだ、コイツもこういう面ができるのか。
その後も俺が一方的に勇者を剣で打ち続ける展開が続いた。
最後の方は多少マシにはなっていたが、この腕で戦場に行っていたら間違いなく死んでいただろう。
どれくらい打ち合っていただろうか?
勇者は息を切らしその場に仰向けに倒れ込んでいた。
……正直、俺も疲れた。
何せこの男ときたら、打ち込んでも打ち込んでも、アンデットみたいに立ち上がってくるのだ。
てっきり、最初の数分で音を上げるものと思っていたのだが……
「……これぐらいにしておけ。明日も鍛錬があるんだろ?今日はもう帰って寝ろ」
朝からの書類作業で疲れ切っていたのに、「鬱憤を晴らそうとした」のに当てが外れてしまった。
しかし、明日に差し支えると言うのは間違いはないだろう。
……決して俺が根比べで負けた訳では無い。
あくまで勇者の事を心配しての、優しさから出た言葉だ。
「……明日もお願いできるかな?」
だと言うのに勇者の奴は、耳を疑う言葉を口にしやがる。
……正気か?
ここまでボコボコにされて、まだ続けようと言うのか?
正直、断ることは簡単だ。
……と言うより「断る」一択なのだが。
だが、ここで俺が断ると、まるでこっちが音を上げたみたいだ。
「……明日も同じ時間だ」
そう言うと、俺は道場を後にした。
自分の負けず嫌いな性格を呪い、面倒な事になったと思いながらも自室へと戻った。
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あれから、また三ヶ月が過ぎた。
あの後、数日間の執務室漬け生活を脱し、通常のティアラの護衛任務に復帰していた。
その間も、勇者との鍛錬は毎日欠かす事なく行われた。
「早く音を上げないか」と厳しい鍛錬をしていたつもりなのだが……
勇者め。弱音一つ吐く事無く、俺に喰らい付いてきやがった。
今では日課のような物にすらなっている気がする。
……だが、決して好き好んでやっている訳では無い。
あくまで仕方なくだ。
今日も今日とて、勇者との鍛錬を終え、夜間巡回の任務についていると、中庭でまたオッサンが待ち伏せをしていた。
「よう、またサボりか?」
毎度の嫌味な挨拶を済ませると、オッサンが口を開く。
「すでに噂は耳にしていると思うが、魔王軍が北西の山岳地帯へと進軍し、こちらに向かってきていると言う情報が入っている」
オッサンが口にした通りだ。
ここ数日、王宮内でそう言った噂が流れていたのは、俺も知っていた。
「……確か、前回の大戦の時も、そのルートから進軍して来たんだっけ?」
「そうだ」
二十年前の大戦時…俺の父が先代の魔王を倒した時の事だ。
セントフィリア王国の北西部と北東部、『オーグスタ』からは西と東に位置する場所は、山岳地帯になっている。
その為、進軍する事が容易では無い。
だからこそ、『オーグスタ』を攻め落とそうとしていた訳だ。
だがそれを諦め、迂回する手段をとってきたのだ。
おそらく『勇者の存在』が後押しし、長期戦は不利だと考え、強行策に出たのだろう。
しかし、魔王軍の魔族達は、人間より体力や身体能力に優れている。
その為、山岳地帯の進軍も可能だと考えた結果だ。
それが敗戦へと繋がってしまう事になるのだが。
つまり、今までこのルートを使わなかったのは、二十年前の敗戦の際、ここが最後の戦場となり、魔王が倒されたからだ。
それらを踏まえて、今回の進軍は『かなり大規模な部隊』が攻め込んできていると言う事なのだろう。
おそらくは率いているのは『四帝』か『魔王本人』だ。
「それで?わざわざ言いに来たって事は、今度はそっちに行けって事か?」
「…そうだ。お前にはまた、龍人殿や小隊と共に山岳地帯へ魔王軍の迎撃に向かってもらう事となった。
今度は『訓練では無く』……な」
『訓練では無く』。
その言葉が一体何を意味するのか……考えてみれば、前回も『訓練』と言う名目だったが、結局戦闘になってしまった。
その事を考えれば、今度は最初から「実戦に向かう」という心の準備ができると言うものだ。
……まぁ、俺は元々その準備はしていたけど。
何より王都に戻ってきてから、また再びの嫌がらせ生活に更には書類作業だ。
一刻も早く戦線に復帰したい。心の底から。
「なるほど、了解。
丁度、御守りにも飽きていた所だ」
「御守り、か…」
……しまった。余計な事を言ってしまったか?
俺が勇者と鍛錬している事は、誰にも言っていないが、おそらくバレているのは間違いないだろう。
案の定と言うべきか、オッサンはクスリと笑みを浮かべる。
「……何だよ?」
「最近、龍人殿の剣術の上達には目を見張るものがある。一体誰のおかげかと思ってな?」
チッ、やっぱ知ってやがったか……
まぁ、宿舎近くの道場であれだけ派手に修練していては、気が付かれない方が「おかしい」という話だ。
「……勇者が自分で言ったのか?」
「いや、随分前から宿舎近くの道場で、『お前が龍人殿をこっ酷く剣で打ち据えている』と報告を受けていた」
随分、人聞きの悪い言い方だな?
ただ俺は鍛錬に付き合ってやっていただけだと言うのに。
「ハァ……できればもう始末書は勘弁して欲しいんだが?」
「安心しろ。そんな事は言わん。
ただ…意外だったからな。まさか、お前が龍人殿に剣を教えているとは」
「別にそんなんじゃない」
実際、教えている訳では無い。
勇者が勝手に俺から盗んでいるだけだ。
しかし……
「……なぁ、オッサン?親父に剣術を教えたのは、アンタだったよな?」
「急に何だ?正確には当時の騎士団長だったが、私もその場には立ち会っていた。それがどうした?」
「勇者ってのは、皆アイツみたいに強くなるのが早いもんなのか?」
その俺の問いに、少し思い出すように考え込むとオッサンは答える。
「確かに先代勇者…お前の父親も、剣の上達は早かったな。何でも元の世界で武術を習っていたとか。
歴代のどの勇者も、ある程度『心えがある者』が呼ばれると聞くが…さっきから一体どうした?」
そこまで話すと、不思議そうな顔で俺にそう問うオッサン。
あまり口にするつもりは無かったのだが、もう鍛錬の件がバレた以上、隠しておく必要もないだろう。
「……たったの三ヶ月だ。
あの勇者め。確かに『技は盗んで覚えろ』と言ったが、こうも簡単に盗まれると自信を失うってもんだ」
そう言うと、オッサンが笑い出す。
人が落ち込んでいると言うのに、なぜに上機嫌なのだ?このオッサンは。
「アンタこそ、急にどうしたんだよ?」
「いや何。お前が他人を褒めるのを聞いたのは初めてだったからな」
「別に褒めたわけじゃねぇよ!
ただ、こっちが十年かけて培ってきたもんを簡単に飛び越えられちゃーな。
……認めざるおえないだろ?」
そう、『たったの三ヶ月』だ。
この数ヶ月の鍛錬だけで、あの勇者は驚くほどに強くなった。
最近では、この俺が一日一本取る事すら、四苦八苦しているほどだ。
聖剣という、アドバンテージがあるとしても、この成長の早さは異常という他無い。
とはいえ、それでも今まで一度たりとも、敗北を許した事はないが。
……だが、ここまですぐに追いつかれては、認めなくてはならないだろう。
『自分』では無く、『あの男』が勇者に選ばれたという事を。
「チッ、もう話が無いなら、俺は行くぞ?」
言い終えると、俺は未だに腹を抱えて笑うオッサンに背を向ける。
もう話もないだろう。……今は一人になりたい気分だった。
「出陣前に嬢ちゃんとしっかり話すんだぞ?」
去り際に、前と同じ事を言われる。
それに対する回答も前と同じだ。
後ろ向きのまま、手を上げた。
「……ユウキ、私からすればお前とて同じさ。
私が三十年間培ってきた物を簡単に飛び越えていった。お前はもっと自分を…」
オッサンが何やら呟いていた気がしたが、内容は聞こえなかった。
呼び止められる事もなかったので、大して重要な内容では無かったのだろう。
俺はそのまま巡回に戻った。