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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第1部 The First Savior
2/85

勇者召喚


 目覚めるとそこは、知らない世界だった。

 ……という事は全く無く、何時も通り自室のベットで目を覚ました。


 『オーグスタ』での戦いの後、瀕死ひんしの重症だった俺は、王都にある治療院ちりょういんへと送られていた。

 そこから一週間後、ようやく目を覚ましたまでは良かったのだが、しばらく寝たきりの生活となった。

 医師が言うには「生きているのが不思議な大怪我だった」との事だが俺にとって怪我の大小など関係ない。

 一日でも早く戦線に復帰すべく、リハビリにはげもうとしたのだが、身体は一切いっさい言う事聞いてはくれなかった。

 ベットから起き上がるのに一ヶ月。

 それからリハビリをて通常生活を送れるようになるまでに半年かかった。


 そして今。

 あの戦いから一年が過ぎた。


 ベットから出ると手早く身支度みじたくを始め、白銀の鎧を身にまとう。

 ほぼ見た目は新品の鎧で、最前線で戦っていた時のオンボロとは違い傷などほとんど付いていない。

 この鎧は王都の騎士団の中でも王宮に仕えている者だけが身に付ける事のできる上等な品だ。

 しかし俺は胸腕脚むねうであし以外の必要最低限のプレートは外してある。

 実際には兜やら肩周りと腰にもジャラジャラ付けなければならないがそんな物、邪魔なだけだ。

 胸のプレートの内側には『ユウキ・シンドウ』と名前が刻まれている。

 父がつけてくれた名前だと聞いている。

 『勇者だった父』が。

 とはいえ父は俺が五歳の時に死んでしまったので正直ほとんど覚えていないのだ。


 ……と感傷に浸っている場合でも無いので、準備を済ませると部屋を後にする。


 今日はこの国……いや世界にとって重要な日。

 『勇者召喚』の行われる日なのだ。


 俺が今いるのは『セントフィリア王国』、『王都セントラル』。

 その王城近くにある騎士団の団員宿舎だ。

 築何年だと思うほどのボロ宿舎だが、あいにく部屋でする事といえば寝る事くらいなものだから、特に不便を感じた事は無かった。

 当然騎士団宿舎に住んでいるので、今も俺は騎士団の一員である。


 王城に着き城内を歩いていると『勇者召喚』の話題で盛り上がっていた。

 この国の人々が長年待ちわびた待望の日だからだ。

 『勇者召喚』は好きな時にポンポン出来る物ではなく、王城内にある『召喚の間』。そこにある魔法陣に魔力が満ちた時にしか召喚する事ができない。

 しかも、必要な魔力は人間では代用できないらしく、自然に補充されるのを待たなければならないんだとか……


 前回、父が召喚されてから二十五年。

 ようやく、必要な魔力が溜まったという事。

 故に盛り上がるのも仕方がない話だ。


 ここまで多くの人とすれ違ったが、誰一人として俺に話かけてくる者はいなかった。

 なぜなら俺はこの国の人々に酷く嫌われているからだ。

 先代勇者の死後、俺が父の後を継ぎ勇者になる事を期待されていた。


 ……だが俺が『勇者になる』事は無かった。

 俺には、『聖剣』を扱う事ができなかったからだ。

 『勇者の成り損ない』。それが俺だ。


「来たか、ユウキ」


 だからここで俺に声をかける者は限られている。

 身長、百九十センチはありそうな巨漢に、白銀のフルプレートメイルを身に纏った中年の男。

 兜を被っていないその顔には右目に傷があり、まさに歴戦の勇士とでも言うべき風格である。

 このオッサンの名前は『グレイン・オーランド』。

 この国の騎士団長にして、俺の育ての親兼師匠のような人である。


「そりゃ、騎士団長様に呼ばれれば来るさ。

 ……個人的には嫌だったけど」

「まぁ、そう言うな。気持ちはわかるがな。

 今日は姫様にとっても大切な日だ。護衛のお前が来るのは当然だ」

「わーってるよ……」


 別に勇者になれなかった事に未練があるわけじゃない。

 ただ子供の頃から「勇者の息子なのに」と言われ続ければ誰だって嫌にもなる。


 オッサンと共に召喚の間に入ると、中には国の重鎮じゅうちんやら高明こうめいな魔法使いやら、とにかくお偉いさんがいっぱいだ。

 そして、その部屋の中央の床には魔法陣が刻まれていている。

 更にその奥の台座に一振りの剣が突き刺さっていた。

 がらも刀身も白銀の美しい剣。

 刃こぼれ一つ無い『その剣』こそ、遙か昔『勇者召喚の儀』と共に、神々より授けられたと伝わる剣、『聖剣』だ。

 今まで何人もの猛者もさ達が、この剣を握ろうとしたが、ただ一人として例外はなく、剣から発された電撃により拒絶された。


 ……俺もその一人だ。


 故に『聖剣』を握れるのは『召喚された勇者』のみ。

 そしてその勇者が死ぬと、聖剣はこの台座へと帰ってくる。

 オッサンは入り口近くにいた騎士に声をかけると、すぐこちらに戻って来るが「こっちだ」と『召喚の間』を後にする。


 どうやら『目的の人物』は、ここにはいないようだ。

 オッサンの後について歩くと、ある部屋の前で止まる。

 その扉の両脇には二名の騎士が立っていた。


「姫様に呼ばれている。入室しても構わないか?」


 オッサンにそう言われると騎士達は一瞬、俺の方を睨みつけるが、すぐに「どうぞ」と言い、通してくれた。


 彼らは姫の護衛の騎士団員だ。

 つまり、今の俺の同僚なのだが……そんな彼らからも俺は嫌われている。

 その為、今回のような重要な行事になると警備から外さるのだ。

 俺としては面倒ごとは御免なので一向に構わない。

 しかし、その俺がこうして騎士団長と共に現れれば、あまり良く思われないのは当然の反応だろう。


 部屋に入ると中は半分がカーテンで仕切られており、その前には今度はメイドが立っている。

 彼女はこちらに一礼すると「どうぞ」と言いカーテンの中へと招き入れてくれた。

 そのカーテンの先には一人の女性がいた。

 白いドレスを身に纏いプラチナブロンドの美しい長髪。

 ただ椅子座っているだけだが気品と育ちの良さがわかる。


「ありがとうございます。叔父おじ様。ユウキを連れてきてくれて」

「なぁに、嬢ちゃんの頼み事ならお安い御用さ」


 彼女が『目的の人物』。

 この国の姫様『ティアラ・レイ・セントフィリア』だ。


 先代勇者だった父の死後、俺の面倒を最初に見てくれたのが当時の王妃だった彼女の母だった。

 詰まるところ、俺と彼女は幼い頃から共に育った『幼馴染』と言うヤツなのだ。

 これも俺が周りから嫌われている理由の一つでもある。

 ちなみにオッサンは昔、王妃様の護衛の騎士だった。

 俺達が小さかった頃はよく遊び相手をしてくれていたものだ。

 なので、今でも親戚の叔父さんみたいな扱いなのである。


「やはり、ユウキの事は叔父様にお願いするのが一番ですね」

「別に今日、俺は必要無いだろ……」

「それでも、来て欲しかったの……あなたには」


 思わず「俺が役立たずの勇者の息子だからか?」と言おうとしてしまうが、その言葉を発する事なく喉の奥で飲み込む。

 彼女が俺の事を気にしてくれているのはわかっているし、ここで嫌味の一つでも言おう物なら、隣にいる騎士団長様に鉄拳制裁てっけんせいさいされてしまう。


「あぁ……それより準備はいいのか?嬢ちゃん」


 微妙な空気を感じてかオッサンがそう言う。


「はい。全て『勇者召喚手順書』に記されたように準備してあります!」

「『勇者召喚手順書』?」


 『勇者召喚』について記された書物は数多く存在する。

 俺自身昔色々な書物を読み漁ったので、それなりに詳しいはずだったのだが今までに聞いた事のないワードだった。


「知らなくても無理はない。

 王族や一部の者しか閲覧できない書物だからな」

「これです!」


 とその割には簡単にティアラが手渡して来たのは、見た目は普通の一冊の本だった。


「これは勇者召喚や聖剣と共に神々から授かったもので召喚の儀についての詳細が記されているんですよ」


 だが、その本はどう見てもそこまでの古書こしょには見えない。

 新品とは言わないが、パッと見るに破損しているところも無いようだが…?

 そんな俺の考えを察したかのように、オッサンが答える。


「言っておくが、その本も聖剣や召喚陣と同じ、『神器じんき』なんだから傷一つ無くともおかしくはないだろう?」


神器じんき

 それは神から授けられた物を総じてそう呼び、傷がつく事も劣化する事もないのだとか。


 確かに聖剣は今までに何人もの勇者が使ってきたが、刃こぼれ一つしていないし、召喚陣にしろ今までに城の移転やら改修工事が行われたが、その度床のタイルを一枚一枚外して並べ直しているらしいが、文字が消えたりする事なく現存している。

 だと言うならこの本も劣化していなくて当然なのだろう。

 そう思いながら、本を開くと中を斜め読みする。

 召喚陣の保管方法やら儀式の手順やらがわかりやすく書いてある。

 

 ……神様って結構親切なんだな?


 そう思いながら、ペラペラとページをめくっていると、ふとあるページに目が止まる。

 どうやら、儀式当日の流れが描かれているようなのだが……

 そこには配役やら台詞、当日の服装などが事細かく書いてある。

 特に重要と書いてあるのが姫役だった。他の配役よりかなり細かい。


 ○当日の服装は白を基調としたドレス。

 ○胸元が少し見えるくらいが可。

 ○姫役もそれに合わせてブロンドの髪に胸が大きい女性を起用するように。


 この文章だとまるで姫役、誰でもいいみたいなんだが?

 て言うか神様よ?

 なぜここまでこだわる必要があるんだ?


 と思いながらティアラの方を見る。

 なるほど今日の服装は手順書通りと言うことか。

 ……悔しいけど可愛いじゃないか。


「ユウキ、とにかく今日は最後まで儀式に参加するように。

 いいですね?」

「あ、あぁ、わかったよ…」


 少し前屈みで人差し指をこちらに向けながらティアラにそう言われる。

 胸元のドレスの間からチラッと見えた谷間に目を奪われていると思わずそう答えてしまった。


「ふふ、手順書通りですね」

「ん?どう言う意味だ?」

「内緒です」


 そう言うとティアラは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「おっと、嬢ちゃん?そろそろ…」


 そうオッサンが言うとカーテンの外からメイドが入ってくる。

 どうやら儀式が始まるらしい。


「それでは、ユウキ。

 また儀式が終わったら来てくださいね」


 そう言うとティアラはメイドと共に部屋を後にした。


「最近会っていなかったんだろう?

 たまには会いに行ったらどうなんだ?」

生憎あいにくと仕事が忙しくてね」


 その言葉は決して嘘では無い。

 しかし、会って軽く話をするくらいの時間も無いかと言われればそれは嘘だ。

 オッサンもわかっているのだろうが……俺がティアラを避けているのだ。


「そうか?仕事もせずにサボってばかりだと聞いているが?」

「嫌みなら聞き飽きたよ。

 ……それより俺達も行くんだろ?」


 周りの騎士達が俺に対してどう評価しているかは知っている。

 そもそも護衛の騎士なのだから、普段から会う機会があってもおかしくは無い。

 だが、俺はここでは『新参者』の『厄介者』扱いで、普段から仕事は、もっぱら裏方なのだ。

 今回のように、まともに護衛にも付かせてもらえないのだから、「サボっている」と言われても、俺から改善する事は不可能だ。


 オッサンが「そうだった」と言うと、二人で召喚の間へと向かった。

 召喚の間では、今まさに魔法使い達による詠唱が行われていた。

 部屋内は僅かな明かりだけで薄暗く、召喚陣だけが薄青く光っている。

 俺はその光景を魔法陣を囲む騎士の隊列の一番後ろから見ていた。

 オッサンやティアラは聖剣が祀られている祭壇の前で、椅子に座る国王のかたわらに控えている。


 そういえばこの人員の配置も手順書に書いてあったか…。


 だんだんと部屋が明るくなっていくように感じたが、どうやら召喚陣の光が濃くなっているようだ。

 その時、魔法師の一人が国王に耳打ちしているのが見えた。


 準備が整ったのだろう。


「これより『勇者召喚の儀』を開始する」


 国王がそう告げると魔法使い達が一斉に詠唱を始める。

 召喚陣の光はどんどんと増し、目を開けているのも難しくなっていく。

 詠唱を終えると、召喚陣の中心に大きな光の柱ができ、部屋に突風を巻き起こる。

 窓など一つもないはずなのに、その光の眩しさと突風に耐えきれず目を閉じる。


 二、三秒くらいで再び目を開くと、召喚陣の中心には一人の男がいた。

 黒い髪に、見た事のない黒い服を全身に纏う男の顔を見るにまだ若い。

 歳は俺やティアラと同じ十九くらいだろうか?

 勇者というくらいだから、どれだけ勇ましい人物かと思ったが、正直頼り無さそうな印象だ。


 ……本当にあれが勇者なのか?尻餅ついてるし。 


 男は辺りを心配げに見回しているが、どうやら自分がなぜここにいるのか、わかっていないらしい。


「おお!勇者様よくぞ来てくださった!

 私はこのセントフィリア王国の国王。

 『アルトリウス・レイ・セントフィリア』だ。

 突然だが我が国は魔王軍の侵攻により滅亡の危機を迎えている!

 勇者様には魔王を討ち取りこの国を救っていただきたい!」


 国王は未だ事情を理解していない勇者にそう告げる。

 少々芝居がかっている気がするが…?

 ……そういえば、手順書に台詞も書いてあったな。


「あ、あのっ! 僕は学校に行く途中でトラックに轢かれそうになって…その後から記憶がなくて、一体これはどういうことなんですか?」


 勇者は立ち上がりながらそう言った。

 多少勇者の言う言葉に聞き慣れない単語が出る。

 確か召喚された勇者の言葉はこの世界の言葉に変換されると聞いたのだが……


「心配されるのはごもっとも。

 しかし勇者様には神々より与えられし神器、聖剣がある。

 さぁ!祭壇より剣を抜かれよ!」


 勇者の質問には何一つ答えず国王は台詞を続ける。


 ……ここで俺は冷静に考えてみた。

 てっきり勇者とはらこの国の事情を知り、勇者召喚に応じ助けに来てくれる。

 そう言う存在だとばかり思っていたが、目の前の勇者は何もわかっていないように見える。

 それに体つきを見るに正直強そうには見えない。

 そこいらの商人の方がまだマシに見えるほどだ。

 こんな状況で、この国に協力するなんて言うわけがないと思うのだが?


 すると、そこでティアラが勇者の側に歩み寄る。


「勇者様。どうかこの国をお救いください」


 ティアラは前屈みになりつつ勇者の手を両手で握りながら、懇願する。

 すると勇者は一瞬、強調された彼女の胸元に目線を向けるとすぐに戻して慌てた様子で答える。


「え⁉︎あっ、は、はい‼︎」


 なるほど手順書はこの為にあったのか。


 ……にしても勇者よ?

 少しばかりチョロ過ぎやしないか?


 とそう思ったのだが、今になって前室でティアラが「手順書通り」だと口にしたことを思い出した。


 ……俺も人の事は言えなかったなぁ。


 ……親父殿よ?

 まさかあなたも同じように引っ掛かった訳ではあるまいな?


 勇者はティアラに手招きされ、聖剣の前に立つと、その剣を軽々と引き抜いて見せた。


 ……本当に勇者なんだな。


 その瞬間周りの騎士が歓声を上げる。

「これでこの国は救われる」と歓喜の声が聞こえる。

 間違いなく今日という日は勇者が召喚され、この国の希望となる日になるのだろう。

 しかし、俺にとっては父に対する尊敬が若干揺じゃっかんゆらいだ日となってしまった。


 ……まぁ、俺も人の事は言えないんだけど。


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