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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第1部 The First Savior
15/87

道標



「っ⁉︎龍人殿!ご無事でしたかっ⁉︎」


 魔王城での戦いから一週間後。

 僕『御剣龍人』は、なんとか自力で、王都『セントラル』へと辿り着いた。

 そして、王城の正門前で、騎士団長の『グレイン・オーランド』と再会をしていた所だった。


「団長さん。その…ユウキの事でお話が……」


 僕はまだ、『ユウキの事』を報告出来ていなかった。

 それを告げようとするが、何かを勘違いしたのか、騎士団長がその言葉を止める。


「いえ、龍人殿は何もご心配されずとも大丈夫です。

 今回の件は、私の不肖ふしょうの弟子が起こした事。貴方が処断されるような事は…」


 僕が部隊を離れた経緯は、おそらくエミリア辺りから聞いたのだろうが、言いたい事はそちらでは無かった。

 僕は彼の…『ユウキの無罪』と『その功績』を報告しなければならない。


「違うんです。とにかく話を聞いて下さい」


 そう言うと、騎士団長は耳を傾けてくれた。

 僕は山岳地帯での戦いから、魔王との戦いまでの事をありのまま、彼に伝えた。

 ユウキが離反したのは敵の部隊を足止めし、僕達を逃す為だったと。

 そしてそこで四帝の一人を倒した事。

 その後、魔王と戦い、打ち倒した事。

 そして……ユウキが命を落とした事を。


 騎士団長は最後まで何も言わずに話を聞いていた。

 そして聞き終わると一度頷き、僕に言ってきた。


「それは……ご苦労…でしたな…。

 いやしかし、まさか魔王をこんなにもあっさり倒してしまわれるとは、やはり龍人殿には天賦てんぷの才がお有りだったようですな!」


 最初こそ、震えるような声で話していた騎士団長だった。

 だが、最後はいつものように明るい口調で……いや、いつも以上に明るく、まるで作ろうかのような笑顔でそう答えた。


「でも、まだ戦いは終わっていない。

 ユウキに頼まれたんです。王都を守ります。必ず」


 そのまま騎士団長は「国王へ報告に行く」と言うと、他の騎士に僕の事を任せ、その場を後にしようする。

 だが、一度立ち止まると、後ろを振り返らずに僕に問いかけてきた。


「アイツは…ユウキはどんな最期でしたか?」


 先までの陽気な態度とは違い、その声は真剣だった。

 『ユウキの最期の姿を知りたい』……今彼はどんな心境なのだろうか?

 彼はユウキにとって、『師』であり『父』のような存在だったと聞いている。

 平然と振る舞ってはいるが、「全く何も感じていない」なんて事があろうはずが無い。

 そして、そのユウキに直接トドメを刺した僕の事も。

 だけど、僕が今言える事は限られている。


「ユウキは……最期までユウキでしたよ。

 どこまでも強くて、どこまでも自分勝手で、どこまでも……」


 続く言葉はキリが無く、言葉を発しながらこの瞳に焼き付けられた彼の姿が眼前に映る。

 そして、その瞳からは自然と涙がこぼれ落ち始めてしまう。

 止めどなく流れ落ちていく、その涙が僕の言葉を途中で途絶えさせる。

 でも、伝えないといけない。誰であれ彼には。

 

「最期だっていうのに、人の気も知らずに笑っていました」

「龍人殿。貴方が気にされる事は何もありません。

 アイツはずっと魔王を倒す為に…この国を救う為に剣を振るってきました。

 口では逆の事を言っていますが、一番近くで見ていたのでわかります。

 ……感謝します。きっと、アイツは満足してったのでしょうな」


 その時の騎士団長の声は先と変わらず、真剣そのものだった。

 声は震える事なく、体が動く事もなく、感情を表に出す事は無かったけれど……

 その背中は泣いているように感じた。

 僕は騎士団長のその背中を見送った。


 ————————————————————


「あの姫様?」

「……あ、すみません。

 こちらからお呼びだてしたのに、ボウっとしてしまって……疲れているのかしら」


 騎士団長に報告した後。

 他の騎士に聴取ちょうしゅを受け、王宮内にもうけられた自室へと向かおうとした。

 だが、その場にいた騎士に『姫様が呼んでいる』と言われた。


 僕はすぐに、彼女執務室へと向かい、今に至る訳だが……

 姫様は僕が部屋に入り、挨拶をするなり、口をつぐんでしまった。


 ……それは、一体どう言う感情だったのだろうか?


 彼女が僕に「何を聞きたいのか」はわかっている……『ユウキの事』だ。

 だが、それをすぐに口にしないのは、僕へのを気遣いだろうか?

 それとも彼女自身が、それを「知りたく無い」という事なのだろうか?

 でも、どちらにしろ僕は自分の口で彼女に伝えなくてはならない。

 僕がここに来た意味を、彼が残した物を。


「姫様。ユウキは……」

「大丈夫ですよ。

 叔父様から報告を受けていますから。

 離反したと言う話を聞いた時から覚悟はしていたのです」


 僕が口にしようとした言葉を彼女は止める。

 僕自身、あまり口にしたくは無い言葉だった。特に姫様には。

 そして、それを彼女も理解しているのだろう。

 ……本当に気遣いが上手い人だ。

 しかしそれでも、僕は彼女に伝えなければならない。

 ユウキの最期を、彼の武勇を。


「ユウキは身を挺して、魔王の攻撃から僕を守ってくれました。

 最後の攻撃…『光の盾みたいな魔法』と、彼が魔王の動きを封じてくれなければ倒すことは不可能でした。

 魔王を倒せたのは全部アイツのおかげです」


 その話を聞き首を傾げる。

 その表情は、さっきまでの心配そうな表情とは少し違い、何かを考えている様子だった。

 そして何かを思いついたように口を開く。


「光の盾…?…そうですか。

 あの指輪を……使わないようにと言っておいたのに」

「あの指輪?」


 そういえば、ユウキが『光の盾』を出した時、手に何かを持っていたようだった。

 それが『その指輪』だったと言う事だろうか?

 ……そう言えば、彼が最後に手渡してきた破片があったが、アレがそうなのだろうか?

 だが、そう口にした事を若干だが後悔してしまう。

 それは、その事を語り始めた彼女の顔はとても悲しそうだったからだ。


「ユウキに渡しておいた『魔法具の指輪』です。

 ユウキは魔法は使えませんから、攻撃を防げる物はそれしかありません。

 ……帰ってきたら返してもらう予定だったのに、また約束を破られてしまいましたね」

「……いいえ、それは違います」


 今、「違う」と口にしたのは、何故なぜだろうか?

 ここでどれだけ僕が言い訳したとしても、彼女の言う事がくつがえることは絶対に無い。

 何せ、もう約束の主も、返すべき指輪もこの世界には存在しない。

 それでも、彼の『最後の願い』を嘘にしたくは無かった。

 彼の本当の想いを今は知っているから。

 僕はその願いを託され、引き継ぐと決めたのだから。


 ポケットの中に手を突っ込む。

 そこには、ユウキから託された指輪の破片が入っていた。

 それを取り出し、姫様の手を取り、その中へと納める。


「確かに、アイツは酷い嘘つきで。見栄っ張りで。無鉄砲な大馬鹿野郎でした。

 けど……それでも自分自身に対して正直だった。

 アイツには全てを引き換えにしても叶えたい夢が有ったから。

 でも、それはもう成し遂げたから。

 ……だから最後の約束は僕が引き継ぎます。

 必ず、この国と貴女を護ってみせます」 


 僕が一体、今何を言っているのか、姫様には理解できていないかもしれない。

 それでも、『それだけは』言わなければならないと思った。


「ユウキが最後に言いました。

 『ティアラを守って欲しい』と」

「ユウキが…?」


 姫様は信じられないと言う顔をする。

 その顔を見れば、普段からユウキがどれだけ姫様を邪険にしていたかわかるような気がする。

 でもそれは紛れもない事実、『彼の真意』だ。

 姫様はその言葉を聞き、僕に背を向ける。

 その後ろ姿は、僅かにだが、フルフルと震えていた。


 僕はその後ろ姿に、一度頭を下げると、彼女の部屋を後にした。


 ————————————————————



「勇者様っ!」


 姫様の部屋を後にし、自室へ戻ろうとする道中で、エミリアに声をかけられる。

 その声と姿に、若干の安心感とそして…罪悪感に襲われる。

 彼女が無事に山岳地帯から撤退できた事は喜ばしい事だ。

 ……だが、彼女にもきちんと説明せねばなるまい。


「エミリア、良かった。無事で」

「勇者様こそ、ご無事で何よりです。

 あの馬鹿を追いかけて森に入っていった時はどうなる事かと思いましたよ。

 ……それで、その馬鹿は今どこにいるんです?

 牢屋にでも?文句の一つでも言ってやらないと気が済みませんよ」


 エミリアはおそらく悪気はないのだろう……単に知らないだけなのだ。

 『僕自身の帰還』と『魔王の死』は王宮全体に知れ渡るほどのビックニュースだろう。

 だけど、きっと『ユウキの死』は然程、ここの人達にとって重要な事ではない。

 むしろ厄介者が消え、正々していると言った所なのかもしれない。

 その事に若干の怒りと憤りを覚えるが、それをきっと彼は望んでいないのだろうな。

 だから、エミリアが『ユウキの死』を知らない事は、決して不思議な事ではない。


「それは……ちょっと難しいかな?」


 だが、それは『今言うべき事』なのかどうか、少し悩まさせられてしまう。

 エミリアにとって、『ユウキ』という存在がどう言う物だったのか……僕には正直わからない。

 側から見れば『喧嘩するほど仲がいい』と、そう言えなくも無い関係だったが、当の本人達はどうだったのだろうか?


「それは……一体どういう?

 まさかアイツ本当に離反をっ⁉︎」


 僕の言い辛そうな顔を見てそう思ったのか、彼女はそう言い返してくる。

 違う。……でも、そう言う事にしておいた方がいいのかもしれない。

 今まで接してきた人達は皆、ユウキの死を知って悲しんでいた。

 これから、彼女も迫り来る魔王軍との最後の戦いに挑まなくてはならない。

 その前に、こんな話をするべきじゃな……


「……いや、違うんだ」


 そこまで思いかけて、僕はそれを自分自身で否定した。

 それは『逃げ』だ。

 ……僕が逃げたいだけのタダの言い訳だ。


「ユウキはその使命を見事に全うしました。

 彼の剣は魔王を打ち倒し、僕達に希望をつむいでくれた。

 一緒に帰ってくる事は出来なかったけれど、彼の意思はまだ僕と、この聖剣と共にある」


「えっ?……それって……?」


 エミリアはそれ以上、何も言わなかった。

 その場に立ち尽くしたまま、何も言わずタダ何かを考えているようだった。

 僕は今、彼女にこれ以上何を言えばいいんだろうか?

 もっと直接「彼は死んだ」と、そう言うべきなのだろうか?


「エミリア……」


 しかし、その言葉を出す事はできず、ただ彼女に手を伸ばしながら、その名前を口にするが……


「ごめんなさいっ…!」


 そう言うとエミリアは僕に背を向け、走り去って行った。

 最後にチラッと見えた彼女のその瞳からは涙が流れ出していた。


 ————————————————————


 その日の夜。

 長旅の後だと言うのに、不思議と眠気は殆ど無かった。

 戻った時の皆の反応を思い出すと、ベットで横になってはいられなかったのだ。


「なぁ、ユウキ?

 ……君ならどうしてたんだ?」


 今は王宮の中庭で、芝生しばふに寝転がりながら夜空を眺めていた。

 前に騎士団長から『ユウキは夜間警備をサボってこの辺りで油を売っている』と聞いた事が合ったからだ。

 こうしていれば、彼ならどうしていたかが分かるような気がした。


 彼は今まで、沢山の人の死を…仲間の死を見送り続けてきた。

 きっと、彼にとってはこんな事自体が日常の一ページだったのかもしれない。

 だからもし、彼が僕の立場だったなら、ただ平然と皆に報告をし、また戦場へと帰っていくのだろう。

 でも、それは何も感じていないからでは無い。


 ……今の僕には『それ』がわかる。

 散っていった者達の想いは、常に彼と共にあったのだから。

 そして『それ』は今、僕と共にある。


 掌を星々が燦然さんぜんと輝く満天の星空へと掲げる。

 きらめく星達は掴めぬほどの高みから、僕を見下ろし、何かを訴えかけているかのようだった。

 それは「早くここまで来い」と言うのか、「ここには来るな」と言っているのかはわからないけれど……

 でもその中の一つ。『あの星』が何を言いたいのかだけはハッキリと分かる。


「笑うなよ?ユウキ。わかってるって」


 掴めない星なんて掴まなくていい。

 そんなモノを追いかけるより…そんなモノを目指すよりも、もっと近くに見なければならない事があるのだと。

 だから…。


『守ろう』

 今度こそ何も無くさないように。

『戦おう』

 彼らが目指した未来の為に、彼らの戦いを無かった事にしない為に。


 それでも…それが分かっていても。

 僕にとって彼は…ユウキは目指すべき目標。

 道標みちしるべなのだ。  


「この世界にもあるんだな……北極星」


 その輝く星達の中で、一際輝いて見えた道標。

 『北極星ポラリス』が僕を見守り、今も導いてくれている。


「君も、そんな事を考えながらサボってたのかな?」


 もし、そうだとしたら君にとっての道標は誰だったのか?

 自分の手では「届かない」と知りながら、それでも手を伸ばし続けたその掌は、一体何を目指していたのだろうか?

 そしてその手は、その遥高みを掴み取ってみせた。

 だから、追いかけていたのはきっと、同じように手が届いた先人せんじん


 ……いや、違うか。


 そもそも、彼は僕と同じ枠組わくぐみに当てめられるような人間では無かった。

 彼は彼のやり方で、僕は僕の…勇者のやり方で手を伸ばせば良い。

 それだけの話だった。


 そして僕の意識は徐々に薄れていき、気が付かぬ間に眠りについていた。


 

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