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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第1部 The First Savior
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魔族の王


 敵の魔法部隊を発見し、交戦したまでは良かった。

 だが、全員倒しきる前に、魔法で反撃を受けてしまった。

 その後、魔法部隊は無力化したが、魔法による爆発音の所為で、こちらに敵部隊が集結しつつあった。


 確かに、敵を引きつけるのが目的だったのだが、流石にこれは……

 今は何とか襲い来る敵を倒しつつ、逃げ延びてはいるが、いつまでこれが続くかわからない。


 正直、絶望的な状況だ。

 城塞都市で逃げていた時とは違い、時間を稼げば増援が来る訳ではない。

 今の俺は完全に孤立無縁こりつむえん

 むしろ、味方の部隊が来たとしても、既に敵前逃亡で極刑きょっけいは確定だ。

 つまり、何とか自力で逃げ切る以外方法が無いのだが……

 退路を探りつつ森を走るが、どの方角に逃げても敵が襲いくる。


「……マズいな。段々退路を塞がれてきた。

 むしろ、誘い込まれている気すらするな?」


 さっきから敵があまり深追いしてこなくなって来た。

 そしてやはり、敵の動きは統率が取れている。

 俺は敵が少ない方向に走って逃げているつもりだったが、おそらくこの先に誘い込むつもりなのだろう。

 だが、他に退路もない以上、今は誘いに乗っておいて、後で何とか隙をついて逃げるしかない。


 しかし、走り続けていると、森を抜けてしまう。

 そこは少し開けた場所になっていて、その先は崖だった。


 ……やはり完全に誘い込まれたな。


 俺の背後、森から獅子の魔族が出てくる。

 十人以上はいる。

 崖の下を見ると、一応川のようだが、かなり高く、落ちればタダでは済むまい。

 覚悟を決め、魔族達に向き合うと戦闘が始まる。

 剣を片手に突っ込んでくる魔族達。

 こちらは攻撃をかわしては、一撃を叩き込んでいく。

 魔人相手で無いなら、俺でも十分に対抗できるが……数が多すぎる。

 このままでは、さばききれなくなるのは時間の問題だ。

 開けた地形を利用しながら、なんとか攻撃を躱し、敵を倒していくが、徐々に崖の方へと追い詰められてゆく。

 敵に完全に包囲されるのは避けたいが、いちばちか退路を確保する為にも、敵の中心を突破し森に逃げる他無い。


「ツ⁉︎」


 と、考えながら戦っていると、敵の攻撃を避けきれず、敵の振るう剣で斬られそうになる。

 咄嗟に剣で攻撃を逸らしつつ、受け止めるが、完全には防ぎきれず、崖のすぐ側まで飛ばされる。

 すかさず敵も距離をつめ、眼前まで迫ってくる。


 ……流石に厳しいか。


 こうなれば、後ろの崖から飛び降りる他に無い。

 最悪の手だが、運が良ければ生き残れるかもしれない。

 そう覚悟を決め、飛び降りようと決心したその時。


「そのまま、動かないでッ‼︎」


 ……誰だっ⁉︎


 声が聞こえた方向を見た。

 だが、瞬間眼前がまばゆい光と強い衝撃に包まれる。

 何が起きているのか、わからないまま眩しさに耐えきれず目を閉じ、その衝撃で崖から落ちないようにこらえる。


 次に目を開くと、さっきまで眼前にせまっていた魔族達は吹き飛ばされ、あちこちに倒れていた。

 一体何がっ⁉︎と、そう思い、光が放たれた方向を再び見ると、そこにいたのは『勇者』だった。

 と言う事は、さっきの光はアウロラを倒した時の技か。


 ……と言うか、勇者はなぜここにいやがるんだ?


「この馬鹿野郎っ⁉︎何でここにいるっ⁉︎」

「馬鹿って、それはこっちのセリフだよ!

 逃げたんじゃなかったのか?」


 勇者はこちらへと近寄って来ると、俺の質問には答えずに逆に質問を投げつけてくる。

 とはいえ、確かに勇者の言う通りだ。

 俺がここに居る事は、さっき別れ際に言った事とは真逆の事。


「それはお前……あれだ。道を間違えたんだ。気がついたら敵に囲まれてたんだ!

 そんな事より、今聞いてんのは俺だぞ?」


 かなり苦しい言い訳だという事は百も承知。

 だが、もう会う事も無いと思っていたので言い訳など用意していなかったのだ。

 その為、咄嗟とっさに話をらそうとする。


「……ぼ、僕だってそうさ!道を間違えたんだ‼︎」


 この馬鹿勇者め、真似まねしやがった。

 とは言え、どうやら馬鹿はお互い様だったようだ。

 どの道、ここにいる以上、お互いに言い訳など出来ないのだから。


「んな訳無いだろ?護衛の連中はどうした?」

「えっと……夢中で走って来たから、わからない…かな?」


 しかし、この勇者ときたら、ここに来ても『自分の立場』とか『役割』とかを理解できていないのだろうか?

 今頃ゲイツのやつは頭を抱えている所だろうな……それを考えると少しだけ気分が良くなってきた。

 と余計な事を考えていると、森の中からまた数人の魔族が出てくる。


「どうやら言い争っている場合じゃないようだな。

 今回は戦えるんだろうな?勇者」

「戦えもしないのにここまで来るほど馬鹿じゃないよ」


 前回の『オーグスタ』での戦いの教訓から、一度確認してみるが、その顔つきを見てどうやら心配はいらないようだと確信する。


「なら、行くぞ!」 


 俺は斬り込む為、敵との距離を一気に詰める。

 敵も剣を振るおうとするが、振り切る前に懐へと入り込み、その首をかき斬る。

 この魔族達はパワーは大した物だが、スピードはそこまで早くはない。

 その為、攻撃をかわし、敵を翻弄ほんろうしながら、勇者の様子を確認するが、どうやら心配する必要は無いようだった。

 上手く敵の攻撃を剣で捌きながら魔族を倒している。

 勇者の持つ聖剣ならば、魔族の攻撃で剣を折られる心配が無い。

 後は単純な剣術勝負になる訳だが、魔族の連中が剣術など学んでいる訳もなく、勇者との力の差は歴然だ。

 難なく次々と敵を倒していく。


 すると、魔族達が攻撃を止め、後退して行く。

 何とか「しのぎ切った」と思ったが、森の入り口付近で隊列を組み始めた。


 ……俺達を逃さないつもりか。


 とはいえ今、勢いは完全にこちら側にある。

 このまま押し切るべく、更に切り込もうとするが、その足を止めさせられる事になった。


「……何だ?あいつら?」


 森の奥から何かがこちらに向かって来ていた。

 数は七つ。

 他の魔族達に比べて一回りは大きい、その影が森から出てくる。

 全員、他の連中と同じく獅子型の魔族だ。

 しかし、中心にいる魔族は、他の者達と違い、金色の綺麗な立髪をしている。

 そいつが指揮官なのは、一目ひとめで分かった。


「貴様が勇者か?」


 金色の獅子は、そう勇者へと問う。

 低いが重厚感のある重々しい響きの声。

 自身の存在を、その強さを自負し、誇示するかのような佇まい。

 強敵であるのは間違いないな。


 前のように、勇者が馬鹿正直に自己紹介を始める前に話に割って入る。


「『違う』と言ったら、見逃してくれるのか?」

「いや、問うまでも無かった。その剣を見れば一目瞭然いちもくりょうぜんだ。

 我は魔王軍、『四帝』が一角、『獣王じゅうおう〈レオニル〉』である」


 ……『四帝』だと?


 『レオニル』と名乗った金色の獅子は、確かに自身を『四帝』と言った。

 だが、どう見ても『魔人』には見えない。

 目の前の金獅子は『単なる魔族』だ。

 確かに魔族の中には、魔人に匹敵する力を持つ者もいると聞いた事はある。

 だが、まさか『四帝』の一角についている者がいるとは思わなかった。


 レオニルは続けて言い放った。


「勇者よ!我々魔族が魔人共におとらぬという事を証明する為、その首をもらい受ける‼︎

 我と、この『獣王騎士団じゅうおうきしだん』がっ‼︎」


 そう言うと、レオニルの周りにいた六人の魔族は剣を抜き、こちらに向かってくる。

 という事は、彼こそが、獣王陛下ご自慢の『獣王騎士団』という訳か。


 ……ニャンコロの分際で騎士気取りとは、全く恐れ入るよ。


 ともかく、奴が『四帝』ならば、その周りにいる『獣王騎士団』とか言う連中も相当な手練てだれに違いない。


「おい、勇者?さっきのもう一発打てないのか?」

「さっきのって、【聖剣光線せいけんこうせん】の事かな?」


 言葉の意味はよくわからなかったが、技の名前がもの凄くダサいような気がした。

 いや、今はコイツのネーミングセンスを、どうのこうの言っている場合ではない。


「あぁ、そうだ。

 その【聖剣光線】っての?何とかならないのか?」

「打てるけど……あの技を出すには魔力を貯める時間が必要なんだ。

 斬り合いの際中では、とてもじゃないけど打てないよ」

「分かった。俺があの六匹を引きつけるから、お前は聖剣で、あの金獅子きんじしをやれ」


 確かに、アウロラを倒した時も、魔力を貯めているような姿を目にした。

 おそらく、『魔法使い』でいう所の、詠唱みたいな物なのだろう。

 だが、前の時は「成功率が低い」と口にしていたが、今はあの技を自由に打てるようになっているようだ。

 ならば、勝算はある。


 俺の言葉に、勇者がうなずくのを確認すると、前へと踏み込む。

 前に出てくる『獣王騎士団』とやらを迎え撃つ為だ。

 接近すると、他の魔族の時と同様に斬りこまれる前に首を斬り落とそうとする。

 だが、俺の一撃は先ほどと違い、敵の剣で防がれてしまう。

 そして、防いだ敵の両脇から、二つの刃が俺へと迫り来る。

 間一髪の所で、その攻撃をかわすが、今度は防いだ敵が体勢を立て直し、剣を振りかざす。


「っ⁉︎コイツらっ⁉︎」


 攻撃を逸らしながら防ぐも、衝撃で後方に飛ばされてしまう。

 『獣王騎士団』とかいう連中は、予想以上に剣術を扱えるようだ。

 加えて、騎士団を名乗るだけあって、連携まで取れるときた。


 何とか体勢を立て直すが、その隙に二人に抜かれてしまう。


 ……しまった⁉︎


 とそう思い、勇者の方まで後退しようとするも、他の四人とレオニルに阻まれてしまう。

 流石に『四帝』と、その直属の騎士団。

 他の連中とは実力が段違いだ。


 レオニルはその巨漢より、更に一回り大きな斧を片手にこちらへと迫る。

 あんなデカい斧を片手で持つとは、どんな馬鹿力だ。

 まともに攻撃を受ければ、鎧の上だろうが、剣で防ごうが一発であの世行きだろう。

 それにレオニルだけでは無い。

 この『獣王騎士団』とか言う連中も、他の獣人とは比べ物にならない強者揃つわものぞろい。

 流石に六人相手にするのは無茶だった。


 勇者の方を確認すると、二対一だが上手く立ち回り攻撃もさばいている。

 今の所は大丈夫そうだ。


「何をしているっ!

 このような雑魚ざこ、すぐに蹴散けちらしてしまえっ‼︎」


 レオニルの言葉を聞き、四人が再び攻撃を再開する。

 さっきは油断したが、一度見てしまえばそこまで驚く事もない。

 確かに他の魔族に比べれば連携が取れている。

 だが、所詮は犬畜生いぬちくしょう……いや猫だったな?

 とにかく先と全く同じ戦法だ。

 一人が攻撃を防いで、出来た隙に残りの者が攻撃する。

 ならば隙を作らなければ良いだけだ。


 俺は先と同じように、斬撃を見舞おうとするが、当然敵は防御の姿勢をする。

 俺はそれを確認すると、剣を持つ手と逆の手でさやを握り下から振り上げる。

 敵の剣に強く打ち付け、相手の姿勢を崩す。

 敵の防御が崩れた隙に首筋を剣で斬り裂く。

 これでまずは一人。


 倒した敵の両脇から、二人が剣を振りかざすが、片方には倒した敵の亡骸なきがらを蹴り飛ばし、攻撃を防ぐと、もう一方にはさっきと同じように剣と鞘を使い応戦する。

 当然、敵も先の攻防を見ていた為、鞘の方を警戒する仕草を見せるが、今度狙ったのは武器では無く、その足元だ。

 鞘で足を払うと、バランスを崩したその体に斬撃を叩き込む。

 これで二人。


 その時、四人目が後方に回り込んで攻撃を仕掛けてくる。

 今、敵の亡骸を抱き抱える奴と、はさみ撃ちの状態になるが好都合だ。

 二人の攻撃を鞘と剣で同時に逸らすと、敵はお互いの剣で同士討ちしてしまう。

 これで四人。


 残るは獣王陛下だけだが……

 その前に勇者の方を、と思ったが『強い殺気』を感じた。


 レオニルはすでに俺の近くまで迫って来ていた。

 巨大な斧を振りかざし、地に倒れる死んだ仲間もろとも、俺目掛け振りかざす。


 ドゴンッ‼︎


 それはまるで爆発音のようだった。

 そしてその振りかざした一撃、それが衝突した地面には、崖目掛け大きな亀裂きれつが走っている。

 あんな物を振り回されたら、当たらなくとも、この崖が崩れてしまい、どちらにしろ谷底に真っ逆さまだ。

 何とか間一髪、レオニルの攻撃から逃れた俺だったが、金獅子の規格外のパワーに唖然あぜんとしてしまう。

 とはいえ、奴とて力が強いだけで、他の魔族と同じだ。


「貴様ッ‼︎よくも我が部下達をッ‼︎」

「真っ二つにして止めを刺したのはお前だろうが?

 にしても『獣王騎士団』とか大層に名乗っても、所詮は犬畜生。剣術もクソもあったもんじゃねぇな?

 まぁ、安心しろよ。お前もすぐに部下の所へ送ってやる」


 俺の挑発に、怒髪頂点に達した獣王陛下。

 斧を振りかざしながら接近するレオニルだが、斧が大きい分スピードが遅い。

 これなら獣王騎士団の連中の方が厄介だったな。

 そう思いながら、トップスピードで踏み込み、レオニルの首目掛け剣を見舞おうとする。


「なっ⁉︎」


 だが、その刃が首を切り落とす事はなかった。

 首の皮が厚すぎて刃を通さなかったのだ。


 ……マズいッ⁉︎


「死ねェェェェいッ‼︎」


 レオニルの斧が眼前に迫る。

 咄嗟とっさに鞘と剣で斧をらそうとする。


 ドゴンッ‼︎と、再びその重い一撃が再び俺のすぐ横の地面をえぐる。

 間一髪、直撃は逃れたが、全身に激痛と電気が走ったかのような痺れが走る。

 完全に当たらず、逸らせたというのに、このダメージとは。体が痺れて言うことを聞かない……


「うぐっ……⁉︎」


 しかし、回復する前に、レオニルが『止めの一撃』を見舞おうとする。

 俺は片膝を着き、身体に自由が戻るのを待つが、その前で戦斧を振りかぶる、その巨体から放たれる威圧感に気圧される。

 

「さらばだッ‼︎人の戦士よッ‼︎」


 身体は動かない。

 それが恐怖からなのか、それともダメージの所為なのかはわからない。

 だが、たった一つ分かる事。

 今度こそ「万事休すだ」と言う事。

 と諦めかけたその時。


「やめろォォォォォォォッ‼︎」

 

 それは勇者の声だった。

 そして、レオニルを光の斬撃が襲う。

 俺が引きつけている間に、他の敵二人を倒し、【聖剣光線】を準備していたのだ。


「グアアアアアアアッ⁉︎」


 レオニルは苦痛の声を上げる。

 ジュウジュウと敵を焼く音が聞こえた。

 だが、アウロラの時のように、燃え尽き黒い灰のようになる事は無かった。

 光が消えた後も、レオニルは姿形すがたかたちをその場に残し、立ち尽くしていた。


 これも、魔人と魔族かの差だ。

 聖魔法の耐性の差。

 微々たる物ではあるが、混ざり物である分、魔族の方が聖魔法には耐性がある。


 だが、聖剣の一撃をまともに直撃したのだ。

 もう動く事はできまい。


 しかし、勇者のヤツ良いタイミングで間に合ってくれた。

 そう考え勇者の方を見ると、何やら慌てている様子が見てとれた。

 まるで、俺の後ろにまだ何か敵がいるかのように……

 その瞬間、再び濃厚な殺気の気配を感じた。


 ……レオニルは、まだ完全には倒れてはいなかった。


「おのれ…おのれェェェェェェッ‼︎」


 再び巨斧を振るおうとするレオニル。

 焼け爛れた毛並みには、既に獣王の威厳は無い。

 だが、眼前の敵を屠らんとする、その佇まいからは、獣王の最後の覚悟を感じた。


 だが、だとしても……やらせるかよッ‼︎


「ハァッ!」


 俺は既に身体の痺れからは解放されていた。

 斧を振るレオニルの腕に目掛け、下から剣を突き刺す。


 ズバンッ‼︎


 剣はレオニルの振り下ろす力のおかげで、手首から簡単に切り落とす事が出来た。

 だが斧は、その勢いのまま地面に激突してしまう。

 三度目の地割れで、地盤が完全に崩壊してしまったのだろう。崖の端端はしばしが次々に崩落して行く。


 マズい……早く逃げなくてはッ⁉︎


 だが、その前にだ。

 レオニルに止めを刺すべく、剣を構え直す。

 しかし、目の前の金獅子は動く事は無かった。


 ……獣王は立ったまま死んでいた。


 おそらく勇者の一撃で、既に瀕死ひんしだったのだろう。

 全身を聖魔力で焼かれ、腕を斬られ、意識を失いながらも、まだ戦場に立ち続けるその勇姿ゆうし

 敵ながら「見事だ」と、称賛しょうさんしてやりたい所だったが、そう悠長ゆうちょうな事も言ってられない。


「おい、勇者?早く逃げるぞ‼︎」


 残りの敵も、この状況で既に撤退を始めていた。

 逃げるなら、今が絶好のチャンスだ。


「分かった!今そっちに…アッ⁉︎」


 勇者が立っていた場所が崩落してしまう。


 あの鈍間のろま、だから早くと言ったのに!


 崖を真っ逆様に落ちる勇者を追い、俺も崖から飛び降りる。

 落下しながらも、何とか勇者に追いつくが、そのまま共に崖を落ちて行く。


 このまま川に落ちたとして、すぐに死にはしないだろうが……相当痛いんだろうな。


 俺はともかく勇者では落下の衝撃に耐えられないかもしれない。

 何とか勇者だけは守らなくては。

 勇者を強く抱きしめた体勢で背中から落下していく。

 

 あぁ……あんまり下見たく無いな?


 そう思いながらチラッと下を覗き見ると、すでに着水寸前だった。


 ザッバンッ‼︎


 体を強く水面に打ち付ける。

 その痛みは、先ほどのレオニルの一撃より効いたかもしれない。

 着水の衝撃で腹の中から空気が全て外へと出てしまった。

 しかも、この川はとんでもなく流れが早く、俺の体はどんどん流されてゆく。

 既に全身が言う事を聞かず、意識が段々と薄れていくのを感じる。

 しかしその中で、こちらに手を伸ばす勇者の姿だけが最後に見えた。


 こっちに来んな……馬鹿野郎……


 「自分一人だけで、この窮地を脱する事だけ考えろ」と、そう思いながら。

 俺の意識は、その水の冷たさの中へと溶けていってしまうのだった。

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