魔王の後継編6-蛮勇-
氷壁を背にバルゴ率いる『血塗の猟犬』の最精鋭達十名と向かい合う。
連中の狙いは時間稼ぎ。だがこのまま向かい合ったままでは、【蛮勇化】の持続時間を削る事は出来ない。身体強化と戦術予想を使わせ続けなければならないからだ。
そして、もう一つ。王国騎士団の突入部隊が今もこちらに迫っている。
つまり、【蛮勇化】の性能を下げる為に最大限時間は稼ぎつつも、突入部隊がこの会場に辿り着く前に俺を血祭りに上げたい訳だ。
「殺せ」
バルゴは右腕を上げ、手首を前へと下ろすと、容赦なくその指示を下す。
それと同時に残りの精鋭達が俺へと襲いかかる。
先人を切って来たのは二人。両方とも短剣を片手に左右から接近してくる。
血の気の多い奴が他にいるはずなのだが、状況的に数は減らせる時に減らしたい。
その為、左側の敵の懐に一気に潜り込む。しかし……
ズバンっ!と勢いの良い、空を切り裂く音が耳に届く。それと同時に戦術予想が働く。
『鎖鎌による投擲。前方の敵二人と自分を真っ二つに切り裂く』
咄嗟に懐に潜り込む姿勢から、跳躍に移行。【蛮勇化】の身体強化のおかげでしゃがんだ姿勢からでも、人一人を飛び越える程度の跳躍は可能だった。だが。切り替えが強引だった所為で左足に鈍い痛みが走る。
しかし、気にしている暇もない。仲間に真っ二つにされた可哀想な敵の手から短剣を奪い取る。
これで残りは『八』。
「チッ!相変わらず化け物じみた反射神経だなッァァァ!」
「血の気の多いのが来たか」
鎖鎌を投げた張本人。口元に傷口のある、ギラギラした釣り目の馬鹿。
シュミットのように鎖鎌を武器にしているが、両腕には長めの鎖をグルグル巻きつけている。
空中で鎖鎌を短剣で防御しつつ着地する。
そこへ直様接近してきた馬鹿の容赦の無い正拳突きが迫る。
それを紙一重で回避すると、馬鹿の顔が目と鼻の先まで接近する。
「嬉しいぜッ!生きててくれよッォォォ!
さっさと首だけおいて、地獄へ行っちまいなッァァァァ!!」
「生きてて嬉しいんじゃねーのかよ?」
目の前で馬鹿みたいな声で叫ぶんじゃねーよ。
うるせーな?あと唾かけんじゃねー。
このハイテンション短小死神馬鹿は『ゲイル』。
一見、力任せに振る舞っているように見えるが、遠心力で振り回した鎖鎌と腕に巻き付かせた鎖による徒手空拳。
仮に鎌を避けて懐に入っても、拳で応戦出来る隙の少ない戦闘スタイル。
馬鹿のくせに意外と用心深い所が腹立つんだよな?コイツ?
と、横から何やら長物の突き、文字通りの横槍が入った。
「そいつ?避けるだけじゃなく、頑丈だから身体もちゃんとバラしてよ?」
「いや、首刎ねたら普通死ぬって」
左側から槍による刺突。瞬間七連撃を後方へと退きながら回避してゆく。
折れている腕の方を狙ってくる素直な攻撃。
長い髪を纏めたお下げは、魔王軍では珍しい真面目そうな風貌を作り出している。
実は中身も見た目通りのクソ真面目で秒単位で時間に正確な上、規律に煩い。
優等生な上、委員長みたいな『セイフィラ』ちゃんだ。
その性格は戦闘技術の方にも大いに影響を及ぼしている。
ゲイルの適当な鎖鎌の攻撃の隙間を縫うように、槍で突き攻撃を見舞ってくる。
一つ一つの攻撃の軌道が正確過ぎてキショいんだよ。
弱点側を必要に狙ってくる辺り、教科書通りで相変わらずな事。おかげで戦術予想無しでも、楽に避けられるんだけどね。
……それにしても、こんな長い槍、持ってたっけ?
魔王軍でも長剣や長槍を戦闘に用いる事は普通にある。
だが、暗殺部門と特殊部隊においては別。他国での任務が多い為、持ち運びが簡単な暗器が用いられる。
絶対にダメ!というルールがある訳では無いが、俺は会場に潜入後、装備等は確認していた。
だが、その手の武器は見受けられなかった。一体どこに隠し持っていたのか?
その時、セイフィラが突きから横薙ぎの一撃を放とうとする。
そこで、戦術予想が脳裏をよぎる。
『槍を短剣でガードすると、一部が分離して後頭部を殴打され、気絶する』
なるほど。
三節棍を合体させて使ってるって訳ね。
横薙ぎに合わせ、後方へバク転しつつ回避。
セイフィラの舌打ちが聞こえてくる。俺に三節棍がバレた事を悟ったのだろう。
今度は手早く槍を解体し、三節棍で追い討ちをしてくる。
思いつきの付け焼き刃では無く、突き攻撃からの流れるような動作。流石は優等生。
だが、予想通りだった為、回避は容易。
「人間の常識を化け物が語るとか。本気で不快」
「話通じねーって方が不快なんだぜ?」
三節棍による攻撃と、ビュンビュン飛び回る鎖鎌を避け続けると、また新手が乱入してくる。
だが、今度のは割と見慣れてる奴だった。
トンファーを使った近接戦闘。ただ、その先端に毒針が取り付けてある為、素手での防御は不可。
「……会話がそもそも……不快」
「だな?男は背中で語るもんだよな?」
「……不快」
毒針付きトンファー使い。『ユルド』。
人見知りかつ人間不信を拗らせている極限隠キャだ。
身長は高いが細身でパワーよりスピード重視な戦い方だ。さっきの銀髪のガキと似てる。
鎖鎌と長槍の攻撃を避けつつ、トンファーを短剣で防御。
と、針を警戒するあまり、得物その物への注意が疎かになってしまった。
俺がトンファーを防ぐと同時に、回転を加える事でユルドのトンファーと腕の間に、俺の右腕が押さえつけられる。
この状況で押さえ込まれる事自体が相当マズイが、次の逆腕からの一撃は問題なし。
予想通り毒針を身体へ向かって刺突してくるが、身体を横へと傾け、回避するがそこで……
『こちらの回避に合わせて口から毒針を吐く』
「……ふっ!」
あっぶねっ⁉︎ユルドの奴、口から毒針吐きやがったっ⁉︎
間一髪、戦術予想が上まり、なんとかギリギリ歯でキャッチ出来た。
これ、ついてんの何毒だよ?致死性か麻痺のどちらかだろうな。一応貰っておこう。
その毒針を口内で刺さないように歯で挟んでしまっておく。
そして、組み合った俺達へと容赦なく鎖鎌が飛来する。
トンファーで押さえつけられた腕を動かし、その一撃を防御。
続いて槍の方だが、なるべくユルドの細い身体に隠れるような姿勢をとりながら動いていた。
セイフィラはゲイルほど思い切りの良い性格はしていない。故に「仲間ごとぶっ刺しちまえ!」みたいな事はしてこない。
案の定、攻撃の手が一瞬止んでいた。
そこでユルドの懐に蹴りを叩き込む。それを察して右腕の拘束を解き、後方へと退いてゆく。
そこに「隙あり」と言わんばかりに、セイフィラが刺突を仕掛けてくる訳だが……
先に鎖鎌を潰す為、持っていた短剣を投擲し、その軌道を変えさせた後、槍の先端部分付近を掴むと関節部分を膝で叩き折る。
うむ。少々使い辛いが、この先端は短剣として使わせてもらおう。
「その人を小馬鹿にする態度。昔から嫌いでしたよ」
「それはお前らの方だろ?俺は昔から割と真面目だった」
セイフィラが得物を壊されて恨めしそうに呟くが……
いや、本当に小馬鹿になんてしてない。ちょっとだけ嫌みみたいなのは言ってたかもだけど。
その俺達の間にまた一人懐かしい奴が割り込んでくる。
「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」
「またイカれてんのが来やがった」
片腕に鉤爪を装備し、顔の大部分を布で覆い隠したイカレポンチ。
殺意連射機こと、『シャギア』のご登場だ。
「俺の素顔を見た者はいない。なぜなら全員殺したから」が昔の口癖だった。
ちなみに、初対面でイラっとした為、締め上げたのち、素顔を拝んだ事がある。童顔の可愛い女の子でしたよっと。その後、台車に乗せて、魔王軍施設を一周したっけな?以降、会う度にこの始末である。
片腕に装備した鉤爪による連撃が次々迫る。
この鉤爪という武器。厄介なのは刃が二本対になっている事と湾曲している事。
防御の方法を間違えると、挟まれて武器を容易く叩き割られたり、湾曲した刃で防御を掻い潜られ攻撃を喰らったりと気をつけるべき点の多い武器だ。
そして何より、赤ら様にもう一方の腕の内側をこちらに見せようとしないその姿勢。
どう考えても、もう一本隠し持ってるよな?それ?
とはいえ、このままでは押し切られてしまう為、一度後方へと飛び退き、シャギアから距離を取る。
その後方からセイフィラ、ユルドの二人が迫っているのも見えていた。ちなみに二本の飛来する鎖鎌も。
違和感を感じたのはその瞬間。攻撃の手が一瞬止まる。
だが、その理由はすぐに分かった。
「高みの見物は飽きたか?バルゴ?」
「……」
連中の指揮官様のお出ましだった。
昔から訓練でも戦闘中でも、余計なおしゃべりは一切しない男だった。
ひたすら拳術のみを叩きこまれ続けた苦い思い出が蘇る。
だが、お互いに本気の殺し合いは一度としてやった事が無い。
しかし、敵として相対した今、目の前の相手を殺す事に対して躊躇いがあろうはずもない。
その腕に握られた双剣。手甲と剣が一体になった武器。
その切先は赤く燃ゆる。それが奴の二つ名の由来。
【熔解拳】
あの双剣の刃は超高音で加熱されている。
加熱されてはいるが、火属性ではなく、雷属性の魔法だ。
刃内に電気を通す事で、超高音加熱を可能としている。
触れれば、人間の皮膚など簡単に焼き切れる他、防具すらも貫通しうる一撃を放てる。
ただそれだけならば、恐るるに足らない。
だがこの男の場合、厄介なのはその拳法。単純な接近戦においては魔王軍一と謳われるほどだ。
更にはシュミットの【風刃血痕】も場所によっては致命傷になる厄介な魔法だったが防御が出来た分、楽な相手だった。
しかし奴の【熔解拳】は武器や防具すらも溶かし、両断する。
つまり、防御不能である為、攻撃を必ず避けなければならない。
接近してきたバルゴの双剣が容赦なく俺へと迫る。
目にも止まらぬ速さの連撃。隙の少ない短い構えからの打ち込み。
その魔法の特性上、重い一撃が必要ない。故に大振りの隙を見せはしない。
その攻撃を紙一重で避けていく。だが、触れずとも衣服を燃やし、体に火傷と熱によるダメージが襲い来る。
徐々に徐々に、後方へと退かされてゆく。
またしてもそこで違和感を感じる。バルゴの攻めが、やや消極的に感じる。
【鎔解拳】という最強の武器が有り、優秀な手駒も複数人残っている状況。
自身で攻めずとも、部下に相手をさせて、隙をみて攻撃してきた方が状況としては良い。
だが、現状は真逆。『時間稼ぎの一手』にも思えたが、であるならば戦術予想が反応しているはず。
絶対の予想ではないが、それが「無い」という事は、俺自身の深層心理が否定しているという事。
であるならば……
その瞬間、後方で魔法を詠唱している者が見えた。
そこで戦術予想が入ると思ったが……
「ッ⁉︎」
脳に激痛が走る。短時間で戦術予想を連発しすぎた結果。
痛みの所為で戦術予想が頭から消し飛ぶ。
そしてその後の魔法にも全く反応が出来なかった。
魔法自体は大した物ではない。【エア・プレッシャー】。高風圧で敵を吹き飛ばす魔法。
その魔法によって、俺は人質を守る氷壁に背中を叩きつけられる。だが、それも大したダメージではない。
問題はその後。大人しくしていた連中が【エア・プレッシャー】の風圧に合わせて、飛び道具や暗器を投げ放ってきやがった。
「うぐっ⁉︎」
全てを防ぎ切る事は不可能だった。
魔法を追い風に、威力を増した飛び道具が飛翔する。
毒針、短剣、鎖鎌。殺意の応酬。
本来なら背後の氷壁を破壊して、逃れる所だが、これは人質を守る為の壁だ。それを自身で破壊しては本末転倒。
それを見越した戦術。連中は氷壁と暗器で挟み込んで俺を押し殺す作戦。
だが、分かった所でどうする事も出来ないのが現状の厳しい所。
こちらに投げつけられる暗器を、先にセイフィラから奪った槍の穂先で防ぐ。
当然、片腕の俺では全てを捌くのは不可能。
両頬のギリギリの位置を毒針と短剣が通過する。
鎖鎌を弾くも、捌き切れなかった短剣が左腕と肩、そして左太ももに突き刺さる。
その他にも全身至る所に毒針が突き刺さる。
……これ?何毒だ?致死性の物か、それとも麻痺の類か?
だが、どちらにせよ今気にしても仕方の無い事。
【蛮勇化】発動中は【超再生】による血流操作で毒の回りを遅らせる事が出来る。
傷口からの出血と共に、毒素を排出出来る訳だが、それでも完全にという訳では無い。あくまで遅らせられる程度。しかし今は身体が動けばそれで十分。
そこで若干の頭痛と共に、戦術予想が今度こそ発動。
『左に攻撃を防ぎながら移動する。三秒後、再度風魔法による飛び道具の応酬。顔、首、胸を短剣と複数の毒針で貫かれ、鎖鎌で真っ二つになる』
明確な死の予測。
それは今際の際に追い込まれているという証拠。
既に他の戦術予想を立てる時間は無い。であるならば取る行動は一つ。『右』だ。
既に負傷し、使い物にならない左腕を盾に、暗器の飛び交う氷壁の側をひた走る。
左ももに未だ突き刺さった短剣の痛みが走るが気にしない。
すぐ真後ろと左腕に何かが突き刺さる音と、死の気配を置き去りにして、その先の霞んだ勝機を目指す。
……まだだ。もう少し引きつけろ。
向かいくる二発目の【エア・プレッシャー】。この風に捕まれば待っているのは死のみ。
だが、それは同時にこの状況をひっくり返す。好機でもある。
魔法の気配を察知し、紙一重でそれを跳躍して回避。
風圧に乗せられた飛び道具の全てを同時に回避する。
俺の行動に合わせて、鎖鎌が間隙を潰しに来る。
だが【エア・プレッシャー】の風圧の影響のおかげで、ほんの一瞬追撃が遅れた。
俺は跳躍し、【エア・プレッシャー】が氷壁に激突するのを確認するのと同時に、槍の穂先を投擲する。
狙いはゲイル。鎖鎌による攻撃を遅らせる為だ。
次いで、跳躍中に背後の氷壁を蹴り、方向変換。前方へと一気に距離をつめる。
その動きに呼応するように、シャギア、セイフィラがこちらへと前進。迎え打つ姿勢。
俺は左の太ももに刺さった短剣を抜き、回転をかけつつ投擲。クロノアが得意とする弧を描く投擲だ。
それをシャギアとセイフィラは視線で追いかけるも、明らかに的外れな軌道。「自分に向けられた物では無い」と、取るに足らないと視線を外す。
そこで戦術予想。飛び道具の軌道計算。そして導き出された予想と同時に、左肩へ突き刺さっていた短剣を今度は真っ直ぐに投げ放つ。
短剣は先に投げた方にぶつかると二本と共に軌道を変える。
先に投げた方はセイフィラの横っ面へ、後は【エア・プレッシャー】の魔法使いの首へ。
視線は離しても、注意を外すべきでは無かったな?セイフィラ?
真面目で教科書通り過ぎるお前は、こういう奇策には弱過ぎる。
続いてシャギアの刺突攻撃を回避。
すると、隠していたもう一方の鉤爪で連撃を仕掛けてこようとするが……
本来なら後方から接近していたセイフィラが技の隙を埋めていたはず。
それ故にシャギアも刺突は避けられても「問題ない」と、やや深い踏み込みだった。
だが、現実にはその優秀な相棒はもういない。深く踏み込んで来てくれたおかげで俺の徒手の間合いだ。
左腕の隠し鉤爪を展開しようとした瞬間に懐へと入り込む。
その行動に合わせて、左腕を押し込む事で、展開中の鉤爪はシャギアの左胸へと刺さってゆく。
「うがっ⁉︎……死…ぬ…?」
俺相手に見え透いた隠し球なんてやめておくべきだったな?シャギア?
あと、正直お前の面、結構好みだったぜ?
これで残りの敵は『五』。
二人が倒れるのを確認すると、ゲイルの全く遠慮のない鎖鎌の乱舞が迫る。
そして、それと時間差でユルドのトンファーが迫っていた。
気になるのはバルゴと残りの二人だが……バルゴの表情が少し苦めだった。
おそらくだが、本来は先のように遠距離からの攻撃で削り、接近してこようとする俺をバルゴが応戦、再び壁際まで撤退させる。最終的にバテた所を畳み掛けるつもりだったのだろう。
それが、シャギア、セイフィラ、ゲイル、ユルドの四人が手柄欲しさに先行した所為で台無しになった訳だ。
なまじ優秀な分、人より自身の判断を信じて止まない。その結果、咄嗟の場合、命令より独断専行。
こちらとしては都合良く事を運ばせられたので、良かったというべきだけど。
バルゴは残りの二人に指示を出しつつ、最後のアタックの準備をしている様子。
とりあえず、今は目の前の二人を殺す事を優先すればいいようだ。
ゲイルが投げた回転する鎖鎌を空中でキャッチ。
その鎌で接近するユルドに対応しようとするが、鎌が想像以上に強い力で引っ張られる。
ゲイルの予想外のパワー。というよりはこちらの身体強化が限界に迫っている為、出力が弱まっている。
だが、逆にその勢いに任せて、体をゲイルの方へと前進。トンファーから逃れる。
そして鎖鎌へと、今かけられる全ての力を込めて、こちらへと引っ張り、ゲイルを引き寄せようとする。
しかし、途中で鎖を切断し、逃れようとするが、それはこちらの予想通り。
俺は鎖鎌を持ち変えると、ちぎられた鎖のギリギリ端部を持ち、遠心力に任せてブンブンと振り回しつつ、ユルドへと巻きつける。
ユルドは直撃をトンファーで防ぐが、グルグルと巻き付く鎖の先端には当然鎖鎌がついている。
「……不快……ッが⁉︎」
鎖に身体を拘束され動けなくなったユルドの身体に容赦なく、鎖鎌が直撃。
身体を完全に串刺し、その場に倒れる。
この中ではお前が一番まともだと思ってたよ。ユルド。
だけど悲しいかなこれ、戦争なのよね。
「おうおうッ!これでようやく一騎打ちだなッァァァ‼︎」
「どこら辺が?バリバリ多勢に無勢だろうが?」
中距離からの攻撃を諦めた短小死神が肉薄。
こちらの右腕に鎖が巻き付けられ、再び引っ張られると同時に反対側の鎌を投擲。弧を描く軌道で俺の後ろから貫こうとする。
更にハイテンション馬鹿が短剣を抜きつつ接近してくる。
一人で前方と後方から挟撃するという馬鹿らしからぬ、頭と技能をフル活用した戦い方だ。
それに対してこちらはどうするかだが……
身体を引っ張られている所為で体勢は崩されている。
唯一使える右腕は鎖で拘束され、武器も何も持っていない。
となると、馬鹿の持っている得物は魅力的に見える。
接近してきたゲイルの短剣の狙いは俺の首……『と見せかけて、防ぎに入るであろう右腕だ』。
戦術予想の反応が悪くなってきた。おそらくこれが最後。
右腕で防ぎに入ると見せかけて、脇を上げ、右胸の横、肋骨で短剣を受け止める。
それを見て、マズイと思ったのだろう。短剣を手放し、後方へ飛びのこうとするゲイル。
だが既に遅い。身を崇めつつ、ゲイルに背を向けつつ、逆手で胸ぐらを掴み、背負い投げる。
後方から接近しつつあった。鎖鎌はゲイルの背中に命中。そのまま背面から床に叩きつける。
「ぐあはッ⁉︎」
昔から、勘も良いし、腕も良かったが、詰めが甘いんだよ。ゲイル。
基本、皆から嫌われている奴だったけど、俺はそんなに嫌いでは無かったよ。
……ごめん。嘘。実力は認めてたけど、やっぱ普通に嫌い。
刺された短剣を抜きつつ、残るは『三人』。
バルゴの方へと視線を向けようとするが……瞬間、周囲が煙で包まれる。
毒ガスでは無い。バルゴの雷魔法で急速加熱された水筒が破裂した水蒸気だ。
塞がれた視界の中、気配を手繰る。
正面から接近するのがバルゴなのはわかるが……他の二人の気配が無い。
そこで戦術予想を使おうとするが、脳に激痛が走る。やはりもう無理か。
後方に空いているスペースはそこまで無い。となると左右。
案の定、一瞬の事だが左側の気流が乱れる。ついで右側も。
大した物だ。ここまで俺に近づいたというのに、気配を殆ど感じなかった。
隠密に特化したタイプの戦闘スタイル。残りの二人にも見覚えがあった。
あれは確か双子。瓜二つの姉弟。名も同じ『デュオ』。
本人達以外に自身を判断出来ない、全て同じ行動を取る二人。
視界が塞がれた状況下でも、連携はお手のものという訳だ。
弱点である左側を対処するとなると大きな隙が生ずる。
そこを右側から挟撃。詰めはバルゴの【熔解拳】。
乗ってやるのは面白く無いが、完全に防ぐのはまず不可能。
隠れるのが得意な相手と戦う時は「先手を取りたい」というのが本音だが、この状況では高望みが過ぎる。
それに言っても遅過ぎるという物だ。あとは……部は悪いが運任せだ。
左側の方に体当たりを仕掛ける。右腕を防御に回せば、右からの攻撃に対処できない。
左デュオに衝突。どうやら予想外だったようだ。バランスを崩させる事に成功。
次いで右デュオの短剣による斬撃をこちらも短剣によって受け流す。
そのまま左側にぶつけてやろうかと思ったのだが……
そこで左デュオに短剣を持つ右腕を押さえ込まれ、同時に左右から身体を強引に押さえ込まれる。
その瞬間、煙幕が消し飛ぶ。
正面には熱された双剣を構えたバルゴの姿。
……しまったっ⁉︎狙いは拘束かっ⁉︎
コイツっ⁉︎部下ごと焼き切るつもりだなっ⁉︎
ゲイル達との戦闘中に出していた指示はこれか。
一番確実な方法ではあるが、こんな命令聞く方もどうかしてるだろ?
頭のイカレた、魔王厨共めっ!
とはいえ、この展開は想定通りでもある。
追い込まれればこういった手も打ってくるだろうと。
だから、備えを用意していた。まぁ、それも敵からの借り物だけど。
口に隠しておいたユルドの毒針。それをバルゴに吐き付ける。
「チッ⁉︎」
既に振りかぶる動作に入っていたバルゴ。
勝利を確信して油断していたのか、らしくない大振りが仇になった。
毒針に気がつき、振りかぶっていた反対の左腕で防御しようとするが、僅かに遅く、毒針は右腕に直撃。
直様、左の剣で腕を切り落とす。全く、判断の早い事で。
そこで、左デュオが拘束姿勢から、短剣に持ち変え、俺へ攻撃を仕掛けてくるが……それは俺相手にはどう考えても悪手だぜ?
拘束が弱まった瞬間に、右の短剣を右デュオの顔面に叩き込み、左から繰り出される短剣を右腕で受け止めると内側に返し、左デュオの胸に叩き込む。
そこで拘束が完全に解かれ、力尽きた姉弟が床に倒れる。
さて、これでようやく残りの敵は『一』。
最後の一人と向かい合う。魔王軍幹部『熔拳のバルゴ』。
奇しくもお互い片腕を失った状態で。
だが、こちらは既に【蛮勇化】の有効制限時間を超えてしまった。
既に戦闘開始から四分程度。限界を超えた使用の所為で全身がズタボロな上、頭痛が止まらない。
この分だと、残り一分は身体強化すらもままならない。しかし、【蛮勇化】を解除したら、反動で身体が動かなくなる所か、意識が飛ぶ可能性すらある。更には身体へのダメージだけで無く、毒の周りも遅延させてある。戦闘終了後の事は今考えるべきでは無いが、それを加味しても【蛮勇化】の維持は必要不可欠だ。
……だが、とはいえだ。
「ハンデが足りなかったか?バルゴ?」
「……吐かせ。貴様はここで死ぬ。私が殺す」
無愛想な声を出すバルゴ。
基本無口なこの男が戦闘中におしゃべりとは、思った以上に焦っていると見える……いや、怒っているの間違いか?
兎にも角にもだ。ここが最終局面。
俺とバルゴは武器を構え、その間合いへと踏み込む。
ただお互いの首と、勝利を賭けて。
これが、この戦場における最後の戦いの始まりだった。




