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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第1部 The First Savior
3/85

背負うモノ


 『勇者召喚』が行われた、次の日の夜。


 俺は今、夜間警護任務の最中さいちゅうだった。

 昨日オッサンには「俺が仕事をサボっている」と言っていたが、それは正確ではない。

 正しくは、いじめられていて、本来の任務につかせてもらえていないのだ。


 通常、『姫様護衛の騎士』ならば、部屋の前で寝ずの番を交代で行うのだが、俺は周りから信用されていない為、城内の夜間巡回をおおせつかっている。

 しかし、城内を警備する騎士隊は既に存在している。

 要は他の騎士達がいる為、俺のやっている事は意味が無いのだ。

 故に周りからは、「サボっている」と思われている訳だ。


 そして、城内警備隊の者達からしたら、夜間にチョロチョロ城内を徘徊する俺は邪魔者でしかない。

 その為、こうしてなるべく邪魔にならないような場所をグルグル回っている訳なのだが……それは実は俺にとっては都合が良い事だった。


 最前線から帰還して以来、以前より人の声や物音に対して鋭敏えいびんに反応してしまうようになった。

 以前、虫が出て驚いて悲鳴を上げた使用人がいて、それを敵襲と勘違いし、他の巡回の騎士と面倒事を起こしてしまった事もあるほどだ。

 だが、戦場では些細ささいな音の聞き漏らしや、よそ見が生死を分ける事は良くある事。

 感覚が鈍る事なく、以前の反応速度を維持できているのなら、それは俺にとって喜ばしい事だ。

 しかし、日々の警備任務、特にここ王宮で多少の物音は然程の大事には発展しえない。

 故に余分な揉め事を起こす事なく、静寂の中で感覚を研ぎ澄ませられる、この時間は俺にとって都合の良い仕事だと言える。


 そんな事を考えながら歩いていると、まだ視界には入って来ないが、前方から人の気配がするのがわかった。

 一瞬、反射的にふところの剣を抜こうとしてしまうが、その相手が誰なのか気がつき、さやにかけた手を離す。


「またサボりか?ユウキ」


 巡回の騎士と出会でくわしやすい、外周や城内を避けて中庭を回っている途中でオッサンと会ってしまった。

 ……と言うより待ち伏せされていたと言うのが正しい。

 オッサンは両手にカップを持っていた。

 俺に話がある時は、こうしてこの辺りで待っている事がよくあるのだ。

 そして、昨日の『勇者召喚』の件があった為、今日は来ているだろうと思っていた。


 俺はオッサンからカップを受け取る。

 中身には黒い液体が入っていた。

 これは『コーヒー』だ。


「なぜ昨日は勝手に帰った?

 嬢ちゃんが寂しがっていたぞ?」


 『召喚の間』での儀式の後。

 勇者の歓迎の式典やら会食やら様々な行事が行われたが、俺はそれらに参加はせず、一人で宿舎へと戻っていた。

 正確には宿舎近くにある、古い道場で剣を振っていたのだ。


 あの光景を。

 勇者が聖剣を引き抜いた瞬間を見て、居ても立ってもいられない心境になった。

 俺自身、今回の『勇者召喚』に、心の奥底では「期待していた」のだと、嫌でも思い知らさせられたのだ。

 しかし、それをオッサンに正直に言うのは、なんだかずかしい……。


「ティアラに会いに行く度に、周りから白い目で見られる俺の苦労とか、わかってくんないかねぇ?」

「そんな事を気にするお前では無かろう?」


 全てを察しているのか。

 それとも勘違いしているのか。

 オッサンはニヤケづらで、そう言い返してくる。

 当然、カマをかけているのには間違いないので、自分からボロを出したりなどは絶対にしない。


「それで?なんか話があるから来たんだろ?

 今更、説教だけしに来るとは思えないんだけど?」

「その察しの良さをもっと他の方に……

 まぁ、良い」


 オッサンはコーヒーを一口飲むと、真面目な顔をして話を続けた。


「まだ最前線に戻りたいか?」

「もちろん。ずっと上申していたはずだが?」


 俺は一年前までは姫護衛ではなく最前線で魔王軍と戦っていた。

 だが、『殲滅卿』との戦闘で重症をい王都へとかつぎこまれた。

 今現在は退院は出来たものの、療養りょうよう名目めいもくに、今の護衛騎士の立場となった。

 しかし、それは俺の本意では無いし、こっちにいても虐められるだけなので早く戦線に復帰したい。

 リハビリを終え、前と同様に身体を動かせるようになってからは、ずっと『移動願い』を出し続けていたのだが、大きな力に邪魔をされているかのように、棄却ききゃくされ続けていた。

 そんな事が出来る人物と、やりそうな人物は一人しかいない。

 ようは、このオッサンが中々許可を出してくれないのだ。


 にも関わらず、なぜ「最前線に戻りたいか?」などと、今更答えの決まりきった質問をしやがるのか?

 単なる意思確認のつもりか、それとも説得でもするつもりなのか……

 だが、そのどちらでも無いようだった。


「その事だが条件付き(・・・・)でなら許可する」

「……なんだよ?」

「『龍人殿』は訓練が終わり次第、前線に送られる事となる。

 お前にはその時、護衛として同行してほしい」


 話を聞く限り、通常の戦線復帰とはまったくと言って良い程、違う形で戻る事となるように聞こえたのだが?

 というか……


「てか『龍人』って誰だよ?」

御剣龍人ミツルギ・リュウト

 お前な?召喚された勇者様の名前ぐらい覚えておけ」


 オッサンはあきれたようにそう答える。


 ……そうか。勇者名前だったのか。

 そういえば、何も聞いていなかった。


「ああ、あの勇者の事か?

 てか俺が言ってる『戦線復帰』ってのは、そういう意味じゃないんだけど?」

「わかっている。

 だがな?少しは嬢ちゃんの気持ちも考えてやったらどうなんだ?」

「……」


 一年前、俺が大怪我を負って治療院に入院している時、ティアラは毎日病室に見舞いに来てくれていた。

 退院した後も、戦線に帰さずに護衛騎士として、側に置いてくれているのも、彼女が心配してくれているからだとわかっている。

 今のオッサンの言葉から察するに、俺を戦線に帰してくれないのは『ティアラの意思』をんでの事なのだろう。


「もう前とは状況が違う。

 勇者様が召喚され、魔王軍と戦う戦力がそろった。

 お前とて魔王を倒したいと思っているのだろう?

 ならば、龍人殿と共に行動する事が、お前にとっても一番良いのではないのか?」


 オッサンの言っている事は正しい。

 確かに、俺は魔王を倒し、この国に再び平和を取り戻したいと思っている。

 父がげる事の出来なかった、その仕事を何としても成し遂げなければと。


 ……だが、今はもうそれだけじゃない。


 前線での戦いを経験し、沢山の物を、沢山の人達から受け取ってきた。

 今の俺は、俺に出来る事を……彼らがもう出来ない事を彼らの代わりにやらなければならない。

 もちろん、オッサンの言う通りに、勇者の護衛をする事が『魔王を倒す事』に繋がるのはわかる。

 だが、その役目は俺で無くても良いはずだ。

 今の俺には、勇者が戦えるようになるまで待っている『その時間』が惜しい。

 一分一秒でも早く、最前線へ戻り、今を戦う者達と共に戦場を駆けなければならない。

 この身が、『物言わぬ肉塊』に成り下がる、その瞬間を迎えるまで。


 ……しかし、もしそんな事をここで言ったら本気でブン殴られるかもしれないな。


 だが、逆に言えば、戦場に出て、最前線に戻ってしまいさえすれば、その後は俺の好きに出来る。

 何だかんだ、言い訳をつけて、最前線に居座ってしまえばいいのだ。


「……わかった、それでいい。

 でも、なんで俺なんだ?オッサンが一緒に行けばいいだろ?」

「私には王都守護のにんがある。

 ならば、もっとも『信用できる部下』に任せるのが一番だろう?」


 ……今オッサンが耳を疑う事を言ったな?

 『最も信用できる部下』だと?

 俺はアンタの部下じゃ……いや、騎士団長様でしたね?貴方?

 いや、そっちじゃないか。『信用』の方か。


「おいおい。正気かよ?」

「正気も正気だ。

 性格や態度、心根こころねはともかく、剣の腕は私よりお前の方が上だ。

 本来なら龍人殿の剣の鍛錬も、お前に……」

「それは御免だ。

 てか、結構な人格否定しておいてなんなの?ついにボケたか?」


 そう言い捨てるとオッサンに文句を言われる前に、飲み終えたカップを投げ渡し、その場を後にしようとする。

 これ以上、長居ながいしては面倒事を押し付けられかねない。


「嬢ちゃんと、ちゃんと話をするんだぞ」


 オッサンが去り際にそんな事を言ってきた。

 「無理」とか言ったら掴みかかられそうなので、後ろを向きながら手だけ振っておく。


 俺はティアラに会う事を避けている。

 それは一年前の大怪我が原因。


 ……いや、もっと前からだったな。


 父の死後、俺は最初、ティアラの母である王妃に引き取られ、彼女とは実の兄妹のように育てられた。

 と言っても、彼女が姉のように俺の世話をやいていただけだが。

 何せ父の死後、しばらくは毎日のように泣きじゃくっていたからな。

 そんな俺をいつも優しく慰めてくれた事を、今でもよく覚えている。

 その後すぐに王妃が流行病はやりやまいで亡くなった時、再び泣きじゃくる俺を慰めてくれたのも彼女だ。

 でも、彼女は俺と違い人前で涙を流す事はなかった。


 ……だが俺は知っている。

 彼女が自室で一人泣いていたのを。


 その後、俺はオッサンに引き取られ、数年後騎士団に入団すると言った時、彼女は強く反対した。

 思えば、彼女を避け始めたのは『その時』からだろう。

 反対した時の彼女の顔が王妃が亡くなった時、自室で一人泣いていたその顔によく似ていたからだ。


 ……とても悲しそうな顔だった。


 だが、俺はそんな彼女を無視し、騎士団に入隊した。

 そして一年前、大怪我を負い王都の病院で目覚めた時、そこにいたのは彼女だった。

 その顔はまたしても王妃が死んだ時と、騎士団に入団しようとした俺に向けた顔だった。


 ……そしてそれは、俺が『無視し続けた顔』だった。


 だが俺は、そんな彼女の顔を、また見なかった事にした。

 だから今の俺には、もう彼女に会いに行く資格などないのだ。

 こんな事を思い出してしまったのも、オッサンが余計な事を気にする所為だ。

 

 ……いや、それも八つ当たりだな。


 そろそろ余計な事を考えるのはやめておこう。

 そして「夜はまだ長そうだ」と思いながら、俺は巡回に戻った。


 __________________


 それから、三ヶ月が過ぎた。


 ガタンガタンと馬車が揺れる。

 今は『セントフィリア王国』の北にある城塞都市『オーグスタ』へ向かう道中で『カリア平原』を移動している。

 馬車の周りには、護衛の騎士が二十人程度。中々の警護体制だ。

 勇者の訓練が進み、実戦訓練を積ませる為、最前線へと向かう事となった。


 オッサンから話があったように、俺も勇者の護衛として『特別勇者訓練小隊とくべつゆうしゃくんれんしょうたい』の一員となった訳だが……


「お前のような『役立たず』は馬車ではなく、他の騎士のように外で警護をするべきではないか?」


 と、俺に偉そうにそう言ってきたのは『ゲイツ・マクガード』だ。

 彼は貴族の家柄で前は俺と同じティアラの護衛騎士の一人で、この訓練小隊の隊長殿だ。


 ……これでは王都にいた時と何も変わらないな。


「警備なんてまだ必要ない。戦線はまだ先だ。

 この平原は魔王軍にビビって盗賊だって寄り付かねぇよ。

 小隊長殿は王都から出た事が無いから知らないだろうけどな」

「貴様…っ!」


 ちょっと助言しただけのつもりだったのだが、なぜか怒らせてしまったようだ。

 どのみち言われずとも、居心地が悪いから、後で外に出ようとは思っていたけど。


「君は外の事に詳しいのかい?」


 俺に声をかけてきたのは黒髪の青年。

 俺と同じ白銀の鎧を身につけ、腰に白銀の剣を持つ、その人物こそ、召喚された勇者『御剣龍人』だ。


「勇者様!このような男に聞かずとも質問ならば私にしてください。なんでもお答えいたしましょう」


 「なんでも」とは大きく出たな?

 とはいえ、教鞭きょうべんを振るう気はさらさら無いので、そうしてもらえると非常に助かる。

 なので何も言わない事にしよう。


「……しかしながら小隊長。

 彼はこの中で唯一、最前線での戦闘を三年間経験しています。その知識は貴重かと思いますが」


 そう余計なことを言い出したのは同じく馬車に乗っていた女性だった。

 この馬車の中には六人の人物がいる。

 その内、三人は騎士団の甲冑かっちゅうではなく、白いローブを羽織はおり、身の丈程あるであろう杖を手に持っている。

 彼女達は『セントフィリア魔法師団』の者達。


「君は黙っていろ。

 この小隊のおさは私だ。方針は私が決める」


 ゲイツは、その女性を睨むとそう言い放つ。

 女性は、その答えに怒っているのか、「余計な事を言った」と落ち込んでいるのか、わからない表情をする。


 ……コイツは(むかし)から、こうなんだよな?


 少し可哀想なのでフォローしてやる事にしよう。


「そうだぞ?『エミリア』?

 余計な事は言うな。俺は面倒事は御免だ」

かばった私が、何でアンタに怒られなきゃならないのよ…!」


 エミリアはなぜか俺に対して怒りをあらわにする。

 どうやら、フォローの仕方を間違えたようだ。


 彼女の名は『エミリア・ルーリッド』

 騎士団に入団する者も、魔法師団に入団する者も、始めは同じ『セントフィリア師団教育学院』へと入校し、基礎的な知識や訓練を行うのだが、彼女はその時の同期なのだ。

 最初はその年相応には見えない幼さの残る顔立ちと、可愛らしい縦ロールの赤髪に丁寧な口調から、大人しい印象を受けるが、実はその性格は極めて凶暴である。

 少し揶揄からかうだけで、魔法をブっ放してくる、おっかない女だ。


「えっと……質問に答えてくれるのなら、誰でもいいのだけど……?」


 勇者が気まずそうに言った。

 全く、ここには空気を読める奴とか、気が利く奴はいないのだろうか?

 仕方が無い。

 ここは俺が率先して、勇者が話を聞きやすい雰囲気というのを作ってやることにしよう。


「じゃあ、遠慮せず言えばいいだろ?

 そこの小隊長殿がなんでも答えてくれるそうだ」


 ゲイツとエミリアが俺を睨む。


 ……間違った事は言っていないはずだが?


「それじゃあ。

 これから最前線に向かう訳だけど…そもそも僕は何をしたらいいのだろうか?」

「今回の訓練の目的はあくまで戦場の空気に触れることです。

 戦闘には参加せず、安全なところから見学していただきます」

「それでいいのかな?

 聖剣でないと魔王や魔人族は倒せないと聞いたけど…」

「ご心配には及びません。

 確かに通常の剣や魔法は効きませんが、聖魔法であれば倒す事は可能です。その為に彼女達は同行しているのです」


 ゲイツの言う事は正しい。

 だが付け加えるなら、魔人族が最前線に出張でばってくる事は殆ど無い。

 人間でいう貴族のようなものらしく、数も少ないと聞く。

 だから、最前線で戦っているのは魔獣や魔族だ。


 ちなみに『魔獣』とは、獣が魔力を持ち凶暴化した存在を指す。


 そして『魔人族』は、一見してみれば、人間と殆ど変わらない者もいるが、その能力は人間を遥かに凌駕りょうがする。

 中には翼を生やした者もいるそうだ。

 また寿命も人間の十倍程とのこと。

 その為、剣術にしろ魔法にしろ、熟練度が非常に高い。

 ハッキリ言って、化物だ。


 最後に『魔族』とは、魔人と魔獣との混血種を指す。

 彼らは魔獣にはない知性を持っており、個体によって力が異なる。

 上位の魔族になると、魔人に匹敵する力があるとか、ないとか。

 とにかく『魔人族』は、聖剣か聖魔法でしか倒すことができないが、『魔獣』と『魔族』だけならば普通の騎士でも倒す事が出来るという事だ。


「そうなんだね。

 ……でも、それなら『聖剣』が無くても、勝てたりするんじゃないかな?」

「それは……」


 ゲイツは言葉に詰まる。

 確かに、理屈だけで言えば不可能じゃない。

 実際、オーグスタでは先代勇者の死後も、聖剣の力無しで、防衛戦を継続出来ている。

 だが、それは……


「……一人の魔人族を倒すのに、聖魔法を使えるヤツが最低でも二十人は必要だ。

 それに加えて盾役たてやくの騎士が何百人も必要になる。

 前に魔人が最前線で暴れた時は、五百人以上が死んだ。

 だが、『聖剣と勇者』なら一人でも魔人に対抗できる。犠牲になる者達を大分だいぶらせるだろうな。

 まっ、それでも『必要ない。雑兵ゾウヒョウは死ぬのも仕事だ!』て言うなら、王都に引き返せばいい」

「勝手な事を言うな!

 勇者様、この男の戯言ざれごとに、耳を傾ける必要はありません」


 ゲイツの為に助け舟を出したつもりなのだが、逆に怒られてしまった。

 だが、そのゲイツの様子を構う事はせず、勇者は俺に質問を投げかける。


「いや、そこまで言うつもりはないけれど……

 それより君は、その魔人と戦った事があるのかい?」

「……」


 勇者に問われたが、ゲイツに怒られたので黙っていた。

 だが、なぜかまたゲイツに睨まれる。


 ……これは「答えろ」という意味で良いんだろうか?


「あぁ、一年前にな。

 瀕死の重傷で王都に担ぎ込まれた。まぁ…化け物だったな」

「……君は怖くないのか?」


 「怖くないのか?」ね……?

 怖いか、怖くないかで言ったら、当然「怖い」に決まっている。

 しかし、そう答える前に、もう一度勇者の顔を見てみる。

 すると、彼は俺から視線を逸らし、下の方を見た。


 ……なるほど、そういう事ね?


「怖いって?魔人がか?それとも……」


 しかし、俺の言葉は最後まで言う前に、途中で勇者がさえぎる。


「いや、なんでもない……」


 そう言うと勇者は黙った。


 ……少しビビらせ過ぎただろうか?


 ゲイツとエミリアにまた睨まれている。

 それ以上に空気が重い。

 すると、良いタイミングで馬車が止まる。

 どうやら馬達を休憩させるようだ。


「まっ、そんなに考えすぎるな?勇者。

 どうせ今回は見学だし、魔人となんてそうそう出くわすもんじゃない」


 そう言い捨てると、俺は馬車から外へ出ようとする。


「ちょっと、ユウキ⁉︎

 一人で逃げるんじゃ……」


 出る時に何か聞こえたが気がしたが、無視でいいだろう。

 そのまま、馬車を出て外へと出ると、やはり馬達を休ませる為に休憩にするようだった。


 ……どうやら、勇者は『戦い』が怖いようだ。


 自分が初めて最前線にやってきた日の事を思い出す。

 戦いに出る前日は怖くて夜も眠れなかった。

 全身が震え、まともに会話などできなかったし、飯も喉を通らなかった。

 俺の時に比べれば大分マシかもしれないが、それでも『勇者』という存在が、『特別な人間』などではなく、『普通の一人の人間』なんだと思わされてしまう。


 今の彼に背負えるというのだろうか?

 その称号に向けられた期待と責任を。


 だが、もし「出来ない」と言うにしても最前線の様子を見るまでは早計という物だろう。

 今回は所詮、ただの見学。

 実際に戦闘をするのは……死ぬのはこの国の人間だけだ。

 だけど、今の彼には…この荷は重すぎるかもしれない。


 俺は外で護衛していた騎士の一人と交代し、馬に乗り、馬車の護衛しつつ、オーグスタへと向かった。

 

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