再会編1-入学-
『エーデルタニア王国』
中世ヨーロッパのような街並みである、この国の隣国には『ガーランド帝国』と『グラサダ王国』という二つの国があり、長年この三国は戦争状態となっていた。
だが、その長い戦争はある一人の人物の登場で終結を迎える事となった。
『魔王』
自らをそう称する一人の男が現れ、魔王軍という私兵を率い、遂にはガーランド帝国を滅ぼしてしまったのだ。
この事態に危機感を感じた他の二国は休戦協定及び同盟を結び、魔王軍との戦争へと突入した。
その結果、多くの犠牲と戦いの傷を人々に残し、一時的に休戦状態へと持ち込む事はできた。
だが、その時はまだ誰もが気が付いて居なかった。
……魔王軍との力の差が歴然であるという事実に。
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「ふわぁ〜」
おっと、退屈すぎて、思わず欠伸が出てしまった。
それを見るなり、『目の前の人物』が呆れた様子で、こちらに注意の言葉をかける。
「……『ルーク』?しっかり話を聞きなさい」
「アンタの話が長過ぎんだよ。学院長」
そう俺に注意をした女性は『マリア・レイフォード』。
現在の俺にとっては保護者のような女で、歳は詳しく聞いた事は無いが四十歳くらいだろう。
だが、その顔は三十代前半くらいに、若く見えるほど若づくりをしている。
……以前、『若づくり婆婆』と一度口にした事があったが、めちゃ激おこプンプン丸だった。
更にシルバーの綺麗な長髪と整った顔立ち、そしてその所作からは育ちの良さが垣間見える。
白いローブを身に纏ったその姿はまるで修道女のようだが、彼女の職業はそんな優しいものではない。
『冷血の魔女』
かつて、彼女はそう呼ばれるほどの『公明な魔法使い』だった。
その由来は、十五年ほど前まで続いた大戦において、氷結魔法で戦場を蹂躙し尽くした事からついたのだとか。
そのあまりの無情さと、冷徹な振る舞いから、敵からも味方からも恐れられたそうだ。
そんな『前大戦の英雄様』と聞くが、今ではその面影はほとんどない。
現在の彼女の本業は、『魔法学院の学院長』で、先にも言ったように、俺の保護者のようなものだ。
……俺が誰かって?
名は『ルーク』。
今年十八歳になる普通の男の子。
……と言いたい所だが『普通の十八歳』とは色々と事情が異なる。
『転生者』
前世の記憶を引き継ぎ生まれ変わった者。
元は日本の高校生『相模秀治』だったが、電車事故に巻き込まれ死んだ後、生まれ変わったのだ。
そして、この世界で生まれ変わり、夢のような異世界生活がスタート!
……などと都合良くはいかなかった。
俺は生まれつき、また孤児だったのだ。
だが、前世とは違い、この世界では然程珍しい事では無い。
しかし、前世でも今世でも孤児とは、もうそういう星の元に生まれてきたと考えるしかない。
とはいえ、『そんな事』は序章に過ぎず、更についていなかったのは『その先』だった。
孤児だった俺は、奴隷として売買され続け、最終的に辿り着いた先は魔王軍だった。
そこでは俺と同じ様に奴隷として売られた子や、拾ってきた孤児を、戦闘員として育てていた。
俺も暗殺者としての教育を受け、実際に任務にも就き、殺し屋の様な生活をしていたのだ。
……その俺がなぜ今、魔法学院にいるのかと?
それはアレだ。超法規的措置的なアレだ。
つまりだ。
そんなこんな色々苦労もしたが、今ではこうして『真っ当な魔法学院の生徒』になるべく、学院長室で説明を受けているという事だ。
うむ、多少割愛はしたが、『俺の過去』はなんて、所詮はそんな物だ。
案外大した事は無い。
だが、正直な所、魔法を学びたくて「学院に行きたい!」という訳ではない。
今の俺が望んでいるのは『普通の生活』ってやつだ。
血生臭い殺し屋家業とはおさらばし、真っ当な生活を手に入れる為に……今は学歴が欲しい!
『エーデルタニア魔法学院』
この国、唯一の魔法学院であり、卒業後は『魔法使い』として将来も約束されている。
俺はこの国に三年前にやってきたのだが、立場がかなり危うい。
何せ、敵国の間者だ。
今は学院長の庇護下でなければ、この国にいる事もできない。
なので、目下の目標は自立だ。
信用を勝ち取る事で自由を手に入れる。
……と、いう程でここにはいるが、『本来の目的』は別である。
「……と、まぁここまでの話で質問はありますか?」
「あぁ、バッチリだ。話を続けてくれ」
「……絶対聞いていませんでしたよね?」
と考え事をしている間に学院長の話が一段落していたらしい。
正直、話の内容などほとんど聞いていない。
何せこの学院長ときたら、俺を『世間知らず』の『何も知らないクソガキ』だとでも思っているのか、さっきから話す内容ときたら『挨拶はちゃんとする様に!』とか『人に暴力を振るってはいけません!』とか。
親切に集団生活におけるマナーを一から説明してくるのだ。
確かに俺はこの世界に生まれ変わってから、まともと言える教育など受けてはいない。
だが前世では人並み程度の常識人ではあったつもりだ。
挨拶なんて、ちゃんと出来るもんっ!
……デキルモン。
一度、学院長は溜め息を着くと話を再開し、最後まで話を終える。
「……話は以上です。今日はもう帰って大丈夫ですよ。
明日の入学式に遅刻などしないようお願いしますね」
「ようやくか。んじゃな〜」
そう言うと学院長の部屋から、さっさと去ろうとするが、その際何かを言われる。
「本当にわかっているんですか?
まったく、貴方ときたら…」
去り際に何かを言われたが、興味がないのでスルーして部屋を後にした。
「お前は俺のおかんか!」と言いたい気分だ。
……ん?なんか、前にも似たような事があったような?
元々、この国での生活が始まってから、母親の様に面倒を見てくれていたが……最近はやたらと酷い。
俺の身の上の事情もあり「気を付けろ」と、警告のつもりもあるのだろうが、やり過ぎだし俺を舐め過ぎだ。
言われずとも、そんな事は俺が一番良くわかっている。
……ホントニ、ワカッテルヨ?
そんな事を考えながら、自分の家へと帰る。
そこは学院の敷地の端にある、木造二階の古いがそこそこ大きい一軒家だ。
この学院は元々は魔法師団の施設だったらしい。
それを利用し、学院にした訳だが、ここはその時の名残で団員宿舎だった場所なのだとか。
寮として使おうと思っていたらしいが、この学院に通う生徒で寮など利用する者はいないだろう。
その事は説明せずとも、後でわかる話だ。
とにかく俺は今この建物で生活をしている。
前世で住んでいた『ボロアパート』となんら変わりない為、不自由さはほとんど感じない。
二階まで上がり自分の部屋へと入る。
部屋の中も前世の時と変わらず……というか前よりも何もない。
飾り気のないベットと机だけのつまらない部屋だ。
部屋の入り口には鏡があり、そこに今の自分の姿が映る。
白髪に切れ長の鋭い血の様に赤い瞳。
体格には恵まれ百八十センチほどの身長に黒を基調にした学院の制服を身に纏っていた。
形はブレザーと良く似ているが、上着のジャケットは膝丈ほどまであり邪魔くさい。
一応学院に行った為、この服を着たと言うのもあるが、「あまり服を持っていないから」というのが一番の理由だ。
そこで鑑に移る自分の姿を、頭から足の先まで見て思うが……うん、やはりイケメンだな。
と満足し、部屋へと入っていく俺なのであった。