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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第1部 The First Savior
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魔人襲来



「まぁ、あれは失敗だったな」


 『魂還し』から三日後。

 オーグスタに滞在し、訓練風景や各部隊の見学などをしていた矢先に、魔王軍の侵攻の知らせを受け、今は北方の城門の上へと来ていた。


 俺が口にした『失敗』というのは、ここに来る前の『出陣式』での出来事だ。

 指揮官がこれから出陣する部隊の士気を高める為に、勇者に「一言ひとこと頂きたい」と頼んだのだ。

 それ自体は別段珍しい話ではない。

 戦場での士気しきの高さは、『勝率』と『生存率』を高める『特攻薬』のような物だ。

 とういうか、俺は「頼まれるだろう」と思っていたのだが、他の者は、そうでは無かったようだ。

 とうの勇者本人も、何も考えていなかったのだろう。

 皆の前に出て何も言葉をはっせず、あたふたした挙句あげく、裏返った声で「皆さん!頑張ってください!」と言ったのだ。

 そして今、俺が先ほどの『勇者の演説』の総評を言った為に、勇者が顔を真っ赤にしているという訳だ。


 今は、ここの指揮官に案内され、城壁の上を小隊数人で移動していた。

 ここからならば、戦場全体を安全に見渡す事が出来る。

 勇者に、「いきなり戦場に出て死なれては困る」と言う理由でここから見学する事となったのだ。

 懸命な判断である。

 ……だが、これでは俺が一緒にいる意味が無い気はする。


「ちょっと、アンタね?

 少しはきぬ着せなさいよ?」


 エミリアは勇者に聞こえないように、小声で注意してきたつもりだったのだろう。

 だが、しっかり勇者にも聞こえていたようだ。

 「歯に衣着せぬ」とは、物事を「ハッキリ言え!」という事。

 つまり、エミリアはその逆という事だから、「少しは隠せ!」の意味。

 要は彼女自身も、「さっきのは失敗だった」と内心思っている訳だ。


 さらに顔を赤らめる勇者。

 耳まで真っ赤だった。


「貴様ら!私語はつつしめ!」


 そしてそれを聞き、ゲイツが怒鳴どなる。

 出陣式の一件からご機嫌斜めだ。

 勇者本人には何も言わないが、もしこれが俺や他の部下ならボロカスに怒鳴り散らしていた事だろう。

 ……というか、君が隊長としての事前準備を怠るから、こうなったんだぞ?


「学院時代から、アンタと一緒だと怒られてばっかよ……」


 あながち、俺だけの所為せいと言う事も無いと思うのだが?

 巻き込まれたくないのなら、無視すればいいだろうに。

 しかし、こうして嫌味を毎回のように言ってくる癖に、絶対に関わる事を止めようとしない。


 こいつ、もしかして……俺以外に友達いないのか?


 そういえば学院時代から、休日に他の者と出かけたりしないで、一人本を読んでいたり、食堂でも一人食事しているのを見かける事が多かったように思う。

 それは俺も同じなのだが、俺の場合は周りから嫌われていたし、それを何とかしようとも思っていなかったから、気にする事も無かったが……


 うん。やめよう。

 エミリアはプライド高めの面倒系女子だから、余計なお節介とか気遣いは、逆に怒らせる原因になりかねない。

 別に彼女が怖い訳ではないが、戦場を前にして、仲間割れで魔法ぶっとか、ここの警備隊の連中から間違い無く白い目で見られる。

 

 ちなみに肝心かんじんの勇者はと言うと、今はここの指揮官と二人で先頭を歩きながら、色々と説明を聞いていた。

 指揮官の指差す方向を見るに、設備やら武器等の話だろう。

 この城門の上には、大砲や弓兵の部隊が常時待機している為、周りには砲弾や爆薬、弓矢などがそこいらに置いてある。

 遠距離攻撃方法で最も主流なのは魔法だ。

 だから、『こういった武器』はあまり必要には思えないと感じるだろうが魔法使いは人数が少ない。

 その為、こういった武器にも、まだまだ使い道があるのだ。


 しかし、この場所も一年前と何も変わらないな。

 ……今、変わっているモノがあるとすれば、『俺の立場』ぐらいな物か。

 城壁から戦場を見下ろす、そこでは騎士や魔法使い達が死力を尽くし、魔族達との戦闘を繰り広げている。

 勇猛果敢ゆうもうかかんに戦う、彼らの姿をこんな場所から見下みおろしているなど、かつての俺からすれば想像もできなかった事だ。

 だがそれは決して今、その立場に「甘んじていたい」と思っている訳ではない。

 『戦争』とは…『戦い』とは、そんなに綺麗な物では無い。

 既に戦場には無数の死体がそこいらに転がっている。

 他にも腕や体の一部を欠損し、痛みにもがき助けを求める者。

 更には、その痛みの中にあってなお、仲間を守る為に剣を振おうとする者。

 そんな彼らの姿を、ただここで「見ているだけ」だなんて、俺にとってはがたい苦痛だ。

 今の立場を忘れ、捨て去り、すぐにでもこの城壁から飛び出したい衝動で胸が張り裂けそうになる。


「……ねぇ、ちょっと。あれ?」


 俺が葛藤かっとうをする中、エミリアが何かに気が付いたのか北の方を指差す。

 最初は『その戦闘の光景』に思わず、口を開いてしまったのだと軽く考えていたのだが…… 

 その指の先。

 王国軍と魔王軍が衝突する軍勢の更に向こう。

 『現状攻め込んでいる一団』とは別の『黒い一団』が大地を埋めるように展開し少しづつこちらへと進んでくる。

 魔王軍の増援部隊だろう。

 だが、エミリアが指差したのは『それ』でも無かった。

 その黒い一団の上を何か(・・)が飛行している。

 しかし、この距離からだと、ハッキリとは見えないし、何も不思議な事では無い。

 魔王軍が『空を飛ぶ魔獣』を連れてくるのは、そこまで珍しい話では無かったからだ。

 過去にはワイバーンやドラゴンなんかも戦場に連れてきていたと聞くが……飛行しているそれは、かなり小さいように見える。

 人と同じくらいの大きさ。

 そして部隊では無く、単独飛行している。


「……ッ⁉︎」


 ここでエミリアが反応したのが、『その外見』の事では無いと気がついた。

 魔法使いは、『魔力を知覚できる』と聞いた事がある。

 実際に目で見えるという訳ではないが、ある程度、距離が近づいた者の魔力を知覚できているのだとか…。

 何せ、俺には無い感覚だから失念しかけていた。

 エミリアは、こんなんでも魔法師団でも指折ゆびおりの優秀な魔法使いだ。

 でなければ、この小隊のメンバーに選ばれたりなどしない。

 他の者はまだ気がついていない様子だが、おそらくあの飛行物は、エミリアが驚愕きょうがくするほどの魔力を内包ないほうしているという事なのだろう。

 ここまでの情報で導き出せる答えは一つだ。


「おい、ゲイツ‼︎

 すぐに勇者と城壁から降りて馬車へ向かえ‼︎

 『魔人』が来るぞ‼︎」


 俺は慌ててそう叫ぶが、ゲイツは特に慌てた様子もなく答えた。


「何を言っている?『魔人』だと?

 『そうそう出会すことは無い』と言ったのは貴様だろうが?何を寝言を…」


 確かに行きの馬車の中でそんな話をした。

 だが、時には『その少ない可能性』をピンポイントで引き当ててしまう事もあるのだ。


 しかし、ゲイツがそう言った次の瞬間だった。

 ドゴンッ‼︎と地響きのような轟音が戦場から聞こえる。

 すぐにそちらの方を見ると、先ほどまで騎士団が展開していた場所に大きなクレーターが出来ていた。

 魔法による攻撃だ。……それもかなり高度な。


「報告します‼︎

 飛行している敵からの魔法による攻撃を受けました‼︎

 魔人の可能性が高いかと…」


 城壁を守る騎士の一人が指揮官にそう報告する。

 それを聞いて、ゲイツがようやく馬車へ移動するように命令を出す。


 俺はその時、馬車へと向かおうとする他の小隊員を尻目に、その体を逆に戦場へと進めようとする。

 この戦いは一年前の《《あの》》戦いの同じだ。

 また、大量の死人が出る『死戦』となる。

 だというのに現状、役に立ちそうに無い勇者の護衛などしている場合ではない。

 戦え。それが今の俺のすべきこ……


「ちょっと⁉︎アンタなにほおけてんのよっ!さっさと行くわよっ!」

「ちょっ⁉︎やめっ⁉︎

 んじゃねぇ⁉︎」


 しかし、俺のその体は、その意思とは真逆の方向へと引っ張られてしまう。

 エミリアに首元を捕まれ、城壁の階段の方へと引きずられていく。

 仕方なく、俺はエミリアの拘束こうそくくと、言われた通りに馬車へと向かうことにする。

 ここで行動せずともチャンスは他にもある。

 それに確かに、現状どうかはさておき、勇者を守らなければならないのも事実。

 ゲイツが予想以上に頼りない為、最低限は逃走を見守らなければ、安心して死地に赴く事もできない。

 今は勇者を無事にこの街から遠ざける事が最優先だ。


 後退しながら、例の飛行物の様子を伺う。

 飛行している『魔人それ』は、騎士団と魔法師団の上空を通り過ぎると、そのままこちら目掛けて飛んで来ていた。


 チッ、速いっ⁉︎

 しかも、なんだ?まるでこっちを狙ってきているかのような……?


 それを確認しながらも一応、要心の為に城壁を降りる前、そこいらにあった箱、補給物資の中から『爆薬』をいくつかくすねて懐に入れておく。

 馬車の近くまで戻るとゲイツが小隊全員に命令をする。


「すぐに馬車を出せ‼︎この街から出るんだ‼︎」


 本来なら、この街の騎士達と共に戦うのが一番なんだろうが、今回の俺達の任務は勇者の護衛だ。

 そして残念ながら、今の勇者には魔人と戦えるだけの力は無い。

 例えこの街が、敵の手に落ちるとしても、勇者だけは守らなければならない。


「来たぞぉ‼︎」


 そう声が聞こえた瞬間、後ろを見た。

 空に無数の赤黒い光の円、『魔法陣』が浮かんで見えた。

 

 ……マズいッ⁉︎


 次の瞬間、その魔法陣から放たれた無数の炎弾が、馬車やその周りの騎士達に襲いかかると、爆炎で包み込む。

 それらの全てを無慈悲に焼き尽くした。







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