再会編2-入学-
『入学式』
それは所謂……えっと、入学する時に、なんか親とかの前でやる式典的な……要は、入学式なのである。
家族の物を除けば人生で、そう何回も経験する事でも無いだろう。
幼稚園、小学校、中学校、高等学校……後は大学とか専門学校とか、多くとも五、六回といったところだろうか?
俺は元々高校生だったが、卒業後は進学せず就職するつもりだったので「もう自分自身の入学式に参加する事はない」と思っていたのだが、こうしてまた参加させられる事になろうとは……。
今まさに、その入学式の真っ最中で場所は聖堂の様な所だった。
ミッション系の学校ならば、こういった場所でもおかしくは無いが、普通の学院にはそんな場所は無いだろう。
流石は『異世界の学校』といったところだ。
今は壇上で学院長の『ありがたぁ〜い、お話』の真っ最中だ。
こういう所は、異世界どうこうは関係なく、退屈だった。
と、欠伸でもしようかと口を開こうとした瞬間に、ギロッと学院長が殺気を飛ばしてきやがった。
壇上で話していると言うのに、大した余裕だな?と感心するが、欠伸くらいは許してくれてもいいのではなかろうか?
ちなみに女子生徒の制服は、男子と殆ど差は無い。
下がズボンではなくスカートというだけで、他は男子と変わらない形状である。
入学式が終わると、聖堂の入り口前に、『クラス割』と『簡単な地図』が張り出されていた。
自分のクラスはどこかと探すが、それはすぐに見つかった。
何せ一番上だったからな。『一年Aクラス』
教室の場所を確認すると、すぐに移動する。
周りの同級生達は、同伴していた親と仲睦まじく話をしている様子だった。
……この光景も見慣れた物だ。
何せ前世で何度も経験している。
普通の家族。
普通の家庭。
普通の幸せ。
こういう光景を見ると、自分自身の境遇から、切ない気持ちとかになったりする物なのだろう。
昔はそう思う事もあったが、それを「寂しい」と思った事は無い。
前世では、隣に『栞里』が居てくれたからだろうな。
……だが、それは彼女が居ない『今』も同じだ。
それを「羨ましい」と思う事はないし、『自分の境遇』を呪う事もない。
俺には『それら』が、自分にとって『如何なる価値がある物』なのかがわからない。
単純に経験が乏しいから、「よくわからない」というのが理由だ。
『普通に生きる事』。
それが人にとって、どれほどの幸福であったとしても、俺は『今の俺』に満足している。
幸せか?と聞かれると、それは「違う」が、別に他の人間になりたいか?と聞かれても、別にそうではない。
結局、『幸せ』なんて物は追い求めればキリが無いという事だ。
そう考えると、幸せすぎて幸せが薄れてしまった『王国民』と、不幸すぎて不幸を感じなくなった『俺』。
どちらが、『より幸せ』で、どちらが『より不幸』なのか?とは考えてしまう所ではある。
しかし、感傷に浸る訳ではないのだが、久しぶりに『栞里の事』を思い出した。
彼女との『最期の別れ』から、今に至るまでが、あまりにも過酷な日々過ぎて、思い出す事すら忘れてしまっていた。
正直な所、今では顔すら朧げにしか思い出す事ができない。
そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか目的の『一年Aクラス』へと辿り着く。
教室の中へと入るがまだ中に生徒はいなかった。
やはり一番乗りだったか。
教壇の黒板に席順が書いた紙が張り出されている。
ちなみに黒板と言ったが見た目が似ているだけでこれは別の代物だ。
『魔力板』
魔力を具現化し文字を投影するこの世界の魔法具と言われる魔法の道具だ。
すぐに席順を確認する。
だが、ついていない事に中央の一番前の席の様だ。
一度、溜め息をつくとすぐに席に座る。
教室は広く講堂と言ってもいい程の広さだ。
その後、続々とクラスメイト達が教室の中へと入ってくる。
……遂に始まるか。
『苦幽我苦死煮地』。
それは今後、卒業までの三年間を左右する重要な日だ。
出来るだけ多く友達を作り、自分の地位を確保する事。
学生にとって友人とは力だ。
数という単純明快な力。
それこそが学院生活を楽しむ上で、最も重要視される物だ。
もしここで友達作りに失敗しよう物なら、このクラスのヒエラルキーの下位におかれ、卒業まで虐めの対象にされる。
この恐ろしいサバトを生き残るべく、レッツ友達作り!
と、そう思ったのだが……
普通、入学式初日といえば、皆友達を作りたいが恥ずかしくて声をかけずらかったりする物のはず。
何かきっかけが無いものか?とヤキモキしつつ、話しかけるチャンスを模索する。
これはそういう行事のはずなのだ。
……しかし、なぜだろう?
皆、教室へ入って来るなり、「また同じクラスだね!」とか「久しぶり」とか普通に挨拶している。
そして既にクラスの人間関係が完成しつつある…というか完成している様に見えた。
……あぁ、そうだった。
ここは正真正銘の名門校。
そして、この国の優秀な魔法師見習いが通う学校でもある。
この国で魔法を学ぶには、かなりの額の金が必要になる。
平民ではとてもでは無いが払う事のできない莫大な額の金が。
つまる所、ここにいる学生は全員が貴族だという事なのだ。
先に言った『寮を使わない理由』とはこれだ。
金持ちのボンボン共ならば、わざわざオンボロ宿舎になど寝泊まりせずとも、毎朝馬車での送り迎えがあるのだ。
そして、貴族達が通う学校は限られているし、家同士の繋がりもある為、その殆どが友達というまででは無いにしろ、顔見知りくらいの仲だろう。
そして、今ここでハッキリした単純明快な事実。
俺氏、入学初日数分にして『ボッチ』になりました。
いや、うん……実はわかっていたんだけどね?
わかってはいたんだよ?俺みたいなのは、多分友達とか出来ないだろうなって。
でも、アレじゃん?ちょっとは期待しちゃうじゃん?昨日の夜とかソワソワして眠れなかったりしちゃうじゃん?
現実は甘くない。
そんな事は異世界に転生して、まず最初に覚えた事だったのだがな……。
……いや、別にここからが、『俺の異世界転生デビュー』とか、ちっとも考えて無かったからね?
何なら、「まだワンチャン残ってるんじゃないか?」とか、都合の良い事、微塵も考えちゃいないからね?
いや、ホントマジで。……はぁ。
時間的にすれば、物の数分だったのだが、俺にとって『長い絶望の時間』が過ぎる。
すると、教室内に『一人の女性』が入ってくる。
学院長と似ているが、色の違う黒いローブを身に纏い肩まで伸びた黒髪の女性。
このタイミングで現れた。という事はこのクラスの担任だろう。
女性は教壇前までつくと話始める
「皆さん、席についてください」
その言葉に全員話を止め、席に着く。
俺は元々、席を離れていないのでそのまま。
そう、そのままだ。つまり友達も出来ちゃいない。
……別にいいもん。一人だって楽しい学院生活送ってやるもん。
「初めまして、私はこのクラスの担任となります。『エレオノール・バランス』と申します。
これから一年間よろしくお願いします」
『エレオノール』と名乗った女教師は、自己紹介を済ませると、学院の概要について話始める。
授業のカリキュラムや、学園の施設の説明などなど、普通の学校と変わらない内容に、再び退屈になりつつ、話を聞いていると、俺が『最も恐れていた時間』がやってくる
「それでは説明はこれくらいにして、皆さんにも簡単に自己紹介を行ってもらいましょう」
そう、それは入学初日の鉄板イベント。
『処刑台』だ。
もはや、あやふやな漢字で誤魔化したりなどしない。
今の俺にとってはただの処刑台なのだ。
生徒達は自己紹介を済ませていく、順番は席順だ。
それぞれ、名前と魔法学院に入学した理由や家の自慢話、将来の夢などなど、実に慣れた口調で話していく。
……そして、遂に俺の番が来てしまった。
「それでは次の方」
その声に俺は席を立つ。
ここで一つだけ、強がりでも何でもない事実を言っておく。
俺は別に人見知りだとか、自己紹介が苦手だとか、人前で話すのが緊張するだとかで、この行事を『処刑台』呼ばわりした訳ではない。
他の物にとっては程度の低いイベントでも、俺にとってはこのクラス…いや。学院での立ち位置を確定させられるイベントなのだ。
その為、簡単に一言だけ。
「ルークだ。よろしく」
「それだけかしら?貴方、家名は?」
……予想通り、余計な事を聞いてくる先公だ。
俺が自己紹介を恐れていたのは『その話題』を口にしたくなかったからだ。
「家名は無い。……『平民』だ」
周りの生徒達がざわつく。
「なんで平民がこの学院に?」と後ろで、こそこそ話しているのが聞こえる。
先にも言ったように、この学院に通うには莫大な金がかかる。
一応、学院の入学基準に明記されている訳ではないのだが、『貴族以外は魔法学院に通えない』というのは、この国では常識なのだ。
要はお貴族様からしたら、「なぜ高貴な私達がこんな薄汚い平民と机を並べなければならないのか!」という事なのだ。
「そう、アナタが……。座りなさい」
エレオノールはさっきまでの温和な雰囲気が嘘の様に、冷たく言い放つ。
……全く、仮にも教員だと言うならば生徒は平等に扱えよな?
とはいえ、これだけ態度が冷たいのに、教室から追い出されないのは、学院長が何かしら手を回してくれているからだろう。
当初、こういった騒ぎが起きない為に、貴族である事にして入学するという案も出てはいた。
だが、学院長が考え込んで出した結論は「貴方のその態度で貴族設定は無理があるわね……」だった。
ちなみにその後、「貴族らしくマナーを覚えてください」と言われたので、「ふざけんな。断る」と答えてやった。……今更だが、選択を誤ったか。
こうして、俺の『前途多難な学院生活』が幕を開けるのだった。
……かと思いきや、もう一人独特な自己紹介を行う生徒がいた。
ブロンドの髪を腰まで伸ばし、白い肌が青い瞳の輝きを一層際立たせている。
まるで人形の様に整った綺麗な顔立ちをした女の子だった。
「私の名前は『シルヴィア・ウィルコット』です。
私の家の事は皆さんご存知だと思いますので割愛させていただきますが…」
『ウィルコット家』といえば、この国で五本の指に入る名家だ。
主に魔法使いの育成に力を入れていて、現在の魔法師団の団長もウィルコットの人間だったはず。
もちろん、『その事』が独特だったという訳では無い。
他にも名門の貴族がこの場には何人もいる。
『本題』はその先だった。
「実は私には前世の記憶があり、所謂『転生者』と呼ばれている者です!
前世での名前は『有坂栞里』と言い、事故で死んでしまいました!あははは…」
彼女は笑いながらそういうと話を続ける。
「あっ、でも、元の世界に帰りたいとかでは無いんですよ?
色々方法は探してはいるんですが…それは置いて置いて、ですね。
私と同じ境遇の方がいたら是非、声をかけてくださると嬉しいなぁと思っています!以上です!」
彼女は最後まで笑いながら、そう言い終えると席につく。
エレオノールもこれには苦笑いをし、周りの生徒は「不思議ちゃん?」などと噂話をしているがシルヴィアの隣の女生徒が声をかける。
「ちょっ、シルヴィー。
アンタその自己紹介は止めなって言ったじゃない」
「えぇ〜、だってエルちゃん?
この方が手っ取り早いよ?」
その会話の様子から、今までも似たような自己紹介を行ってきたのが手に取るようにわかる。
……まぁ、気持ちは分からないでもない。
自分以外にも『異世界からやってきた人間』を探したいと思う事を。
俺とて、昔は同じように思った事はあるし、この世界の至る所にその痕跡があるのも感じている。
とはいえ、今まであまり余裕がなかったので、実際に行動した事は無い。
「それで声かけてきたのシルヴィー狙いの馬鹿男ばっかだったじゃん?」
「そうだけど〜…」
『シルヴィー』は彼女の愛称なのだろう。
そう言われるとシュンと落ち込んでしまう、シルヴィア。
『転生者』。それがまさか、こんなに近くにもう一人。
……それも幼馴染がいるなんて夢にも思わないだろう。
そして『自己紹介の時間』が終わり、学校内の案内へと移り、皆で教室を後にしようとする。
俺は、まるで身体が石にでもなったかのように席から立てない。
次々にクラスメイト達が、俺の横を通り、小声で「何で平民が」とか色々言われていたようだが、一切耳に入らない。
その時、『シルヴィア・ウィルコット』が、俺の横を通り過ぎる。
ふと我に帰り、席から立ち上がり、彼女の背中を追いかける。
教室を出て、案内に従って動く、クラスメイト達を最後尾から追いかけつつ、前にいるシルヴィア…栞里の背中に手を伸ばす。
今、すぐ目の前に彼女が……『栞里』が歩いている。
隣にはさっき『エル』と呼ばれていた茶髪のショートヘアの女の子がいたが、それはどうでも良かった。
ただ、俺はその手を彼女の肩へと伸ばし……
……声をかけて、どうするつもりだ?
その自分自身の問いに、伸ばしていた手を慌てて戻す。
俺はこの日、彼女に声をかける事はしなかった。
……いや、「出来なかった」というのが正しいな。
手を伸ばせば届く距離にいるはずなのに。
まるで、そこには『目には見えない壁』があるかの様だったからだ。
『貴族と平民』
それはこの世界において、生まれながらに埋まる事の無い、大きな壁。
そして残念ながら、俺のステータスには、更に『魔王軍の間者』というマイナス称号が加算されている。
それを考えると、胸が締め付けられるように、強く疼いた。
……なぜなんだ?
今まで忘れかけていたと言うのに、なぜ?
どうして、『過去』ってヤツは今になって……忘れた頃に襲い来る物なのだろうか?
そうしてその胸の疼きが治まる事はなく、俺の入学初日は終わりを告げた。