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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第1部 The First Savior
16/87

最後の戦い 前編


「王国は予定通り王都を背に展開しているね。

 順調順調じゅんちょうじゅんちょう


 王国へと進軍していた魔王軍が野営する天幕の中。

 まだおさなさが残る声に、「そのようですね」と、歴戦の魔族達が敬語で返す。

 声だけではなく、その姿はまだ幼く、人間で言うと十三じゅうさんくらいか、もっと若いくらいだ。

 しかし、その見た目は魔族ではなく、どちらかと言うと人間に近い。

 赤髪あかがみに白い角をやした褐色かっしょくの肌の少年……そう、彼は『魔人』だ。

 だから、見た目よりずっと歳はとっているが、それでも魔人の中では、まだかなり若い方だ。


「油断はせぬ事だ。『アウディーン』。

 人間とは思いがけ無い行動を取り、攻撃をふせぐ手立てが無いと言うのにも関わらず、存外ぞんがいしぶとい物だぞ?

 でなければ、姉のまいを演じると心えよ」


 禍々《まがまが》しい甲冑かっちゅうを身にまとったもう一人の魔人。

 『殲滅卿せんめつきょう』がそう言った。

 彼が口にした通り、その幼い魔人は前に勇者によって討ち取られた『四帝よんてい』の一人、アウロラの弟だった。

 それに対してアウディーンは一度、けむたそうに溜息ためいきをつくと、言葉を続けた。


「それにしても魔王陛下は何をしているのかなぁ?

 勇者にこだわってたみたいだけど、誰が殺したって一緒でしょ?」


 話をらすようにそう言う。

 まだ、魔王軍には魔王が死んだと言う情報は入っていなかったからだ。


「お前のような若輩には分からぬよ。

 ……しかし、間に合わぬのなら、我々だけで王国を滅ぼすだけの事」


 そう口にすると、『殲滅卿』は本陣のテントを後にし、自分のテントに戻るまでの間、今までの事柄ことがらを考えていた。

 あれだけ若い魔人が『四帝』の一角をになっていると言う事は何も不思議な話ではない。

 だが、それは実力があるならばの話だ。

 アウディーンは決して弱くはないが、その席を担うに値する力があるとは言えない。

 何より知能がまだまだ子供なのだ。

 だが、それでも彼が四帝の一角を担うにいたったのは、単に魔王軍の戦力不足に起因きいんする所が大きい。

 そして、その責任の一端いったんが自分にあると言う事も。

 かつての戦い、先代勇者を討ち取った…あの戦い。

 それだけを聞けば『魔王軍側の大勝利』と言えるかもしれない。

 だが、それと引き換えに、多くの魔人の命が失われたと言うのもまた事実だった。

 その多くの犠牲ぎせいのおかげで疲弊ひへいした勇者を倒す事ができたが、逆にその時の戦力の低下がのちの長期戦を引き起こしてしまったのだ。

 それゆえにアウディーンの四帝入りを反対する事ができなかった。


 そして今。

 その長期戦の所為せいで、次の勇者の召喚を許してしまったが為に……


「アレだけの巨大な聖魔力と、それと同時に魔王様の魔力も感じなくなった。

 ……それが『何を意味するか』は考えるまでも無い」


 そう。

 彼もまた、その肩に多くの重責と同族の命を背負って戦っていたのだった。



 ———————————————————



『カリヤ平原』

 王都と城塞都市オーグスタの間にある平原。

 以前、オーグスタへと向かった時は、何も考える事なく素通りしてしまった、この地。

 今、僕達王国軍と魔王軍が互いににらみ合い、じんを構える形となってしまった。

 王国の長い歴史の中でも魔王軍の大部隊がここまで進軍して来た事は無いと聞く。


 だが、十四年前、先代勇者がこの地で命を落とした時も、ここまで進軍されたと聞いた。

 しかし、その時は魔王軍の少数精鋭部隊しょうすうせいえいだったのだとか。

 とはいえ、その際指揮をとっていた人物。

 『四帝』の一角『殲滅卿』が今僕の眼前に広がる魔王軍の先頭に立っていた。


龍人りゅうと殿。アレが…」


 僕の隣に立つ、騎士団長が耳打ちをしてくるが、最後まで言い終える前に首を縦に振る。


「わかってます。『殲滅卿アレ』とは、僕が戦います。

 皆さんは、他の軍勢ぐんぜいをお願いします」

「それは無茶ですっ!奴は先代勇者ですら敵わなかった強敵です。

 せめて、何人かは一緒に…」


 無茶なのは重々承知じゅうじゅうしょうちの上だ。

 僕は前に『殲滅卿』の話をユウキ本人から聞いていた。

 鋼を紙のように切り裂く絶対無敵の剣術と、圧倒的なフィジカルの高さからくる防御と機動力。

 どれをとっても、『ただの人間が及ぶべくもない存在』だと感じさせられてしまうほどだと。


 だけど、それは僕には……『勇者ボク』だけには当てはまらない。


「わかっています。

 ユウキですら敵わなかった敵。

 ……でも、なら尚更、僕が戦わないと。

 誰かが死なないと勝てないのなら、勇者なんて必要無いでしょ」

「それは……危険な考え方です。一人で全てを背負おうだなんて。

 誰も、ユウキだってそんな事までは望んではいない」


 心配そうに、そう声をかけてくれる騎士団長。

 でも、別にそこまで傲慢な事を考えていた訳ではない。

 それに、「一人で」と言われるとそれは少し違うように感じる。


「大丈夫ですよ。僕は。

 ちょっと頼りないかもしれませんけど、『勇者』なので。

「……わかりました。

 しかし、無理はしてはなりません。もしもの時は我々に構わず撤退を」


 僕には奴の攻撃を防ぐ、唯一の手段がある。

 今、この手にある『聖剣』だけが『殲滅卿』を倒す事の出来る『唯一の武器』なのだ。


 騎士団長は、僕の言葉に渋々納得してくれると、僕達の後方に集結していた王国軍へと声をかける。

 騎士団長の演説に指揮を高めていく王国軍だが、『殲滅卿』の姿をその目にした為かイマイチ高めきれていないように感じた。

 僕は騎士団長の言葉が終わると、自ら前へと歩み出て皆の前へと立つ。


 ……正直、何を言うかは全く考えていなかった。


 ただ、今ここで「皆に何かを言わなくては」と、そう思ってしまったのだ。


「二十年。あまりにも長く途方もない時間を、この国の人々は魔王軍と戦い続けてきたのだと。

 そしてその中で、多くの命が失われてきた事は僕が今言うまでもない事だと思います。

 僕はこの世界に勇者として召喚されるまでは戦うという事を……人が死ぬと言う事を知りませんでした。

 昨日、隣にいた友人が、今日も隣いる事が当たり前なのだと。そう……思っていました。いつも。いつだって隣にいて、支えてくれるのだと。

 ……でもそれが違うのだと気がついた時にはもう遅かった。

 決して気がついていれば、どうにか出来たと言う話では無いのはわかっているけれど、それでも……その時を、昨日を後悔しなかった事はない」


 もしあの時、自分がこうしていれば…そんな事を考えてしまえばキリが無い。

 失った物の大きさは、失う前に思ってたよりもずっと大きくて……そうなって初めて気がつくことになるのだと。

 よく耳にする言葉だが、実際に体験するまではわからないものだ。


「でも……それは今日を。今戦わない理由にはならない。

 僕達はこれから先を生きなければならない。

 今までその為に犠牲になってきた人達の為に。彼らもそれを望んでいるから。

 だけど僕は。今ここにいる皆を全員死なせないなんて事は言えない。

 ……僕にはそこまでの力は無いから。だけど、これだけは約束できる」


 聖剣をさやから抜き放ち、皆の前へとかかげる。

 聖剣は太陽の光を浴び、そこから鮮やかな閃光せんこうを天に描く。


「今僕はこの聖剣にかけて、皆に勝利を誓う。

 戦えッ‼︎この先にある未来の為に‼︎」


 僕の言葉を聞き終えると同時に騎士達の雄叫おたけびが戦場全体に響き渡る。

 戦いの火蓋ひぶたを切って落としてしまったと言う罪悪感と、これから向かうであろう戦場への恐怖心。

 しかし、その感情があるにも関わらず、前のようにブルブルと子供のように震える事はなかった。


 ……これで少しは君に近づけたかな?

 

 僕はここまで乗ってきた茶色の馬にまたがると王国軍の先頭をける。

 騎士団長の進軍の合図に僕の後ろを皆がついて来る。

 まるでそれは……ここにいる全ての者達の命を背負っているかのようだった。

 

 オーグスタで、アウロラと戦った時も。

 山岳地帯で、レオニルと戦った時も。

 廃城で、魔王と戦った時も。

 いつも傍にはユウキが居て、たた僕はその隣で剣を振えば良かっただけだった。

 だから、誰かの命を背負って戦う事が、こんなにも重たい事だなんて、思ってもみなかったんだ。


 それを感じ、その双肩そうけんにとてつもない重圧を伝わってしまう。

 さっきまで無かったはずの震えが……僅かに腕が震えているのがわかる。

 敵軍に向かい走り、近づくほどにその感覚は強く現れてくる。


 ……頼む、おさまってくれっ!


 心の中でそう叫ぶほどに、その震えはドンドンと大きくなってゆく。

 震えは不安に変わり、不安は予感になる。


 僕は、やはり『勇者の器』なんかではないのかな……?

 皆に勝利を誓ったと言うのに、このざまでは……


 しかしその時。

 僕は『信じられない物』を見た。


 ……いや、実際には見えてはいなかったのかもしれない。


 皆の先頭を走っていたはずの僕の前に、誰も居ないはずのその場所を走る一人の男がいた。

 日本人特有の黒髪と相反あいはんする白銀の甲冑を身につけた、僕の瞼の裏に焼きついた背中。

 その後ろ姿は、他の者から見たら、僕との違いがあるかはわからない。


 ……でも、一つだけ違う所がある。

 彼のその手に握られた剣は、何の変哲へんてつもない『普通の剣』だったと言う事だ。


 だと言うのに彼は。

 後ろを振り返る事も、僕と同じ重圧を重荷に感じる事もなく、ただ真っ直ぐに敵へと向かっていく。

 いつだって、君のその姿を。僕は追いかけていた。

 そして、君もまた僕に「着いて来い」と言ってくれているようだった。


 ……やっぱり、まだ遠いんだな。


 まだ自分は彼の域に立っていない。

 でも、きっと……それで良いのだと。


 一度、瞬きをする。

 その男の後ろ姿は消え去り、同時にさっきまでの震えも消え去っていた。


 「君は……まだ僕を導いてくれるんだね」


 だが、戦う準備が出来たのもつか

 敵軍の先頭にいたはずの『殲滅卿』がこちらに向かって一直線に跳躍ちょうやくしてくる。

 驚くべき跳躍力と、勢いでみるみる内に距離を詰める。


 ……と言うか、こちらに突進して来る⁉︎


 僕は慌てて馬から飛び降りる。

 咄嗟とっさに馬から降りた為、上手く着地する事は叶わず、地面を転がる。

 全身の痛みに思わず声を上げそうになるが、今はそれどころではない。

 すぐに顔を上げ、聖剣を鞘から振り抜いた。

 

「うぉぉぉぉぉっ!」


 まるでそれは、『大砲の球』でも打ち込まれたような感覚だ。

 聖剣を抜くと同時に魔力を込めて、迫り来る『殲滅卿』目掛けて【聖剣光線】を放つ。

 重たく冷たい、魔人の魔力と膂力りょりょくが込められた一撃と激しく衝突する。

 

「くっ⁉︎

 ウオォォォォォッ‼︎」


 突進してきた殲滅卿の攻撃を防ぎつつ、更に刀身へと魔力を込めていく。

 確かに、その一撃は強力だ……だけど、ここで僕が引けば、この攻撃は後ろの部隊を強襲する事になる。


 それだけは……やらせないっ!


 聖剣へと込めた魔力を殲滅卿目掛けて撃ち放つ。

 【聖剣光線】の二段放射。

 だが、それが致命傷にはなり得ていない事には気がついていた。

 直撃の瞬間に回避されたのだ。


 僕が放った聖魔力の輝きが戦場を包み込む。

 その後方の部隊は、僕達を避けるように左右へ散ってゆく。


「龍人殿!こちらは任せました!」


 騎士団長が去り際にそう声をかけてくれたが、僕は一度頷くのみに反応を止める。

 外せない。絶対に眼前の敵から注意を外す訳にはいかない。

 光が止み、その眼前に佇む一人の漆黒の騎士へと視線を向ける。

 聞いていた通りの化け物……今まで戦ってきた四帝の中でも明らかに破格。


「失礼をした。つい勇者の姿を目にして、気が早ってしまったようだ。

 我は四帝が一角『グローニア』。お前達が『殲滅卿』と呼んでいる者だ」


 漆黒のかぶとを身につけ、顔はおろかその表情すらもわからない。

 だが、目の前のその男は、大量の人間を殺そうとしたにも関わらず冷静にそう僕に告げたのだ。

 この男にとって、今起こった事は『何一つとして不思議な事』では無いのだろう。

 ただ、『敵を倒そう』としだけだ。そんな事は分かっている。

 だけど……それだけで、今起こった全てに納得など出来はしない。


「アンタはなぜこんな事ができる?

 なぜ、そんなにも変然と人を殺す事ができる?」

「これはな事を。戦場で敵を倒す事に何の不思議があると?

 貴公とて我らが主を手にかけたであろう?」


 確かに奴の言う事は正しい。

 戦場で敵を殺す事は、何も不思議な事などではない。

 そんな事は百も承知だ。

 ……しかしだからこそ、それを言わずにはいられなかった。


「そうだ。魔王はもういない。

 僕が倒した。だからもう戦う必要なんてないはずだ。

 これ以上無駄な血を流す事なんて、意味が無い事だろうッ!」

「意味が無い?貴公は何かを勘違いしているようだな。

 魔王陛下は死んだ。だからいくさが終わりだ。

 などと、一体誰が決めた事なのだ?

 しかしそうか。やはり陛下はもう……ならば尚の事、我々は止まる事は出来無いな。

 勇者よ、貴公が人間達の為に戦うように、私もまた同族の為に剣を振るうと誓った身。互いに退けぬと言うのなら、力尽くで退かせるのみであろう?

 剣をとれ勇者。その伝説と共に斬り伏せてみせよう」


 わかっていたはずだ。言葉で解決できない事など。

 人と魔人は互いに戦い合う定めなのだ。

 どちらが悪いとか、正しいとかは戦場には無い。

 勝った者だけが、それを決める事ができる。

 しかし、それでも……誰も傷つかずに済むのなら。

 ただそう、心の片隅で、僅かに生じてしまった疑念を払拭する。

 

 目の前の魔人がそうであるように。

 自分が「そうであれ」と誓ったのなら。

 僕のやるべき事は一つだけだ。


「伝説も、勇者も関係ない。この剣は皆の為に振るうと決めてきた。

 倒さないと止まれないのなら、僕は戦うッ!」


 己の剣と意思をお互いにぶつけ合う。

 だが、聖剣に渾身の魔力を込めて打ち込んだと言うのに、その一撃で吹き飛ばされたのは僕の方だった。


「ぐっ⁉︎」


 痛烈な一撃。

 その重みは山岳地帯で戦った獅子の魔族を遥に凌駕していた。


「うむ。流石は聖剣といったところか。

 身体より剣の方が持ちそうにない」


 グローニアはそう言うと、自分自身の剣をながめる。

 先の一撃で聖剣と衝突した部分がこぼれをしている。

 あれだけの強打ならば当然だろう。


 今更になってだが、その聖剣を相手に『練習用の剣』で戦い続けていたユウキの技量がどれだけのものだったのかを再確認させられてしまう。


 いや、それより今は目の前の敵に集中しなければ。

 だがこれならば、あと何度なんどか、聖剣を打ちつけ続ければ倒す事が出来そうだ。

 しかし逆にこちらも、奴の斬撃を何度も食らってしまったら体の方がもたない。


 ……ならば、奴の体に直接聖剣をぶち込んでやるだけの事。


 こちらから踏み込もうとするが、その前にグローニアの方が突進してくる。

 向こうもおそらくは僕と似たような事を考えたのだろう。

 グローニアを迎え撃つべく、聖剣を構え直した。



 ——————————————————



 勇者と殲滅卿が戦う中、『騎士団長グレイン・オーランド』は軍を指揮し、魔王軍を迎え撃っていた。

 だが、王国軍総勢五万の兵に比べ、敵魔王軍はおよそ一万程度。

 数こそ優勢のはずだったが、最初の殲滅卿の突貫とっかんで部隊を真っ二つに引き裂かれてしまった。

 とはいえ、半分に分断されても数では王国側が上。

 だが、それでも魔人数人を相手にするとなれば、戦局をひっくり返されてもおかしくは無い。

 しかし『殲滅卿それ』も、今は勇者がおさえている。

 他にも手練てだれが数人いるのが見て取れるがそれらも数で抑え込みきれていた。

 騎士団長はこの戦いの行く末は『勇者の戦い次第だ』と確信した。


「龍人殿は大丈夫か⁉︎」

「今だ交戦中のようです!増援に向かいますか?」


 その問いに答えたのは、魔法師団の『エミリア』だった。

 戦況は思ったより早く、王国軍側が優勢に傾き始めていた。

 勇者と殲滅卿の戦いが早く決着し、こちらと合流できれば、更に優勢になる。

 と、そう考えた騎士団長は、エミリアへと指示を出した。


「行けるか?エミリア。

 こちらはいいから龍人殿と合流を…」


 そこまで騎士団長が言いかけた所で、戦場に爆発音が鳴り響く。

 同時に爆風が周囲にいた騎士達を吹き飛ばさんとする勢いで吹き荒れる。


「何だっ…⁉︎」


 突如として起こったその爆発。

 おそらくは敵の魔法なのだろうが……一体?

 そう考えていた騎士団長は目線を上空へと向ける。

 曇天の薄暗い空に佇む、漆黒の翼を携えた少年がこちらを見下ろしていたのだ。


「上だッ‼︎」


 そう騎士団長が叫ぶと同時に上空に無数の魔法陣が描かれると、そこからいくつもの魔法弾が戦場へと降り注ぐ。

 赤い雨。魔法の爆撃が味方部隊を次々に吹き飛ばしていく。

 騎士団長達はエミリアと数名の魔法師が作った魔法の盾によってなんを逃れたが、これが何度も続けば流石にもたないだろう。


「エミリア、増援の件は無しだ。

 我々はあの魔人を討ち取る」


 エミリアは騎士団長の声に頷く、しかし他の騎士が口を開く。


「しかし、アレをどうやって…?」


 そう聞くのも無理は無い、魔人が飛ぶ場所は遥上空はるかじょうくう、剣は疎か弓でも届かないほどの距離だ。

 だが、それに対してエミリアが強く言い返す。


「大丈夫です。

 前にも空を飛ぶ魔人とは戦いましたから。対策は用意してあります」


 そう言うとエミリアは爆撃がんだ隙に周りにいた他の魔法師団員の四人と共に詠唱に入る。


集団魔法しゅうだんまほう

 複数人で魔法を詠唱し、魔力を貯める事で、個人で魔法を発動させるよりも威力を格段に上昇させる事ができる。

 人間が魔人に対抗する為に考案された魔法発動方式だが、実際に使える人間はそうはいない。

 複数人で同時に魔法を使うと言うのは想像以上に難しいからだ。

 個々の息が完全に合わなければ、魔法は発動する事は無く、逆に暴発なんて事になる事もある。

 危険と隣合わせではあるが故に、その分発動する事が出来れば魔人以上の威力で魔法を放つ事も可能だ。


 エミリアはオーグスタでの戦闘を経験して、今までの自分だけの魔法では魔人に対抗出来ないと嫌と言うほど理解させられた。

 それからと言う物、この集団魔法の練習に専念していたのだ。

 五人の前に巨大な魔法陣が描かれる。

 魔法陣は眩いばかりの光を放つと中心から一本の光の槍が出現する。

 『ホーリーランス』と言うあまり珍しくは無い魔法だが、五人で放てばその威力は単体とは比べ物にならない。


「行ッけェーッ!」


 上空に向かって打ち上げられる光の槍。

 だが、その行先は魔人目掛けてでは無かった。

 魔人よりも手前の空へと向かって飛ばされていたのだ。

 しかもその勢いは強く、このままでは風や重力の影響を受けたとしても絶対に魔人に命中する事はない。


 失敗か。

 ……とその場にいた騎士達が思った次の瞬間。


 上空で光の剣は爆発し、そこから無数の小さな剣がまるで散弾のように魔人の方向へと降り注ぐ。

 その攻撃は魔人も予想外だったようで反応が遅れ、完全には避けきれず、体のあちこちに傷を負う。


 致命傷になる体や顔を守っていたようだが、翼までは庇いきれず、次々に被弾し滞空する事が出来なくなり、フラフラとこちらの方へと落ちてくる。


 バサンッ!


 魔人は騎士団長達の近く、前方へと墜落した。

 しかし、何とか空中で体勢を立て直すと、やや不恰好になりながらではあったが地面へと着地してみせた。


「痛っぁー⁉︎何だよ今のっ!

 人間の癖に強力な魔法使うじゃないか!」


 魔人が地に着いた隙を逃す事無く、騎士達や魔法師達が次々に攻撃を仕掛けていく。

 剣と魔法の一斉攻撃が魔人を襲うが全く慌てた様子をする事は無く、魔人はその場で着地時に痛めた足をさすっていた。

 光の魔法攻撃はあっさり魔人へと直撃したかに見えた。

 ……だが、その攻撃は当たる直前に軌道がれ、まるで魔人を避けるかのように通り過ぎていく。

 しかし、それにひるむ事なく騎士達が斬り込んでいく。


「人間って馬鹿だよね?勝てる訳ないじゃん?

 そんな棒切ぼうきれでさッ‼︎」


 魔人は片手を天へと掲げ魔法陣を展開すると上空に大きな炎弾が出現する。

 それを騎士達の方へと放り投げる。

 炎弾は騎士達の目の前の地面へと衝突すると、爆散し周辺の者達へと爆風と炎が襲う。

 爆風の衝撃と高熱の炎に晒された騎士達は、みるみる焼け焦げながら吹き飛ばされていった。


「遠距離攻撃は逸らされ、接近戦を仕掛ければ消し炭に、か…」


 騎士団長はその光景を目の当たりにし、改めて魔人という存在の破格さを味わわさせられていた。

 彼自身二十年前の戦争では最前線で戦い、十分に理解していた事だが、対策と言える対策がある訳では無い。

 唯一あるとすれば……それは勇者だけだ。


「騎士団長……」


 騎士団長の後ろから、その光景を見ていたエミリアが不安そうな声を出す。

 先の集団魔法が通じたのは、あの魔人が油断していたからに過ぎない。

 今の彼女達には攻撃したくとも出来ないのだ。

 だが、騎士団長とて考えはあった。

 いくら強大な魔力を持つ魔人とて、無尽蔵という訳ではない。

 昔から使い尽くされている策で、時間稼ぎをし、弱った所を魔法あるいは勇者がトドメを刺す。

 だが、今回の魔人は飛行能力を持ち、強力な爆撃魔法まで使う。

 ……もし、もう一度飛行されれば、もう撃ち落とす事は不可能だ。

 そうなれば、現状優勢に立ち回れている戦線を維持できなくなるかもしれない。


 既に眼前には大量の死体の山。

 もしここでこの魔人を止められなければ。

 これが後どれだけ増えれば、この戦いを終わらせられるというのだろうか?


 騎士団長とて、今でこそ王都守護の任についてはいるが、かつては勇者と共に戦場をかけた身。

 こんな光景は見慣れていたはずだった。

 だが、それでも願ってしまう。この地獄を覆して欲しいと。


「 全く、長らく忘れていた。

 ……これではユウキの事は言えんな」


 かつてはそれで良かったのだ。

 勇者に願い、その手助けをする。

 傍で共に戦っている振りだけして、この絶望的な時間がただ過ぎてゆくのを待っていれば。

 ただそれだけで良かったはずだった。


 だけど、今は……


 親友の息子であり、弟子であり、我が子でもあった。

 そんな彼はただ『他者に願う』だけでなく、自らの剣でその道を切り開かんと、立ち向かい続けた。

 そしてその果てに命を落としながらも、絶望を叩き切ってみせたのだ。

 ならば、今自分だけがここで退くなど、彼への裏切り以外の何物でも無い。


 騎士団長は深く一度深呼吸をすると、エミリアと魔法師団員の方へと指示を出した。


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