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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第1部 The First Savior
12/87

その剣に込められた想い


 冷たい……。寒い……。痛い……。苦しい……。


 敵は既に撤退したようだ。

 少数精鋭で王都へと侵攻した魔王軍。

 防衛戦は、ほぼ敗北寸前の綱渡りだった。

 それでも押し返す事が出来たのは、共に戦ってくれた騎士達の奮戦あっての事だ。


「すぐに帰るって……約束したんだけどな……」


 胸にザックリと刻まれた『殲滅卿』に付けられた傷からは、夥しいほどの血液が流れ落ちる。

 それが、何を意味するのか、理解出来る程に、自身の周りには血溜まりが出来ていた。


 不意に視界には、自身が握った一振りの剣が映り込む。

 いつもは眩いばかりに輝いてくれているというのに、今は血溜まりの中で鈍い光だけを放つ。

 まるで、十年来の戦友を惜しむかのような、相棒の姿に少しだけ沈むばかりだった心が落ち着きを取り戻す。

 

「全く……聖剣の癖に、そんな顔するなよな……」


 所有者が命を落とせば、この剣は王宮内にある『勇者召喚の間』、その祭壇へと戻る。

 だというのに、既に死を待つばかりの勇者を律儀に看取ってくれようというのだ。


 本当にお前は忠義者だよ……いや、それは自分もかな?

 でも、もしも自分をおもんばかってくれるというのなら。

 最後に願いを叶えてほしい。


「頼むよ……相棒。息子を…あの子を勇者にはしないで欲しい……この宿命を背負わせたくないんだ……

 でも、もしも……それでもユウキが戦う事を望むのなら……」


 薄れゆく意識と、掠れていく声。

 絶望の淵で、最後に聖剣へ…『次の勇者』へと願いを託した…託したかった。 


「あの子を助けてやってほしい」


——————————————


 それは遠い日の事。

 父の死を告げられて、数日が過ぎた日の事。


 当時、まだ幼かった俺は、王宮の『召喚の間』へと連れてこられた。

 奥の祭壇には、まばゆい光を放つ『聖剣』が突き刺さっていた。


 ……あの『剣』が、今この場所にある事自体が、「父が死んだ」という証でもあった。


 その剣が放つ、神々《こうごう》しい光と、勇者である父の背中を、かつては誰より頼もしく思っていた。

 例え、どんな強敵が迫り来ようとも、勇者がその全てをぎ倒してくれるのだと。

 俺だけでは無く、全ての者達がそう信じてやまなかった。

 これが、その慢心まんしんの『答え』だ。


 俺は『あの剣』が恨めしい。

 父を戦場に置き去りにし、この場所に戻ってきた、あの『聖剣』が。

 まるで、壊れた人形を使い捨てるような『その所業』が。

 それが『神の思召おぼしめし』だと言うのなら。

 俺は聖剣を許さないし、神を信じはしない。


 ……だけど、それでも、今この場所から逃げ出す事はしない。

 今日、ここに来たのは、父の死を確認しに来たのではないのだから。

 俺が『次の勇者』として、この剣を引き抜く為だ。

 どれだけ、俺がこの剣を認めたくなくとも、『聖剣』だけが魔王を倒せるのだから。


 まだ父の死から立ち直れてもいないし、心の準備もできていない。

 だが、それでも父の跡を継ぐ事を……そして、「その復讐の為にも聖剣を引き抜こう」と、そう決意して、ここにきたのだ。


 だが……それに対する聖剣の答えは「拒絶」だった。

 激しい電撃が全身を襲い、その衝撃で祭壇から弾き飛ばされる。


 全身の痛みも、その衝撃に塗り潰され、何も考えられなくなった。

 周囲の人が口々に、俺をののしっていたのは、耳には入ってきていた。

 「勇者の息子なのに」「今まで一体何の為に育ててきたのか…」「この役立たずが」と。

 しかし、その時の俺には、彼らが口々にする罵声ばせいも、全身を襲う強烈な痛みも、どうでも良かったのだ。


 もう何一つとして役目を無くしてしまった。

 と、そう思った。

 そして、そんな俺の前ですらも、先と相も変わらず輝きを放ち続ける聖剣を見て、やはり「恨めしい」と思ってしまった。


 ……『あんな剣』なんて、最初から無ければ良かったのに。

 もし『あの剣』さえ無ければ、父が勇者になる事も、そしてその戦いの果てに死ぬ事も、自分が今絶望する事もなかったのに。


 本当に心の底からそう思った。


 ————————————————————



 目覚めると、そこは知らない世界だった。


 ……と、そこまで言うつもりは無いが、そこが『知らない場所』には違いなかった。


 最初に見えたのは天井。

 その後、周囲を見回すと、どうやら民家のようだ。

 ベットに寝かされ、体の傷も手当てしてある。


 ……一体、何があったのだったか?


 確か、意識を失う前は……そうだ。

 山岳地帯で『四帝』の一人『レオニル』と戦かったのだ。

 勇者の介入のおかげで、勝利は出来たものの、最後の一撃が崖を崩壊させ、そこから真っ逆さまに落ちたのだ。

 そして、確かそれから……しかし、そこからの事は全く思い出せなかった。


 ガチャ。

 扉が開いた音にそちらを見る。

 入って来たのは勇者だった。


「よかった。目が覚めたんだね?」

「あ……あぁ。

 それより、一体何があった?」


 勇者はというと目立った外傷はほとんど無く、元気溌剌げんきはつらつといった感じ。

 それから、ここに至るまでの経緯を聞いた。


 俺が気を失った後。

 川の激流に飲まれ、かなりの時間を流されたらしい。

 だが、流れが弱い場所に入った時に、俺を岸まで運んでくれたんだとか。

 その後、「どうすれば良いか?」と途方にくれていたそうだ。

 だがそこで、今俺達がいる場所、この村の住人に偶然出会い、ここまで運んで貰ったらしい。

 俺はそれから丸一日眠っていたと言う事だ。

 しかし、勇者とその話していた所、もう一人、見知らぬ人物が部屋の中に入って来た。


「よかった。

 目覚められましたか?お連れの方?」

「……えぇ、まぁ」


 部屋に入って来た人物は、一人の老人だった。

 その身なりから、この村の住人なのは間違い無いのだろうが……


「ワシはこの村で村長をしています。『ケール』と申します」


 俺がその人物を訝しげな目で見ていると、老人はそれを察したのか、自己紹介をしてくれた。

 俺も軽く自己紹介を済ませると、話を続ける。

 村長のケールの話では、この村は山岳地帯から、少し離れていて、更に西に降った先らしい。


「それにしても、どこの誰とも知れない自分達をなぜ助けてくれたんです?」


 俺は周りくどい言い方はせずに、直球で本題を聞く。

 話している印象から、こちらに対して敵意は無さそうだし、勇者の事もどうやら理解しているようだ。

 その問いに村長は迷う事無く、すぐに答えた。


「この村には古い決まり事がありましてな。

 その昔この村は魔王軍に襲われた事がありまして、その時、勇者様に救っていただいたのです。

 故に我らはこの村に勇者様が再び参られる事があるならば、そのお力になるとお誓いしたのです」


 そう言うと、村長は勇者の方、正確には腰にぶら下げられた聖剣を見た。


 ……なるほど。

 勇者がいたおかげで、俺はこの村で手厚てあつく持て成して貰えたという事か。

 だが、話に出てきた『昔の勇者』とは、どの程度『昔』を指しているのだろうか?

 もし、この老人が「会った事がある」と言うのなら、それは父の事なのだろうか?

 一瞬、その質問の言葉が口から出かける……が、その問いは今の状況には関係の無い話だ。

 それよりも、他に聞かなければならない事がある。


「出来れば、魔王軍や王国軍の動向を知りたいんですが……村長は何か知りませんか?」

「確かな事は存じ上げませんが……何でも山岳地帯の古城を魔王が根城にしているのだとか。

 後は魔王軍が王都に侵攻しようとしていて、騎士団はその防衛の為、王都に集結していると。

 我らも避難をしようと準備をしていたところです」


 山岳地帯を魔王軍に越えられた事は間違いない。

 その為、王都へ侵攻しようとしていると言う話は間違いないだろう。

 だが、「魔王が古城にいる」と言う話は本当なのだろうか?

 『あの場所』は、かつて先代魔王が討ち取られた最期の場所。

 あえて、魔王軍が根城に使うとは思えないのだが?

 

 その話が終わると村長は「避難の準備がある」と言い、部屋を後にした。


「それで、これからどうしようか?」

「どうするも何も、王都に戻って騎士団に合流するだけだろう?お前は」


 そう勇者に告げると、俺はベットから立ち上がる。


 身体の調子を確かめるが、あちこちが痛む。

 だが、骨が折れている訳ではない。

 我ながら、馬鹿みたいに頑丈な身体だな。

 丈夫に産んでくれた母ちゃんに感謝しないと。

 この程度ならば、あと一度(・・・・)の戦闘くらいならば支障は無い。


「お前はって…君はどうするつもりなんだ?」

「村長の話では、例の古城に魔王がいる。

 実際どうなのか、確認しに行こうと思ってな」


 そう言うと、俺は着替えと支度を手早く済ませる。

 ベットの隣の机に諸々置いてあった。

 服は乾かして綺麗に畳んであった訳だが、この丁寧な仕事は一体誰がやったんだ?勇者か?村長か?

 ……いや、今まで会っていないだけで、別の村の者かもしれないな。 


 そのまま、勇者の意見は聞かず部屋を出る。

 そして外へと向かおうとするが、その後を勇者が追いかけてくる。


また(・・)そうやって、一人だけで行くつもりなのか?」

「あぁ、そうだ。

 それに、俺にはもうそれしか『出来る事』も無い」


 後を追いかけ続けてくる勇者を気にせず、外へ出る。

 外を見渡すと、山岳地帯が近いだけあって、そこは緑豊かな村だった。

 俺達のいた民家は、村から少し離れた場所にあり、目の前には大きな湖がある。


「出来る事ならあるだろう⁉︎

 一度、二人で王都に戻るんだ。それで…」


 勇者が声を荒立あらだてながら詰め寄って来る。

 この男はどうあっても、俺を王都へと連れ帰りたいらしい。

 だが、どうも『その背後』に、彼以外の『別の人物の意思』があるような気がしてならない。


「全く、誰に何を頼まれたのかは知らんが……

 それで?戻って斬首されれば良いってか?」

「それは……帰って、理由をちゃんと話せばみんな分かってくれる!」


 勇者の言う事は、あながち的外まとはずれと言うほどの事では無いだろう。

 俺一人では聞く耳を持ってはもらえないだろうが、勇者が共に説得してくれれば、ティアラやオッサンも俺を庇ってくれる。

 この三人は、王国ではめちゃめちゃ発言力あるからな。

 だが、そうなれば……今度こそ、二度と王都からは出してはもらえなくなるかもしれない。

 単に『俺の身を案じて』ではなく、一人の『国賊』として、短い期間ではあるが囚われる事になるのは間違いない。


 ……でももし、そうなったとして。

 王都に魔王軍が侵攻しているのも事実なのだ。

 その全てが終わっていた時、この地で勝者として君臨しているのは一体誰なのだろうな?

 そして俺は、それを。冷たい塀の中で、黙って見守る事が出来るだろうか?


 一度、撤退する。

 一度、王国へ帰る。

 一度、体制を立て直す。

 だけどもし、その『一度』が『最後』になるのなら。

 この先の選択を、あと一度しか決められないのなら。

 だというのなら、『俺の答え』は決まっている。


「無駄だ。どんな理由であれ、俺は勝手に部隊を離れた。

 『騎士団』ってのは団体行動が基本なの。

 お前は勇者だから、おとがめ無しだろうが、俺は帰れば問答無用で斬首刑だ。

 ……だがな?どうせ亡くなる命だ。なら、最後の使い道ぐらいは自分で選ばせてくれ」


 それが『俺の答え』だ。

 これが、最後なら……いや、ここが『最後で良い』とようやく思えたから。


 幼い頃からの夢。この手で魔王を倒す事。

 そして、その存在が今近くにいるかもしれない。

 今まで、何度も手を伸ばそうとも空を切り、どれだけ走り続けようとも、背中すらも見る事が出来なかった。

 だが、その影を、今はおぼろげにだが、とらえかけている。


 今まで背負い続けてきたモノが。

 俺と同じように走り続けてきた者達の想いが、背中を後押ししてくれる。

 例えそれが、自分自身を「死地へと駆り立てようしている」としても。

 この衝動を…この感情を今ここで止める事は出来はしない。


 ……だけど、それだけじゃない。

 「ここが終わりでいい」と思えた『本当の理由』は、目の前にいる。


 俺の言葉に勇者は下を向き、少し考え込んでいた。

 だが、それも一瞬。

 すぐに顔を上げると、強くハッキリと答えた。


「……なら、僕も一緒に行くよ」


 勇者は俺よりも前へと歩き出すと、後ろを振り返る。

 『一人では行かせない』と、その意思を言葉と態度で示しているのだと、見れば一目瞭然だ。


「はぁ?

 お前、俺が言った事を理解できてないだろう?」


 その言葉を「言うつもりでは無かった」のだが、思わず言ってしまった。

 いや、正確には自分でも『本当の意味』には気がついていなかったのかもしれない。

 ……そっか。俺は死にに行こうとしていたんだ。


「分かってる。

 だから、ここで最後なんて言わせない。絶対に。必ず王都に連れて帰る」

「連れてく訳ないだろ?仮にも魔王が居るかもしれない場所だ。

 話が本当なら大勢の部下を連れているはず。

 二人で行ったって、生きて帰れる保証なんて無い。お前は黙って帰…」


 最後まで言葉を言い切る前に、勇者が返答をする。


「なら、尚更一緒に行くよ。

 魔人がいる可能性も高い」


 勇者は魔王を倒す事が出来る『唯一の存在』だ。

 それを、わざわざ敵のド真ん中に連れて行く訳がない。

 だからこそ、この勇者は俺が『死に行こう』としているのが、本当に理解出来ているのだろう。


 ……言葉の選択を間違えたな。

 今までなら、「勝手に死にに行けばいい。俺達は御免だ」とかしか、言われて来なかったから。


 仮に本当に魔王が居たとして、勇者が一緒に来てくれれば対抗する事が出来るのは事実。

 もしかすると、そこで『この戦いの決着』がつくかもしれない。

 だけどそれは、『勝利』という意味だけでは無い。『敗北』する可能性が高すぎる。

 故に首を縦に振るわけにはいかない。


「駄目だ。

 ……はぁ、わかったわかった。ならこうしよう。

 『魔王が古城に居る』のが、分かったなら王都に情報を持ち帰ろう。

 その後で、ちゃんと斬首にでも、何でもなってやるさ。

 だが危険なのには変わりない。戻れない可能性の方が高いんだ。

 だから、お前は先に王都へ帰れ」

「危険性が高いなら、二人で行った方が生存率が上がる。

 『一緒に行く』って言葉を取り下げるつもりは無いよ」


 譲歩し、言葉を選んだつもりだったが、それでも食い下がり続ける勇者。


 ……しかし、勇者のヤツ?

 なぜ、ここまでかたくななんだ?

 

 勇者コイツにとって、俺は何でもない。

 ただの『赤の他人』に過ぎない。

 仲間でもなければ友達ですらない。

 むしろ、鍛練としょうして、ひたすら剣を打ち据えられた『憎い相手』以外の何者でもない。

 そんな男が、どこで野垂のたれ死のうと知ったことではないはずだ。

 

 だと言うのに……なぜ?


 しかし、今は何とか説得して、王都へと一人で帰還させなければならない。

 コイツを言いくるめるには、『別の方向』で攻めた方がいいのかもしれない。


「あのな?「足手まといだ」って言いたいのがわからないのか?

 『オーグスタ』の時みたいに、泣き言を言われちゃ、生き残れるもんも生き残れねぇ。

 それに他所よその世界から来たお前には関係のない話だ。

 あの時、お前自身が言った事だぞ?忘れた訳じゃないだろ?

 分かったなら、とっとと王都に帰れ。腰抜こしぬけ勇者」


 わざと勇者を挑発するような物言いで突っぱねる。

 こんな事を言う相手を「助けよう」だなんて思わないだろう。

 だが、そんな俺の考えとは違う答えを、勇者は口にする。


「関係ないって言うなら君だって同じだ。

 これは勇者である僕と魔王の戦いだ。

 それに、どうして君がそこまでする必要があるんだ?

 あの国の人達が君をどう見ているか、僕が知らないと思っているのか?」


 まさか、ここで俺自身の事を言われるとは思わなかった。

 コイツの言いたい事は分かる。

 そんな事は昔、自分自身に問い続けた事に他ならないのだから。


 聖剣を抜けなかった俺に対する、周囲の風当たりは日増しに強くなっていった。

 周囲の大人達が口にする罵声は、今でも覚えている。


 ……だけど、それ以上に覚えている事があるんだ。


 そんな役立たずの俺に「ここにいても良いんだ」と言ってくれた人達がいた。

 王妃が、ティアラが、オッサンが……この世界を、父が残してくれたモノを守らなければならないとそう思わせてくれたんだ。

 そして、同じ想いを持つ仲間達と巡り合わせてくれた。

 だから俺は『彼らの想い』と共に今ここにいる。


 だから、勇者の『その何も知らない言葉』に、若干腹を立て、思わず意図いとしない言葉をはっしてしまった。


「……お前に俺の何がわかる?

 何も知らない余所者よそもののくせに」

「余所者扱いは君だって同じだろ?」

「俺はお前とは違う‼︎

 この国は俺が生まれ育った国だ!そして父が守ろうとした国だ!

 俺にはそれを守る義務と責任がある!」


 勇者の言葉に思わず、声を荒立て答えてしまう。

 向こうを怒らせるつもりが逆になってしまった。

 だがこれだけ言われれば、コイツも退しりぞくだろう。


「やっと、君の本音が聞けたね?」


 と、思ったのだが……

 しかし、またしても勇者は、俺が『思っていた事』と違う答えを返してきた。


「……何言ってんだ?お前?」

「この世界に来てから、色々な人が僕に話をしてくれたけれど。

 どの人も僕を安心させようと、『気休めの言葉』しかかけてこなかったけど。

 でも、君だけは違った。君の言葉とその剣は、いつだって本物の重みだった。

 いつだって君は本気で僕と向き合ってくれていた。

 だから僕は、君とは本気で向き合いたいんだ。

 ……勝負をしよう。僕が勝てば一緒に行く。負ければ一人で王都へ帰る」


 そう言い終えると、勇者は腰の鞘から聖剣を抜き、その切っ先を俺に向けて来る。


 ……コイツは一体何を言っている?

 俺が本気で向き合っていた?

 勘違いもはなはだしい。


 ただ俺は、この国を救う為に、勇者を利用し続けてきただけだ。

 『助けよう』としたのも『鍛錬に付き合っていた』のも、全ては魔王を倒す為だ。

 

 ……ならば、やはり『俺の答え』は決まっている。


「良いだろう。その勝負乗ってやる」


 どうせ俺が、勇者の『強い意志』に心打たれ、「同行を許す」とでも、甘い事を考えていたのだろう。

 勇者との手合わせなど、今まで文字通り飽きるほど行ってきた。

 最近では上達し、そこそこ試合になってきたとはいえ、それでも今まで一度として敗北を許した事はない。

 そしてそれは、これから先も同じだ。


 決闘を承諾すると、俺は剣を抜き、聖剣と交差させる。

 お互い背を向け、そこから十歩離れると再び向かい合う。

 この国での、正式な決闘の儀礼ぎれいだ。


 開いたお互いの空間に風が吹く。

 山から吹く風は心地良く、これから決闘をしようだなんて場所に流れる風とは思えなかった。

 思えば、コイツと鍛練していた時も風こそ屋内おくないで吹いていなかったが……

 『その場所』を、『その時間』を、どこか心地良く感じてしまっていた気がする。

 俺はいつの間にかにコイツを……


 だが、『その考え』と『思考』は風と共に止まる。

 まるで全てが、その動きを止めたかと思うほどの静寂せいじゃく

 それが逆に合図となった。

  

 全く同時に踏み込み、剣を交差する。

 その剣筋はまるで合わせ鏡だ。

 全く同じ技、同じ動き、そしてその一撃一撃の重みからは、今ここに至るまでの『全ての時間』が乗せられている。


 ……本当に強くなった。

 もし、勇者と一緒ならば本当に魔王を……


 そこまで考えて思考を止める。

 ここに来て俺は一体何を考えている?

 俺自身の願望の為に、今まで背負い続けてきた『皆の想い』を無駄にするつもりなのか?


 拮抗きっこうした剣劇けんげきのち

 お互いが剣を合わせ鍔迫つばぜり合いになる。

 武器の差がある為、こちらが押され気味にはなっているが、角度を変えつつ上手くなす。

 ここまでは、全く互角の勝負だった。


「俺に勝てるつもりか?

 今まで、『お前の剣』なんて掠りもしなかっただろうに?」

「今までの事なんて関係ない!

 ここで、今勝てば良い!それだけだッ!」


 その言葉と共に、力が込められた勇者の聖剣に突き飛ばされる。

 武器の差。まともに打ち合っては、剣を両断されてしまう程の圧倒的な性能差。

 パワーは向こうが上だった。


 俺が体勢を立て直す前に、勇者が踏み込んでくる。

 だが、それでもこちらの方が剣の技量はまだまだ上だ。


 すんでの所で体勢を立て直すと、何事も無かったかのように、剣で攻撃を受け流してやる。

 再び数度、剣を打ち合うが、ここに来ても勇者の成長は驚くべき物だった。

 山岳地帯での戦いで、更にその腕を上げている。

 『聖剣と込みの実力』なら、既に俺と同等かそれ以上だ。

 これなら、他の騎士や魔法使いと協力すれば、十分に魔王とも渡り合えるだろう。


 ……きっと、これが『俺の役割』だったのだ。


 この勇者に、剣術と戦い方を教え、育てる事。

 それが俺と言う『勇者の成り損ない』に与えられた唯一の使命。


 最初に、この勇者を見た時、ただの『普通の人間』にしか思えなかった。

 でも今は違う。

 まだまだ一人前には程遠いかもしれないけれど。


 ……今のコイツにならば、託して行ける。

 今まで俺が受け取ってきたモノの、その全てを。

 『今の勇者』ならば、全てを背負って。

 そして、使命を全うしてくれるだろう。

 

 思わず、笑みが溢れそうになる。

 正直、そんな事は今ここで手合わせせずともわかっていた。

 だから俺は、「一人で魔王の根城に行く」と決意出来たのだから。


 「勇者を育てる」という役割を果たし、『背負ってきた想い』を次の者へ託した。

 全てを全うした……とそう思ったが、そこでティアラの顔が脳裏にチラつく。

 だが、すぐにそれを否定する。それも同じだ。勇者に託して行けば良い。


 もう俺には成さねばならない事は何もない。

 であるならば、最期に自分自身の我儘を通すくらいは許してほしい。

 

 魔王を倒す。父が果たせなかった『その役割』を、俺自身が果たす。

 『叶わぬ願い』なのは百も承知。

 でも、そのチャンスが目の前にあるというのに、今ここに引き下がる事など出来る訳もない。

 仮に何も出来ずに死ぬだけだとしても、多少進軍を遅らせるくらいの『仕掛け』は出来るだろう。

 それだけで十分だ。

 ただの『残り滓』である、今の俺がそこまで出来れば、十分過ぎるというものだ。


「チッ⁉︎」


 だが、だというのに。

 その覚悟を決めた俺の目の前で、剣を打ち合わせる度に『聖剣』がきらめく。

 湖から反射した太陽の光が、その綺麗な刀身に映り込み、チラチラと視界の中で煩わしくひかる。

 

 この『勇者』といい……

 この『剣』といい……

 なぜ、こんなにも俺を……


『聖剣』

 俺にとってそれは、この世で最も憎い剣だ。

 父を守ってはくれず、更にはその意思を継ごうとした俺を拒絶した。

 人々に希望を与えると言われている癖に、俺には絶望をいだかせた。

 だと言うのに、今になってなぜ俺の前に現れる?

 なぜ俺に希望をせようとする?

 もしかしたら、この勇者となら共に魔王を打ち倒せるかもしれないと。

 ……本当に腹立たしい。

 何より、それに魅せられそうになる自分自身が。


 その気持ちに思わず、正面から剣を打ち合せてしまっていた。

 パワーで負けている以上、まともに打ち合えばこちらが不利だと言うのに。

 勇者の剣に、徐々に後ろへ後ろへと押されていく。


 ……ハァ。

 ……冷静になれ。俺。


 まともにさえ打ち合わなければ、技量で勝る俺の方がまだ有利だ。

 別に正面から打ち合って勝たなければ、負けを認めないという訳でもないのだ。


 勇者の剣から逃れるべく、強く剣を打ち付け、ひるんだ内に一歩後退する。

 お互いに体勢を立て直す。


 俺は剣を構え直す。

 今までのような、正攻法の騎士然とした剣ではない。

 もっと、俺らしい。俺の剣。

 「これで決める」という意志が勇者にも伝わったのだろう。

 彼もまた、今まで以上に気合の入った構えを見せる。


 一息の後に、再びお互い同時に剣を振るう。

 だが俺は、もうまともに剣を交えるつもりは無い。

 腰の鞘へと手を伸ばす。

 勇者の持つ聖剣へと目掛け振り上げて、怯んだ内に剣を勇者の喉元に突き立ててれば、それで決着だ。


 『勝利のビジョン』は出来上がっている。

 今までの経験や積み上げてきた時間によって裏付けされた自信。

 この勝利が揺らぐ事は無いと確信していた。


 ……いや、「してしまっていた」のだ。


 俺の鞘は、『聖剣にぶつかる事』は無かった。

 鞘が空を切る。

 勇者は俺の予想に反して、鞘を避けたのだ。


 ……なぜ?読まれた?

 反射神経だけで捉えられるほど、甘い一撃では無かったはずだ。

 何せ自分自身、昔オッサンに食らわせられた時、全く反応出来なかったから。

 でも、最も失敗だったのは、この一手を選んだ事ではなく、それを考えてしまった事。 


 一瞬反応が遅れてしまった事で次の勇者の一手は回避不能になってしまった。

 だが、その一手は馬鹿正直な上段から振り下ろし。

 このタイミングなら、「まだ間に合う」と、勇者が振るう聖剣を剣で防ぐ。

 当然、まともに受ければ、剣ごと一刀両断。

 それをなしながらの、ギリギリの防御。

 だが……


「うォォォォォッ‼︎」


 それを理解しているのだろう。

 剣を力一杯ちからいっぱいに振り抜く勇者。


 ……マズいッ⁉︎


 聖剣のそのパワーに圧倒される。

 このまま、鍔迫り合えば間違いなく、一刀両断される。

 それを防ぐ為に、後方へと飛びのこうとするが……背後は湖だった。

 水面に足を取られ、背中から倒れ込んでしまう。

 水飛沫で一瞬、視界が塞がれる。


 それが『勝負の分かれ目』となった。

 色々と選択肢もあったが、ここまでの予想外の展開に、反応がまた一瞬遅れてしまった。

 次に視界が戻った時には、俺の喉元に聖剣が突きつけれていた。


「……どうして分かった?」


 俺が「鞘を使う事」を勇者がなぜ分かったのかが不思議だった。

 王都で稽古していた時は一度も使った事が無い技だ。


「その技は昨日見たからね。

 一瞬視線が鞘にいったから使って来ると思ったよ」


 勇者の奴、獅子の魔族と戦ってる間、俺の方を見ていたと言うことか。

 戦闘の最中、そこまでの余裕があったとはな……

 さっきの斬り合いの最中にも、俺の一挙一動いっきょいちどうを見れるほどに成長していたと言う事のか。


「僕の『勝ち』……だね?」

「あぁ……俺の『負け』だ」


 そう口にし、心の中で『完全に敗北した』事を噛み締める。

 今まで、張り続けて来た『虚勢きょせい』も。

 磨き続けてきた『剣術』も。

 それに裏付けされた『自信』も。

 その全てが音を立てて、崩れていくようにすら感じた。


 ……だが、認めてしまえば楽な物だった。


 肩に乗っていた重荷が一気に降りていくように感じた。

 どこかで分かっていた。


 ……俺はただ「逃げたかった」んだと。


 父が死に、全ての人々が俺に期待した。

 ……でも怖かったんだ。

 父を殺した魔王軍が……それと戦わなければならない事が。

 だが、「その意志を継ぎたい」と、「復讐をしたい」と思ったのも嘘では無い。

 だから聖剣が抜けなかった時……本当は安心したのだ。

 これで「他の誰かが俺の代わりに戦ってくれる」と。

 しかし、同時に恨めしかった。

 そんな弱気な事を考えてしまった自分自身が。

 その後、王妃が死にティアラの姿を見た時、ようやく自分が逃げていた事に気がついた。

 自分を恥じた。


 ……こんな俺が勇者になんてなれるはず、最初から無かったんだ。


 そして、そんな自分を変えたくて一心不乱に魔王軍と戦った。

 恐怖心は無くなったが、同時に『自分の限界』も知った。

 だから、全てを勇者に押し付けようとしたのだ。


 結局の所だ。

 俺はあの日から何一つとして変わっていない。

 『一番大切な事』を誰かに押し付けようとしている……ただの卑怯者だ。

 だと言うのに、この勇者ときたら……


「これで一緒に連れて行ってくれるかな?」

「……お前が勝ったんだ。お前の方針に従うさ」


 勇者は倒れた俺に手を差し伸べる。

 その姿が昔、俺の手を引いて歩く、父の面影と重なって見えてしまった。


 ……親父、良いのかな?

 俺、コイツと一緒に行っても?


 その問いに対する答えは、帰ってこなかった。

 だが、いつになっても手を取ろうとしない俺の腕を、勇者が強引に掴み、引っ張り、立ち上がらせようとする。


 俺が今「何を考えているか」なんて、コイツは分かってないだろうな?

 だが、そんな勇者に引っ張られるように、こちらからも手を取ってしまった。

 それを俺は……その俺の心には、自分を恥じる事も、聖剣を恨めしく思う事も無かった。


 この馬鹿と一緒になら……。


「よろしくな。……龍人」


 立ち上がりつつ、勇者に声をかける。

 初めて俺が『勇者の名前』を口にした事に、少し驚いた様子を見せるが、一度ニッコリと笑いかけてくれる。


「こちらこそ、よろしく。ユウキ」


 この先に、何が待ち受けていようとも、コイツとなら何とかなるかもしれない。


 先の着水で上がった水飛沫みずしぶきが、俺達の頭上に虹を作り出していた。

 それが俺の…俺達の新たな門出かどでを祝福してくれているのだと。


 そう……この時は本当にそう思っていた。



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