再会編4-入学-
「それで、弁明の言葉はありますか?」
「……俺は悪くねぇ」
決闘をした日の放課後。
俺は学院長から呼び出しを受けた。
その為、こうして学院長室へと赴いた訳だが……来るなりこれだ。
「はぁ……。まぁ、幸いな事にアーガイル君は大した怪我では無かったですし。
本人も『今回の件を大事にはしたくない』と言っているので、事なきは得ましたが、アレだけ注意したというのに、入学二日目にして問題を起こすなんて、一体何を考えているんですか?」
当然、怒られているのは、例のレオナルド一派との決闘の件についてだ。
正直な所、本当に俺は何も悪くないと思っている。
怪我が大した事無かったのは、俺が手加減をしてやったからだし、大事にしたがらなかったのも予想通り。
何も考えずに、感情的になってポコポコしちゃった訳で無いのだ。
「そりゃ、名門貴族殿が『多人数で平民を痛ぶろうとして、逆に返り討ちになりました!てへ、ぺろっ☆』。
なんて、パパにも泣きつけないだろうからな。全て計画通りだ。問題ない」
「……問題だらけですよ?
どうして貴方は事を穏便に済ませようとは思わないのですか?」
ウィっと飛んだジョークで流そうとしたが、完全にスルーされてしまった……無念。
俺としては十分穏便に済ませたつもりなんだけどな?だって人死出てないし。
「はぁ。そうは言うが、あの状況じゃ、どうしようもないだろ?
それとも、アンタは俺がアーガイルの取り巻きに加わって『レオナルド様ぁ!』とか言ってる姿が見たかったとでも?」
「面白い見せ物ですね?
是非、今からでもやってくれませんか?」
この女、いつかブチ殺してやる。
と冗談まじりの会話をしていたが、急に真面目なトーンで学院長が話始める。
「実際の所、昨日から貴方の事について、学院に苦情が殺到しているんです。
『名誉ある魔法学院に平民を入学させるなど何事だ』と。
正直、それ自体は想定内だったので、対応はできましたが……ここから先は貴方次第なんですよ?
自分がこの学院に…いえ、この国に必要な存在であると示さなければならない。
そうでなければ……」
「皆まで言わずとも分かってら。
安心しろよ。まず『必要無い』って事だけは無いだろーよ?
それはアンタが一番よくわかってるはずだが?」
俺が『元魔王軍の人間である』という事を知っている人物はそこまで多くない。
学院長と国王、後は俺もよくは知らないが、国のお偉いさんで何人かと言った所だろう。
そして俺が今、『生かされている理由』は来たるべき魔王軍との戦争の為だ。
俺はその戦いにおいて『自分が有用である』と示さなければならない立場にある。
もし「必要なし」と判断されれば、すぐ様『斬首』という、まさに首の皮一枚で繋がっているというのが偽る事のない、俺の今の現状だ。
それでも、俺のような得体の知れない人間が、王国内を自由に歩けるのは、この女『冷血の魔女』の力があってこそだ。
前大戦における功績。
この国における『現状最大戦力である彼女』の、その意見と意向は、例え国王であったとしても無視する事はできない。
そしてお偉いさんの中には、当時の彼女の恐ろしさを知る者もいる為、逆らい辛いのだとか。
だが、それを知らない今の俺にとっては、『世話好きの近所のオバさん』ぐらいにしか見えない。
最も、『俺の正体を知る』、この国の連中に『俺を殺す』なんて安易な選択は出来ないだろう。
それを判断出来るのは、目の前にいる『この女』に他ならないのだ。
という訳で、この女が「マジコイツ、ホント殺してやろうかしら?」と思うギリギリまでは大丈夫。
つまりは「まだ全然大丈夫大丈夫〜」という事。
「私だけが、そう思っていても仕方がないのですよ?
あと来週、野外実習がありますが、くれぐれも今回のような事態は起こさぬように。
ましてや、これを機に気に入らない人間を闇討ち。なんて事は絶対にしないで下さいね?」
「んな面倒な事、すっかよ。普通に白昼堂々殺してやるわ!」
ギロっと、めちゃ睨まれた。
いや、やらないよ?やらない為に決闘で皆に釘を刺したんだろ?
ちょっとした軽口で、この状況では、俺の首の皮は気がついたら、ちぎれてそうだな?
……そういえば、野外実習って何の事?まぁ、いっか。
「まぁ、分かっているなら結構です。今後は気をつけるように。
今日はもう帰っても良いですよ」
野外実習というワードは少しだけ気になりはしたが、「どうせ、近日中にエレオノールの口から聞く事になるだろう」と思い、何も聞かずに学院長室を後にするのだった。
———————————————————
王都の一角。
そこは平民達が暮らす居住区。
その『とある酒場』。
仕事が終わり、酒を片手に乾杯し、活気のあるいつもの酒場の風景だったが、一番隅のテーブルに腰を掛けている一団。
他の者達とは、明らかに雰囲気の違う『三人の男女』の姿があった。
「それで『例の野外実習』ですが、どうやら例年通り、一週間後に行われるようですね」
全員黒いマントを身につけていたが、その中の『小柄な女』がそう言う。
「うむ、予定通りだな。
標的は全員参加するのだな?」
長身の黒マントがそう聞き返す。
その落ち着いた口調から『年配の男』だという事と、この中でのリーダー格の人間である事が伺える。
「はい、イレギュラーが無ければ間違いなく」
先ほどの小柄な女が再び答える。
それを聞くと黒マントの男は、『最後の一人』へと目を向けつつ指示を出した。
「良いだろう。『カーミラ』お前が行け。
私達は『冷血の魔女』を仕留める」
『カーミラ』と呼ばれたのは、先ほどの『小柄な女』ではなく、もう一人の方。
女性にしては、やや身長が高めの、不気味な独特の雰囲気を持つ女。
「うふふっ!ようやく出番ですかっ!待ち遠しいですねぇ!
その実習を待たずとも、今からでも殺しに行きませんかぁ?」
「ダメだ。『冷血の魔女』はお前が考えているほど甘い相手では無い。奴の庇護がない状態で確実に仕留める」
「周りくどいですねぇ?
早く、早く見たいですぅ。血が。聞きたいですよぉ。悲鳴がぁ」
「はぁ…頼むから作戦前に暴れないでくれよ?」
そうしてその三人は気がつけば、その場からいなくなっていた。
いや、そもそもそこに居た事にすら周りの人間は気がついていなかった。
—————————————————————————
『野外実習授業』
この魔法学院で、入学後の恒例行事として毎回行われる『魔獣』を討伐する実習だ。
ちなみに『魔獣』とは、魔力を持ち凶暴化した動物の総称で、この世界の至る所に存在する。
だが、殆どの魔獣は大した力を持たず、ただ普通の動物より凶暴だというぐらいでしか無い。
ごく稀に魔法を使う魔獣もいると聞くが、それほど強力な魔獣はこの王都近郊にはいない。
俺達、魔法学院新入生一行は、王都近郊、北西部の森林地帯へと来ていた。
要するに、ここで実習を行う訳なのだが……
「それでは皆さん。
事前に通達した通り、ここからはチームで行動していただきます。
チームで纏って並んでください」
事前に今日の実習の件は通達があった。
だが、チームの構成は学園側ではなく、生徒側で自由に組むようにとの事。
その理由はいくつかある。
いくらお遊びとは言え、戦闘に出て共に戦う以上、信頼できる人間でなければ背中を預ける事はできない。
……というのは表向きの話。
教員達の本音は、貴族という連中は、無駄に策略を巡らせるのが好きな為、この実習を機に「目障りな人間を排除してやろう」なんて不届き者が現れないとも限らない。
なので、国の重鎮のご子息、ご令嬢にはなるべく自分達の息がかかった生徒で、チームを固めてほしいのだ。
何ともお優しい、生徒にもしもの事がないようにとの配慮……と言いたいが一番は保身の為だ。
しかし、それは何も上流階級の人間だけの話ではない。
ここはこの国一番の魔法学院である為、その教員達もそれなりの身分の者達だ。
だが実際の所、その権威の全ては学院長に集約される。
一介の教員では、生徒より身分が下など当たり前の事。
いざという時、担任教師などは「〇〇様のおっしゃる通りでございます!」と、満面の笑顔で生徒を裏切る事だろう。
結局の所、自分の身は自分で守れ。という事だ。
しかし正直な所、俺としてはその方が有難い。
俺という存在は教員サイドから見れば、今までの学院史上、最も面倒な生徒。
平民にも関わらず、学院長の権威をチラつかせる。
だが、平民とは思えない超優等生。
貴族共の不正な権力、武力の行使に屈しない圧倒的な実力。
おまけにイケメンときた。
既に女性教員の中ではキャー、キャー言われる人気者になっている事だろう。
……あれ?なんか話の方向ズレたか?
とにかく、言いたい事は「生徒側でチームを決めていい」のは、俺にとって都合のいい話と言う事だ。
クラスメイト達がチームごとに並ぶ中、俺は一人でその中に並んでいた。
当然といえば当然だが、あの決闘以来、クラスメイト達からは嫌煙されている。
俺をチームに入れようとする豪胆なヤツなど、この学院にはいないだろう。
都合が良いとか、自分で言ってはいた物の、要は「一人なら人間関係に煩わされる事はないよね!」って事。
「あら、アナタ?どうして一人なのですか?」
そして相変わらず、いらない事を気にするエレオノール。
俺の事が嫌いならば気にせず、無視してくれればいいのに。
「ここの魔獣のレベルなら、チームを組まずとも戦闘は可能だ」
「そういう問題ではありません。
もしもの時一人では対処できない可能性があるので、パーティを組みなさいと言ったのです」
……もしもの時、ねぇ?
そうなったら、皆喜ぶだろうし、アンタだって嬉しいだろうに?
いや、それこそ『気にしない』の間違いか。
例え帰りの隊列に俺がいなかったとしても、気にせず学院に帰るんだろうな……。
実際、本当にやりそうだから、笑えねぇ。
と、そんな事を口走っても状況が好転しないのはわかっている。
とはいえ、他の連中と組むというのも、それはそれで逆に危険だ。
この機に乗じて、森でリンチにでも会うかもしれん。
……まぁ、返り討ちにしてやるがな。
そもそもだ。
自分をよく思わない連中と共にチームを組む事はそれだけでストレスになる。
どうせ荷物持ちとか、都合の良い盾みたいに扱われるんだろ?
そんな事されては、魔物と間違えて一緒に殲滅してしまうじゃないか。
そっちの方が『もしもの事』だろう。
「『もしも』なんて無い。心配無用だ」
「だからそういう問題ではないと言っているでしょう?
一人では実習に参加させるわけにはいきません」
その言葉を聞き、一瞬ラッキー!
……と思ったのだが、これが『学院の行事』であると言う事を思い出してしっまった。
この学院を卒業する為には、通常の学校などと同じように、単位を取らなければならない。
だが、そこは流石は名門校。かなり厳しい物だ。
そして、この実習の単位は比較的簡単に取れる『楽な単位』と言えるだろう。
この実習は、あくまで「体験的に魔獣との戦闘を経験する」というのが目的の為、参加さえすれば、単位は一律全員同じ点数が加算されるからだ。
当然だが、彼らはまだ入学したてで、実力など高が知れている。
とはいえ、この学院の入学試験に合格する為には実際に下級魔法をある程度使えなければならない。
故に、この実習は学院側もある程度、学生の小手調の意味を兼ねている所はあるだろうし、大して活躍する必要はない。
安全面に関しても、この森の魔物のレベルなら大事に至る事はないだろう。
だが逆に言えばだ。
この実習の単位を落とせば、取り戻すのに相当苦労する事になるだろう。
と、色々考えたが、要するに参加するだけで単位がもらえる『お手軽実習』には違いない。
加えて、先日学院長には「問題を起こすな」と言われたばかりでもある。
更に言えば、これからも色々と問題を起こす予定なので、単位は稼げる所で稼いでおきたい。
つまり、多少強引な方法を用いてでも、エレオノールを説き伏せ、実習に参加した方がいい。
「チームの最低条件は四名だったはずだが、俺は先日、決闘において四対一で勝利している。一人で生徒四人分の実力があると評価できるはずだ。
それにチーム構成を自由にしたのは信頼関係の重視との事だったが、その観点で言えば、俺にはこのクラスに信頼できる人間などいない。
チームを組む方が危険である以上、俺が一人で実習に参加するのは必然だと思うが?」
「屁理屈を並べても無駄です。
実習に参加できる資格がアナタには無いと言っているのです」
……やはりダメか。
この女、見た目通り頭の中までガチガチのマニュアル人間だ。
単純に俺の事が嫌いなだけかもしれないけど。
あと、自分で「信頼できる人間などいない」と言っておいてなんだが、ちょっと凹んだ。
……まっ、いっか。
俺、頑張ったよね?なんか凄い話したもの。嫌いな人と会話するだけで、めっちゃ疲れるんだぜ?
もう良いよね?今回は不参加。て事は、もうここにすらいる必要無いし、俺はお家へ帰りやす!
「バランス教諭」
俺が諦めたその瞬間、横槍が入る。
声の主は俺の予想だにしなかった人物だった。
『マーティス・エーデルタニア』
この国の王太子、時期国王その人だ。
実はクラスメイトだったんだよね。この人。
凛々しい緑の眼差しに、茶色の髪、背丈は男性にしてはやや小さめな見た目だ。
「どうされましたか?殿下?」
「いえ、彼を私のチームに加えたいのです。
そうすれば実習への参加は問題ないでしょう?」
その言葉を聞き、驚くエレオノール。
いや、彼女だけではない。
周りの者も皆驚いている。
正直、俺自身が一番驚いている。
いや、願ったり叶ったりな状態ではあるんだろうな……つい数分前までは。
既に俺の気分は『帰る』方へと傾きかけている。
なので、心の中では「チっ、余計な事言うんじゃねーよ!」と思っていた。
だが、本当にどう言うつもりなんだ?殿下は?
「殿下っ⁉︎このような男を殿下のお側に置くなど…」
「構いません。私には優秀な護衛がいるので」
そう言うと王太子は背後の三人の生徒を見る。
巨漢の大男と眼鏡の優男、後は大槍を持った女が一人。
なんか颯爽と立っては居るし、学生の中では確かに頼もしく見える。
だが、それはあくまで学生の中ではの話。
そんなに優秀そうには見えない。
「殿下がそうおっしゃるのなら…」
渋々ではあるようだが、エレオノールが俺の参加を認めたのだ。
……えっ?いいの?
いや、本当に大丈夫?自分で言うのも何だけど結構な危険人物よ?俺?
それもそうなんだけど……あのぉ?俺は承諾したつもり無いのだけれど?
「そういう事だ。よろしく頼む。ルーク」
王太子は俺の目の前に手を出す。
……握手をしようという事で良いのだろうか?
それとも、手を取ろうとした瞬間「じゃぁ、よろしく」とか言われて、荷物を腕に引っ掛けられるのだろうか?
「捨てる神もいれば、拾う神もいる」と一瞬、思いはしたが、絶対『何かしら狙い』があるのだろう。
色々な可能性を考えはした。後、参加か帰宅かについても考えた。
そして苦渋の決断ではあったが、やはりここで「殿下の誘いを断るのは得策ではない」と判断。
単位も取っておきたいしな。
ここは話に乗っておく事にしよう。
もし、手を取った瞬間に「お前みたいな貧乏人と一緒に行動する訳ないだろ、バーカ!」と言われ、はじかれた時に備えて、「昨日犬のうんこ触ってから手を洗っていない」と言い返す準備をしておこう。
うん、それが良い。
「あぁ、よろしく頼む」
そう握手を交わす。
……あれ?普通に握手できちゃったな?
何だか、それはそれで面食らった感があって、負けた気がするな?
「なぁ?昨日うんこ触ってから、手を洗っていないのだが?」
「……一体、急になんだ?」
「キッ、貴様ッ⁉︎」
槍使いの女が真っ先に反応してきた……うわ、めっちゃ怒ってる。
他の二人はと言うと、若干眉を顰めたが、おそらく「嘘である」と判断したのだろうな。
溜め息をついたり、「子供じゃないんだから」と呆れた様子を見せている。
他の生徒達もそれぞれそんな反応だった。
だが、一番は殿下の反応だ。手を握ったままなのだけど?
そして、そのままクスリと笑って見せている。
「なんだ?好きなのか?うんこ?」
「いや、なに。『聞いていた通りの男だ』と思っただけだ」
『誰か』から俺の話を聞いたというのか?一体誰から?
とはいえ、俺の事を詳しく知る人物など、この国には一人しかいないのはずだ。
だとしたら、きっと碌な話は聞かされていまい。
故に絶対に「その人、俺の事なんて言ってた?」なんて聞き返したりはしない。
スルーだ。スルー。
そして俺は、他の護衛三人に睨まれながらも、彼『マーティス』のチームに加わる事となったのだった。