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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第1部 The First Savior
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敗走


「退避ィッ‼︎退避ィッ‼︎」


 作戦会議から数日後。

 俺達は『北西の山岳地帯』へと出陣した。


 当初の予定通り、更に西にある廃城近くで、勇者を待機させるべく進軍していたのだが……

 魔王軍の侵攻が思っていたより、ずっと早かった。

 作戦を読まれている、とは思っていたが、この様子では『待ち伏せ部隊』はほぼ全滅しただろう。


 その時、俺達は既に西の古城近くまで馬車で来ていた。

 だが、逆に敵の待ち伏せに遭い、後退を余儀よぎなくされた。

 しかし、撤退中に更なる敵部隊の襲撃を受けてしまう。

 追撃を仕掛けてきたのは、獅子の顔に黒い立髪たてがみ、同じく黒い鎧を身につけた魔族だった。


 獅子型の魔族は、前線では然程さほど珍しくも無い部類だ。

 主に剣や槍などの武器を使う戦い方をする。

 更に気をつけなければならないのは、その『パワー』だ。

 人間に比べて圧倒的に力が強く、まともに攻撃を受ければ、鎧の上からでも簡単に胴体を真っ二つにされてしまう。


 部隊は最初こそ奇襲により押されてはいたが、流石にしっかり訓練を積んでいるだけの事はあり、すぐに立て直すと、何とか撃退には(・・・・)成功した。

 だが、問題はその後。

 奇襲を受けた際、馬をやられてしまったのだ。

 おそらく、それが『連中の目的』だったのだろう。

 撤退中の本隊と完全に孤立させ、ここで勇者を倒すつもりなのだ。


 ゲイツが、「ああだこうだ」と撤退の指示を出している間、俺は少し考え事をしていた。

 それは今回の奇襲が、魔族にしてはあまりにも計算された動きのように思えたからだ。

 古城での『待ち伏せ』に、『退路での奇襲』で足を奪う、そして勇者を孤立させた。

 もしこれが偶然では無く、『連中の作戦』ならば、今頃はもうこの周りを取り囲むべく、部隊を走らせている事だろう。

 そして、だとすれば指揮しているのは、犬畜生に毛が生えた程度の脳みそしか持ち合わせていない魔族では無く、おそらく『魔人』だ。


「とにかく、今は本隊との合流が最優先だ」


 ゲイツはそう指示をすると、全員で密集体系で勇者を守りながら山道を下る事を指示した。

 後退し、本隊と合流する事には賛成だ。

 だが、このまま密集し、整備された山道を下る事は避けるべきだ。

 それでは先と同じように、森林をショートカットして来る敵部隊に包囲され、最悪全滅する事も考えられる。

 敵は山中や森林での戦闘にけた部隊のようだ。

 当然、こちらがそれを予想し、『森の中で戦う事を避ける』と考えているはず。

 ならばやはり、このまま真っ直ぐ山道を下るのは危険だ。


 では、俺ならばどうするか?

 部隊を分ける。逃走と、殿しんがりの二つに。

 そして更に逃走組を細かく分けて、勇者だけを確実に逃がす。


「ゲイツ。敵はこっちの裏をかいて来てる。

 このまま山道を下るとまた追い付かれて奇襲に…」

「だまれッ‼︎役立たずの分際で、私に指図さしずするな‼︎」


 最後まで言い切る前に怒鳴られてしまう。

 ……ゲイツの奴かなりテンパっている。

 これだけイレギュラーが続けば無理もないが、こういう時ほど冷静に対処しなければならない。

 この男はどう考えても『指揮官の器』ではない。


「だが、このままだと本当に全滅するぞ?

 危険かもしれないが、部隊をいくつかに分けて森を抜ける方が…」

「だから黙れと言っている‼︎

 この部隊の指揮官は私だ‼︎」


 俺の言う事に、聞く耳を持たないと言う事だな。

 ……だと言うのなら、俺にも考えがある。

 もっとも俺にとっては、一番最悪の案だったがな。


「……そうかよ。なら俺はりるぜ?」


 俺はそう言うと、動く事ができなくなった馬車の近くで、甲冑かっちゅうを脱ぎ捨て、部隊の連中に背を向ける。

 その様子に、小隊員全員が唖然あぜんとした様子を見せる中、ゲイツが口を開く。


「キ、貴様ッ⁉︎敵前逃亡てきぜんとうぼうは重罪だぞッ⁉︎」

「知ってるよ。斬首刑ざんしゅけいだろ?

 だが『ここで死ぬ』か、『後で死ぬ』かの差があるだけだ。

 なら俺は『一秒でも長く生きる』方を選ぶね」


 そう告げると、そのまま部隊を去ろうとする。

 数人の騎士が俺に斬りかかろうとするが、ゲイツがそれを止める。

 「相手にするな。今はとにかく撤退するのが優先だ」と周りを説得している。

 斬りかかってくるかと思って、投げ飛ばす準備をしていたのだが、多少は冷静さが残っているようで安心した。


「……ちょっと、どうゆうつもりよ?」

「君らしく無いよ。

 今からでゲイツさんとちゃんと話すんだ」


 最後に俺の前に立ち塞がったのは、エミリアと勇者だった。

 予想していたとはいえ、やはり面倒だな……繋がりと言う奴は。


 ……やれやれ、この二人は俺の事を酷く勘違いしているようだ。

 俺が「部隊の為に進言した」とでも思っているのだろう。

 そしてそれが却下され、不貞腐れて、勢いで離反しようとしているのだと。

 実際は違う。

 俺はただ『俺の目的』の為に動いているだけだ。

 今までも、そしてこれから先も。


「俺らしく無いだと?お前らが俺の何を知ってるって言うんだ?

 どういうつもりも何も、さっき言ったまんまだ。

 犬死いぬじには御免だね。死にたきゃ勝手に死ねば良い。だが『俺を巻き込むな』って話だ」


 そう言うと、俺は二人をすり抜け、そのまま森へと入る。

 最後にエミリアが「馬鹿…」と言ったのが聞こえたが、反論はできなかった。

 まさにその通りだったからだ。


 ———————————————————


 部隊から離れた後。

 俺は山を下るのでは無く、逆に登っていた。

 だがそこは、さきまでの山道では無く、道の無い森林を進んでいる。

 もし魔王軍が勇者達を追い詰めようとしているなら、この方向に……


 ……見つけた。


 十人程度の獅子型の魔族の部隊が、森の中を進軍している。

 もちろん、これが全てでは無い。

 いくつかに部隊を分けて、『所定のポイント』で待ち伏せるつもりなのだろう。


 敵に狙いを定めると、気配を殺し接近する。

 目立ち過ぎる白銀の甲冑を置いてきたのは、森の中での隠密戦闘おんみつせんとうを想定しての事だ。

 とはいえ、連中は鼻が効くからすぐに気づかれてしまう。

 敵がざわつき臨戦態勢に入る。

 どうやら、こちらに気がついたようだ。

 だが、まだ場所まではバレていない。


 敵を観察し、比較的注意が甘そうな奴を狙い木陰こかげから踏み込む。

 初撃は見事に成功。

 一人目の獅子の首を斬り飛ばし、そのままの勢いで、二人目に斬りかかる。

 反撃を受けるも一撃をかわし、剣で首をかき斬る。

 三人目に向かおうとするも、敵部隊も態勢を立て直していた。

 残りの標的四人が同時にこちらに攻撃を仕掛けようと接近してくる。

 俺はそれを避けると、その場に長居せず、すぐに後退する。


 最初から敵を「一人で倒そう!」などとは考えていない。

 ヒットアンドアウェイ。

 出来るだけの攻撃を仕掛けて、すぐに撤退する。

 とにかく、今はこれを繰り返して敵の注意をこちらに向ける。

 上手くいけば、敵にこちらの目的が『撤退』ではなく『攻撃』だと誤認させられるかもしれない。


 さっき交戦した部隊は全員、近接系の武器を持っていたが、勇者と戦うなら『魔法部隊』も用意しているはずだ。

 おそらくこの部隊より後続。更にこの森の奥にいる。

 敵の戦力を可能な限り削ぐ。

 そうすれば、勇者達が逃げやすくなるはずだ。


 俺は更に森の奥深くへと走り出す。

 その時、さっき『エミリアが別れ際に言った言葉』を思い出し、思わず溜息を吐いてしまう。


「何が、『犬死は御免』だ。

 ……人に言えた事じゃねぇよな」


 俺は更に森の奥へと進んで行った。  


 ———————————————————


 勇者達一行は作戦通り、密集体系で山道を下っていた。

 敵からの奇襲を想定していたが、そんな様子は一才無く、順調に撤退出来ていた。


「何だ?敵の襲撃など無いではないか。

 あの役立たずめ、口から出まかせを」


 だがゲイツの『その言葉』に勇者は考えていた。


 ……本当にそうなのだろうか?


 先ほどの襲撃で馬を失って以降、行軍のスピードは大分遅くなっている。

 敵は森を通ることでショートカットし、馬車に追いついてくるほどの速さで迫って来ているはずだ。

 もうとっくに追い付かれていても、おかしくは無い。

 ……もしかすると、もう既に囲まれていて、こちらが油断する機会を伺っているのだろうか?

 しかしだとしても、いつでも戦えるように心構えをしておく事くらいしか、今の自分に出来る事は無いと。

 そう勇者が考えていたその時、森の奥で魔法らしき爆発音が聞こえた。


「他の部隊が戦っているのか?

 丁度良い。今の内に撤退を…」


 ゲイツがそう呟く。

 確かに、敵の注意が他に向いているなら、自分達はその内に「逃げれば良い」と勇者も考えた。

 だが、そこで先ほど離反りはんした『ユウキの顔』が頭をよぎったのだ。


「……もしかして、あの馬鹿?」


 エミリアもそれに気がついたようだった。

 今あそこで戦っているのが誰なのかを。


「勇者様ッ⁉︎一体なにをッ⁉︎」

「皆さんは、このまま撤退をっ!

 僕はその……急用がっ!」

「駄目ですっ!戻って下さいっ!」


 勇者は部隊から飛び出す。

 エミリアやゲイツ、部隊の者達が彼を静止する声を無視し、彼は森の奥深くへと入っていった。


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