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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第1部 The First Savior
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抱く風



 『城塞都市オーグスタ』へと到着した。


 この街は、その名の通り、東西南北全包囲とうざいなんぼくぜんほういが城壁で囲まれており、更に東西には山岳地帯さんがくちたいが広がっているのだが、この城壁はそこまで繋がっている。

 つまり魔王軍が大量の兵を王都まで進軍させるのならば、この都市を陥落かんらくしなければならない。

 「山岳地帯を通る」という手もあるが、そちらは道がなく進軍が容易ではない。

 それでも魔族達なら、踏破とうは出来ない場所ではないが、過去の大戦において、魔王がたれた場所こそ、その山岳地帯なのだ。

 『オーグスタ』を落とせない事に、痺れを切らした魔王軍は山岳地帯を通り、王都へと攻め入ろうとしたが、こちらの罠にハマり、敗戦してしまった為、その策を使いづらいという事だ。


 ……しかし、それも全く前例がないと言う訳ではない。


 数年前、先代勇者が死んだ戦いでは、王都近くまでの進軍を許してしまっている。

 それは『殲滅卿』が、数は少ないが精鋭部隊のみで山岳地帯を踏破した為だった。

 だが、その時も勇者が、その命の引き換えに『殲滅卿』を撤退へと追い込んだ。

 それ以来は強硬策きょうこうさくには出てきていないが、それもいつまで続くか……。


 とにかく、現状この都市が魔王軍との戦いの中核ちゅうかくとなっているのは間違いない。


「あれ?もしかして『ユウキ』か?」


 城壁の入り口で入門の手続きをしていると、城門の警備の騎士が、俺を見てそう言ってくる。

 彼の名前は出てこなかったが、なんとなくだが顔に見覚えはあった。


「あ、あぁ。久しぶりだな?」


 そう答えると、その騎士は嬉しそうに笑顔になる。


「隊長っ‼︎ユウキが…ユウキが帰ってきましたよっー!」


 と大声を出しながら、城門にある詰所つめしょの中へと入っていってしまった。

 この南門の隊長といえば……と少し考えてしまう。


 城門警備隊は東西南北に四つあり、その全てにそれぞれ隊長が存在する。

 ここは城塞都市でも王都側すなわち南門という事になるが、俺は《《とある理由》》からここの隊長とは顔見知りなのだ。


「この命知らずの大バカ野郎めっ!

 やっと帰ってきたか!」


 そう言いながら詰所から出てきた初老しょろうの白い髭を蓄えた騎士。

 背丈はそこまで高くはなく、ガタイも普通だがこの城塞都市でもこの老人は古株の騎士『ラージン』だ。


「ご無沙汰してます。ラージン隊長」


 近寄って来たラージンに肩をバンバンと叩かれる。

 歓迎してくれるのは嬉しいが……痛いっ!


「それにしても何だ?

 小綺麗こぎれい甲冑かっちゅう着おってからに。似合にあってねぇぞ?」


 俺の小綺麗な騎士甲冑姿をいぶかしげに眺めながら言ってくる。

 似合っていないのも、性に合ってないのも、重々承知だ。

 しかし、今の立場がある為、勝手に着替える訳にもいかない。


「出世したんですよ。

 自分、依怙贔屓えこひいきなんで」


 騎士団に入団した時からよく言われていた事だ。

 姫や騎士団長に近しい人間だから、『先代勇者の息子だから』とよく周りからは揶揄やゆされてきた。

 実際、今回の小隊入りは『騎士団長の威光』によるもので、「依怙贔屓だ」と言われても仕方がないし、今更言われたとしてもそこまで気にしてはいない。

 昔はそれでもブチギレていたけれど。


 ……俺も大人になったものだな。


「よく言う。あれだけの大怪我、生きてただけでも奇跡だってのに。何戻って来てんだ?馬鹿タレが」


 もし彼らが『この戦場』から帰る事があるとすれば、それは『止むに止まれない事情』が発生した時だけだ。

 別にここの騎士団は転属が許されない訳ではないのだが……世間体みたいなものだ。

 後は……『責任』かな。

 例えば、俺のような『逸れ者』が、「怖くて怖気付いて王都に逃げ帰りました」とかなると、後ろ指で刺され続ける事になる。

 自分だけが言われ続けるのなら、構わないのだがな……後見人にまで迷惑をかけるとなれば、そうもいかない。

 復帰が不可能なほどの大怪我。

 それならば、理由としては十分過ぎるだろう。

 というか、あれだけの大怪我を負えば、普通の者ならば恐怖で戻ってくることなどできまい。


 ……実際そういう奴は多い。


 一命は取り留めたものの後遺症が残り、復帰できない者。

 後遺症は無かったものの、精神的に復帰できなくなった者。

 どちらかといえば後者の方が多いと聞く。


 無理もない。

 自分自身が死にかけるほどの死戦。

 そんなものを経験して、平然とまた戦場に来れる者など、イカれポンチか余程の大馬鹿のどちらかだろう。

 しかし、そんな風に心配してくれる者など王都ではオッサンか、ティアラぐらいなものだ。

 それ以外の人に言われると少し照れ臭い気持ちになる。


「そんなこと言ってくれんのは隊長ぐらいですよ。王都じゃ邪魔者扱いだ。『死ねば良かったに』とか言われ慣れて泣きそう」

「ソイツはどうだかな?」


 そう言うとラージンは後方の方を指さす。

 後ろにはこの南門の警備隊の騎士達が集まっていた。

 顔を見ると見知った顔が多い。


 ……て、集まってきたっ⁉︎


「おいユウキっ!」

「ちょっ⁉︎お前らやめっ⁉︎」


 集まってきた騎士達は俺の周りに集まってくると肩を組んできたり、頭をわしゃわしゃしたり、背中を叩いたりしながら「よく戻ってきた!」とか歓迎の言葉をかけてくる。

 王都と城塞都市でここまで評価が違うと言う事に自分自身驚きを隠せないでいた。


 今まで、周りからの評価など気にしないようにしてきたが……これはこれで悪くないものだな。


 __________________


 到着の夕方。


 城塞都市の騎士団長と「話してくる」と言い、ゲイツは騎士団本部へと赴いた。

 とはいえ、他の者まで同行する必要も無いので、俺達は騎士団の宿舎のこれからここに滞在する上での寝床へときていた。

 そこの食堂で夕食を済ませた後、さっき来た城壁の南門へと向かおうとしていた。

 しかし、その前に……


「よう、元気してたか?ザック」

「ユウキさん⁉︎何で?えっ?何で⁉︎幽霊⁉︎」

「誰が幽霊だっ⁉︎勝手に殺すんじゃねーよっ⁉︎」


 騎士団の宿舎近くで待ち伏せていると俺のお目当ての人物、若い騎士の『ザック』に声をかける。

 彼とも、前にこの街にいた時からの知り合いだ。

 ザックは懐にツボを二つ抱えており、それをどこかへ運ぼうとしているようだった。

 俺は彼から一つのツボを奪い取ると、共に彼の目的地である南門へと向かおうとしたのだが……


「どこ行くつもりよ?」


 そこで声をかけてきたのはエミリアだった。

 少々面倒な奴に捕まってしまった。

 ……しかも後ろには勇者までいる。


野暮用やぼようだ」


 俺は短くそう言うと、その場を後にする。

 彼女は魔法師団や騎士団の連中の中では比較的、俺に対する態度は悪くはない。

 だが、他の者はけむたがって近づいて来ないのに、こうやって何かする度、っかかってくる性格でもある。

 優等生気質とでも言うのか……昔、師団教育学院にいた時に、何度も無断外出をとがめられたのを、今でも覚えている。

 その為、別段『仲が良い』と言う訳ではないはずなのだが……


「……何でお前らまで着いてんだよ?」

 

 なぜか、エミリアと勇者の二人が俺達の後を着いてきたのだ。


「別にやる事無かったし。

 丁度いいから街の案内しなさいよ?」


 などと図々《ずうずう》しい事を何の悪びれもなく、言い放ちやがる。

 観光じゃねーんだぞ?……いや、地形の把握は仕事的に必要か。

 だが、俺は「暇だから」、ザックの仕事の手伝いをしている訳ではない。

 とは言え、今の俺が『必ずしもやらなければならない仕事』という訳でもない。

 

 ……これは俺にとって必要な『儀式のような物』だ。


「断る。そんな暇はぇ」

「ところで、今どこに向かっているんだい?」


 だが、そこで勇者が口を開く。


 ……いや、だから何で着いてきてんだよ?


「南門だ。さっき通った門」

 

 だがエミリアはともかく、勇者を邪険じゃけんに扱う事もできず、目的地を伝える。

 しかし、それ以上の説明はする気はないし、する必要もないのでそのまま歩き続けようとするが、その様子にザックがあきれた様子で話始める。


「この街では北から南に風が吹いた日の夕刻に、コレ(・・)を城門の上からバラくんスよ」

「それは?」


 ザックが『コレ』といった物は、俺と二人で運んでいる壺のことだ。

 中には白い粉のような物が一杯に詰まっている。

 それを勇者とエミリアは訝しげな目で見ている。

 

 ……何か、怪しい代物だとでも思っているのだろうか?


「……戦死者の遺骨だ。

 頭蓋ずがいだけ、だけどな」


 そう口にした通り、この街で戦死した騎士や魔法使い達の頭蓋骨を砕いて粉状にした物がこの壺の中に収められている。

 これで百人分以上はあるであろう量だ。


「だけって、他のは?」

「他は町外れの共同墓地の方に埋葬されてるっス。

 本当なら故郷の家族の所に送ってあげたいっスけど…物資や怪我人の運搬で馬車は手一杯だから」


 エミリアの質問にザックは冷静に答えている。


 彼は内心その質問を…この二人の無神経な行動をどう考えているのだろうか?

 今、俺達がしようとしているのは、言ってみれば葬式の延長線みたいなようなものだ。

 『この行事』は、この街にいる人間ならば誰しもが知っている事。

 それを王都から来た連中が観光客まがいの物見遊山ものみうさんで着いてこようとしている。

 この二人が、『何も知らない』とわかっていても、それに対して何も感じない訳ではないだろう。


「でもなら、何でバラ撒いちゃうのよ?

 罰当たりでしょ?」

「ここではそうしてんだよ!

 細かい事気にしてんじゃねー!

 そして着いてくんじゃねー!」


 そう、俺は『その理由』を知っている。

 だから、何も考えたりなどしない。

 ……しないが説明してやるつもりもない。

 だが、ザックはその様子にこちらを見て呆れた顔をする。


「ユウキさん?そんなだから嫌われてるんじゃないんスか?」


 その言葉はどちらに対しての事だろうか?

 ここにいる二人に対してなのか?

 それとも俺が説明しない事で。説明しなくてはいけなくなるザックに対してなのか……。

 だが、確かにこの二人がついてきてしまっているのは俺の所為だ。

 それなのに説明をザックに押し付けるのは筋違いというものか。


「うるせぇなぁ。

 ……ったく、あのな?」


 いつからそうし始めたのか、誰がそうし始めたのかは知らない。

 少なくとも、俺が配属になった頃には既にあった事だ。


 北から南に風が吹いている。

 それ即ち、この風はここから南へ。

 王国全体に向かって吹いているという事だ。

 ここで戦う者達の中で生きて故郷に帰れる者は少ない。

 彼らはここで生き。ここで戦い。ここで死に。ここで埋葬される。

 それは国を守る為に。

 そこに生きる民を……自らの家族を守る為に。

 そんな彼らの想いは……魂は死後、一体どこにあると言うのだろうか?

 まだ、この戦場に囚われているというのだろうか?

 そんな戦士達をせめてその魂だけでも、生まれた故郷の家族の元へ帰れますようにと始まったのがこの『魂還たましいがえし』だ。


 俺達は南門の城壁の上へと辿り着くと、壺をふちへと置く。

 今はまだ風が吹いていないので、バラ撒くタイミングではないだろう。


「それでこの人は物好きで、風が吹くとこうやって、ふらっと現れては手伝ってくれるんスよ」

「物好きで悪かったな?」


 そう、これがこの南門の連中と顔見知りな理由だ。

 いくらこの街で戦っていたとはいえ、全ての人間が顔を覚えられている訳ではない。

 わざわざ『魂還し』に毎回参加する『物好き』と、ここの連中には思われているのだ。


「……アルバートの奴もお前が見送ってくれたのか?」

「えぇ、……たった十五人で『殲滅卿』を止めるなんてマジ伝説の人っスよ」


 一年前のあの戦いの後、目覚める事なく王都へと搬送された俺はアルバートの魂を還してやる事ができなかった。

 奴とはこの城塞都市に来て『遊撃隊』に配属されてから共に肩を並べあって戦い続けた仲だ。

 今となっては数少ない同期の一人……だった。


「そうだな。最期までテメェを貫いて死んでったよ。

 アイツがいなかったら、俺もこの戦線維持もヤバかっただろうな。

 ……今回は誰が死んだ?」


 『殲滅卿』の刃をその身で受け止めた最後の勇姿を思い出しながら、壺の方に視線を向ける。

 そういえば、ここに来るまでの間に聞こうと思っていたが余計な邪魔者共の所為せいで聞けなかった。


「知ってる人だと、自分の同期が何人か。

 後は……そうだ。デンゼルの爺様が…」

「はぁ?デンゼルのじじィが?

 あの野郎、今は後衛部隊の指揮官だったろ?そんなやばい戦闘だったのか?」


 『デンゼル』と言うのは、俺がこの城塞都市に来て最初に配属された部隊の隊長だった人物だ。

 とは言え、俺とアルバートが入って一年で後衛部隊の指揮官に昇格したのだ。

 「この歳じゃ、もう若い頃みてぇに前線で暴れるのはキツいから早く昇任してぇな」とよく口にしていたのだが、その言葉通りになって最前線を退しりぞいたのだ。

 後衛の部隊の、更にその指揮官が死亡するほどの死戦。

 それは俺が大怪我を負った一年前の『殲滅卿』との戦いと同格かそれ以上のはずだ。

 だが、その言葉にザックは首を横に振る。


「いや、ユウキさんが王都に搬送された後、遊撃隊に復帰したんですよ。

 『あの馬鹿が帰ってくるまで戦線を支えねぇとな』って言って」

「馬鹿爺ィが、念願の出世を棒に振って一体何やってんだか……

 かけっ子なんざ、若い奴に任せとけよ」

「遊撃隊の訓練の時に『俺の育てたバカ共ならこの程度でへこたれたりしねぇぞっ!』って口癖みたいに言ってたらしいですよ」

「……」


 笑いながら、ザックがそう語ってくれる。


 一体、誰の事を言ってんだかな?

 あの爺さんには、本当に沢山の事を学ばせてもらった。

 その分、沢山迷惑もかけてやったのだが……その礼も出来ていない内に、さっさとくたばっちまうなんて、上官失格だ。

 今度会ったら、文句の上、更に迷惑をかけてやるから、覚悟しておけよ…。

 いや、先にアルバートの奴がやってくれてるだろうから、俺は優しくしてやるかな。 


 そう話している時、北から風が吹いてくる。


「悪りぃ、じじィ。ちと遅くなっちまったな。

 ……びはそっちでさせてくれ」


 俺達は、壺の中身を空へとバラ撒く。

 その風は、それらを優しく包み、いだきながら空高く巻き上げられていく。

 夕焼けの光を帯びた茜色あかねいろ骨粉こっぷんが宙でを描きながら南へと向かい、その軌跡きせきは、いずれ空の赤さに溶け込んで消えてゆく。

 きっと、彼らを抱くこの風が、戦士達を帰るべき場所へといざなってくれるだろう。


 だから……大丈夫。

 もう、良いんだ。

 何も心配しなくて良い。

 お前達は何もかも忘れて、家族の元へ帰っていいんだ。

 その想いも。その心残りも。この国の事も。

 全部全部、俺が代わりに背負って、戦場へと連れて行くから。

 だから……。


「だから、せめて安らかに眠ってくれ」


 これが今の俺に唯一出来る事。

 彼らの出来なかった事を、彼らの代わりにするという事だ。


 意外だったのはその光景をエミリアと勇者が何も言わず、口を開く事もせずに後ろから見守っていてくれたと言う事だった。



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