勇者の戦い
魔人の女と共に、自身が巻き起こした爆発による建物の崩落に巻き込まれた。
だが、思いの外、軽症で済んだようだった。
全身色々な所が痛むが、骨が折れている様子は無く、何とか瓦礫の間から這い出れそうだった。
「よっこいせ…っと!」
瓦礫の山から出ると、周りを確認する。
爆薬を仕掛けた建物以外の他の建物も崩壊し、辺りが瓦礫まみれで見晴らしが良くなってしまっていた。
「後先考えずにやっちまったけど……これは、後で始末書か?」
本来なら投獄されてしまうであろう重罪だろう。
だが一応、魔人迎撃という、緊急事態に際し、行った措置。
必要経費みたい物だと思って欲しいのだが……まぁ、後の事は後で考えるとしよう。
とにかく、今はこの場から離れる事が最優先だ。
それは決して罪を犯し、「ここから逃走しよう」としている訳ではない。
魔人から逃れる為、仕方の無い行為なのだ。
だが、大通りの方へ走り始めようとしたその時。
「ッ⁉︎」
ドゴンッ‼︎と、またもや鳴り響く轟音と共に、俺の体は周囲の瓦礫と共に吹き飛ばされる。
大道りまで飛ばされ、その場に転がる。
だが、惚けている場合では無い、すぐに音のした方向へと視線を向ける。
さっきまで立っていた瓦礫の山。
その上へと佇む、魔人の女。
女は体についた砂埃を手で払っていた。
「……まぁ、そう簡単にはいかないよな?」
「倒せた」とは思っていなかったが、気絶くらいはしてくれてると助かったのだが。
魔人は魔力が膜のように、その身体を【魔力外殻】が覆っている。
故にどれだけ物理的にダメージを与えようと、その膜に当たるだけだ。
衝撃くらいは感じるだろうが、その身体を傷つける事は出来ない。
だから、聖魔法でしか倒す事が出来ないのだ。
「そこにいたのね?
どうやら、まんまと貴方に騙されてしまったみたいだけれど。
ここまで付き合ってあげたのだから、迷惑料として勇者がどこにいるのか教えてくれないかしら?」
魔人の女は手をかざし、魔法陣をこちらに向けながらそう言った。
俺が「勇者では無い」事は既にバレていると思っていたが……やはり「勇者がこの街にいる」事を知っているようだ。
だが、細かい場所までは把握出来ていない様子。
ならば問題は無い。
このまま、時間稼ぎを続行するのみだ。
「何を言っている?この街に勇者なんていない」
「隠しても無駄よ。さっきこの街から『聖剣の魔力』を感じたわ。
だから、こちらから挨拶をしに来たのだけど……出てこないと言う事は、勇者はまだ戦う準備が出来ていないようね?」
魔人の女は思っていたより、ずっと知能が高いようだった。
そしてやはり、『勇者の居場所』……というよりは、『聖剣の魔力』を感じる事ができるようだ。
だが、ここで『一つ疑問』が生まれる。
だとしたら、なぜ今『聖剣の場所』を感じる事ができないのか?と。
そこまで考えて「……そういえば」と。
出陣式での一件で、勇者が騎士達の前で指揮官の男に言われるがままに聖剣を鞘から抜いて、皆に見せていた事を思い出した。
つまり、聖剣が鞘に収まっている時は、その魔力は抑えられている状態という事か。
しかし、ならば尚の事、エミリアと逃走している『勇者の安全』は「確保出来ている」と言って良い。
後は、不測の事態が起きて、聖剣が鞘から抜かれさえしなければ、それで全て上手くいく。
「まぁ、いいわ。
貴方、まだ何か奥の手を残していそうだし、時間を稼がれるのも面倒だから、そろそろ死んでもらうわ」
魔人の女はそう告げると、容赦なくこちらへと炎弾を次々放ってくる。
俺はそれをとにかく走りながら避け続けた。
炎が地面に衝突すると爆発し、周囲に爆風を巻き起こす。
体が吹き飛ばされそうになるが、何とか持ち堪え、体勢を立て直しながら走るが、その間にも魔人は炎弾を打ち続けてくる。
「チッ⁉︎」
足場が悪い状況と、この爆風。
これでは近づく事は愚か、避ける事もまともに出来やしない。
それでも攻撃を避けながら、頭を回転させ続ける。
敵の侵入を許したとはいえ、ここは『城塞都市』だ。
時間を稼ぎさえすれば増援が必ず来る。
だが、そう考えた瞬間、爆発にまともに巻き込まれ、その場に倒れ込んでしまう。
「さようなら、偽勇者君」
それは足が止まった俺への魔人の女の止めの言葉。
きっと魔人は『勇者の囮で逃げていた俺』への、当て付けでそう言ったのだろう。
だが……その言葉に俺は無性に腹が立った。
何とか立ち上がり、迫り来る炎弾を回避しようと試みるが、どう考えても時間が足りない。
他に考えを巡らせ、それを防ごうと考えるが、その手段が一切思いつかない。
……万事休すか。
そう思った時だった。
炎弾に向かって飛んでくる『もう一つの炎弾』。
その二つはぶつかり合い、空中で爆発する。
……間に合った!
どうやら増援が間にあってくれたようだ。
魔法が放たれた事から察するに、魔法師団も来ているのだろう。
そう思い、炎弾が放たれた方向を見て、俺は愕然とする。
なぜなら、そこに居たのが、期待していた増援ではなく、逃げたはずの『エミリア』と『勇者』だったからだ。
しかも勇者の奴は、今まさに聖剣を鞘から抜こうとしていたのだ。
「よせっ‼︎剣を抜くなっ‼︎」
慌てて叫ぶが、勇者は聖剣を抜いてしまう。
馬鹿がッ!と心の中で毒づくが、こうなってしまっては、どうにもならない。
魔人の女も勇者の存在に気付く、全くもって最悪の展開だ。
「まさか、そちらの方から出てきてくれるとは思っていなかったわ?
初めまして勇者君。魔王軍幹部『四帝』が一角、アウロラよ。よろしくね」
「えっと…僕は勇者、御剣龍人です。
あの……よ、よろしくお願いします」
……あの馬鹿勇者は、何をバカ正直に挨拶を返しているのか?
その様子に笑みを浮かべる魔人〈アウロラ〉は、さっき自分が口にしたように、『まだ勇者は戦う準備ができていない』と言う事を確信したのか、高笑いをした後、勇者の方へと手を翳し、魔法を放とうとする。
「あら、随分と初々しい勇者なのね?
突然で悪いけれど、死んでくれるかしらッ!」
そう告げると、アウロラは炎弾を勇者へと放つ。
しかも、さっきまでより数が多い。
だが、その攻撃は勇者へと着弾する前に『白い壁』に阻まれる。
エミリアが勇者の前に立ち、防御魔法を展開したのだ。
しかし、エミリアは苦悶の表情を見せる。
……あれでは長くは持つまい。
俺はアウロラの注意が勇者に向いた隙に、間合いを詰める。
「言っておくけれど、気がついているわよ!」
アウロラが、こちらに炎弾を放とうとした瞬間に、俺は懐に忍ばせておいた残りの爆薬を炎弾目掛けて投げつける。
狙い通り爆薬は炎弾にぶつかり爆発を引き起こす。
だが、爆薬と言ってもさっきのほんの残りだ。
爆発の威力も高が知れていて、せいぜい多少の爆風程度が関の山だ。
しかし、その爆風が砂埃が巻き上げ視界が塞がり目眩しになる。
その隙に俺はエミリア達の元に駆け寄る。
「お前ら何で戻ってきた?
いや、そんな事より早く逃げろバカ共っ!」
「バカとは何よ!バカとは!
せっかく勇者様が助けに来てくれたのに、その言い草はなんな訳ぇッ‼︎」
この状況で本当に助けになっていると思ってやっているのか?
これでは、ただ「死人を二人増やした」だけだ。
「誰がそんな事頼んだ?とにかく今は逃げる事だけ…」
瞬間、強風が辺りに吹き荒れ、砂埃を吹き飛ばす。
どうやら、アウロラは放った風魔法のようだ。
『属性魔法』を二つも使えるのか?あの魔人は。
通常、魔法の才覚、属性魔法は『一人一つ』づつしか使う事ができない。
生まれつき、決められた才覚。
それは人であろうと、魔人であろうと変わりはしない。
だが、稀に複数の属性を持って生まれてくる者もいると聞く。
要するに、目の前の魔人は、それだけの才覚を持つ、限られた優秀な魔人であると言う事だ。
「言い争ってる場合じゃないな。
こうなったら、エミリア?お前にも付き合ってもらうぞ?何とかして勇者だけでも…」
アウローラの方向を向きながら、背後の二人へと指示を出そうとするが、その時勇者が口を開く。
「どうして、さっきから僕を逃す事ばかり考えているんだ?聖剣ならあの魔人を倒せるんだろう?」
正直、思ってもみない言葉だった。
俺はてっきり、エミリアの奴が俺の身を案じ、勇者を説得して、勝手に連れてきたとばかり思っていた。
故に勇者は「先と変わらず戦う事はできない」と。
だが今、口を開いた勇者は、先とは違い多少冷静さを取り戻しているように見える。
そして何より、自分の口で「逃げる事」では無く、「戦う事」を提案してきた。
本来、こういう状況なら、喜ばしい事なのだろう。
……しかし、それは戦いを知らない『ド素人の言葉』だ。
「……勇者?自分が何を言っているかわかってるのか?
『戦う』ってのが、どういうことか」
『戦う』。その言葉の本当の意味。
人を助ける。救う。守る。
……そんな物は全てただの詭弁だ。
自分が決めた。自分が定めた。何かの為に。
その障害となる物を排除する。
例えそれが老人、女、子供だろうが、生まれたばかりの赤子だろうと関係は無い。
その副産物として『人を守る』事に繋がるというだけの話。
それが『戦う』と言う言葉の、本当の意味だ。
「……わかっているよ。
それに僕がやらなきゃ、沢山の人が死ぬ。君もエミリアも。そう……なんだろ?」
俺がそんな事を考えているなどとは露知らず、勇者はそう聞き返してくる。
一度考えるが、どの道この状況では『勇者の協力』無くして乗り越える事は不可能だ。
「……わかった。
何とか隙を作るから、お前は奴の注意が俺に向いたら、何も考えずに聖剣でぶった斬れ。良いな?
エミリアは魔法でフォロー頼む。いざとなったら……わかってるな?」
いざとなったら「他の何を犠牲にしたとしても勇者を逃がせ」と、そう口にしようとしたが、今更そこまで言われなくてもエミリアには伝わるだろうと考えた。
「分かってるわよ。
……でも、そんな事にならないでよね?」
エミリアがそう答えると、俺はもう一度覚悟を決めアウロラに集中する。
「作戦会議は終わったかしら?
じゃあ、続きといかせてもらうわね‼︎」
わざわざ「待ってくれていた」とは律儀な事だ。
……いや、こちらの出方を伺っていただけか?
アウロラはそう告げると炎弾を放つ。
勇者の事は「エミリアが守るだろう」と、俺はそのままアウロラ目掛けて突進する。
すると、アウロラの意識が俺へと向く。
おそらく、先と同じように「爆薬を投げつけられる」のを警戒しての事だろう。
俺はさっきと同じくらいの距離まで近づくと、もう一度同じように放り投げる。
「そう何度も同じ手には引っかからなッ⁉︎
ッ⁉︎何っ⁉︎」
俺とて、何度も同じ手が効くとは思っていないし、もう爆薬など持っていない。
今投げたのは爆薬では無く、ただの砂だ。
だが、『ただの砂』ではアウロラにダメージを与える事は不可能だし、目潰ししようにも【魔力外殻】阻まれ、目に入る事は無いだろう。
……しかし、狙ったのはそこでは無い。
人間なら誰しも、「例え当たらない」と思っていても、顔に何かが不意に接近してくれば、目を瞑ってしまうものだ。
それは魔人とて例外ではない。
俺の予想通り、アウロラは目を瞑り、更に両腕で顔を防御する姿勢を見せ、その視界を自ら塞いでしまう。
「【ホーリーランス】ッ‼︎」
その瞬間エミリアが聖魔法を放つ。
二本の光の槍が空を切り、アウロラの両翼に衝突する。
「イヤァァッ⁉︎」
アウロラは、その痛みに悲鳴を上げると、そのまま地面に墜落した。
両翼は、まるで炎に焼かれたかのように、黒く焦げ臭い匂いを発している。
俺は更に接近すると、墜落したアウロラの体を身動きが取れないように、その場に組み伏せた。
聖魔法が使えない俺が、彼女の体に触れると、火で炙られているかのような熱と痛みに襲われる。
【魔力外郭】に触れている影響だ。
だが、それは今、この好機を逃して良い理由にはならない。
この隙に勇者が距離をつめ、聖剣をアウロラの首目掛けて振りかざす。
即席の連携にしては、「上手く事を進められた」と自画自賛し勝利を確信した。
……だが、聖剣はアウロラの首を落とす直前で止まる。
魔法で防御されたのでは無い。
勇者が自分自身でそれを止めたのだ。
「おい⁉︎何やって…?」
勇者は息を荒立てただアウロラを見ていた。
手に持っている聖剣はカタカタと震えている。
その隙が命取りになった。
地面に魔法陣が描かれると、周囲に強風が巻き起こる。
さっき砂埃を吹き飛ばした『風魔法』だ。
俺と勇者は、そのまま風に吹き飛ばされ、地面を転がる。
その俺達目掛けて、アウロラは倒れた姿勢のまま、炎弾を放ってくる。
俺一人なら避ける事は簡単だったが、それでは勇者に当たってしまう。
しかし、例え俺が盾になったとしても、この攻撃を防ぎ切る事は出来ないだろう。
……だが、それでも『俺だけが回避する』という選択肢だけはありはしない。
勇者を庇いつつ、今度こそ死を覚悟した。
だが、間一髪の所でエミリアが間に合い防御魔法で俺達を守ってくれる。
「ッ‼︎ユウキッ…もうもたないッ!勇者様と逃げてッ!」
「泣き言、言ってんじゃねぇ!
もう一度、俺が注意を引くから、お前がその内に勇者を連れて逃げろッ‼︎」
俺が体を起こし踏み出そうとした、その時だった。
さっきエミリアが放った聖魔法と『同じ魔法』がアウロラを襲う。
魔法が飛んできた方向を見ると、エミリアと同じ制服を着た者達がいた。
あれは城塞都市の魔法師団だ。そして騎士団も一緒にいる。
間一髪、何とか急場を凌いだが、そこまで安心はしていられなかった。
アウロラもまた聖魔法を受ける直前、防御魔法で防いでいたからだ。
騎士達が間合いをつめ、斬りかかるも、接近する前に炎弾で吹き飛ばされる。
しかし、彼らが時間を稼いでくれているその内に、こちらも態勢を立て直さなければ。
俺は勇者とエミリアを担ぐと、大きな瓦礫の影に身を隠す。
「おい、勇者?なんでさっき奴の首を斬らなかった?」
勇者は未だ体をフルフルと震わせながら、さっきの光景を思い出しているのか俯きながら答えた。
「だって…彼女…人間みたいだった。
遠くから見たら悪魔みたいだったのに……近くで見たら人間みたいだったんだ…。
これじゃ…これじゃまるで『人殺し』だ」
今更「何を言ってやがる?」と、最初は思いもしたが……少し考えて納得した。
そう言う事か……もし、相手が『獣の形をした魔族』とかなら、失敗する事は無かったのだろうな。
あのアウロラという魔人は、背の翼と頭の角を除けば、ほぼ人間と同じような外見だ。
人は、人以外の存在の命を奪う行為を軽んずる傾向にある。
勿論そうでない人間もいるのだろうが、『自分と同じ人間の命を奪う』という行為を進んで行う者は少ないだろう。
「法的に出来ない」と言った方が正しいのかもしれないが、倫理的に避けている事でもある。
だが、俺のように…というより前線で戦う戦士達は、そういう感覚にかなり疎い。
慣れてしまった。と言ってもいいのだろうが、最近この街に来たばかりの新参者にそれを要求するのは酷だろう。
しかし、一度「戦う」と決めたなら、もう後戻りなど出来はしない。
「今更何言ってやがる?
俺が戦う前に聞いた事を忘れたのか?」
「だってあの時はまさか……こんなっ‼︎…だって…そんな…」
頭を抱え、動揺する勇者。
一度勇者の両肩に手を置き、顔を向き合わせる。
「あのな?勇者、お前が言ったんだ。
お前がアイツを倒さないと、俺もエミリアも今戦っている連中も全員死ぬ。
今あの魔人を倒せるのはお前だけなんだ。だからお前がやらないと……」
俺が最後まで言葉を言い切る前に手を振り解く為か、体を突き飛ばされる。
「そんな事!そんな事僕には関係ないッ!
こんな世界に勝手に連れてこられて……何でこんな目に合わなければいけないんだ…」
勇者の言葉に一瞬苛立ちを覚えた。
だが、同時に彼の言う事も「正しい」と思う自分がいた。
なぜ、見ず知らずの他人の為に、ましてやその世界の為に命をかけて戦わなければならないのか?と。
勇者召喚の儀式を見ていた時にも感じていた事だ。
そしてここに来るまでも、ずっと感じていた事だった。
この青年が『勇者』などという、『特別な人間』などでは無く、普通の俺達と何一つとして変わらない『ただの人間』だという事を。
「あぁ、そうだ。お前には関係ない。これは最初から『俺達の戦い』だった。
……エミリア、コイツを連れてここから逃げろ」
そうだ。これで良いんだ。
元より、最初からそのつもりだった。
俺の仕事は、あくまで勇者をこの場から逃す事。
その後の事は、『他の誰か』に託せれば、それで良い。
勇者はこちらを見ていたが、何も言わなかった。
「ユウキ、どうするつもり?」
エミリアが少し息を切らしながら俺に問う。
さっきの防御魔法で、かなり消耗している様子だった。
「増援の連中と協力して時間を稼ぐ。
お前らはその内に逃げろ」
「……倒せるの?」
いつもの強気な口調が、かなり弱々しく聞こえた。
いや、彼女だけじゃない……俺もか。
「構うな。今お前が考える事じゃない」
苦虫を噛み潰したような表情をするエミリア。
もう少し、気の利いた強がりが吐ければ良かったのだがな。
何せ、もう全ての策を使い果たした。
後は炎弾を何とか避け続けて、時間を稼ぐくらいしか手が思いつかない。
「……どうして?どうして君は勝てもしないのに戦おうと思える?
どうして、そんなにも強くいられるんだ…?」
勇者が俺にそう問いかけてきた。
なぜ今、それを聞いて来たかはわからない。
だが、きっとこれが『この勇者』と話す、最後の機会になるだろう。
だから、はぐらかす事はせずに真剣に答える事にした。
「俺は別に強くなんて無い。ただ……そうだな。
『強くあろう』と、『強くなれ』と、自分に言い聞かせているだけだ」
俺は俺自身が弱く、一人では何も出来ない『小っぽけな人間だ』と知っている。
今まで数えきれないほど、沢山の命と願いを、掌から溢れ落とし続けてきた。
その度に「次こそは」と願いながら、何度も何度も繰り返した。
終わりのない地獄から、抜け出したいと救いを求めつつ、「それしかない」と許容したのだ。
その現実に屈し、膝を着こうとした時、思い浮かんだのは『かつての彼女の姿』だった。
彼女とて、別に魔法に秀でている訳でもなく、武術を心得ている訳でもない。
そんな彼女の「強くあろう」とする姿を、ただ思い浮かべて、せめて自分も。
心の中だけでも「強くあろう」と、そう思ったのだ。
「……強くなれ」
俺の言った言葉を、一度繰り返して言う勇者。
俺は言い終わると戦いに出る為、戦闘の様子を伺おうとするが……
ガツンッ‼︎と、突然、後ろから何かがぶつかるような音がした。
その音に一度振り返ると勇者が自分の頭を瓦礫に叩きつけていた。
「強くなれッ‼︎」
そう言うと、もう一度頭を強く叩きつけ、額から血が流れ落ちていた。
「おいッ⁉︎一体何やってんだ⁉︎」
本当に何をしているんだ?コイツ?
一刻も早く「ここから逃げてほしい」と言うのに、謎の自傷行為を行なっている。
今までの出来事やlそのストレスの所為で、遂に頭がおかしくなってしまったとでも言うのだろうか?
「……すまなかった。
もう一度だけ僕にチャンスをくれないか?」
だが、俺の心配とは裏腹に、勇者は額から血を流しながらも、努めて冷静にそう言ってきた。
それにしても……もう一度チャンスだと?
仮に作れたとしてもさっきと同じ事になるのが席の山だ。
そうする事で、俺だけが死ぬだけならまだマシだ。
だがさっきのように、勇者まで一緒に死なせる訳にはいかない。
……どうせ出来はしない。
人間はそんな短時間で変われる物ではない。
ましてや、「強く」なんてなれる訳がない。
だが、そう思いながら見た、その男の顔に……一瞬、見惚れてしまった。
それは「好きになった」とか、「同性愛に目覚めた」とか、そういう事ではない。
その面構えが、さっきまでの『腰抜け』ではなかったからだ。
そしてその顔が…死んだ父の面影が重なって見えた気がした。
……あぁ、そうだったな。
俺達人間には、絶対に超えられない壁がある。
だけど…だからといって、全てを諦められるのか?
何もかもを…その使命ですらも、忘れさる事が出来ると言うのだろうか?
それが「無理だ」と言う事は、俺自身が一番よく知っている。
だからこそ、俺は今ここに立っているのだから。
……そして希望を託すのだ。自分では無い『誰か』に。
人間という枠を超越出来る、唯一の存在……『勇者』に。
「なら、今度は『戦う』って事の本当の意味がちゃんと分かってるんだな?」
俺は勇者のその言葉に否定で返す事をしなかった。
いや、「出来なかった」と言うのが正しいか。
「まだ、分からない。
だけど……僕も強くなりたいんだッ…‼︎」
勇者の固い覚悟が伝わってくる。
だが、言うは安しだ。
「……わかった。
でも、もしこれでダメなら、本当にもう何も考えずに逃げろ。良いな?」
その言葉に勇者は頷く。
……さて、問題はここからだな。
勇者から視線を外し、戦闘の状況を確認するが、アウロラと戦っていた騎士達はほぼ壊滅状態。
今は魔法使い達が、必死に防御魔法で炎弾を防いでいるが、破られるのも時間の問題だろう。
「いいか勇者?
さっきみたいに奴を組み伏せるのは難しい。俺に注意が向いている内に何とか接近して…」
最後まで言葉を言い切る前に、勇者が割り込んでくる。
「いや、試してみたい事があるんだ。
まだ成功率は低いんだけど…とにかく隙を作ってくれれば、何とか」
「……わかった。何とかしよう」
何をするかは分からないが、どのみちダメ元だ。
一度、深呼吸をする。
酸素が全身に行き渡ると同時に、逆に体からは痛みや疲労感がフィードバックされていく。
とはいえ、戦えないほどの状態ではない。
そう、問題は体では無い。
……これが最期かもしれないな。
自身の死だけならば、今日だけでも何度覚悟したか分からない。
今俺が決めた覚悟は、ここで『勇者を死なせてしまうかもしれない』と言う事だ。
この選択が、この国の最期を……『勇者の死』という結末を迎えるかもしれない。
そう考えると膝が笑えてくる。
……しかし、その姿を今ここで他の二人に見せるわけにはいかず、必死に押し留める。
握りしめた拳からは、汗が吹き出し、剣の柄が滑り落ちそうになる。
さっきまで偉そうな事を人に言っていた癖に、この様とはな……
今の俺の姿を君に…ティアラに見られたらなんて言うのだろうか?
きっと、優しく慰めてくれるのだろう……幼かったあの日のように。
そんなありもしない妄想をする自分に嫌気を感じると、自然にさっきまでの体の不調が嘘のように消えてゆく。
そう、もう俺は戻る事はできない。
自分自身でそれらを捨ててしまったのだから。
そしてだからこそ、俺は今ここで足を止める訳にはいかないのだ。
瓦礫の影から飛び出ると、一気にアウロラまでの距離を詰めに行く。
だが、半分まで来た所で気がつかれて、今度はこちらに向けて炎弾を放つ。
「あら?偽物君。まだいたのね?
とっくに逃げたのかと思ってたけど」
炎弾をスレスレの所で躱して、更に接近していく。
そして十分に接近し、炎弾を躱せるであろうギリギリの距離で三度目の物を投げる仕草を見せようと懐に腕を突っこむ。
心の中では「頼む!引っかかってくれ!」と願いながら。
「だから、何度もその手には引っかからないと言っているでしょう!」
アウロラはそう言うと、炎弾を止め地面の方に魔法陣を描く。
風の魔法に切り替えて、俺が投げつけるであろう砂や爆薬を吹き飛ばすつもりなのだろう。
「悪いな!もう投げる物が無いんでねッ‼︎」
俺は走り込んできた勢いのまま、アウロラが魔法を発動するよりも早く距離を詰める。
炎弾から、風魔法に切り替えようとした為、詠唱に時間がかかった。
その隙に体当たりを仕掛ける。
「なっ⁉︎」
アウロラの体へと激突すると、【魔力外殻】の影響で、触れた体がジュウジュウと音をたて、焼けてゆく。
だが、それと同時に襲いくる痛みも、熱も気にする事なく、全身全霊の力でアウロラの身体を突き飛ばす。
お互いの身体が瓦礫の上を転がり、アウロラが描こうとした風魔法の魔法陣の外へと脱する。
すると、魔法陣は効力を失いそのまま消滅した。
俺が体を起き上がらせると、アウロラも同時に立ち上がろうとしていた。
「……貴方ッ!?よくもこの私を、ここまでコケにっ…‼︎」
流石のアウロラさんも、これには随分と御冠なご様子だ。
風魔法をこちらに向けて放とうと、再び魔法陣を展開する。
こちらが体を起き上がらせるより、向こうの詠唱の方が圧倒的に早い。
そして、放たれた魔法はさっきまでの物とは桁外れの威力だった。
俺の身体は飛ばされるだけでは済まず、風の刃は体のあちこちを切り裂き、風圧で地面に幾度となく叩きつけられた。
……だがこれでいい。後は任せたぞ!勇者!
勇者は聖剣を構えていた。
だが、その位置はアウロラから、かなり離れている。
しかし、構えたその聖剣の周りには、聖魔法と同じ魔力が目に見えるほど高密度に集約されていた。
「う、うぉぉぉぉぉ‼︎」
勇者は、そのまま聖剣を地面に向けて振りかざす。
ただの素振り。だがその一振りの斬線は光の弧を形作り、アウロラ目掛けて飛翔する。
超高密度の聖魔力の斬撃、聖剣のみが可能とする『必殺の一撃』だ。
魔人が受ければ只ではすまないだろう。
……だが、その斬撃のスピードはかなり遅かった。
「あら?中々強そうな技だけれど、これなら簡単に避けられそうね?」
ここにきてエミリアが潰した背中の両翼が完全の回復してしまっていた。
アウロラはその翼で飛翔し逃げようとしていた。
「……やれやれ全く、最後まで世話の焼ける勇者だぜ」
斬撃と挟み込むようにして俺は、既にアウロラとの距離を詰めていた。
先の風魔法のダメージの所為で、もう後一振りが限界だろうが、それは今ここで足を止めていい理由にはならない。
「諄いわよッ!偽物ッ‼︎」
アウロラもこちらに気づき、慌てて魔法陣を向けてくるが、もう遅い。
聖剣へと注意を向け過ぎていたおかげで、容易に接近する事が出来た。
だが、それ自体はアウロラにとって、全くと言って良いほど驚異でも何でもない。
俺の攻撃は彼女には効かないのだから。
だから俺は、今持てる全ての力を両腕に込め、全身全霊の一撃をアウロラ目掛けて振り抜く。
俺の剣はアウロラの頭部をかち割る勢いで直撃する。
当然、ダメージを与える事は不可能。
だが、魔人の体の構造は人間と、そこまで変わらないと聞く。
つまり頭、脳に強い衝撃を与えれば、脳震盪を起こすのだ。
アウロラは、その衝撃に一瞬意識を失う。
ほんの一瞬の隙、だがその一瞬あれば十分だ。
俺はアウロラの体が力を失い、グラつくのを確認すると、走り込んできた勢いを利用し、斜め前の地面を転がりながら距離をとる。
その瞬間、勇者の放った斬撃がアウロラへと直撃する。
「アァァァァァァーーーッ!?」
アウロラの断末魔の叫びが響き渡る。
その体は、まるで炎にでも焼かれたかのように燃やされていくと真っ黒に焦げていた。
奴らにとって、聖魔法を受けると言う事は、灼熱の業火で焼かれる事と、同じなのだろう。
そしてボロボロと崩れ落ち、灰になって消えた。
生き残った騎士や魔法使い達が、歓喜の声を上げる。
どうやら俺自身も、何とか生き残れたようだ。
エミリアと勇者がこちらに駆け寄ってきたのが見えてはいたが、俺の体はもう指一本たりとも言う事を聞いてはくれなかった。
俺はそのまま意識を失った。