勇者ではなく。
『カリア平原』での、最後の戦いから、早一ヶ月。
あの後、王都近郊から撤退した魔王軍残党は山岳地帯を越え、その先の魔王領へと更に撤退していった。
そして、魔王軍は魔王領の更に奥へと、その姿を消した。
国の上層部からは、更なる追撃と魔王軍の完全殲滅という意見も上がったようだ。
だが結局、今までの戦闘における戦力の低下と、敵陣である魔王領へと踏み込むリスクを鑑み、追撃は断念。
このまま『終戦』という流れになったのだとか。
そして全てが終わった今。
僕は元の世界へと帰還する事が出来る様になった。
王宮にある『勇者召喚の間』。その召喚陣が白く輝き出したのだ。
ちなみに魔王が倒された後、最後の戦い前には、既に輝いていたらしい。
王国の魔法使い達の話によると、「いつでも送還できる」のだそう。
……だが、僕はすぐに帰還する事はしなかった。
戦後の後処理や、お世話になった人達に挨拶へ回った。
山岳地帯の魔王城後にも向かい、ユウキの遺体を持ち帰ってきたかったが……
崩れてしまった廃城の瓦礫を撤去するのに、割ける人手が圧倒的に不足していた為、それは断念せざる終えなかった。
今日は王都の墓地へと出向いていた。
その墓地には丁度中心辺りに、長方形型の慰霊碑が立っており、そこには歴代の勇者達の名前が刻まれている。
その連なる名前、上から八番目に刻まれていたのは『ユウスケ・シンドウ』という名。
それは先代の勇者の名前らしい。
そしてその下。
刻まれていた名前の中で一番下の九番目。
本来は僕の名前が刻まれていたかもしれない『その場所』に。
新しく刻まれた名前があった。
『ユウキ・シンドウ』の文字がそこには記されていた。
「本当にこんな事で良かったのですか?」
そう聞いてきたのは、一緒にここまで来ていた、この国の姫様『ティアラ』だった。
彼女は慰霊碑に花束を置くと、僕にそう言ってきたのだ。
その傍らには、護衛の騎士団長『グレイン』と、魔法師団員の『エミリア』もいる。
「はい。きっとアイツは『余計な事するな』って言うんだろうけど。
……散々、人との約束を破ってきたんですから、これぐらいの仕返しはしてやらないと。気が済みません」
魔王討伐と魔王軍を退けた僕へ、国王は「何か褒美をくれる」と言った。
言われた時、『何を貰うか』については色々考えてしまったのだが……結局何も思い浮かばなかった。
この世界に居残れば、「一生遊んで暮らせる」とも言われたが、それにも惹かれなかった。
最終的に、「これが良い」とそう思ったのだ。
元々、『魔王討伐』は僕ではなく、彼の功績なのだから。
「目立つのが嫌いな奴でしたからな。
これを見たら、悔しがるでしょう」
騎士団長のグレインは満足そうな笑みを浮かべながらそう言った。
本当ならば、彼もあの古城まで出向いてユウキの遺体を回収し、ここに埋葬してあげたかったはずだ。
だが、それが出来ないのは先に説明した通り。
だから……これが今の僕達に出来る『最大の弔い』なのだ。
「あの馬鹿には良い薬ですよ」
エミリアも騎士団長と同じように笑みを浮かべながら続けて言う。
ここにいる三人は、ユウキと特に親しかった人達だ。
いや、特にというかこの三人しか知らないのだけど……とにかく、この三人が納得してくれているのなら、きっと『これ』は正しい事だったのだろう。
「酷い言われようですね。
でも、仕方ありません。結局、指輪も壊してしまいましたし」
姫様の言葉にユウキが首に下げ、魔王との戦いの時、光の壁を作りだした『指輪』の事を思い出した。
その指輪を、ユウキは「彼女に返す」と約束していたそうだが、魔王の攻撃を防ぎ、最後のチャンスを作りだした事と引き換えに壊れてしまったのだ。
そして粉々になってしまった指輪を死の間際に僕へと手渡し、僕はそれを姫様へと返還した。
「ん?その指輪とは、もしかして王妃様の形見の?」
騎士団長が何かに驚いたようにそう姫様に尋ねる。
そういえば、騎士団長には指輪の話はしていなかった。
「叔父様はあの指輪の事をご存知だったのですね?」
姫様の問いに頷くと少し考え込むような仕草を見せた。
騎士団長が『その指輪』の事を知っていたのは何も不思議な話ではない。
彼は元々王妃の護衛騎士だったと聞いている。
その指輪を目にした事もあったはずだ。
「あぁ、あの指輪は元々はユウキの母親が王妃に送った品なんだ。
彼女は魔法具を作れるほど、高位の魔法使いだったが、体が弱くてな。ユウキを産んですぐに亡くなってしまったんだが……そうか、あの指輪が」
騎士団長が口にした事は、姫様も知らなかった事らしく、今度は姫様の方が驚いた様子を見せる。
「そう…だったのですか。
では、あの指輪がユウキの手に渡ったのは、きっと運命だったのでしょうね」
『運命だった』……彼女の、その言葉通りだったのかもしれない。
あの指輪がなければ、魔王を倒す事はできなかっただろうし、ユウキも満足して死ぬ事は出来なかったはずだ。
だが、全ては偶然の産物。ユウキの母がソレを分かっていて王妃に渡したなどとあろうはずが無い。
……しかし、防御の魔法を込めた指輪を送ったと言う事は、ソレは誰かを『守りたい』という意思の表れに他ならない。
『誰か』が『誰か』を守りたいと思う『その想い』。
それが周り巡り、こうして一つの『必然』を作り出したのだ。
そして、こうなる事が運命だったのだと。
今の僕にはハッキリとそう言える。
そう思いながら、慰霊碑を見つめる三人の方に視線を向ける。
ユウキと決闘する前。
僕は彼に『余所者扱いはお互い様だ』と言ったが……それはどうやら僕の勘違いだったようだ。
何せ、この国には彼を思ってくれる人がこんなにも居たのだから。
『たったこれだけだ』とも思うかもしれない。
けれど、彼にとって命をかけて戦うには十分だったはずだ。
次の日。
召喚の間にて『勇者送還の儀』が執り行われた。
今まで関わってきた沢山の人達が見送りに来てくれた。
「本当にありがとうございました。勇者様」
その人々からの感謝に見送られ、僕はこの世界に来た時に包まれた光にもう一度包みこまれる。
光は僕を暖かく。そして優しく。その身体をこの世界から引っ張り出そうとする。
身体は次第に空へと誘われるような感覚と共にふわりと浮き上がり、その光の彼方へと飛び立つ。
『これでようやく帰る事ができる』という気持ちと、『まだやり残した事がある』という、その二つの感情が飛び立とうとする、その体にブレーキをかけそうになる。
……このまま本当に帰ってしまって良いのだろうか?
先代勇者がこの世界に留まり、その後の世界を守り続けたように僕も……
— 大丈夫だ。龍人。お前はもうその役目を十分に果たしてくれた。—
僕の迷いを、彼のその言葉が消し去ってくれる。
声が聞こえると同時に、隣にその存在を感じる。
目には見えない……だけど、確かにそこに彼が居るのを感じていた。
— ありがとう、龍人。—
彼の感謝の声が、今までの誰からの言葉よりもこの胸に響いた。
……でも、それはこちらのセリフだよ。
君がいなければ、僕はここまで戦い続ける事はできなかった。
本当は皆の感謝の声だって後ろめたいんだ。
だって本当に称賛されなければならないのは……君の方なんだから。
「お礼を言うのは僕の方だよ。ありがとう。ユウキ」
確かに僕は勇者という特別な存在に選ばれ、その結果魔王を倒した。
でも、それは僕一人の力なんかでは無かった。
……一人で全てが出来る人なんていない。
例えそれが特別な存在であったとしても。
そしてそれはユウキだけじゃない。
沢山の人に支えられてようやく成し遂げる事ができたんだ。
だから。
この世界を救ったのは、決して勇者ではなく……。
〜 第1部 完 〜