人の限界
「すぐに帰って来るから……」
父は、白銀の鎧を身に纏うとそう口にし家を出ようとする。
まだ幼かった俺は、父の足にしがみ付き、「自分も一緒に行きたい」と聞き分けのない事を言う。
そんなわがままな子供を叱りつけるでも無く、ただ頭を優しく撫でると父は家を出て行ってしまう。
その父の…『勇者』の偉大な後ろ姿が、十年以上も経過した今でもずっと。
目蓋の後ろに焼き付いて消えてくれない。
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二十五年前、魔族達の王『魔王』は人間の国『セントフィリア王国』に対して宣戦布告をし、その圧倒的な力で人々を蹂躙した。
それに対し王国は、かつて神々から授かったと言われる秘術『勇者召喚』により、異世界から勇者を召喚し、同じく神々から授かった勇者のみに扱うことの許された剣『聖剣』を用いて魔族と戦かった。
そして五年間の死闘の末に魔王を討ち取り戦いに勝利した。
しかし、それから五年後、再び魔王が現れ王国は戦火に包まれる。
王国は前大戦後も、この世界に留まっていた勇者に魔王討伐を依頼した。
この国の全ての者が彼の勝利を疑わなかった。
……だが、勇者は敗北した。
その後、十三年後の今に至るまでこの戦いは続いていた。
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「ハァ!ハァ!ハァ!」
火薬の匂いと宙を舞う灰が呼吸を荒くさせる。
むせ返りそうになる喉を気にする余裕など一ミリも無く、ただその足を前へと進ませてゆく。
一歩進むたび、身につけたボロボロの鋼の鎧が、ガチャガチャと音を立てるのを煩わしく思うが、こんな物でも無いよりはマシだ。
だがどこまで走っても、この『戦場』に漂う風は、どこまでも陰鬱に俺を取り巻いて離してはくれない。
しかし、それでもその足を止める事はせずに城壁の上を走る。
この三年間の戦いが俺をその風が運んでくる『死』と言う感覚を麻痺させ、一人の強靭な戦士へと成長させてくれた。
「よう、来たか!ユウキ」
そう、声を掛けてきた男は俺と同じ『騎士団』に所属する、同期の『アルバート』だった。
彼も俺と同い年の十八歳だが、その顔付きは年相応とは言えず、褐色の肌と短髪がよく似合う歴戦の勇姿のような外見だ。
「まだ、くたばって無かったのか?アルバート」
アルバートは無愛想そうな外見とは違い、気さくな男で同期の中でも中心にいるような人気者だった。
だから、俺のような『逸れ者』とも、こうしてまともに会話できているのだろう。
「死神殿に嫌われているんだろう?お互いにな。
……それでそっちの隊は?」
「全滅。こっちはどうなってる?」
「平然と言うなよ。馬鹿。
……まぁいい、アレだな」
アルバートが指さす方向。
その先の戦場の地平線に一人佇む黒い影。
それは夜の暗さや砂煙でそう見えている訳ではない。
むしろ今は昼時で天気も快晴。
砂煙は激しいが視界はそこまで悪い訳ではない。
その人物は暗い夜の漆黒のような暗闇を具現化した外見の鎧を身につけた暗黒騎士。
『魔人』だ。
「無茶苦茶強いぜ。……見てみろ」
そのアルバートの言葉に暗黒騎士の立つ周囲を見回す。
血の海と化した大地
主を失った武具の墓場。
数多くの死体の山。
俺達と同じ騎士団の鋼の鎧を身につけた者や魔法師団の白いローブを真っ赤に染めた、その死体の上の佇まいは俺達の命を刈り取る為に天から使わされた使者。『死神』と呼ぶにふさわしい姿だった。
「騎士団一個大隊と魔法師団一中隊がものの数分であの様だ。
おそらく、『アレ』が噂の『殲滅卿』だろうな」
「そりゃ、とんでもねぇ化物だ」
一個大隊といえば五百人程度の部隊、中隊なら百人程度。
それをたった一人で、しかも数分で蹴散らしてしまったと言うなら『化け物』と表現する以外ないだろう。
そしてアルバートの口にした『殲滅卿』という言葉。
それは魔王軍の四人いる最高幹部、『四帝』の一人。
その圧倒的な強さから魔王の右腕と称された者の通り名だ。
「それで俺達の仕事は?」
「聞きたいか?」
「……いや、いい。
どうせ『殲滅卿の足止めをしろ』って事だろ?」
アルバートはその言葉に笑いながら頷いてくれる。
ここまで割と絶望的な話しかしてこなかったが俺が今いる『ここ』。
セントフィリア王国最北の地。『オーグスタ城塞都市魔王軍戦線』は優秀だ。
今日に至るまで、十年以上この街で戦線を維持し続けている。
それは今までも魔人の襲撃を何度も退けてきた事に他ならない。
今回の戦闘もこの北側を残し東と西は既に敵を撤退させ、後はあの魔人をどうにかすれば良いだけなのだ。
俺は元々、東側の守りを任された部隊だったが、戦闘終了後に他の者と違い足並みをそろ得る必要がなかった為(部隊が自分を残し全滅したから)先行してここに来れた。
あと数十分時間を稼げれば、援軍が来てくれるのは間違い無い。
……もちろん稼げればの話だが。
「こっちは?」
「お前を含めて十五人だ。
どうだ?ご機嫌だろ?」
……いや、少ないとかそういうレベルの話ではないだろう?
だが、その言葉に周囲にいる他の騎士達の顔を眺める。
この絶望的な状況だと言うのに全員笑ってすらいやがる。
全く、命知らずの馬鹿野郎共め。
「それだけ嘯ければ、ご機嫌だろうさ。
気持ちよく、皆で心中と行こう」
ここにいる連中は全員理解している。
死ぬ時なんて、あっという間なのだと。
どれだけ自分を鍛えようとも。
強力な技を身につけようとも。
圧倒的な力を持つ魔人や魔族に比べれば小っぽけ存在だ。
人間なんて数と知恵が多少あるだけの劣等種族に過ぎない。
でも、だからと言って自暴自棄になっている訳ではない。
例え弱かろうとも、俺達には守らなければならないモノがある。
今ここにいる者達は、その背にこの国とそこに住まう民達の命を背負っている。
当然、そこまで考えている者だけでは無いだろう。
家族、友人、恋人、守りたい物など人それぞれだ。
だが、もし守りたいものがあるならば…その為に戦えると言うのなら。
—『俺達は戦友になれる』—
この街で戦う連中には、ある『教え』がある。
『どうせ死ぬなら最後まで自分自身を貫いて、テメェらしく笑って死にやがれ』
最初に聞いた時はとんでもない教えだと思ったが、今までここで何人もの戦士が目の前で死んで行くのを見送ってきた。
だが、誰しもが『教え』通り笑って死んで行った訳では無い。
死に際に「死にたくない!」「助けてくれ!」と泣きながら縋られた事など数えきれない。
でも……それでも、その中でも笑って死んでいった者達を俺は知っている。
後悔があっただろう。
身体中の痛みに苦悶し、これから来るであろう死と言う名の恐怖に泣き叫びたかったはずだ。
でもその絶望の中で「後は任せた」と笑いながら、希望を後へと繋げ死んでいった者達を知っている。
……どちらにしろ変わらない話ではある。
何せ、死んでしまえば自分自身に残る物など何一つとしてありはしない。
要は自分がどう生きたいか。
その終わりをどう締め括りたいか。
と、そういう話だ。
でもだと言うのなら、俺は俺自身が『彼らから受け取って来たモノ』を『後の者へ』と繋げていかなければならない。
人間という小っぽけな存在だからこそ、一人では何も成し遂げる事はできないと知っている。
だから、もし自分にその時がきたならば、誰かに…ここまで繋げてきた『希望』を受けとって欲しい。
そんなクソみたいな教えだが、今では割と……
ドゴッン‼︎
突如、爆音にも似た音と強風が吹き荒れ、俺達のいる場所のすぐ横あたりに『何か』が直撃したようだ。
最初は大砲か魔法による攻撃かと思ったが、それが違う事にはすぐに気がついた。
圧倒的な死の気配と濃厚な殺気に周囲の全員がその正体をすぐに理解する。
「……人の戦士達よ。生きたければ逃げよ。
だが我を恐れぬと言うのなら…」
「うるせぇ!魔人野郎!」
砂煙の中の魔人が俺達に向け、忠告じみた言葉をかけてくるが、騎士の一人が言葉を言い終える前に剣を抜き、攻撃を仕掛ける。
その瞬間、一瞬の出来事に何も反応できなかった。
斬りかかろうとした騎士の体は胴のあたりで真っ二つにされ、血飛沫を上げる。
「死んでゆけ」
全員がその光景を目の当たりにした。
これから自分自身が辿るであろう、その『未来の光景』を。
「…行くぞっ‼︎」
だが誰もそれに尻込みする事も、畏怖する事も無く、全員が一斉に『殲滅卿』目掛け突進する。
しかし、実力差など先の一太刀を見れば歴然。
更にこの魔人は戦場からこの城壁までの距離をひとっ飛びで来たのだ。
尋常ならざるフィジカルと力を持っていても不思議ではない。
そして、城壁上と言う狭い空間での戦いだ。
攻撃を避けることは極めて難しく、まともに攻撃を受ければ……
そこまで考え、その思考を途中で放棄する。
……だからなんだと言うのだ?
俺達のやるべき事が変わるわけでは無い。
俺自身もアルバートの声と共に前進する。
可能な限り四方に散ろうとする者達と違い、正面から一気に。
当然最初に狙われたのは俺だった。
『殲滅卿』の横凪が俺目掛け繰り出される。
さっきとは違い、僅かに目で追う事が出来た為、反応は出来た。
だが避ける事は叶わず、その一撃を剣で防ごうとする。
「ぐっ⁉︎」
剣の刀身はまるで紙でも切るが如く、いとも簡単に両断されてしまう。
『殲滅卿』の必殺の斬撃が今度は俺の胴体を先の騎士と同じように両断すべく迫る。
だが、ここまでの事は全て予想していた事だ。
迫る斬撃に反対の腕に持っていた剣の鞘で更に防御する。
……しかし、その頼みの綱の鞘も、刀身と同じく両断されそうになる。
『殲滅卿』の刃が鞘に切り込まれていく様が、まるで時間が止まったかのようにゆっくりと目に映るが
……なんとかギリギリ紙一重で耐え抜いてくれた!
だが、『殲滅卿』の攻撃の勢いを殺す事は叶わず、そのまま胴体に直撃する。
「グフっ⁉︎」
攻撃を受けた俺の身体が宙を舞う。
鞘と鋼のプレートごしの攻撃だったにも関わらず、その一撃は俺の意識を暗い漆黒の闇の中へと埋葬しようとしてくるが、必死に繋ぎ止める。
「よく凌いだ」
飛ばされる瞬間、『殲滅卿』の称賛の声が聞こえた。
……ちくしょう、なめやがって。
それだけ戦闘中に余裕があると言うことだ。
だがこれは全くの無駄などではない。
この隙に他の皆が……
宙を舞っていた体が城壁上の床へと激突する。
それと同時に身体中の空気が一気に外へと放出させられた。
攻撃を受けた胴の辺りに激しい痛みを感じる……おそらく、骨を何本か折られただろう。
だが、そこで寝転んでいる訳にはいかない。
立ち上がろうと手をつこうとするが、そこに赤い液体が飛散してくる。
そして、顔を上げると今そこで何が起きたのかを網膜へと焼き付ける事になった。
……まぁ、そうなるよな。
『殲滅卿』の振るう刃が次々に騎士達を鎧や剣ごと両断し、血飛沫と体の残骸を城壁上へ飛散させていく。
所詮、初撃を防いだだけだ……隙などたかが知れている。
「ぐっ……!」
痛みに震える身体を無理やり起き上がらつつ、近くに飛んで来た騎士の腕に持つ剣を奪い取り、足を前へと進めていく。
一歩一歩進む度にその振動が全身の傷を刺激し、激痛へと置換していく。
だがそれは、今この足を止めていい理由にはならない。
走り始めると、同時に前方からガタイの良い騎士の一人がこちら目掛けて吹っ飛ばされてくる。
それを身体で受け止めるとその男、『アルバート』が声をかけてくる。
「ぐっ⁉︎
……よう、無事か?」
「絶好調だ。お前は?」
そう聞きながら、アルバートの身体を見るが、その左腕は肘から下が既に存在していなかった。
胸にはざっくりと大きな傷ができており、本来なら戦闘続行などもう不可能だろう。
「ようやく、調子が出てきた所だ。
こっからだ。こっから……」
そう強がりながら口から吐血する。
他の者が一撃でやられる中、片腕と胸だけで済んだのなら上出来だろう。
しかし、そこで先まで聞こえていた剣撃と血と肉が飛散する音が止んだ。
それは俺達以外の者が全員、この世からいなくなったという合図に他ならない事はすぐに理解できた。
「ほう、我が斬撃を凌いだ者が二人もいたか」
『殲滅卿』は感心したようにそう口を開くが、こちらにとってはそんな物、賛辞でもなんでもない。
たったの一撃を喰らっただけだと言うのにこの様……ほぼ戦闘不能に追い込まれてしまった。
これではとてもでは無いが、後続の部隊が来るまで持たせるなど……
そう思っていたのだが城壁上にまだ遠くだが、白いローブをきた者と騎士の姿が見える。
どうやら、想像より早く駆けつけられたようだが……未だ絶望的な状況に違いは無い。
ここで集結しつつある部隊が強襲を受ければ元の木阿弥だ。
同じ事を考えていたのだろうアルバートは俺の顔を見ると一度笑うと強く頷く。
「少し調子がいいからって大言壮語とは、これだから田舎騎士はいけねぇなぁ?
お前もそう思うだろ?アルバート?」
「だな。一撃でも二撃でも、お望みなら何回でも受け切ってやるぜ?木偶の坊?」
その俺達の挑発に怒りで反応する訳ではなく、極めて冷静に『殲滅卿』は口を開く。
「なるほど、私を前にそれだけの威勢。
今までもこれくらいの窮地、凌いできたの言う事か……面白い。
久方ぶりに死力を尽くすべき敵に巡り会えたか!」
怒り狂ってこちらに突進して来るものかと思ったが、やはり『殲滅卿』の名は伊達ではない。
むしろ俄然やる気になってしまったようにすら見える。
だが、こちらとてそれで怯んだりなどしない。
俺とアルバートは同時に踏み込む。
その『殲滅卿』の間合いへと。
距離が縮むにつれ、鮮烈に先程の光景が瞳の裏にフラッシュバックする。
次の瞬間自分自身がそうなっているであろう姿…だがこちらとてタダでそうしてやるつもりは無い。
……せめて一太刀だけでも。
そう考えた瞬間、既に『殲滅卿』の間合いへと足を踏み入れていた俺達へとその斬撃が迫り来る。
だが寸前、俺よりも前にアルバートが一足先へと踏み込んだ。
殲滅卿の必殺の一撃がアルバートその身体を両断しようと迫る。
しかし、アルバートは剣を構えるでも無く、右腕でその斬撃を受け止めたのだ。
「ぐっ⁉︎おおぉぉぉ‼︎」
当然腕は両断され、斬撃はその身体を襲う。
だが、アルバートはその場から一歩も動かなかった。
殲滅卿の刃が体へと突き刺さり、飛散する血飛沫。
みるみる内にアルバートのその体に切れ込みを入れていくが、その斬撃は半分程度の所で止まってしまう。
アルバートはその身を呈して必殺の斬撃を防いでくれたのだ。
「ぐうおッ‼︎」
止まる『殲滅卿』。
これ以上に無いチャンスに俺は全身のありったけの力で渾身の一撃を見舞う。
ガキッン!
しかし、その一撃はアルバートの犠牲も虚しく、『殲滅卿』に当たる直前に黒い靄のようなものに阻まれてしまう。
……やっぱ、駄目だよな。
【魔力外殻】
魔人だけが持つ防御能力。
その身体をバリアのように闇の魔力がコーティングし、通常の斬撃や魔法では倒すことは愚か、傷をつける事すらできはしない。
ただし、例外はいくつか存在する。
聖属性魔法による攻撃と闇属性魔法などだが、俺にはそれらの術を使う事は出来ない。
……しかし、俺の攻撃の目的は倒す事ではない。
頭部へと直撃した俺の斬撃は直接傷つける事は出来なかったが、その衝撃は頭部へと伝わり一瞬の隙が生まれる。
「頼んだぞォッ‼︎ユウキィッ‼︎」
アルバートの最後の雄叫びと共に『殲滅卿』の懐へと体当たりする。
【魔力外殻】の闇の魔力が身体を焼き、ジュウジュウと音を立てるが、そんな事に気を掛ける事はせず、その身体を後方へと突き飛ばす。
「⁉︎」
後ろは城壁の縁。
つまり俺の目的はここから突き落とす事だ。
しかし、『殲滅卿』だけをという訳にはいかず、俺は突進の勢いのまま共に上空へと放り出される。
ビュービューと耳をつん裂く音が聞こえる中、共に落下しているであろう『殲滅卿』の姿と地表までの距離を確認しようとする。
しかし『殲滅卿』は空中で姿勢が崩れているにもかかわらず俺目掛け、剣を振るっていたのだ。
……今度こそ、万事休すか。
とは言え、これで十分に時間は稼げただろう。
後の事は……後ろの連中に託せば良い。
瞳を閉じ、その瞬間を待とうとした次の瞬間。
目の前の『殲滅卿』目掛け光の剣のような魔法が放たれていたのだ。
それは一つや二つでは無く、次々と放たれている。
落下中だが顔を上げ、放たれた場所、城壁の上を見る。
すると、さっきまで接近中だった魔法師団の連中がそこから次々に魔法攻撃を放っていたのだ。
それらを『殲滅卿』は空中だったこともあり、避ける事は叶わず、まともにその身に喰らい続ける。
その光景を見ながら俺は落下中にも関わらず、勝利を確信してしまった。
……アルバート、お前達の死は決して無駄ではなかったぞ。
身体は重力のままに落下すると、そのまま地面へと激突する。
「グッ⁉︎ガハッ⁉︎」
強い衝撃と身体中から鈍く、気色の悪い音が鳴り響く。
全身の痛みと真っ赤に染まった視界が今自分がどれだけマズイ状態かを教えてくれているかのようだった。
しかし、これで『殲滅卿』は倒し……
その時、ありえないモノを見た。
俺の数メートル先に落ちた『殲滅卿』はまるでダメージなど微塵も受けていないとでも言うかのようにその場に立っていたのだ。
化け物だ、化け物だと思ってはいたが、まさかここまでとは……
だが、俺の体はもう……
そこで、今までの事が頭の中で走馬灯のように流れていくのを感じた。
沢山の仲間達の死を、そしてアルバートの最後の勇姿を。
そうだ……繋げないと。
……この想いを『次の誰か』に…。
そこから先はただ身体が勝手に動いた。
それしか説明ができない。
怪我と痛みで動く事のできなかったはずの俺の身体がその場に立ち上がって見せる。
だが、動いたのはそこまで。
足も折れてしまっているようだ…。
これ以上はもう指一本だって動かす事は出来ない。
「うむ。軽い準備運動のつもりで来たが、どうやら宛が外れたらしい」
『殲滅卿』は城壁の上を見上げながら、そう呟く。
おそらく上には魔法師団の連中や騎士団の連中が集結しつつあるはずだ。
この位置どりでは制空権を取られた状態、高低差という不利な条件で戦わなければならない。
おそらくそれを指してそう言っているのだろう。
「名を聞こう。人の戦士よ」
『殲滅卿』はそこでなぜか俺に名を問う。
正直、答えてやる義理なんて無い。
どうせ、数秒後には物言わぬ肉塊になっているのだ。
それ以前に身体が限界だ。もう口を開く事すらしんどい。
だが……
「ユウキだ。『ユウキ・シンドウ』」
どうせ死ぬのだ。
ならば、最期くらい騎士らしく強敵の中に名を刻み、死んでゆこう。
だがそんな俺の思いとは裏腹に『殲滅卿』は一度考え込むと、何かに納得したかのように言う。
「『シンドウ』?そうか、なるほど……
まさかその名を再び聞く事ができるとは思わなかった。
我が名は『グローニア』だ。好敵手とはそう巡り会える物では無い。また会おう『勇者の息子』よ」
そう告げると『グローニア』は言葉通り本当にその場から去っていってしまった。
それにしても『勇者の息子』……か。
それはこの国の人間なら誰しもが知っていることだ。
だが、魔王軍の人間でそれを知っているという事は、『殲滅卿』はおそらく『勇者』と…『俺の親父』と戦った事があると言う事だ。
そしておそらくそれが。
親父の最期の戦いだったはずだ。
そこまで考えた所で、気がつけば身体は横に倒れていた。
さっきまで有ったはずの痛みや疲労も無くなっていた。
むしろ……なんだろう?
心地の良い光に抱かれているような……
きっともう俺の身体が限界を通りこしてしまったのだろう。
そしてそれは俺達、『人の限界』でもある。
奴は……『殲滅卿』は俺を好敵手と呼んだ。
だが俺ではその存在にはなりえない。
もし殲滅卿の言う『好敵手』、奴と並び立てる人間がいるとしたら、それは人という枠を超えた奇跡を手にできる存在。
『勇者』だけなのだ。
そして、俺の意識は既にこの戦場の混沌の暗闇の中へと沈んで消えていった。