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ペットボトルのキャップ、異世界で神の石と呼ばれる  作者: 龍龍龍(ろうたつりゅう)
第ニ章
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第21話

張り詰めた湾港の空気が溶けつつある。シヴァドの視線は突然出現した老人に向けられた。男性は老人を不服そうに見て、老人はシヴァドを一瞥して、男性に向き直る。

「つい最近取り決めたはずだ。疑わしい旅人に対しても、まず攻撃することは許さないと」

「その通りです。だから最初に攻撃していません」

男性の返事に対して、キャプテンが口をはさむ。

「私には話しかけたけど、そっちの少年には話を聞いてないだろ」

男性がキャプテンを睨むと、老人は何かを察したようにため息をついた。

「カデナ。このことは黙っておくから、もう行きなさい」

カデナと呼ばれた男性は老人の後ろにいるシヴァドを睨み、港の出口に歩いて行った。

「我々の教会の者が済まなかった。私に免じて許してやってほしい」

老人は深々と頭を下げた。僧服らしき分厚い服に金縁の眼鏡、金色のネックレスと、服装は仰々しいものだったが、それに似合わない慎ましさを感じる。

「あんたも大変だね、あんな暴れ馬の手綱を任されるなんてな」

キャプテンが苦笑いしながら答えた。

「彼も同じ信仰の下に生きる同胞だ。彼の行いは私の行いでもある」

老人は申し訳なさそうにそう言って、俺たちの方に向き直った。シヴァドは老人に頭を下げた。

「ありがとうございます。あなたは一体…?」

「申し遅れました。私はザーヒル。この神聖共和大陸のレフタ共和国にて大司教をしています」

つくづく立場の高い人間と縁があるものだ。それを良い前兆だと捉えるべきかどうかは分からない。

「ちょくちょく港に来て荷物検査してくれるのさ。変なものを持ってきてないかとか、それを受け取るやつがいないかとかな」

キャプテンが補足した。港の出口に多くの馬車が立ち止まっているのが見える。

「まだ兵士たちが見回っている最中だ。それまで話を聞いてもよろしいですかな?」

断る理由はなかった。キャプテンとザーヒルと俺たちは、休憩所のウッドデッキに置かれた大きなテーブルを囲んだ。椅子は船に積まれていた空の木箱だったが、座り心地以上に気になることばかりだったので文句の一つも言いようがなかった。

席についてすぐに、俺たちはザーヒルから豪雨のような質問攻めに遭った。

「そうですか、大変な旅路を歩いてこられましたな」

一通り話を聞いたザーヒルはしみじみとそう呟いて、ハンカチで目尻を拭った。年を取ると涙脆くなるって本当なんだねえ、とキャプテンがひとりごちる。

「経緯こそ不運の連続ですが、皆さんにとってここに来たのは決して悪いことだけではないと思います。この大陸には神話に関する数多くの文献や遺構が存在します。研究にはもってこいでしょう」

「なあ、私は素人なんでよく分からないんだが、神話ってのはそんなに探すのが難しいもんなのかい?」

キャプテンが質問する。

「神話保存の大きな問題の一つに、正確な形での保存が成されにくいという問題がある。なぜなら、口伝えで伝えられてきた一次的な神話が伝承者の死などで喪失したり、記述された二次的な神話が為政者の手で都合よく書き換えられたりする場合があるからだ。だから正確な神話に辿り着くのは苦労が多い。先生が生涯で集めた神話は十四節だった」

神話が何節で成り立っているのかは分からないが、いずれにせよ気の遠くなるような道のりが先に広がっていることに変わりはない。ザーヒルはシヴァドの言葉を聞いて、驚愕に目を見開いた。

「それほどの成果を…!教会の全宗派の総力を持ってしても、集めた断片は二百四十年で二十八節でした。正しい神話の収集は、我々にとっても重大事項なのです」

教会がポンコツってだけなのではと思っていると、ザーヒルは少し俯いた。

「お恥ずかしい話ですが、神話収集に関しては教会にも落ち度があります。神話研究の研究者を抱え込み、不都合な表現を多く書き換えさせたり、権力の維持に都合のいい虚構を流布したりと、時代観の違いというには余りにも醜い振る舞いが過去に見受けられたのも事実です。研究の成果を自由なものとする風潮も最近のものです」

その言葉を聞いて、なんとなく船の中でシヴァドとアザハが言っていたことが思い出された。


「レフタ共和国か…楽しみだけど、ちょっと不安かもな」

「不安?」

「うん。宗教関係者が多いと聞いたから、神話に対する批判的な見解を受け入れられないかもしれない。具体的には、『宗教というのは政治利用された神話とも捉えることができる』という見解だよ。事実、神話の適切でない解釈を扇動に利用された事例もあったはずだ。具体的なことは君の方が詳しいと思う」

アザハは思い当たる事例を頭の中でいくつか確認したらしく、その後頷いた。


「嘆かわしいことですが、過激な行為を厭わない宗派は現在も存在します」

ザーヒルの声で、俺は記憶から引っ張り出された。彼はクロナを、正確にはクロナの角を見ている。

「そういった宗派に属する人々は煉獄派と呼ばれ、魔族に対して強い嫌悪感を抱いています。魔族を封印した遺跡の撤去を求める者もいるほどです」

ザーヒルは俺たちの方へぐっと身を乗り出した。

「いかがです、私の教区に来てみませんか。比較的安全ですし、研究をする環境も整っていると思います」

要望は突然だった。シヴァドたちはそれぞれに少し驚いたような表情を浮かべた。

疑問を口にしたのはキャプテンだった。

「なんだってそんな、あんたに利のない話を持ち掛けるんだ?」

「未だ閉鎖的な側面のあるこの大陸の神話研究において、研究者を迎え入れることができるのはそれだけで利だ。そもそも数人の冒険者を迎え入れることは難しいことでもない」

「そりゃあ確かに、こいつらは本物だよ。しかしあんたの仕事はどうなる?今でさえ無茶ばっかりしてるようじゃないか」

「流石に自分のできることくらいは弁えているつもりだよ」

「だからってなあ…」

「あの」

何か言おうとしたキャプテンにきっぱりと割り込む形で、アザハが声を発した。

「本当に私たちのことを受け入れたいと思ってくださるなら、一つお願いがあります」

アザハは真っ直ぐにザーヒルを見て言った。

「私たちに何か、あなたの手伝いをさせてほしいのです」

思いがけない言葉だったらしく、ザーヒルはきょとんとしてアザハを見ている。

「手伝いですか…?」

「はい。信頼できないかもしれませんが、それでも構いません。任せることのできるものだけ任せてくれさえすれば」

アザハの言葉は硬い。身分の高い人間に対する緊張がまだ抜けないようだ。

「まあ別に、すぐに手伝わせてくれなんて言わねえけどさ、ただ居させてもらってなんにもしないってのも俺たちにとってはむず痒いんだよ。寝覚めも悪くなりそうだしな。だから思いついた時に何か任せてくれたら、それでいいんだよ」

トオガがにへらと笑いながら、アザハの言葉を遮った。それでようやくザーヒルは納得したらしく、一つしっかりと頷いた。

「そうすることにしましょう」


俺たちは自分たちの荷物を海賊のみんなから受け取った。荷物はカデナとの戦いの最中に見つからないよう入念に隠されていた。

「ザーヒルさんは太っ腹なお方だぜ、お前さんがた。キャプテンも随分世話になったと聞くし、俺たちに対しても真っ当な商売を手伝ってくれる」

「海賊って名乗ってんのに真っ当な商売するのか」

船員から自分の荷物を受け取ったトオガの顔には、変なことを聞いたという感想が思い切り表れていた。船員は鼻の下を擦りながら答える。

「そうさ、騙して物を売ればそりゃあ金儲けはできるかもしれんが、その後何されるか分かったもんじゃねえ。処世術ってやつさ」

それを聞いて、トオガは悪戯っぽいような意地の悪いような笑みを浮かべながら、隣で荷物を確認していたアザハにちょっかいをかけた。

「処世術だってよ。あんな優しそうなじいさんに緊張してるようじゃあ、まだ身につかねえかもな」

「それは、だって…あんなに親身になってくれるって、思わないから」

顔を赤くしながら、アザハはトオガの方を見ずに荷物を背負った。

「案外悪い奴らばっかりじゃないかもしれねえんだから、甘える準備くらいはしとけよな」

アザハがトオガを思い切りひっぱたくのを見ながら、シヴァドとクロナはスキラーから荷物を受け取った。

「お前たちは運がいい。今回は利益が多く出たので、分け前をやることにした。荷物に入れてある」

シヴァドは中身を見て、すぐに包まれた金貨を確認した。

「なんだか、申し訳ないな。君たちの成果なのに」

「嫌だと言っても受け取ってもらうぞ」

隣に立っているキャプテンが腕を組みながらそう告げた。

「私は故郷を出てからしばらく、ザーヒルに飯を食わせてもらっていた。そのザーヒルが、なにやら仕事を抱え込んで以前より体調を崩しているんだ。その金の分だけ、ザーヒルの出費も減るってもんさ。…受け取るんだ、シヴァド」

そう言われてようやく、シヴァドは頷いた。キャプテンは満足そうに微笑んだ。

出発の時間になって、俺たちは海賊に見送られながら港を出た。

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