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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第2部 Assassin Works
22/87

再会編3-入学-

 入学式翌日。

 通常通りのカリキュラムで授業が始まった。

 初日という事も有り、大した内容ではなく、実に退屈な時間であった。


 気の所為かもしれないが、教員達は俺を『居ない物』として扱いたいようだ。

 単に平民に関わりたく無いのか、時間を無駄にしたく無いだけなのか。

 まぁ、それは俺にとっては都合の良い事なので、これからも是非そう扱って頂きたい。


 午前中の授業が終わり、昼休憩の時間となった。

 俺はいまだに、シルヴィアへ声をかけられないでいた。

 それにはやんごとなき理由が……という訳ではないのだが、休憩時間になると、彼女の席の周りには人集ひとだかりが出来ているのだ。

 それは昨日の自己紹介の件で『異世界』や『転生』についてを質問されていたのだ。


 まるで転校生の様な姿だな?

 俺も似た自己紹介をしていたら、あんな風に人気者になれただろうか?

 ……べ、別に羨ましい訳じゃないんだからねっ!


 とりあえず、それについては考えるのを止め、今は昼飯でもとりに行こう。

 そう思い、席を立とうとする。

 だが、その俺の前に四人の生徒が立ちはだかっていた。


「よう?ルーク…だったけ?

 授業にはちゃんと着いていけているかな?」


 俺の前に立ち塞がった生徒達。

 その中の金髪の生徒が、外見上がいけんじょうでは優しげな声をかけてくる。

 他の周りの三人はその『取り巻き』といったところか?


「『着いていけてるか』も何も、大した内容ではなかったはずだが?」

「いや、すまない。

 平民(・・)では文字を読むので精一杯だと思ってね。

 よかったら、この私が教えてあげようか?」


 言葉だけを聞いていれば、とてもお優しい貴族のボンボンって感じだが……めちゃめちゃ『平民』の所を強調して言いやがったな?コイツ?

 つまり、これはアレだな?早速ヒエラルキー最下位への洗礼って奴だ。


 その俺を小馬鹿にした一言を聞き、周りの取り巻き達は大爆笑。

 全く、笑いのツボの浅い連中だ。

 こんな程度の低い連中の笑い者になるのは真平御免だね。


「結構だ。そこを退いてくれ」

「貴様!レオナルド様が、わざわざ貴様の様な平民に声をかけてくださったと言うのになんという無礼な!」


 『レオナルド』って事は、コイツは『レオナルド・アーガイル』か。

 一応、自己紹介は一通り聞いていた為、クラスメイト全員の名前は頭に入っている。

 だが、席が一番前だった為、顔までは見ていなかった。


 ……俺みたいなのが、クラスメイトの名前を覚えてる訳ないと思ってたって?

 これでも、昔は暗殺者の端くれだった為、一度聞いた人の名前を覚えてしまうのは職業病のような物。

 それでも完璧という訳ではないが……この学院に通える者という事は、それなりの家柄の人物が多い。

 つまり、国の重鎮のご子息、ご令嬢連中だ。嫌でも耳に残ってしまう。

 そして、中でも『アーガイル』といえば、この国では『ウィルコット家』と並ぶ名家の一つ。

 どうやら面倒な奴に目をつけられてしまった様だ。


「よすんだ、リアム。彼は平民だぞ?

 私の家の事など知らなくて当然だろう?」


 その言葉に再び大爆笑の四人。

 いや、その四人だけでは無く、周りにいた他の生徒も笑っていた。

 差し詰め、気に入らないが関わるのも煩わしい平民の俺が『名門貴族殿に虐められている姿』は、さぞ滑稽に写っている事だろう。


 だが、本当に笑いのツボの浅い連中だな?

 こんなんで笑えるなら、さぞ人生が楽しかろう。

 全く、羨ましい限りだよ。全然仲良くなれる気がしねーし、なりたいとも思えねー。

 ……えっ?入学初日は友達作りしようとしてたじゃねーかって?

 別に友達出来なくて、掌返した訳じゃねーからっ⁉︎いや、マジでっ⁉︎


 しかし、それに笑う者だけではなく、中には「可哀想にアーガイルに目をつけられて」と俺に対し、同情している生徒もいるようだ。

 とはいえ、その連中も基本的には傍観を貫き、ヒエラルキー最下位の俺をあわれむだけだ。

 こうやって人は、自分を人よりも上にいると勘違いし、下にいる者はしいたげられて当然だと錯覚する。

 人の世とは時代や世界が変わったとて、何一つとして変わらない。実に醜悪極まりない。


「……話は終わりでいいな?」


 連中からしたら『面白い見せ物』かもしれないが、俺にとってはただの時間の無駄遣いに他ならない。

 『時は金なり』だ。こんな連中は放っておいて早く飯を食べに行くとしよう。


「貴様っ!何度も言わせるな!

 せっかくレオナルド様がお声をかけてくださっているというのに、その態度はいったい…」

「『何度も言わせるな』は、こっちのセリフだ。そこを退けアーガイル。邪魔だ」


 その言葉に爆笑していたはずのレオナルドと、周囲の生徒達が一瞬でしずまり、顔をしかめる。

 他の取り巻き三人が、レオナルドの反応にひるみ、恐れているのがわかった。

 

 俺からしたら、つまらない変顔を披露してくれているだけで特に何も感じないのだ……どうやら、名門貴族殿を怒らせてしまったらしい。


「貴様?平民の分際で、この私を呼び捨てにしただけでは飽き足らず…邪魔だと?」

「聞こえなかったのか?なら、もう一度言ってやるよ?

 レオナルド、マジ邪魔。そこ退け、鹿


 今の一言で完全にプッツンさせてしまった様だ。

 レオナルドの表情からは、先程までの余裕の笑みは一切なく、フルフルと怒りをあらわにし、こちらを睨みつけている。

 

 いや〜、怒らせる為に、わざと言った言葉なのだけど、ここまで簡単にキレてくれるなんて本当にお馬鹿さんだな〜?扱いやすいくて助かるぜ?

 今後は敬意をもって、もし犬を飼う事があれば、『レオナルド様』と名づける事としよう。 


「貴様ッ?どうやらしつけが必要らしいな?」


 そう言うと、彼は身につけていた白い手袋を俺に向けて投げつけてくる。

 それはこの国における『決闘の申し込み』だ。

 俺がそれを拾い上げ、レオナルドに返せば、決闘を受理したという流れなのだが……

 投げつけられ、俺の体へと当たった手袋が地面へと落ちた。

 それを確認すると、俺はその白手を足で踏みつけてみた。


「なっ⁉︎貴様っ⁉︎」


 レオナルドは更に怒りを露わにする。

 別に『この行為』に、何か意味がある訳ではない。

 単に『相手を馬鹿にした』というだけの行為だ。


「いいぜ。『決闘』やってやるよ。

 いずれはこうなっていただろうからな。

 面倒事は早めに終わらせるに限る」


 そのまま、踏みつけた手袋を蹴り上げ、レオナルドへと返却する。

 それを体で受け止めたレオナルドは、白手についた俺の足跡を見ながら、更に怒りを強めた。


「その減らず口ッ!すぐにきけなくしてやるッ!」


 そういうと、「着いてこい!」と言わんばかりに、背を向けて先導してくれるようだった。

 一瞬、このまま後ろから襲いかかって、ボコボコにしてやろうか?と思ったが、それは止めて大人しく後を着いてゆく。

 他の取り巻き達は、俺が逃げないようにか、取り囲むように歩いてゆく。


 俺達は学院の屋外運動場まで移動してきた。

 そこにはレオナルドとその取り巻き達だけではなく、その後を着いてきたクラスメイト達や、噂を聞きつけた同級生達、その他教職員などの、学園の人間が野次馬の様に集まってきていた。

 これから始まるであろう『見せ物』を、皆待ち望んでいるのだろう。

 その中の生徒から一人、立会人を選ぶと決闘を始めようとするが……


「ちなみに私達は四人で貴様に決闘を挑んでそれを受諾した。

 このまま四対一で戦うが異論はないな?」


 平然と卑怯な事を言い放つ、名門貴族殿。 

 だが、確かに『人数の制約』はしていない。つまり、奴の主張は正しい。

 なるほどね?「やり慣れている」って訳だ。


 それに対して異論を発する様子も周囲には無い。

 割とこんな事が日常的にあり得るのだろうか?だとしたら『この王国』は結構腐ってるな?

 であるならば、こちらとしても「都合が良い」という物だ。


「構わん。さっさと始めるぞ」


 立会人の学生が手を上げ、決闘の開始を告げる。


 戦闘において、重要視されるものは多いが、こと魔法使い同士の魔法戦においては『二つ』だけだろう。

 それは魔法の『威力』と『発動スピード』だ。

 『威力』については言うまでも無いだろうが、この世界で魔法を使用するには詠唱が必要となる。

 それはアニメみたいに、恥ずかしい厨二病まがいなセリフを読み上げるものではなく、魔法陣を描く事を詠唱と呼んでいる。

 中には『例外の技法』も存在するが、ほぼ(・・)全ての魔法が対象となる。

 そして魔法使いが、相手を視認してから詠唱し、魔法を放つのに、どれだけ早くとも「最低でも三秒は必要だ」と言われている。

 もちろん、こちらにも例外・・というのは存在するが、一般的な魔法使い。それも未熟な学生となれば、そんなものは考慮すべき内容ではない。

 加えてそれは、「発動が早い下級魔法なら」の話である。

 逆に言えば、どんな魔法を放つとしても、その時間は最も顕著な『魔法使いの弱点』と言える。


 四人は、ほぼ同時に魔法を放とうと、詠唱をし始める。

 その瞬間に俺は前へと踏み込む。


「ッ⁉︎」


 瞬間、彼らの懐へと入り込むと、それぞれに一撃ずつ腹部へと、拳と蹴りを見舞ってゆく。

 何一つ魔法を使用しない『身体能力のみ』の攻撃。

 だが魔法使い相手には、これが一番よく効く。

 彼らは魔法の勉強ばかりで、体などは全く鍛えない傾向にあるからだ。


 全員がその場に崩れ落ちる。

 予想通り、全く接近戦を想定していなかったのだろう。


「キ……貴様っ⁉︎魔法使いの癖に……なんと野蛮なっ⁉︎」

「すまんな?育ちが悪いもんで。

 それに、『禁止ってルール』は無かったはずだぜ?」


 取り巻きの一人が、思いの外タフで、完全に意識を失っていなかった。

 だが、今度は顔面に蹴りを見舞い、完全に意識を刈り取る。


 これで、誰がどう見ても俺の勝ちなのだが……

 俺は倒れている一人、レオナルドの髪を、グッと掴むと彼をその場に立たせた。

 とは言え既に意識は完全に失っている。

 このまま、この決闘を終わらせてしまっても、問題は無い。

 だが、後で「何か反則をしていた」と騒がれたり、また勝負を挑まれても面倒だ。

 何よりここにいる連中全員に対して『俺に手を出せばこうなる』という『見せ〆』は必要だ。

 その為、レオナルドには、ここで俺に完膚無かんぷなきまでに、何の言い訳もできない程にボロ負けして貰わなければならない。


「はッ⁉︎」


 レオナルドが覚醒する。

 だが、それは『自然に目を覚ました』という訳でも、自らの意思で覚醒した訳では無い。

 ……俺が目を覚まさせたのだ。


幻影命令ファントム・オーダー

 相手の全ての感覚を支配し、体を動かす事や、幻影を見せたり、逆に感覚を無くしたりするなど、ありとあらゆる命令をする事の出来る幻覚や幻惑系に分類される魔法だ。

 また、こういった魔法にも『魔法陣の形成』、即ち詠唱を必要とするが、他の攻撃系の魔法と違って、不可視化しての魔法陣形成もできる。これが『不可視詠唱ブラインド・スペル』だ。

 その分、詠唱に時間が必要なので、攻撃魔法にはあまり使わない技法だが、幻惑系ともなれば必須技能と言える。なぜなら、「これから幻覚かけまーす」なんて言って、『幻覚にかかる馬鹿』はいないからだ。 


 周囲の者からはレオナルドが自分で意識を取り戻し、自立したように見えていた。

 いや、そう見えるように演技した。


 俺はレオナルドの髪を掴んだまま、彼の顎に反対の手を添え、上方向へとクイッと傾けると、彼にしか聞こえない様に小さな声で伝えてやる。


「レオナルド?これから俺が満足するまで、サンドバックになってもらうから。

 しっかり絶望してくれよ?」


 俺はそう告げ終わると、腹部に蹴りを見舞う。


「ぐはッ⁉︎」


 なるべく外傷は残らない程度の威力で蹴り飛ばす。

 決闘における『勝敗の条件』は、相手を戦闘不能にする事、或いは降参した時だ。

 今、レオナルドは戦闘不能だが、それを立会人が知る術はない。

 蹴り飛ばされたレオナルドは立ち上がると、再びファイティングポーズを取る。

 正確には『俺が取らせた』というのが正しいが。

 本来、魔法使いなら、構えるのではなく、魔法を詠唱する場面だろうが、【幻影命令】では、他者をそこまで細かく操作出来ない。加えて操作中は、俺自身も複雑な身体の動きや、魔法を使う事が出来ない。

 この魔法は、それだけ高度な操作を要求される魔法と言う事だ。


 俺は更に、その体に連打を見舞っていく。

 周りの野次馬達からは悲鳴の声が上がり、「やり過ぎだ」と声を出す者すら表れ始めた。


 ……四対一で戦い始めた時は、誰も何も言わなかった癖に良く言う。


 だが、誰も『その行為』と『俺』を止めようとするものはいない。

 なぜなら、これは『決闘』。

 この国の法で『いかなる理由』があろうとも、それを途中で止める事は重罪になるからだ。


 レオナルドの顔から、血の気が引き、絶望に染まっていく。

 体を動かす事は出来ないが、痛覚は残してある。

 つまり、これはもう決闘などでは無い。

 ただの拷問になっていた訳だ。


 ……さてとはいえ、そろそろ終わりにしてやろう。

 これで俺に、もう二度と関わり合いたいとは思うまい。

 俺も飽きてきたし。


 そう思い、一度強く蹴り飛ばし、野次馬の近くまで飛ばすと【幻影命令ファントム・オーダー】を解こうとしたのだが、そこで『思いがけない事態』が起きた。


「これ以上はやり過ぎです!やめてください!」


 野次馬の中から一人、レオナルドを庇う様に俺の前に立ち塞がった生徒がいたのだ。

 それは金髪碧眼きんぱつへきがんの女生徒『シルヴィア・ウィルコット』だった。


 ……いや、別に言われなくても、もう終わりにするつもりだったんだけど?

 だが、これは少しだけ『マズい事』になったかもしれない。


 シルヴィア・ウィルコットは、俺の目の前で両腕を広げ立ち塞がっていた。

 周りの生徒達からは「マズいんじゃないか?」などと、心配する声をあがる。


 先にも言った通り、決闘を途中で止める事は重罪だ。

 実際、死刑になったりする訳ではない。

 だが、その処遇はこの場合、邪魔された当人。つまり「俺が好きに決めても良い」事になる。

 過去、このルールを逆手にとった貴族達が、本来非合法で非人道的な行いを数多あまたおかししてきた。

 その為、今では『決闘を邪魔する』などという『愚か者』などいようはずがない。

 ……と思っていたのだがな?


「『やり過ぎ』だと?

 四対一で容赦無く魔法をブッ放そうとした連中だぞ?

 むしろ、これぐらいで済ませてやるんなら、優しい方だと思うが?」

「……それでもです。

 貴方の『その魔法』は、ルール違反と取られても仕方がないと思います」


 『その魔法』、つまり【幻影命令】が見えている……?

 一瞬、驚いたが、そこまで不思議な事でも無いか。

 何せ、ここまでサンドバックにされても、ゾンビのように立ちがっているのだ。

 何かしらの魔法で「操られている」と考えても、何も不思議な話ではない。


「『ルール違反』ね?そもそも、『ルール』なんて無いだろ?

 この決闘を始める時、四対一という状況で止ようとする者は、誰一人としていなかった。

 それがお前らの言う『ルール』ってヤツだ。

 それとも平民相手なら、この国の法も、そのルールとやらも守る必要は無いと?」

「それは……」


 言葉に詰まるシルヴィア。

 現代日本の価値観で言えば、こちらの方が正論だろうから、当然なのだろうけど。


 そこで一度今の彼女の出立を確認する。

 彼女は他の生徒と同じ制服を着ていたが、髪飾りの蒼いリボンなどの装飾品を除いて一点明らかに違う点が存在した。

 その腰に一振りの剣。金色の鍔の綺麗な長剣を下げていた。

 ちなみに『この国』では、貴族は剣などの武器を携帯する事を認められている。

 その為、彼女が武器を持っている事は何も不思議な話ではない。

 だが、それは同時にこちらに対する威嚇にも似た行為だ。 

 『貴族』は帯剣が許されていても、『平民』は許されない。

 武器を持つ者が、持たざる者の前へ立つ。

 その行為が、どういった意味を持つのかは、言うまでも無いはずだ。

 言うなれば、これはシルヴィアによる俺への説得では無く、強制なのだ。


 ……まっ、そこは突っつかないでおいてやろう。

 何せ、俺は懐に短剣を隠し持っているから丸腰では無いのだ。

 

 シルヴィアが、何か言葉を絞り出す前に立て続けに言い放つ。


「そこを退け。ウィルコット。

 今なら決闘の邪魔をした事は不問にしてやる」


 レオナルドに近づきながらそう言うが、彼女はそこを退しりぞかなかった。


「いいえ、ここを退しりぞくつもりはありません!

 確かに貴方の言う通りです。私はこの決闘を止めませんでした。でもそれは貴方なら四人相手でも勝つ事ができると思ったからです!」


 その言葉に俺は足を止める。

 今の口ぶりでは、まるで俺の実力を、元から知っていたかの様だった。


「……結果論だろ?」

「いいえ、貴方の身のこなしや、魔力を見てそう思いました!」


 『身のこなし』を見て。

 と言うのはわかる。だが……

 『魔力』を見た。

 とはどういう意味だ?


 通常、魔法使いは『魔法として具現化』した魔力を見る事はできても、『魔法になる前の魔力』を視認する事はできない。

 魔力を、ある程度感じ取る事はできるが、それは見えているという訳では無い。


 元となる魔力には二つの種類がある。

 空気や酸素のように、体外を漂い自然に発生する『体外魔力』。

 そして人体から発される『体内魔力』の二つだ。

 通常は、この二つを掛け合わせて『魔法』を発現させている。


 そして、魔力を感じとる感覚。

 空気のように、そこに在る物だという認識……当然酸素なら無ければ、酸欠になり、人体に影響を及ぼす。 

 魔力は無いと、人体に影響は及ぼさないが、違和感を感じる事になる。

 いつもより魔法の発動が遅かったり、そもそも発動しなかったりだ。

 逆に魔力が多いと逆の症状が起こる。

 だが、当然これらは『体外の方』の話。


 体内の方で魔力が低下したならば、もっと顕著に、魔力の欠乏症状。

 主に息切れや動悸、吐き気などの症状がみれる。

 逆に調子が良い場合は、魔力が多い、純度が高いという認識だ。


 ……と少し話が脱線してしまったが、要するに魔力を知覚しているとしても、この程度では『見えている』とは言えないという事。

 俺はここまで考え、結論として「何か勘違いをしている」か「口から出まかせ」だと判断したが……

 だが、ここで彼女が【幻影命令】に気がついていた事を思い出した。

 それはつまり、その彼女の言葉通り、俺の魔力を、魔法では無い状態で視認していたという事だ。

 そうなれば、可能性として一つ残る物がある。


「『魔眼まがん』か?」

「はい、そうです」


『魔眼』

 生まれつき、そう言われる『特別な目』を持って生まれてくる者が、極稀にいる。

 だが、実際にそれを持つ物に会ったのは、これで『二人目』だ。

 曰く、その目は魔力の流れを視認する事ができ、魔眼によっては強力な魔法を先天的に宿している事があると言う。


 彼女は『転生者』だ。

 もしかすると転生特典で、神様から授けられたのかもしれない。


 ……あのぉ神様?俺、何も貰って無いんだけどっ⁉︎

 むしろ、搾取されまくってる気すらするんだがっ⁉︎


 と、一瞬この世界の理不尽に狂い死にしそうになり、言葉に詰まってしまう。

 その隙に彼女が続けて言葉を放つ。


「力とは誰かに見せつけたり、虐げたりする為にあるのではありません。

 強い力を持って生まれてきた者には、その力を担うにたる責任と義務があるのです。

 だから、貴方もその力の使い方を間違えないでください!」


 彼女のその真っ直ぐすぎる言葉と視線に、一度天を仰ぐ。


 きっと、彼女はその言葉通り、この世界で今まで生きてきたのだろう。

 俺とは正反対だ。

 命ぜられるがままに、人を殺し、力を自身の為にだけ使ってきた。

 俺にとって生きるとは、「他者から幸福を奪い続ける事」に他ならない。

 そして……それだけが『俺の存在理由』だった。

 そうやって積み上げていった死体の上で、ようやく「お前は生きていて良いのだ」と許可をしてもらえるのだ。

 

 全く。十数年ぶりの恋人との会話が、まさかこんな内容になるなんてな……。


 本来、俺達はこうやって向かい合う運命だったのかもしれない。

 俺は魔王軍の兵士。彼女は王国の魔法使い…いや『勇者』として。

 そうやって互いに何も知らず、考えず、殺し合っていたなら、どれだけ楽だっただろうか?

 ……だが、俺は既に彼女と出会ってしまった。

 そして知ってしまった。彼女が栞里であるという事を。

 

 一度、深く息を呑み込む。

 ここまでの動揺も。

 目の前にある不平等も。

 これから先の理不尽も。

 その全てを飲み干し、『今という現実』を塗り替えていく。


 ……決意を固めた、今の俺は一体どんな顔をしているんだろうか?

 それは今、目の前に立つ彼女にしかわからない事だ。

 だがそれすらも、覚悟を決めた今の俺には、もう関係の無い話だ。


「そんなに止めたいのなら、実力で…力尽くで止めてみせろ」

「ッ⁉︎させない!」


 殺気を込めた視線を、彼女の後ろのレオナルドに向ける。

 それに対し、咄嗟に彼女は反応し、腰の剣に手を伸ばした。

 蒼い瞳が金色こんじきに色づく。

 その眼には魔法陣が浮かび上がっていた。魔眼に内包された魔法を使おうとしたのだろう。

 このタイミングで発動させるという事は、防御魔法のたぐいだろうか?

 少しだけ、その固有魔法を確認したいとも思ったが……発動までさせて、話をこじらせてしまったら、それこそ本当に引っ込みがつかなくなる。

 だから俺は、その魔法が放たれる瞬間を見る事はせずに、彼女へと背を向けた。


「……アンタの勝ちだ。ウィルコット」

「へっ……?」


 さっきまでの殺気から、俺が確実に攻撃を放つと思っていたのだろう。

 ウィルコットは唖然とした様子で間抜けな声を出していた。


 元々もう終わらせるつもりだったのだが、彼女の介入により収まりがつかなくなってしまった。

 やや不本意ではあるが、彼女の『魔眼を恐れた結果だ』と周りに思わせられれば、この決闘で得られるはずだった『今後の抑止力』を最低限ではあるが得る事は出来る。


 俺がその場を去ると、周りの野次馬達が歓声を上げる。

 そして巻き起こる彼女に対する称賛の声。

 

 ……普通、こういうのって主人公に起こるイベントじゃない?

 あぁ、そっか。主人公は栞里の方だったのか。

 俺はモブって事ね。……はい。

 これって、後で和解して仲良くなる流れになんのかな?

 ……ならねーか。多分徹底抗戦で倒されるパターンだわ。だって俺だもの。トホホ……。


 つくづく、思う。この世界は理不尽だと。

 だが、そのおかげで一つ。迷いが吹っ切れたというのも皮肉な話だ。


 人は生まれながらに平等では無い。

 ……だが、そんな事は当たり前だ。

 前世から知っている、この世界のことわり

 そして、それは今世こんせでも変わる事はない。

 今の彼女は『貴族』で、俺は『平民』。

 この世界でも、俺は生まれながらに『敗者』なのだ。

 ならば今、俺と彼女の「生きる世界が違う」というのは、至極当然の話という訳だ。


 そうして俺は、昼食をとるべく一人、食堂へ向かうのだった。


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