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無論エギアス族の花婿に選ばれるには厳しい審査基準があり、政治的観点からも象徴的国際結婚となるので下手な人物が選ばれる事はない。
そう凪はフォローはしたものの、やはり九郎太には「子供みたいな外見の人間に欲情する時点で十分下手な人間だよ!」という思いが頭のどこかにあった。
「弟くん、あの………」
「心配ないよ言姉ぇ。俺も政府の人間だから、仕事はするよ」
自虐的に漏らす九郎太。
エギアスの花婿達への嫌悪感と言うよりは、彼等の存在を許す事で起きる、日本社会や諸外国からの反発への懸念である。
「でも乳のでかい子供の種族ってだけでもアレなのに、それと結婚する日本人の男達なんて………世間からどんな"正義"を向けられるか、考えるだけで頭が痛いよ」
エギアス族と結婚する男達。言うまでもなく成人男性から選ばれる彼等は、乳房以外は小学生と大差ない外見の女性と結婚し、ゆくゆくは子供を作る。乳房を除いては子供の身体に欲情するのだ。つまりはそういう事である。
誤解を招くようだが、九郎太も頭では「手を出してないなら糾弾する必要はない、彼らも人権のある守られるべき市民だ」という事は解っている。しかし、それがわからない人間の方が世間は多い。もし公表されれば、ただでさえ世間から敵視されているモッツァレラ小隊の立ち位置はどうなるか。そう考えた時、直接批判を浴びせられる立場である九郎太は頭を抱えずにはいられない。
「これからどうすりゃあいいんだよ………はあ」
仕事をこなすにしても、どう立ち回るべきか。そしてこれから浴びせられるであろう「正義の一般市民様」による罵声の数々………もっと言えば妨害行為をどうするか。
そんな事を考えながら九郎太はエギアス族の難民キャンプを、乙葉とミーニャを連れて、パトロールのため歩いていた。そこに………。
「ハァ〜イ!もっとスマイルスマイルよんっ♪」
そんな悩みとは逆方向の、素っ頓狂な声が聞こえてきた。下手をすれば神経を逆なでするようなその一言であるが、どこか安心さを覚える声。
「幸せはまず笑顔から!折角のお見合い写真なのに暗い表情してたんじゃ、素敵な旦那様とは出会えないわよん?」
わざとらしいザ・お色気キャラな口調。平成に置いてこいと叱られそうな声色に二重の懐かしさを感じた九郎太達が目をやると、そこにはエギアス族の数人と写真撮影をしている一人の女性………
………否、ただの女性ではない。彼女は、口調も平成ならその出で立ちも平成だった。
パープルがかった銀色の長い髪は、うねりのついたウェーブが輝く。細いタレ目にはアメジストのような紫の瞳が輝き、同じくパープルの口紅も相まって非常に蠱惑的でありながら安っぽい印象を受ける。
「あぁんっ!もうっ!もっと明るく、明るくしなきゃダメよんっ!………まあ、あんな事があって明るくしろって言うのも酷な話だけど」
そして顔が平成なら格好も平成だ。
|肩についてるフサフサのあれ《エポレット》のついた豪勢な軍用コートのような上着を羽織って入るが、その内にあるのは布を絞ったようなビキニに前掛けのようなチャイナドレス風スカート。頭にはどうやって固定しているのか解らない、斜めにかかった帽子。
それを包む身体は血色がよく、ボン・キュ・ボンの出すとこ出してたわわに実った、冬シーズンの事など考慮していない生脚魅惑の人魚姫。あと、本来耳のある場所からは鳥の翼のような物が生えているが、これは「彼女達」の種族に共通する特徴。
一言でまとめるなら、彼女は「昔のお色気キャラ」。コンプラも人権意識も無かった、男性中心のアニメ業界が生み出した、あはんうふんと色香をばら撒くだけの、一部の愚かな思春期男子は騙せてもストーリーを楽しむ上ではノイズにしかならない存在。
だが、九郎太にとっては………。
「………ママ………?」
「は?」
九郎太の口から漏れたその一言に、凪は困惑する。
ママ。普段の九郎太の美少女を侍らせてどこか斜めに構えているいけ好かないハーレム主人公のような態度からは想像もつかない甘ったれた言葉。
「ママ………セシリアママ、だよね!?」
「あらぁん?その声は………!」
対するお色気女も、ハッと立ち上がりこちらを向く。
どゆんっと揺れる乳房がこちらを向いた時、九郎太は思わずその豊かな乳めがけて駆け出していた。
「ママぁ〜〜〜っ!!」
「クゥちゃん!!」
「会いたかった、会いたかったよママぁ!」
「私もよぉ〜ん!可愛いクゥちゃぁ〜ん!!」
瞬間二人は駆け寄り合い、互いに抱き合う。
まるで離れ離れのママと息子が時を経て再会したかのような感動を覚える演出だが、九郎太が実は30ちょいの中年男性である事を知っている凪からすれば、相手の痴女のような格好も相まって変態的なプレイにしか見えない。
そして、九郎太が乙葉を姉、ミーニャを妹としている事。そしてメガフェンサーを構成するビークルは4機だった事をふとを思い出し、ある結論に至る。
「………え、待って?まさかあの人もまさか?」
「ええ、そのまさかですよ」
感動の再会に喜ぶ九郎太に代わって乙葉が告げる真実。彼があの痴女をママと呼ぶ理由、それは……。
「あの人はモッツァレラ小隊の四人目、少女艦サン・マルコのセシリアさんです」
「少女………少女?」
言われてようやく凪は、彼女………強襲揚陸艦サン・マルコの魂を宿した少女艦「セシリア」と、そのの出典であるソシャゲ「少女艦隊×プリティーフリート」の存在を思い出した。
しかしながら、彼女を"少女"と分類する事に関しては抵抗を見せた。なんせ、言動や仕草がどれを取っても彼女の中にある「バブリーなおばさんキャラ」のイメージであり、アニメやゲームなら母と息子でも十分通じる所だ。
「んちゅ……ママっ、ママぁ……」
「やぁん♡あんっ♡ちゅっ♡ちゅっ♡」
「喜びが高じておっぱじめんなどアホーーーッ!!」
そして放っておいたら案の定再会の喜びがエスカレードし出したので、凪は全力で二人を引き剥がしたのであった。
***
モッツァレラ小隊の四人目であるサン・マルコ=セシリアは、出典作もSEO内での加入順も一番最後である。
それなのにモッツァレラ小隊で与えられた役割が「ママ」というのは奇妙な話である。が、そこらへんは気にしたら負けなのだろう。
現にかの超有名ロボット漫画「鉄人プルト」だって、主人公ロボットプルトの両親は、プルトより後に作られている。それに設定通りメンタルは"一応は"大人であり、ゲーム内でも九郎太達をよく助けてくれていた。ので、そういう面では「ママ」と読んで差し支えはないだろう。
「というか、ママもこっちに来てたんだね」
「ごめんねぇ、クゥちゃん、みんな。会いに行くのが遅くなっちゃって……」
聞けば、目が覚めた時セシリアはアメリカに居たという。ミーニャもイギリスに居た事を考えると、起きていきなり九郎太に会えた乙葉はラッキーである。
しかしながら、彼女の持つ能力………その原典であるイタリア強襲揚陸艦サン・マルコへの変身能力を使えば、今回やったようにすぐにでも日本に迎えた。だが、それをしなかった理由がある。
「地理的に難しかったのもあるわぁ。でもママね、どうしてもエギアス族の皆様を助けたくなっちゃったのよん」
口調はふざけてはいるが、彼女の目は真剣そのものだった。
「エギアス族の皆様は混迷する世界で、あえて「愛」を貫こうと戦う人達!たとえ世間の重圧に潰されようが、その胸に抱いた「愛」のために戦い抜く!そんな人達を見たら助けたくもなっちゃうわよッ!なんせこの地球を支えているのは「愛」に他ならないのだからッ!」
「あ、相変わらずだね、ママ………」
まるで劇場か演説のように身振り手振り、そしてどこから再生しているのか解らないオペラのような音楽と薔薇の背景を飛ばしながら愛を語らうセシリア。セオベイドらしい、実にアニメ的な演出。
そんな様を見れば解るだろうが、サン・マルコ・セシリアの行動原理、それはずばり「愛」だ。出典作である「プリティーフリート」の頃から、彼女が登場するイベントも、ホーム画面でプレイヤーに投げかけるリアクションの数々も、性愛、隣人愛、恋愛、友愛、その多諸々の「愛」について熱く激しく淫靡に語るのが常である。
お色気枠だからというのもあるが、ソシャゲ悪習のパイタッチも、他の少女艦のように注意や嫌がるといった素振りではなくそれを愛情表現だとして誘うかのような態度を見せるのだから、相当である。
「………そして、あなた達も」
「えっ?」
「あなた達も、愛のために戦っているのでしょう?」
言われて気づく。否、思い出す。
今のモッツァレラ小隊が戦っているのは、お給料と治安維持の他にもう一つ。
「セオベイドと、セオベイターを含めた人間達………その愛を、共存の中で育まれる、私達のような絆のカタチを守るために戦う………ママ、とっても誇らしいわ」
今まで直視していなかったが、言われて初めて気付いた。九郎太の心は、最初からその方向を向き、進んでいる事に。
彼自身、心の支えであった彼女らと無理やり引き離され長い年月を過ごした事は、耐え難い苦痛である。だが問題は、その苦しみを味わったのは九郎太一人ではないという事。
SEO自体星のような数のプレイヤーがおり、その中には九郎太のようにNPCと愛を育む者がいた。彼等も無理やり引き離され、再び巡り会えた。
「………そうか、そう、だったんだ………」
自分が離れないために、もそうだ。しかし自分のような人間を二度と産まないために。
人とセオベイドが、この先も共に歩むために。
「………弟くん?」
「………ぐす………っ」
自覚と同時に、九郎太は自分を恥じた。先程までエギアス族の花婿となる男達に向けていた悪感情は、自分と彼女らを引き裂いた"善良なる一般市民"のそれと同じだったからだ。
「………泣いてるの……?」
「………うん………自分が、恥ずかしくて………」
気づかぬ内に自分が最も憎む相手と同じ思考に陥っていた事実は、九郎太を深く悲しませる。
だがその罪悪感と自己嫌悪の涙を、セシリアは在りし日のように抱きとめる。
「ひ、ぐ…………ママ?」
「間違いは誰にでもある事よ」
セシリアもそうだし、ミーニャも乙葉も九郎太が彼が思うほど思いやりのない人間ではない事を知っている。しかし自己嫌悪で悪い方向に行ってしまうので、時折こうやって軌道修正してあげるのだ。
「あなたはそれに気づけた、自分を止められた、しそれは立派な事よ………本当に悪い人達は、言われたってやめようとしないんだから」
「ぐすっ………ママ………」
「よしよし、いい子………いい子………」
セシリアの胸の中で懺悔の涙を流す九郎太だが、物事は彼らに安らぐ時間を与えてすらくれなかった。
「泉機動部隊長っ!泉機動部隊長ーっ!!」
血相を変えた様子で、スーツ姿の男性が走ってきた。脳特対の班員の一人で、凪の元で作戦立案を行っている男だ。何やらただ事ではない様子に、九郎太の脳裏に嫌な予感が過る。
「どうしたんですか!?」
「敵襲、敵襲です!」
「敵襲!?敵って何です……?」
………九郎太の視点では差別と偏見だった事でも、立場が変われば社会的正当性を持った「正しさ」になりうる。ましてや、子供のような外見の女性と交わって夫婦になる成人男性が集められようとしているのだ。
「こ、今回の事が漏れていたようです!女性と子どもを守るナントカって団体が、キャンプに押し入ろうとしているのです!」
「何………!?」
怒りに震え、武器を手に殴りかかる者など、いくらでも湧いてくるだろう。




