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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第1部 The First Savior
13/87

魔王


 龍人との決闘の後。

 村長や村の住人達に礼を言い、例の古城へと向かった。

 俺達は意外にも早く、半日程度歩くと、夕暮れ頃には『そこ』へと辿り着いた。


「実際、『本当に魔王がいる』と思うのかい?」

「正直、眉唾まゆつばだな。

 『王都に向けて進軍してる』って話もあったし、そっちに居そうなもんだけど……

 こればっかは、行ってみないとわからんな」


 もう少しで古城に到着する所だったが、辺りには警備している魔族の姿どころか、その気配すらも感じない。

 この様子では『ハズレの可能性』が高いかもだな。

 元々、居ない確率の方が高いとは思っていた。


 だが、山岳地帯での戦いでの『魔族の統率された動き』を見ている。

 最初は『四帝』や、他の魔人が指揮をしているとばかり思っていた。

 実際、『四帝』の一人である『レオニル』がいた訳だが……

 戦ってみた感触としては、そこまでの知恵があったとは思えない。

 ならば、指示を出していた何者かがいるはずだ。

 つまり、『四帝』より上の存在。……そうなれば、魔王軍には『一人しか』いない。

 とはいえ、山岳地帯を攻略した今、魔王がこんな古城にとどまっている理由は無いだろう。


 だが、古城に着いて、辺りの様子を伺うと……何か妙だった。

 城の至る所に松明たいまつで明かりがついていた。

 だが、魔族や警備の者が一人も外にいない。


 一体誰が……?

 

 この辺り一体は、既に魔王軍に占領せんりょうされたも同然。

 盗賊や、野党の類の人間が住処すみかにしているとも考えにくい。

 敵の魔族が駐留している可能性も無い訳ではないが……やはり王都に進軍しているなら、ここに留まる理由が無い。

 そして、最後に残る可能性は……『罠』という事だ。


 そもそも、『魔王が古城にいる』という噂が、どこから来た物なのかが気になっていた。

 この噂自体に説得力があるようには思えないし、これで王国軍が動くとも思えない。

 ならば、その理由は……?


「……居なさそうかな?」

「そうだな……だが、一応中も見ておくか。

 だが、罠の可能性が高い。とりあえず俺だけで…」

「一緒に。だろ?」


 俺がまた「一人で行く」と言い終える前に、龍人が口を開く。

 当然だが、既に先の決闘で敗北した俺には決定権が無い。


「そうだったな……行くぞ」


 二人で城の中へと入っていく。

 城の中にも松明で明かりが付けられていて、まるで「入って来い」とでも言っているかのように通路を灯している。


「これは完全に罠なんだろうけど……ユウキも感じる?」

「あぁ、今まで感じた事ないくらいの寒気さむけだ。……奥に何かいるな?」


 この通路の奥から、とてつもなく恐ろしい『何かの気配』がした。

 今まで魔人やら魔族とは何度も戦ってきたが、そのどれからも感じた事の無い強烈な悪寒おかん

 これは……本当に『魔王がいる』と言うのか?


 先に感じていた事。

 『魔王がこの城にいる』と言う噂を流した人物。

 その張本人が一体誰なのか?と言う事だが、俺は魔王軍が流した物だと考えていた。

 山岳地帯での戦闘で、龍人は聖剣の力を派手に使ってしまった。

 更には崖から落ちた事も既に知られているだろう。

 となれば、まだ王都へは戻れず、「この辺りに潜伏している」と考えて、「罠を張った」と考えれば、多少は説明もつく。

 しかし罠だとして、この先に一体何が待ち構えているのか?


 意を決し、更に奥へ進むと、突き当たりは部屋になっていた。

 扉の奥から感じる気配は、さっきよりずっと大きく濃くなっていた。

 濃厚な殺気が扉の奥から溢れ出しているように感じる。

 ……向こうも俺達が来ている事に気がついているな。


 俺と龍人はお互いに顔を見合わせると頷き合い、扉を開く。

 中の部屋は大広間のようだ。

 かつてはそれなりに煌びやかに装飾がなされていたであろうその部屋も、完全に廃れ切ってしまっていた。


 ……だが、その一番奥にあった玉座。


 そこに座る全身黒色の禍々《まがまが》しい甲冑を着た者。

 一瞬その姿がかつて『オーグスタ』で戦った『殲滅卿』に見えたが、少し形が違う。

 だが、だと言うのならば……あれが、『殲滅卿』で無いのなら、その正体は一つ。


「……来たか?

 その人場じんじょうならざる聖の輝きを持つ剣、間違いなく『聖剣』。

 待っていたぞ?勇者?」


 黒甲冑はそう言うと立ち上がり前へと歩出る。

 思わず、後退りしてしまう。十分に距離がある為、その必要がないはずなのだが……この距離からでも、容易にこちらを圧殺出来そうな威圧を感じたからだ。


「我が名は『魔王〈ディオン〉』だ」


 まさか、本当にここに魔王がいるとは思わなかった。

 だが、まだ罠の可能性もある。

 と思い、様子を伺おうかと思っていたのだが……


 ふと、隣の龍人の方を見る。

 ……てっきり間抜けな自己紹介でも返すかと思っていた。

 とはいえ、相手の出方を探りたいので、少しでも会話をして時間を稼いで欲しい所だ。

 だと言うのに、龍人は口を開かずただその場に立ち尽くしている。


「……おい、龍人?

 無視して無いで、何か言ってやったらどうだ?」

「いや、別に無視していた訳じゃないんだけど……今ので終わりなのかな?

 もっとこう、『魔王っぽい台詞』とかあるじゃない?

 『我が仲間になれ!』的なやつとか、『世界の半分をやろう!』とか」


 ……この馬鹿が何を言っているのか誰か教えてくれ。


 考えてみればコイツが俺の思い通りに動いてくれた事など一度も無かった。

 そのおかげでと言って良いのか、魔王の威圧で気圧されていた事を忘れてしまっていた。

 とにかく、頭を抱えつつ仕方なく、俺が先に話すとする。


「なぜ魔王がここに?

 まさか、わざわざられる為に待っててくれたのかよ?」


 素直に疑問をぶつける。

 本当の事を言うとは思えないが……と思っていたのだが魔王はあっさり答える。


「そうだ、待っていた。

 だが、られる為では無い。

 勇者?貴様を我自われみずからの手でほおむる為だ」

「なぜ、自分の手で倒す事にこだわる?

 部下にやらせたって結局、同じ事だろう?」

「うむ。確かに貴様の言う事は正しい。

 だが、我は先代の魔王である父の仇打ちがしたいのだ。

 既に先代の勇者が死んだ事は知っているが、それでは我の気が済まん。今の勇者であるお前には関係ない話だろうがな」


 そう言うと、魔王は更に歩み寄り話を続ける。

 こちらも、すぐに戦えるように剣を鞘から抜き構える。


「それに試してみたいではないか?

 我が父が倒せなかった、勇者の力を!お前を打ち倒した時、我は歴代最強の魔王としてこの世界の頂点に君臨するのだ!」


 純粋な力の証明という事なのか?

 正直、俺自身気持ちが全くわからないと言う事も無い。


 ……常に、父と比べられていたからな。


 だが、だからと言って「はい、そうですか」と、勇者の首を渡してやるつもりは無い。


「ようやく『魔王っぽい台詞』が出たね。

 僕は『御剣龍人』!勇者だ‼︎」


 キメ顔で龍人がそう言う。

 アウロラの時の『情けない自己紹介』の事を気にして考えていたのだろうか?

 ……俺は、「こんな馬鹿に負けたのか」と思うと、少しだけ恥ずかしい気分になった。


「では、話はここまでだ。

 死会しあうとしよう。お互い、存分になッ!」


 そう言うと、同時に今まででも十分に濃厚だった殺気が更に濃くなる。

 言葉通り、仕掛けてくるのは明白。

 すぐに、魔王は手を前に掲げ魔法陣を展開する。


 ……させるか!


 魔王までの距離はそこまで遠くは無い。

 その為、一気に踏み込めば「間に合う」と思った。

 だが、魔法の発動が想像よりずっと早かった。


「雷撃よ。我が敵を薙ぎ払えッ!」


 魔王が展開した魔法陣から、凄まじい黒い雷が放たれる。

 しかも、その魔法は威力も高いのだろうが、今一番の問題は速度の方。

 早い……早すぎる。もう既に俺の眼前へと迫っている。

 これでは避ける事は愚か、防ぐ事も不可能だ。


 ……まさか、一手で積まされるなんてっ⁉︎


「ユウキッ!」


 後ろから聞こえたその声に咄嗟へ横へ飛ぶ。

 雷の攻撃範囲を考えれば、どう考えても避けきるのは不可能だが……

 しかし、後ろから勇者が放った光の斬撃、【聖剣光線】が雷と激突し、爆発が起こり、雷を消しとばす。

 爆風を受けながらも、何とか体勢を立て直し、龍人の側まで後退する。


「良いタイミングだったんじゃない?」

「後もうちょい早ければ、百点だった」


 龍人はガックリと肩を落とす。

 認めるのが尺だっただけで、実際はかなり良いタイミングだった。


「そんな事より、あの魔法の速さじゃ俺は近づけない。……龍人、お前行けるか?」


 本来なら、俺が囮を、その隙に龍人が魔王に一撃をブチ込む。

 という戦術が一番なのだろうが、この状況ではあっさり殺されて囮にならない。

 しかし、聖剣があれば魔王の攻撃を防ぐ事が出来るのは今見た通りだ。


「僕が囮なのは良いけど、ユウキじゃ魔王に攻撃は……」


 龍人が「何を言いたいのか」はわかっていたので、言葉を最後まで言い生きる前に手で静止する。

 俺では魔王にダメージを与えられる攻撃はできない。

 だが、何も俺が「攻撃役までやる」とは一言も言っていない。 


「どっちもお前がやるに決まってんだろ?

 が、近づけさえすれば、俺だって数秒持たせる事くらいは出来る。

 後の事は……任せたぜ?」

「任された!」


 そう言うと龍人は頷く。

 「近づけさえすれば」と強がった物の、あの魔法詠唱の速さでは、こちらが少し隙を見せれば、瞬殺されかねない。

 とはいえ、言い出しっぺの癖に、「やっぱ無理だから聖剣任せた!」という訳にはいかない。

 それに何より、それが許されるほどの『安い相手』で無いのは、言うまでもない話だ。


 今度は龍人を先頭に、二人で魔王に突進する。

 すると魔王は、やはり先ほどと同じように黒雷を放ってくる。

 芸の無い行動ではあるが、これ以上に人間を殺すのに、都合の良い攻撃も無いだろう。

 それを確認すると、龍人が聖剣を構え、聖の魔力を刀身に纏わせ、攻撃を防ぐ。

 黒雷が聖剣とぶつかると同時に、爆風と砂埃が舞い、視界が塞がれる。


 その内に、俺は右から回り込み、魔王に一撃を見舞うべく、踏み込む。

 だが、『魔王』とて『魔人』だ。

 『魔人』に通常攻撃が効かないように、『魔王』にもダメージを与える事はできない。

 要するに、これはただの揺動だ。

 

 砂煙を抜け、魔王目掛けて剣を振り抜く。

 だが、俺の攻撃など魔王は「歯牙にもかけない」とばかり考えていた。

 にも関わらず、魔王は俺の攻撃に対して、腰に下げていた剣を抜き、防いでみせたのだ。


「くっそっ⁉︎」


 魔王の剣は刀身に鎧と同様に、禍々しい形と魔力を帯びていた。

 だが、問題は魔力の方ではない。パワーだ。

 いとも簡単に、俺の攻撃を防いで見せた魔王は、そのまま剣を振り抜いてくる。

 力任せの大振り。だがその一振りは、俺の剣と胴体を真っ二つにする勢いで迫ってくる。


 止められない……一度、後退するしかない。

 が、距離を取っても意味がない。

 すぐ様、もう一度、あの黒雷が放たれ、俺は消し炭状態にされてしまうだろう。

 故に、退くのは一歩。


 振り抜かれる魔王の剣撃にタイミングを合わせて、一歩退き、すぐに再び踏み込む。 

 攻撃を受け流した刃の起動を、流れるように魔王へと向かわせる。

 だが、それは相手も同じ。

 魔王の剣が俺とほとんど同じ速度で、再びこちらに迫る。


 さっきの一撃で、真正面からぶつかり合えば、間違いなくこちらが一刀両断されるだろうな。

 だが、必殺の一撃。そんな相手、今までに何度も戦ってきている。

 魔王の一振りを、剣で勢いを去なす。

 先の攻撃の際、感じていたが、魔王の剣の腕は『殲滅卿』ほどではない。 

 せいぜい、龍人に毛が生えた程度。

 これならば、接近戦になんら問題はない。


 とはいえ、それでも膂力りょりょくの差は如何ともし難い。

 俺が繰り出す攻撃の全てを、魔王は軽々とさばいて見せた。


「ほう。『ただ人』にしては良い剣技だ」

「お褒めに預かり恐悦至極きょうえつしごくだな」


 鍔迫り合いながら会話し、魔王の注意を引くも、やはりパワーは向こうが上。

 だんだんと後ろに押される。


「だが、時間稼ぎにしては『お粗末』だ」


 魔王は俺と、逆の方向に手を翳し、魔法陣を展開した。

 その方向から砂煙を突破した龍人が、聖剣を振り上げ切り込んでくる。


「アンタこそ真剣勝負の最中に他所見よそみなんて、お粗末だぜ!」


 魔王の足目掛け蹴りを見舞う、『ただの足払い』だが、時間稼ぐだけならそれで十分だ。

 体勢を崩され、よろめく魔王。

 元々、俺と対峙してから龍人へ魔法攻撃に切り替えた瞬間、その体勢切り替えの隙を狙った。

 普通ならこの程度ではびくともしなかっただろうが、おかげで一瞬魔法の発動が遅れる。

 一瞬のよろめき、その隙に勇者が魔王を目掛け聖剣を叩き込む。


「うおォォォォッーーー!」


 聖剣が魔王目掛けて振り抜かれる。

 暗がりの大広間が眩い光に包まれ、視界が一瞬全く見えなくなるほどに輝く。

 それは魔王の右肩から、左の脇までを切り裂き、刀身から放たれた聖の魔力が斬撃へと変化、そのまま奥の壁まで吹き飛ばされる。

 俺も巻き込まれそうになったが、間一髪回避し、なんを逃れていた。

 いくら対魔人用の技とはいえ、あんな攻撃を受ければただでは済むまい。


「やったか?」


 飛ばされた魔王が「どうなったのか?」を確認しようとするも、巻き起こった砂埃の所為せいでよく見えない。

 思いの外、あっさり過ぎる結末。

 アウロラの時は、まだまだ技の完成度が拙かったにも関わらず一撃だった。

 レオニルは魔族だった為、若干効きが悪かったようだが、それでも瀕死状態だったのには違いない。

 これならば、倒せたかもしれない。


 すると、龍人が口を開く。


「こういう時、その言葉は言っちゃいけないんだよ?ユウキ」


 今日のコイツは、いつにも増して何を言っているかわからん。


 だが瞬間、急に巻き起こった突風により、砂埃が吹き飛ばされる。

 それは魔王が剣を振るった『剣圧』だった。


 あの攻撃を受けて倒せないとは、やはり魔王は他の魔人とは一線をかくす力を持っているという事か。

 だが、魔王も『全くのノーダメージ』とはいかなかったらしい。


 先程まで身にまとっていた鎧は所々が壊れ、かぶとは既に無く、その素顔があらわとなる。

 白色の髪、褐色の肌に赤い瞳が怪しくきらめく。

 その顔立ちから、人間で言うと二十代前半と言った所だった。

 魔人の中でもまだまだ若く見える。


「ふはははっ!そうこなくてはな!

 わざわざ戦いに来た意味が無いと言うものだ!」


 多少はダメージを負っているのだろう。

 だが、それを全く感じさせない程、元気にそう言い放つ魔王は剣を片手に、こちらへと近づいてくる。

 俺自身は万策はとっくに尽きている。

 というか、魔王に限らず、魔人相手の時は、出たとこ勝負だ。

 だが、俺自身に手が無くとも、今は龍人がいる。


「……おい、龍人?

 まさか、今ので『全力』って訳じゃないよな?」

「まだ威力は上げられるけど、それには集中する時間が……」


 そういえば、レオニルと戦った時も言っていたな?

 結局あの時は俺が時間を稼げず、フルパワーで放つ事はできなかった。

 つまり、フルパワーで無くとも、あの巨漢で頑丈なレオニルを倒すに至った。

 ならば、それに賭けるだけの価値はある。


「なら、今度こそ俺が時間を稼ぐしか無いって訳だ」

「でも、『あの黒雷』をどうやって防ぐつもりなんだ?」


 龍人の言う事はもっともだ。

 魔王の放つ、魔法の雷撃。

 その威力は前にアウローラの放っていた炎弾よりも上。

 魔法使いでも防ぐ事が出来るかわからないほどだ。

 その攻撃を、魔法すら使う事もできない俺が防ぐ事など出来はしない。

 ……普通なら(・・・・)


 だが、攻撃一度だけ防ぐ算段が整っても、その後をどうするかが問題だ。

 接近して、先のように斬り合いに持ち込んだとして、魔王の剣を凌がなくてはならない。

 これまでは、出たとこ勝負でも、なんとかなってきたが、今回ばかりは……


「……ッ」


 最初から、何も『考え』が無かった訳では無い。

 でも、どれだけ頭を巡らせたって、良い考えが浮かぶ訳も無くて……


「…ユウキ?」


 龍人が心配そうにこっちの様子を伺っている。

 『オーグスタ』での戦いの時、龍人は俺に「強くなりたい」と言ってきた。

 まだあれから三ヶ月程度だ。

 でも、たったのそれだけの時間で、コイツはここまで強くなってみせた。

 俺を越えるほどに。


 ……なら、俺がここで「ギブアップする」訳にはいかないだろ?


 でも、そんなにすぐに人は変われる訳でも、強くなれる訳でも無い。

 俺には俺の出来る事しか……『今までして来た事』以外は出来ないんだ。

 だから、今回も同じだ。

 全てを賭ける。俺の全てを。命をかけて、魔王を止める。


「……まぁ、任せとけって。

 一応、『秘策』はあるんだ。怒られるからあんまり使いたくは無かったんだけどな。

 心配すんな。お前は聖剣構えて、奴に一撃をぶちかます事だけ考えてれば良い」


 龍人はそれを聞くと頷いてくれる。

 俺を信じている……そう言う事なんだろう。


 龍人が聖剣を構え集中すると、俺は魔王に向かって歩き出す。


「まさかとは思うが、お前が我の相手をするつもりか?」


 魔王は俺に対してそう問いかける。

 それはそうか……何せ、俺には奴の攻撃をしのすべも、攻撃を与える術もないのだから。


 ……だけどさ?舐めすぎだぜ?魔王さんよ?

 俺達『ただ人』が、どれだけの期間、お前らをオーグスタで迎え撃ち続けたと思ってんだ?


「まぁ、そんなに邪険じゃけんにしないでくれよ?

 『親父の仇討ち』がしたいんだろ?なら相手を間違えんな。

 俺は先代勇者の息子『ユウキ・シンドウ』だ。お前にとっては仇の息子なんだぜ?」

「ほう…良いだろう。ならば貴様から片付けてやろう」


 魔王はまた手をこちらに向けかかげると、魔法陣を向けてくる。

 俺は間合いを詰めるべく前へと踏み込む。

 当然、どれだけ速く走ろうとも、俺では黒雷が放たれる前に接近する事は不可能だ。

 だが、それでも前へと踏み込む。


 タイミングを測る。少しでも遅れれば、そこが俺の死に際。

 早くとも同じ。策を読まれれば、それも終わり。

 俺が死ねば、龍人も死ぬ。それはこの戦いの終わりに繋がる。

 不思議と緊張は無い。むしろ、ここ一番の気合いが入るという物。

 

 黒雷が放たれると、同時に左腕を前へ突き出す。


 黒雷が、俺に直撃する事は無かった。

 翳した左手の前に、『光の壁』が出来ていたからだ。

 それは俺が左腕に巻き付けていた、ティアラがお守りとして渡してきたネックレス。

 『王妃の形見の指輪』。防御魔法が付与された『魔法具』だ。


「くそっ……⁉︎やっぱ、駄目っ……⁉︎」


 だが、『光の壁』は黒雷の攻撃で、みるみるヒビ割れ壊れていく。

 流石に魔王の攻撃を完全に防ぎ切る程の力は無かったか。


 ……こうなれば、壁が壊される前に横に飛び、攻撃を避けるか?


 だが、まだ魔王まで距離がある。

 横に回り込んでしまうと、もう一撃『黒雷』を放たれるかもしれない。

 バキバキという音と共に、壊れゆく光の壁を前に、思考を巡らせるが良い案が全く思い浮かぶ訳も無い。

 やはり、一か八か……と、そう考えた時だった。


 ——大丈夫よ。そのまま。——


 指輪から放たれる光。

 その中から、声が聞こえた気がした。


 ……誰の声だ?

 でも聞いた事があるような気がする。

 懐かしい女性の声だ。


 光の壁は砕けると同時に指輪も砕け散る。

 だが、最後に指輪からは、眩い光が放たれる。

 瞬く閃光が視界全体を色付ける。

 それは、目の前に迫っていた黒雷を打ち消し、魔王の視界をも塞いでくれる。


 何が起きたのか……?

 こういう魔法具だったのだろうか?

 しかし、このチャンスを逃す訳にはいかない。


 一気に魔王との間合いを詰めるが、攻撃をする前に光が収まりこちらに気がつく。

 だが、まだ完全に視界は戻っていないようで、焦点があっていないのが見て取れる。

 しかし、魔王はその状態のまま剣を振るった。

 目が見えていないとは思えないほど、正確な一撃が眼前に迫る。


 ……だが、見えてもいない攻撃に当たる訳にはいかない。


 振り下ろされる剣を回避しつつ、自分の剣を思い切り振り抜く。

 狙いは魔王の顔面。その横っ面だ。

 当然、一刀両断になんて出来ない。狙いはその意識を一瞬でも刈り取る事。


 俺の斬撃が狙い通り、魔王の顔面にヒットする。

 すると、その衝撃に耐えきれず刀身が砕け散る。

 更に、鞘に反対の腕を持っていき、魔王の顎目掛けて全力で振り上げる。


「うがッ⁉︎」


 完全な、クリティカルヒット。

 人間なら、ば確実に死に至るであろう連撃。

 だが、相手は魔王で魔人。

 『魔力外郭』によって、殺傷能力はゼロにされてしまう。

 だが、その衝撃までは無効に出来ない。

 脳への過度な衝撃により、魔王の身体が目に見えてグラつく。

 その背後に回り、両腕を押さえつける。


「うぐッ⁉︎」

「くっ……⁉︎何を……⁉︎」


 必死に俺の拘束から逃れようとする魔王。

 その力は、やはり人間とは比べものにならないくらい強いが、まだ二度の殴打によるダメージのおかげで本調子では無いようだが……

 魔王に触れている俺の体が、ジュウジュウとその魔力で焼かれていた。

 このままではすぐに拘束を解かれてしまう。

 だが、その時、龍人の方向から放たれる光が、ここ一番の輝きを見せる。

 どうやら準備が整ったようだ。


「今だっ!打てェェッー!龍人ォォッー‼︎」

「でも、今打ったらユウキまでっ⁉︎」


 龍人から躊躇うような言葉が聞こえる。

 聖剣には、今まで見た事が無い程の聖魔力が凝縮され、勇者の腕からは溢れ出そうとしている。

 あれだけの質量ならば、間違い無く魔王を倒し切る事が可能だろう。

 だが、それは後ろで拘束している俺も同様だ。

 龍人は『それ』を心配しているのだろう。 


「大丈夫だ!俺は直撃前に避けるから!

 だからっ……だから、打てェェぇぇ‼︎」


 龍人はそれを聞くと頷き、迷わず聖剣を振り抜く。

 聖剣に蓄えられた聖魔力が一気に解き放たれ、部屋全体を光に包み込む。

 その一撃は、魔王と俺目掛け、真っ直ぐに突っ込んでくる。

 アウロラやレオニル相手に放った時よりも、圧倒的に大きく、そして早かった。


 だが、『その攻撃』が迫り来る中、魔王はそちらの方向では無く、冷静にこちらの様子を伺っていた。


 ……そりゃそうだよな。

 「避ける」って言ったんだから、その隙に相手も「逃げよう」とするよな。


 だから、俺は腕の力を弱める事はしなかった。

 聖剣による一撃が、魔王と俺に直撃する。

 凄まじい衝撃が身体を包みこみ、全身に激痛が走る。


 ……だが、それだけでは無い。

 この光は、とても暖かく心地の良い、そしてどこか懐かしい物だった。


 だが、そんな気持ちとは裏腹に。

 その光は、俺から全てを奪い去って行った。


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