1-6
「………なんで、ゲームキャラのお姉ちゃんが現実に?」
九郎太がお姉ちゃんと呼び、共にSEOを駆け抜けた「彼女達」の一人である乙葉は、本来ならゲーム内のキャラクター。本質的にはデータであり、現実で触れ合う事はできない。
だが乙葉は九郎太の前に現れ、その姿は父親や人情太郎もたしかに認識していた。少なくとも、この乙葉は九郎太が言い訳をするために作り出した九郎太にだけ都合のいい幻覚というワケではない。
「話せば長くなるのですが………」
そして乙葉も、こういう時ミステリアスかつ思わせぶりな発言をして場を濁すようなキャラではない。
何より九郎太を安心させるために、乙葉は全てを説明するつもりでいた…………の、だが。
「ぐぅああぁあああ!?」
再び人情太郎が場に水を差した…………の、だが様子がおかしい。
「どうしたんだ?あれ…………」
「ああ、あ、頭がッ!頭が割れるッ!?」
先程までのような臭いセリフを吐く事もなく、パンツ一丁の状態で頭を抱えて苦しんでいる。
とても演技には見えず、どういう事かと困惑する九郎太。その一方で乙葉は気づいた。
自身が切り裂いた人情太郎の衣服。そのポケット内にある携帯から漏れる怪しげな光を。
「大変…………!」
「お、お姉ちゃん?」
「逃げますよ弟くん!あれは………!」
危険を察知し急いで九郎太を逃がそうとした乙葉だったが、事態は彼女の想像したよりも一手先を行っていた。
「うぎゃあああああぁぁあああぁぁああああああ!!!???」
人情太郎のスマホの画面から禍々しい光………まるで自己増殖するブロックのような四角い光が噴出し、人情太郎を覆い、包む。
そして瞬く間に何倍、何十倍にも膨れ上がってゆくではないか。
「な、何だよアレ………!?」
「弟くん!逃げますよ!」
「えっ………うわっ!?」
乙葉は九郎太を抱き上げると、その場から駆け出す。
肥満の中年を、彼より背が高いにしてもそれほど筋肉があるようには見えない乙葉が抱えあげ、軽業師のようにその場から離れる。
そんな非現実的な光景に対するツッコミすら忘れるような更に衝撃的な光景が、今まさに繰り広げられようとしていた。
「あ、あれは…………ッ!?」
人情太郎を包む光の眉は山のように膨らんだと思うと、バランスを崩して公園のある高台から土砂を巻き込んで落下する。
ずどぉおん!という轟音と共に土煙が舞い、数度のスパークするような閃光と共に、巨大な影が立ち上がった。
『バォオオオオン!!』
最初に見えたのは黒い毛を束ねたような二本の鞭のような触手。その付け根に見えたのは、ギョロリとした目玉が一つついた、黒い毛に塗れた真っ白な肉塊。
そこから肋骨の浮き出た胴体が伸び、下半身が伸びた先にあったのは同じように黒い髪の生えた顎だけの顔と、その両脇から生えた非常に短い足。
読者諸君に解りやすく説明するなら、某海老の味がする古代怪獣を人体のパーツのみで再現したものと言えば解りやすいだろうか。なんとも生理的嫌悪感を抱く異形の怪物だ。
「嘘………あれはムクロススリ!?」
これも、SEOに登場した版権キャラクターの一体。
名を「ムクロススリ」。
少年ジャック連載の怪奇バトル漫画「|鬼斬-ONIKILL-《オニキリ》」に登場する異形の霊的怪物・鬼壊の一体で、SEOにおいてはレイドボスとして参戦。完全なエネミーキャラであり、アバターや味方NPCとしては参戦していない。
『バォオオオオン!!』
恐らくだが、描写的にあの中に人情太郎がいるのだろう。
九郎太も乙葉も別に彼がどうなろうと知ったことではないが、乙葉と違いムクロススリは60m近くある、ほとんど大怪獣といっていい巨体。
その巨体を震わせて、逃げる九郎太達目掛けて向かってきたのだ。嫌でも対処せねばなるまい。
「わ、わああ!?」
「くううっ!」
ムクロススリが髪を結った触手を振り上げて叩きつける。
乙葉はゲーム内でやっていたように飛び上がって回避したが、触手を叩きつけられた地面は砕け、飛び散った破片が街を襲う。
「な、なんだアレは!?」
「怪獣………うっ、うああ!!」
降り注ぐ瓦礫や岩が建物を破壊する。そうでなくとも、ムクロススリが進む度にその巨体は付近の建物を踏み潰す。
九郎太は、自身が大量虐殺の原因になるやも知れぬと想像し、震え上がる。
「逃げてばかりじゃ街が………でもっ………!」
だが今の自分たちにあの巨大なムクロススリに対抗する手段はない。SEO内で討伐した事はあるが、それだって大勢の他プレイヤーと力を合わせた果に成し遂げた事。
………せめて、レイドボス戦イベントでは持ち込めなかった「アレ」があればどうにかなるのでは?と九郎太の頭に過る。
「弟くん………"メガフェンサー"を使いましょう」
「えっ!?あるの!?」
「はい、呼べます!」
気づけば乙葉の手に握られていたのは、SEO内で使われるカプセル状のアイテム「信号弾」。発煙筒や信号弾のように上空に向け、パァッ!と閃光が放たれる。
この信号弾であるが、機能はずばり支援要求。いわゆる「なかまをよんだ」である。
『…………グルルルッ!!』
その存在を感知し、唸り声をあげるムクロススリ。九郎太も、聞き覚えのある「プァーン!」という聞き覚えのある警笛の音を聞いて空を見上げる。
「あ………あああっ!プラットベース!」
夕焼けの空に光の線路を引いて、巨大な"電車"が飛来する。
通常よりかなり大きなそれは、放送当時にアメリカで登場し、少し前にも日本で開通した「ライトレール」を模してデザインされた巨大な巨大な"列車型宇宙戦艦"。
ミリタリー作家で知られる大御所漫画家の名作………をさらに原案の原案とし、氏の作風を文字通り連結させた半オリジナルアニメーション「銀河列車戦記」。
その体制勢力側の主戦力として登場する車両であり、SEOにおいて九郎太達の移動拠点でもあった「プラットベース」が、地球の空に滑り込むように現れた。
『バォオオオオン!?!?』
ズドン、ズドンと車両上部にある砲台が火を吹きムクロススリを攻撃する。実弾砲のような演出であるが実態は粒子ビーム砲であり、ゲームでもそうだったように霊的存在であるハズのムクロススリにも何故か通じている。
砲撃によってムクロススリがたじろいた後、プラットベースの2号車〜3号車までの側面が、カタパルトのように展開する。
「艦載機、発進!」
『リョウカイ、カンサイキ、ハッシンイタシマス』
………プラットベースは呼ばれ方こそ宇宙戦艦であるが、細かな分類は「宇宙空母」と言うべきであり、内部に2〜3号車部分には艦載機を発進させるハッチがある。
乙葉のコールに反応して、プラットベースの制御コンピュータの無機質な機械音声と共にハッチを開き、カタパルトが展開。
本来なら宇宙戦闘機が収まっているカタパルトから出撃してゆくのは、九郎太達の中核戦力として活躍した四つのマシン。
『スカイヘッダー、ハッシンイタシマス』
銃身のような機首を持つ高速戦闘機「スカイヘッダー」。
『アームドライナー、ハッシンイタシマス』
装甲に包まれた武装新幹線「アームドライナー」。
『ディグバスター、ハッシンイタシマス』
一対のドリルを持った大型戦車、「ディグバスター」。
『デストレッガー、ハッシンイタシマス』
レールガンとミサイルを装備した水陸両用艦、「デストレッガー」。
その、モスグリーンに彩られた四機のビークルが、プラットベースより出撃する。そして次の瞬間、九郎太の身体は宙に舞い上がった。
「わああっ!?」
それが乙葉に抱きかかえ上げられたまま飛び上がったのだと気付いた時には、何が何だか解らない間に計器まみれのコックピットに腰掛けていた。
九郎太は知っていた。この無数の計器の多くは飾りであり、意味をなすのは画面に描かれた耐久値と動力残量と各種武装の残弾数。そして手元の操縦桿のみ。そして、自身がいるのはスカイヘッダーのコックピットだという事も。
「…………そうか」
九郎太は飲み込みの早い男であった。乙葉が街を救いたいという自身の考えを飲んでくれた事も、外で逃げ回るよりもここにいた方が比較的安全だからそうしてくれた事も理解した。
まあ………それはさておき一番大きな感情は。
「………"こいつ"はまだ俺を必要としているんだね、お姉ちゃん」
「そういう事です、弟くん」
アームドライナーに乗り込んでいた乙葉が、通信越しに返す。その、ノイズのかかった通信を聞いた途端に死んだはずの感情に火がつき、長年動かしていなかった九郎太の広角がニヤリと上がる。
あの日の興奮が帰ってきたのだ。コックピットシートの座り心地も、操縦桿の手触りも"あの日"のままだ。仮想現実を四人で駆け抜けた、あの日の。
「残りは自動操縦で動かします、思い切りやってください!」
「………合体だぁ!!」
正面モニターに、四機のビークルのアイコンと共に、明朝体の文字で現れる「合体」の表示。
四機が本来の姿に戻るための機能………合体システムが発動し、スカイヘッダー、アームドライナー、ディグバスター、デストレッガーが集結。変形が始まった。
まずデストレッガーの船体前部が伸び、真っ二つに割れる。艦橋が装甲の中に格納され、レールガンが収納される。
そして艦首が飛び出したかと思うと、それで地面に立ち上がり、下半身が完成する。
次はディグバスター。車体両サイドのドリルが背面に回り、飛び上がってデストレッガーの真上に。
下部のジョイントをデストレッガーの艦橋のジョイントに差し込み連結。キャタピラを内側に引いてガシャンとロックをかけ、胸が完成。
そこに滑り込むアームドライナー。2両の車体の連結が解除され、ディグバスターの両サイドに。
下部のハッチが開くと、そこから腕が出現する。そしてドリルが背面に回った事で露わになったジョイントに連結。プシュウとロックをかけて、両腕が完成した。
最後に飛来するのはスカイヘッダー。左右に伸びた翼が上に回り、方向を転換して角に。銃身のような機首が下を向いたかと思うと、いかにもロボットといった顔が現れた。
そしてディグバスターの上部ハッチが開いて現れたジョイントに、機首が挿入されて合体。
最後に真っ赤に輝く単眼が輝き、全高50m重量2900tのモスグリーンの巨体が組み上がる。
「合体完了!メガフェンサーーッ!!」
………それは、侵略者の操るロボット兵器。
………それは、本来ならヒーローになるハズだったもの。
特撮番組「ネビュラマンJ」に登場したロボット怪獣にして、九郎太達"モッツァレラ小隊"の象徴。
その名を「ロボット怪獣メガフェンサー」!!
………ずぅん!!
轟音を立てて対峙する、メガフェンサーとムクロススリ。
何も知らぬ者が見ればロボットと怪獣に見えただろうが、悲しいかなムクロススリは悪霊で、メガフェンサーは怪獣。原典では両方悪者だ。
『バォオオオオン!!』
短い足をドスンドスンと鳴らして迫るムクロススリ。
身構えるメガフェンサーに対して、上半身の触手を伸ばして締め付け、下半身の口を開いて足に噛み付いた。轟音と共に両者の巨体がぶつかり合い、上がる土煙と共にガギャッ!ミシミシミシッ!と金属の軋む音が響き、火花が散る。
「ぐう………なめるなッ!」
完全に捕まったメガフェンサーだが、九郎太からすればこの程度は想定の内。
巨体のぶつかり合いにより揺れるコックピットにも物ともせず、次の司令を下す。
「お姉ちゃん!」
「まかせて、ライナーエッジ!!」
メガフェンサーの肩、乙葉の座るアームドライナー先端から青白く輝くビームの刃が展開。ムクロススリの呪術の籠もる触手を、科学の力で焼き切った。
「ミサイル発射!!」
次は足。噛み付いたムクロススリの顎を襲う大爆発!
脚部のデストレッガーから放たれた誘導ミサイルが、ゼロ距離で炸裂したのだ。
『バォオオオオン!?』
爆破の衝撃で後退するムクロススリの顎は、爆発によりひび割れ、歯に至っては数本折れていた。
………実はムクロススリが登場したレイドイベントというのは初期に行われたものであり、サービス終了時点でのムクロススリの性能的評価はそこまで高くない。
ので、最後の時期までプレイしていた九郎太達からすれば………。
「もう敵じゃないんだよ!お前なんかッ!」
メガフェンサーの背部のドリルが分離し、右腕と連結。
瞬間、内部のタービンと連動してドリルが高速回転。強い遠心力を生み出すが、メガフェンサーのパワーを持ってすれば十分制御が可能。
そして足の裏にあるキャタピラが高速駆動し、回転するドリルの槍を構えたメガフェンサーが突撃する。
「リーマーインフェルノ!喰らえぇぇーーーっ!!」
………ドグチュアアッ!!
合体した事により回転力・破壊力の上昇したドリルによる一撃………その名も「リーマーインフェルノ」。
本来の名前はドリル突撃なのだが、九郎太がディグバスターのドリルの形状を見て、これはドリルじゃなくてリーマー…………既にある孔を拡げたり滑らかにすることで精度を上げる為に使用される工具………では?と考えた事から、勝手にそう呼んでいる。
しかしながら破壊力はお墨付きであり、ネビュラ戦士を一撃でダウンさせた破壊力は、ムクロススリのボディを簡単に撃ち貫いた!
『オ………オヤノココロ、コシラズーーーッッ!!』
数度のスパークの後、ムクロススリは大爆発を起こした。ゲーム内の演出通りの、派手なフィニッシュである。
「はぁ………はぁ…………か、勝ったァ」
飛び散る肉片が電子的な演出により消失していく様を前に、ゼエゼエと息切れを起こす九郎太。
加齢による消耗や、ゲーム内ではなく実際に身体を動かしての戦闘という事から来る疲労は苦しかった。が、それよりも強かったのは勝利への興奮。
そして。
「やりましたね弟くん!」
「お姉ちゃん………」
最愛の相手との再会。もう二度と見れないハズだった夕焼けのような瞳も、黒い髪も、大きな胸も、その全てが九郎太に最大の喜びを与えた。
「…………ッ!弟くん!」
…………が、干渉に浸る間もなく、索敵センサーに反応が走る。
バラララとプロペラを鳴らし飛来するのは、ミサイルと機関銃で武装した戦闘ヘリ。AH-64Dアパッチ・ロングボウの編隊。
ギュルルとキャタピラで地面を揺らし現れるのは、44口径120mm滑腔砲を装備した戦車。10式戦車の部隊。
両方、日本の国防組織たる自衛隊の保有する兵器であり、その銃口はメガフェンサーを取り囲むように向けられている。
「これは…………まあ、当然か」
街を守って銃口を向けられるのは少々理不尽に思えたが、九郎太としてはこうなるのも納得がいく。
九郎太は街を守ろうと戦ったワケだが、何も知らない第三者からすれば突然現れた二体の怪獣が互いに戦っているだけの構図でしかなく、国民を守る立場の自衛隊からすれば「勝ったほうが我々の敵になるだけ」である。
「どうしましょう…………」
「自衛隊に手を出すワケにはいかないよ!とりあえず逃げて………」
幸い、こちらにはプラットベースもあると、九郎太はその場から逃げるという選択肢を取ろうとする。
必要もないのに日本を敵に回す事もないし、何よりプラットベースもメガフェンサーも自衛隊の集中砲火を受けたとしてもびくともしない。
『あー、テステス。聞こえますかー?こちら自衛隊………この方位はそちらが攻撃しない限りは形式的な物なのでピリピリしないでくださーい』
メガフェンサーの足元から、拡声器越しの声が聞こえた。
見れば、10式戦車のハッチから身を乗り出して拡声器をこちらに向ける一人の女性の姿。
ブロンドの髪に少女のような外見と、こんな状況にはとても場違いというか、10式戦車から顔を出す様はどこぞの戦車道のようにも見えてしまう。
が、サングラスと真っ黒なスーツを着こなす雰囲気は外見と反比例していやに落ち着いており、それなりの場数と人生を積んできた、外見だけ大人になった"こどおじ"である九郎太とは何もかもが真逆の存在なようにも見えた。
…………後にわかった事だが実際、何もかも真逆である。
『内閣安全保障室・電脳異変災害特設対策室専従班こと通称「脳特対」の班長、紅凪です。以後お見知り置きを』
「………政府の人、ですか」
『そう、あなた達の大嫌いな上級国民』
巨大ロボ・メガフェンサーと相対してもそんな軽口を叩いて堂々とできる事、そして彼女が指揮しているであろう戦車隊もヘリ部隊もまったく動揺していない事から、彼女が相当の手練である事がわかる。
『ゲームチャンプに日本政府からの要望があるのだけれど、その前に会ってほしい相手がいるの。こんな形で何だけど、ご同行願える?』
「弟くん………」
乙葉は心配そうであったが、九郎太の答えは決まっていた。
こういう時闇の政府に捕まって解剖………と考えるのが普通だろうが、本邦がそこまで器用でない事は社会人として身をもって知っている。
後手後手が常なのに、今日現れたばかりの自分達を拘束する手段など持っているワケがない事ぐらい解る。ので。
「…………わかりました」
要求を飲む事にした。何より、政府を敵に回しても何の得もないから。
『ありがとう、では…………』
「…………あの、ですが…………」
が、突如雲行きが怪しくなる。
「…………弟くん?」
「…………今日…………なんか、色々ありすぎて…………」
仕事の疲労に加えて、限界まで走った事や親と相対した事によるストレス。そして先程の大激闘を制した事により解けた緊張の紐は、九郎太にとてつもない披露を流し出し………。
「つかれ…………が……………」
「弟くん!!」
目眩と共に、九郎太の意識は途切れた。
遠のく意識の中、乙葉が自分を呼ぶ声が残響のように闇に溶けていった…………。
このとき、九郎太はまだ知らなかった。
この戦いが始まりにすぎない事も。
自身が世界の変革の流れにいた事も。
そして待ち受ける、"好き"を問われる戦いも。