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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第1部 The First Savior
17/87

最後の戦い 後編




 「ぐっ…⁉︎」


 僕と、殲滅卿が打ち合わせた剣同士が火花を散らせ、その勢いで後方へと斬り飛ばされる。

 更に殲滅卿の斬撃は続く。

 次々に迫り来る必殺の攻撃を、何とか紙一重で防ぎ続けるが、ジリジリと後退させられていく。

 そして、それらを聖剣で受けるたびに、腕に痺れと疲れが蓄積してゆく。


 ……しかし、これは一体どういう事なのだろうか?


 先ほどから、確かに『僕の聖剣』は『殲滅卿の剣』をとらえているはずだ。

 だと言うのに、その剣を両断する事は疎か、損傷を与える事すら出来ていない。

 これではまるで……


「ハァ…ハァ…ハァ……

 くぅっ⁉︎」


 一息つく事も叶わず、なく斬撃を繰り出してくる殲滅卿。

 その動きには隙がなく、これでは聖剣に魔力を流す事も難しい。

 というか、このままでは今僅かに流せている魔力すらも、いずれは流せなくなる。


 「ッ⁉︎」


 そう考えていたのも束の間。

 殲滅卿は、その刃から禍々しいドス黒い魔力を溢れ出させる。


 ……ここで、決めにくるつもりかっ⁉︎


 向こうが魔力を溜める為に出来た僅かな時間。

 その隙とも呼べない僅かな時間のおかげで、何とか聖剣には魔力を込められた。

 殲滅卿は上段に剣を構えると、そこから強烈な一撃が振りかざされる。


「がふッ⁉︎」


 何とかその一撃を聖剣で防ぎ切るが、全身から全ての力を奪い取られてしまう。

 だが、何とか防ぎ切った。

 しかし、殲滅卿の攻撃は一撃で終わらなかった。


 攻撃の衝撃と共に後方へと飛ばされる僕。

 その方向へと、魔力を込めた剣を構え直し接近してくる殲滅卿。


 それは既に眼前へと迫っていた。

 だが、僕の方はと言うと、もう聖剣には魔力がこもっていない。

 体にも…もう力が入らない……。

 このまま聖剣で防いだとしても、力負けし、体を両断されてしまうだろう。


 ……どうすればいい?一体どうすればっ⁉︎


 身体は動かないと言うのに、思考だけがドンドンと加速していく。

 殲滅卿の振るう斬撃がスローモーションになって見えてくるほどに。

 だが、どうするも何も、もう僕には何一つとして出来る事などない。

 後は、ただあの斬撃が僕を真っ二つにぶった斬る瞬間を待つのみだ。

 そう考えた時、僕は諦めと共に瞼を閉じる。


 ……一体、僕は今まで何の為に戦ってきたと言うのだろうか?


 こうして最期の瞬間を待ちながら、今までこの世界に来てからの事柄が脳裏をよぎっていく。

 走馬灯そうまとう、そう言ってしまえば、それで終わりなのだろうが……なぜだろうか?

 この頭を流れていく記憶達は、僕に最期の瞬間を告げる為に、投影されているようには見えなかったのだ。


 通り過ぎてゆく記憶達の中で、今でも鮮明に脳裏に刻まれた『確かな想い』が映像を止める。

 その記憶は、古びれた道場で夕暮れ時に刃を交わした友人との思い出。


 —どうした?もうギブアップしちまうのか?—


 ただひたすらに追いかけ続けていた背中。

 それは彼が積み上げてきたモノ。

 彼が示してくれた『確かな想い』。

 彼はそれを僕に余す事なく伝え続けてくれたのだ。

 その美しい斬線が道場の薄暗さを照らすたび、その剣舞に……あの時、僕は夢中になったんだ。


 彼と剣を交える度、後方へとドンドン追い詰められていく。

 それを押し返すべく聖剣に力を込めるが、彼はそれをさして気に留める事なく、やはり後方へと斬り飛ばされる。

 目で見ている限り、彼が僕以上に力を込めているようには見えない。

 ……それどころか、殆ど力を込めてい無いようにすら見える。

 だと言うのに武器の性能でまさるはずのこちらがなぜ追い込まれているのだろうか?

 だが、そんな疑問に彼が答えてくれる事はない。


 この鍛錬が始まる時に彼が口にした事。

 『手取り足取り教えるつもりは無い。強くなりたいなら技を盗んで見せろ』

 その言葉通り今まで彼が僕の質問に答えてくれた事は、一度としてなかった。

 だから、今回も……


 そう思いながら何とかたいを入れ替え、反撃に移ろうと一撃を放った時、何か違和感を感じた。

 彼が防御の為に繰り出した斬撃が僅かにだが、先までの攻めの攻撃より感触が柔らかかったからだ。


 ……そうか。


 彼は攻撃を受ける瞬間、剣の角度や力加減を調節し、正面から攻撃を受けるのでは無く、衝撃を緩和させていたのだ。


 ……一体なぜ?今になってその事に気がついたのだろうか?


 彼が放ってきたカウンターを見様見真似みようみまねで防御して見せる。

 思いのほか上手くいき、綺麗にさばき切ると、彼の唇が僅かに笑ったように見えた。

 ほんの少しだけの僅かな時間。

 「気のせい」と言ってしまえばそこまでだが……

 そこでようやく「なぜ?自分がそれに気がつく事ができたのか?」がわかった。


 彼はわざと、僕にも分かるように大袈裟おおげさにやってみせたのだ。

 全く、「教える気がない」と言った癖に……本当に素直じゃないヤツ。


—何、ほおけてんだ?まだ、終わってないだろ?—


 彼は再び剣を構えてこちらへと迫る。

 そして僕に斬撃を見舞う……だが、その姿が徐々にボヤけていく。

 気がつけば辺りの風景は変わり、古びた道場ではなく、草原に。

 目の前に迫っていたのは、『素直じゃない相棒』ではなく、『漆黒の鎧を身につけた騎士』に。


 眼前へと迫る闇を纏った斬撃が今、僕自身の命を刈り取ろうとしていた。

 僕に残された時間は僅か。

 手には一振りの剣だけ。

 ……しかし、彼ならば言うだろう。

 『これだけあれば十分だ』と。


 迫る斬撃に合わせて聖剣を振るう。

 ぶつかり合うお互いの刃。

 ……だが、さっきまでのように、その勢いに吹き飛ばされたりなどはしない。

 防ぐのでは無く、受け流す。

 聖剣の刀身をなだらかにスロープのように敵の斬撃と魔力の衝撃を滑らせていく。

 それでも肩口に漆黒の魔力が触れ、炎で焼かれるような痛みを感じる。

 しかし、今その痛みに苦悶するほどの余裕は無かった。


 殲滅卿の斬撃は、そのまま地面へと激突するが、その勢いは止まらない。

 地面を抉り取り、振り抜かれた刃はその勢いのまま、再びこちらへと迫る。

 その一撃の威力はむしろ先よりも上っている。

 だが、それにおびえる事も狼狽うろたえる事も無い。

 もしも、彼が僕の立場だったなら、同じように受けて立っていただろうから。


 今度は下から迫る斬撃を上へと流す、次は左から、その次は右から。

 何度も迫り来る強力な斬撃を、何度も何度でも、退しりぞけ続ける。

 だが、受け流し続けるだけでは状況を打開する事は出来ない。

 このままではいずれは捌き切れなくなり、どの道あの世行きだ。


—慌てんな。チャンスは必ず来る—


 もしも、ここで慌てて『次の一手』を打ったとしても、次の瞬間に自分の体が真っ二つになっている事も考えなくとも分かる。

 だからその瞬間を、この状況を打開できる、その一瞬を待ち続ける。

 同じように僕の防御を突破する事を考えていたであろう、目の前の殲滅卿は手に持つ剣に更に魔力を込め、威力を高めようとした。


— 今だっ!—


 頭の中で誰かが叫んだ。

 その声と同時に聖剣へと、今込められる力を全て注ぎ込む。

 僅かな時間で込められた必要最低限の聖魔力と、全身全霊をかけた渾身の一振りが殲滅卿の斬撃を迎え撃つ。

 振り下ろされ迫るその斬撃に対して、正面から受け止める事はしない。

 僅かに横に逸らし、剣の腹を捉えた僕の一撃は、そのまま左前方の地面へと叩き込み、攻撃を逸らされたその剣の勢いは完全に静止していた。


 地面に衝突した瞬間、轟音と砂煙が、僕達の五感情報を全て奪い去るが、眼前にいるであろう強敵の存在だけは今も確かに感じている。


「セヤッァァァァァ‼︎」


 聖剣に魔力を込め、全力の一撃を前方へと叩き込む。

 光の斬撃が聖剣から放たれ、前方の敵を吹き飛ばす。


「グォッ⁉︎」


 僅かに聴こえたその声から、攻撃がヒットした事を確信させられる。

 今程度の威力ではトドメを差し切る事はできないだろうけど。

 正直、アウロラの時よりも全然低い威力だ。

 斬撃が引き起こした突風が殲滅卿と周辺の砂煙を吹き飛ばす。

 クリアになった視界、クリアになった戦局。

 その先に立ち続ける殲滅卿の姿を捉える。


 ……やはり倒しきれてはいなかった。


 鎧の所々が破損し、兜を消し飛ばしたようだが、そこまでのダメージを負っているようには見えない。

 今まで拝む事のできなかったその素顔は、褐色の肌に黒い長髪の中年ぐらいの男だった。

 だが、兜を失った今も、先と同じ風格と死の気配を濃厚に漂わせている。


「戦いの中で成長する…か。

 勇者とは末恐ろしいモノだ」


 殲滅卿のはっしたその言葉は、先と違い、兜で籠る事なくハッキリと聞こえてくる。

 しかし、「戦いの中で成長した」と言うその言葉は正しくは無い。


 ……ただ思い出しただけだ。


 彼の剣を。

 自分の剣を。

 そして、自分に出来る事を。


「しかし、これ以上強くなられるのも、戦いを長引かせられるのも好ましく無いのでな。次で決めさせてもらう」


 そう言うと、殲滅卿は天高く、漆黒の刃を掲げる。

 その剣のつばの部分から魔法陣が展開される。

 その形はまるで巨大な鍔のようだ。

 そしてその剣の刀身を包み込むように魔力が凝縮されていく。

 ……間違いなくあの魔人の持ちうる最強の攻撃。


 『次で決める』その言葉通り、この一撃で僕を倒すつもりだ。

 だが、時間をかけていられないのはこちらも同じ事。

 今この戦場で戦っているであろう人々の顔が頭で思い出しては通り過ぎてゆく。

 そして次に姫様やオーグスタ。

 山岳地帯の村の人々。

 僕がこの世界で出会った全ての人達の顔とその姿を思い出させられていく。

 そして最後に残った彼の姿だけをその網膜に焼きつけた。


「あぁ…そうだ。皆を待たせてる。

 誰よりアイツとの約束を。だから…」


 こちらも殲滅卿に合わせるように空へと聖剣を掲げると、そこに今持てる全ての魔力を込める。

 聖剣に込められた魔力が、その勢いに任せ、辺り周辺の空気を踊らせ、突風を巻き起こす。


「全てを込める…守ってみせるッ‼︎」 


 溜め込んだ魔力をただ前方に、殲滅卿に向かって叩き込む。

 殲滅卿も同じようにこちらに向け魔法を放ってくる。


 漆黒の斬撃から飛翔した衝撃波が魔力を帯び、大地を両断する帯となってこちらへと迫ってくる。


「押し通るッ!」


 互いの全力の一撃がぶつかり合い、地響きとその衝撃は戦場全体に響き渡った。


 ————————————————


「グローニアの奴?随分と楽しそうじゃないか?」


 魔人の少年は殲滅卿と勇者が戦う姿を見て、そう呟いた。

 聖剣の輝きと漆黒の魔力のぶつかる衝撃が今、戦場全体を包み込むが、それに見惚れている訳にはいかないとばかりに、周りの兵達が戦う中、余裕の笑みを浮かべていた。

 まるでそれは、「人間などどれだけ居ようと、どうにでもなる」とでも言いたげだ。


「放てェッ!」

    

 その合図と共に魔法使いや弓兵がそれぞれ攻撃を仕掛けていく。

 当然その攻撃が魔人に直撃する事は無く、それらは全て直前で逸れてゆく。


「だから。『効かない』って言ってんの。

 わっかんないかなぁ?無駄だってのに」


 それでも絶え間なく、撃ち続けられた攻撃が地面に着弾した所為で辺りが土煙で埋め尽くされ、視界が悪くなる。

 そしてその土煙の中から迫る無数の人影。


「ハァ…本当人間って馬鹿だよね?

 気が付かない訳ないってのにさっ!」


 土煙の中、展開された魔法陣。

 その詠唱が終わると共に、土煙は一掃され、更に接近していた騎士達は腰あたりから真っ二つに両断されていた。

 おそらく風の魔法が魔人を中心に放たれたのだろう。

 だが、王国軍の攻撃はそれで終わらなかった。


「っ⁉︎」


 巨大な光の剣が魔人目掛けて飛翔する。

 それは先に魔人の両翼を焼いた『集団魔法』による攻撃だった。

 魔人の上空で弾けると、また無数の小さな剣に爆散し、降り注ぐ。


「風魔法を使わせれば、結界が解けて僕を倒せるとでも?

 そんな茶地な魔法、油断さえしてなければ…」


 魔人の少年は、今度は炎の魔法を前方に発生させる。

 それは巨大な球体の炎弾、しかし、放つ直前に無数に分割され、同じく無数に分割された【ホーリーランス】へと飛翔する。

 空中で激しく爆散する魔法。

 その威力と爆発の衝撃で聖魔法は完全に相殺そうさいされてしまう。


「効くわけないんだよ。

 分かる?これが僕達とお前ら下等な人間との圧倒的な力の差ってヤツさ!」


 辺りの爆発音が鳴り止み、完全に攻撃は沈黙する。

 その場に静寂と魔人の余裕の笑みと嘲笑ちょうしょうだけが、最後に残ったかのように見えたその時。


 パコッ!パコッ!


 魔人はその背後から接近するその足音を聞き逃さなかった。

 数は少ない、たったの一つ。

 振り返りながら、先に騎士達を両断した風魔法の刃で応戦する。


「諦めが悪いんじゃない?

 無駄だってさッ!」


 放たれた刃が接近していたソレを両断する。

 飛散する血飛沫と鳴き声、だがそれは人間の物ではなく、馬のモノだった。

 だが、その背には荷物は疎か人間すら乗せていない。

 ……いや。


「なっ⁉︎」


 魔人は視線を上に向ける。

 そこには跳躍し、空中を駆ける一人の人間の姿が魔人の視界に映り込む。

 それは『騎士団長グレイン・オーランド』だった。

 だが、それでも魔人の少年は狼狽えたりなどはしない。

 何せ、普通の人間では魔人を倒す事は疎か、傷をつける事など出来はしないのだから。

 だから警戒するべきはその次、魔法師からの聖魔法による攻撃の方だ。

 だが、魔人が辺りを確認するも、攻撃を仕掛けようとする素振りを見せる者は誰一人いない。


 一体なにを?

 と魔人がそう思った次の瞬間。


 もう一度視界に入った騎士団長の右腕に握られた一振りの剣。

 それは何の変哲もない普通の剣では無かった。

 刀身が白銀に煌めき、魔力がまるでその命を燃やすが如く、剣を包み込んでいる。

 それは間違いなく、聖魔力。

 エミリア達が灯した『希望の炎』だ。


「セヤッァァァァァ‼︎」


 だがそれに魔人が気がついた時には既に遅かった。

 その聖魔力を帯びさせた渾身の剣撃は、魔人の少年の体を肩口から脇腹にかけてザックリと斬り裂く。

 斬られた箇所からは血液が飛散すると同時に、聖魔力がまるで炎の如く、その身を燃やしてゆく。


「あ……あ、アッァァァァァァァ⁉︎」


 魔人の少年は一瞬何が起きたかわからないかのように硬直し、自らの体に刻まれた傷を視界に捉えるとその場に苦悶し地面に倒れると、のたうち回る。

 この少年は今まで碌に怪我を追う事なく、先のように相手を安全な所からなぶり殺し、余裕の嘲笑を浮かべていた事だろう。

 しかし、今彼は最期にようやく知ったのだ。

 『戦いの痛み』と『死の恐怖』を。


「あまり、人間を舐めるなッ!」


 騎士団長はその姿を見つめながら、最後にそう一言短く言い放つ。

 だが、魔人の少年にはその言葉は聞こえていなかったかもしれない。

 今も傷の痛みと聖魔力に焼かれる苦痛の中でもがき続けていたからだ。


「嫌だッ⁉︎死にたくない!

 死にたく…アッ⁉︎アッァァァァァ⁉︎」


 最後にこの世への未練と断末魔の叫びだけを残し、その体は燃え尽き、灰になって消えたのだった。


 ———————————————


 衝突する【聖剣光線せいけんこうせん】と、魔人の魔法が大地を轟かせ、辺り一面の物体を跡形も無く消し去ってゆく。

 強大な二つの力同士は拮抗し、互いに退く事をしようとせず、ただ勝利の為に目の前の敵を薙ぎ倒そうと前進する。


 今、僕の腕から伝わるこの衝撃が、相手の強さと、その信念を伝えてきているような気がした。

 魔人。人間より長命なその存在。

 僕達よりも多くの鍛錬と死戦を超えてきたその斬撃からは同時に、その悲しみも伝えてきているかのようだった。

 交えてきたその剣は常に真っ直ぐで、その意思に偽りがない事を証明し続けていた。

 今目の前に立ちはだかる漆黒の騎士とて、ユウキと同じなのだ。

 ただ彼が守りたいモノを……守るべき同族達の命をその背に背負っている。

 その時間、その重荷が、僕と同等だなんて言う事はできない。

 所詮は数ヶ月この国で過ごしただけで、愛着なんてものは無いし、愛国心なんてかけらも無い。


 ……でもそれでも、それを持っていた人を知っているから。


 彼から託された想いがある限り、僕自身も退く事なんて出来はしないのだ。

 だが、このまま打ち合ったとしても周囲に被害を与えるだけで押し切れそうにない。

 後は運次第。

 ……どちらの魔力が先に尽きるかと言う事だ。

 しかし、最大火力の【聖剣光線】を放ったのは、今回が初めて。

 どれくらい持続できるかがわからない。


 刻一刻こくいっこくと膨大な魔力を失っていく中。

 目の前…光の向こう側にいるであろう殲滅卿へと意識を傾ける。

 既に一分以上打ち合い続ける中、一向に威力が弱まる気配は無く、こちらを殺そうとする確固たる意思を放ち続ける。

 膨大な時間を生き続ける事の出来る存在。

 そして、今まで経験してきたであろう死戦の数々が、この部の悪い賭けを、勝利と言う天秤が自分の方へと傾く事を信じてやまないのだと。


 それに対して僕はと言うと言わずもがな。

 そんな自信も実績あるはずがない。

 『何が正解か』など分かるはずが無い。


 ……だけど、こういう時に『アイツならどうするかは』分かる。


 ただひたすら勝利の為に前へと突き進む。

 それだけが僕が知り、僕が出来る戦い方だ。


 僕の握る聖剣から放たれていたはずの光が消えて無くなる。

 それは魔力が無くなったからではなく、自分の意思で攻撃を止めたのだ。

 抵抗が無くなった敵の魔法が一直線に僕の方へと迫りくる中、それを回避するのでは無く、逆にその攻撃へと突っ込む。

 攻撃が迫り、自分からそれに近付いて行くほどに、自らの死という感覚を鮮明に脳裏に焼き付く。

 心臓が早鐘を打つ「早く避けろ」と言う僕と、「まだだ。まだ引きつけろ」という僕が、心の中でせめぎ合う。

 だがその声は、殲滅卿の魔法が目と鼻の先に……僕の手の届く距離に入った瞬間、同じ言葉を告げる。


—今だっ!—


 左斜め前に体を僅かに傾けながら聖剣を構え直す。

 斬るのではなく、自らを守る為に。

 迫りくる漆黒の魔法に対し、その側面を滑らせるように前進しながら聖剣で攻撃を防ごうとする。

 しかし魔法との衝突の瞬間、激しい衝撃と痛み、熱が聖剣越しの僕の体へと伝わってくる。

 一瞬そこで足が止まりそうになる。

 ……だが、ここで止まればそれで終わりだ。

 足にグッと力を込める。

 だが、無情にもその体は後方へと押し飛ばされてしまう。

 グラっと揺らぐ体、崩れる膝と足。

 後方へと倒れそうになりながら、死を覚悟した次の瞬間。


— 諦めんなッ‼︎—


 心の中に響いた声が震える足に力を与える。

 倒れかけた体を何とか立て直すと、誰かが……僕の背中を押してくれた。

 そのまま、真っ直ぐに走る。

 ただ勝利に向かって。


 敵の攻撃を防ぎながら滑らせる聖剣が、バチバチと魔力を相反し弾ける音を立てる。

 手に伝わるその衝撃が、今にも足を止めそうになるが、それでも前へと足を…心をつき動かしていく。

 そして気がつけば、その視界には目指していた敵の姿を捉えていた。

 だが、それは殲滅卿も同じ事。


「ッ⁉︎」


 瞬間、先まで僕の進行を阻んでいた魔法が消えて無くなる。

 それは殲滅卿が接近する僕を迎え撃つ為に自身も消し去った結果だ。


 だが、この距離ならばこちらの方が早いはずだ。

 僕は地面を強く踏み締め、そのまま殲滅卿の懐まで一気に距離をつめる。

 そして、右腕に構えた聖剣を上段から振おうとする。

 しかし、僕の予想に反し、ワンテンポ早く攻撃を繰り出していたのは殲滅卿の方だった。


 同じように上段から振われたその攻撃が迫る中。

 『あるイメージ』が僕の反射的に動かしていた。

 空いた左腕には、既に聖剣の鞘が握られていたのだ。

 眼前に敵を見据えながらも、まるで一秒先の光景が見えているかのように、自分自身の攻撃の軌道が描かれる。

 それは僕の瞳に焼き付けられた光景。

 『彼が戦うイメージ』だ。

 そのイメージが眼前で重なった時、鞘は殲滅卿の刃の横腹へと叩きつけられる。


 ……だが、鞘は聖剣と違い、神器ではない。


 故にいくら横腹に叩きつけても殲滅卿の剣の軌道を変える事はできないだろう。

 だから、僕は鞘に聖魔力を流し込んで強化していた。

 叩きつけた鞘が粉々に弾け飛び、殲滅卿の斬撃が僕の横を……髪の毛を斬り裂き、通り過ぎていく。


「セヤァッ‼︎」


 千載一遇。最後のチャンス。

 必殺の一撃を外した敵。

 そのガラ空きになった胴体目掛け、聖剣を叩き込む。

 斬撃は殲滅卿を捉え、肩口から横腹にかけてを両断した。

 傷口からは血が噴き出す事はなく、白く聖剣に灯る聖魔力と同じモノが、まるで高温の炎のように体をジリジリと焼いているようだった。


 ……だが、殲滅卿がその場に倒れる事はなかった。

 彼はまるで攻撃など受けてはいないかのようにその場に立ち続けていたのだ。


 そんな馬鹿な⁉︎

 確かに致命傷のはずッ⁉︎


 心の中でそう叫ぶが……

 殲滅卿から、『次の攻撃』が放たれる事はなかった。

 戦闘中感じていたアレほどの威圧感も今は微塵も感じない。

 それどころか剣からは手が離れ、既に戦闘体勢にはなかった。

 そして攻撃や殺意の代わりに飛び出したのは言葉だった。


「そうか…その太刀筋たちすじ、どこかで見たような気がしたが、あの時の……

 先代の御子息ごしそく息災そくさいか?」


 先代と言うのは、僕の前の勇者の事だろうか?

 つまりその子供、ユウキの事を指して言っているのだろうか?

 前にオーグスタで戦闘したと言っていたが、それを覚えていたのか?  


「彼は……死んだ。

 だけど、今もまだ一緒に戦ってる」


 それを聞くと殲滅卿はこちらではなく、空を見上げながら言葉を続けた。 


「で、あったか……人間とは本当に末恐ろしい生き物だ。

 幾度いくど、その剣を打ち砕こうとも、その身を斬り裂こうとも、その想いは決して消える事なく、後を追う者達のかてとなり、いずれは天井を突く。短命な人間だからこその……その力。

 我々魔人には永遠に辿り着けぬ高みと言う事か」


 それは僕達人間に対しての賛辞だったのか。

 それとも、自分が敗北した事に対するただの言い訳なのか。

 ……でも僕はその言葉に頷く事はできなかった。


「それは違う。

 ……かてなんかじゃない。

 『一緒に』ここまで来たんだ」


 それは比喩ひゆのつもりではない。

 この戦いの最中さなかも確かに僕は彼を…ユウキの存在をすぐ近くに感じていた。

 そして彼を突き動かしてきたこの国の人々の意思を。

 もし僕が勇者として召喚されたと言うだけの立場だったなら、この戦いの結末は大きく変わっていたはずだ。

 だから、糧などではなく…『一緒』に来たのだと。


「そうか…そうであったな。道理で我一人では届かぬ訳だ。

 ……ゆけ、仲間が待っているのだろう?」


 そう口にした殲滅卿の顔はどこか穏やかで、あの日の…最期のユウキと似ている気がした。

 彼もまた、今まで背負ってきた重責から解放されたと言う事なのだろう。

 僕は彼に背を向け、その場を後にする。


 背後から最期に彼の独り言が聞こえてきた。


「剣に生き、戦にのみ捧げた我が生涯。

 最期に真の強者と巡り合わせてくれた事に感謝する」


 その後、殲滅卿の体は聖魔力に焼かれ、他の魔人達がそうであったように灰になり、戦場に吹き荒れる風に巻き上げられ、この大地の中へと消えていった。


 それから程なくして指揮官である魔人を失った魔王軍は撤退。

 王国軍の完全勝利でこの戦争は幕を閉じた。


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