2-8
巨大化の効力が切れたオファニムは、まるで逆再生するかのように元の20mサイズへと戻ってゆく。
装甲はひしゃげ、関節は火を吹き、立ち上がる事はない。ジャッカルも死んだ虎も死んだ。
「……………やっぱり強いなあ、クー兄ぃ」
火花散るコックピットにて、ミーニャは九郎太の強さを改めて感じ、ヤケクソ気味に挑みかかった自身を自嘲した。
乗機は半壊し、武装は全て破壊された。
原典通りならこの後踏み殺されるのだが、同じシチュエーションになっても何も感じないのは、そこにいるのが九郎太だと知っているから。
………ゴウン、ゴウン、ゴウン
そんなミーニャの耳に、オファニムの集音マイクが拾った低い機動音が僅かに聞こえてきた。
気のせいかと思ったがそれは徐々に大きくなり、現実であるとミーニャに宣告する。
こんな状況で空港は閉じているはずでは?と思い、ノイズまみれで死んだメインモニターを解除し、コックピットを開いて外を見る。
そこには。
「…………あっ!!」
真っ青な日本の空を切り裂いてやってきたのは、モスグリーンに塗装された軍用の輸送機。
そこには、本来の所属を表すマークに大きく☓が記され、その上に湯気の上がるティーカップのマークが描かれていた。
ミーニャは、そのマークをよく知っている。あの日、虹の日にどういう訳かヨーロッパで受肉して、当時あったセオベイドに対する政府からの弾圧から逃れるために入った、現地のセオベイターによる自助連合。
いつしかそれは、政府の腐敗と不正が明るみに出ると同時に革命軍となり、ミーニャもモッツァレラ小隊としての力と技で戦いに貢献した。
あの湯気の上がるティーカップは、その時に自分達の国民性を皮肉る意図を込めて組織のリーダーが考えた、いわば革命の象徴なのだ。
「言っただろ?この怒りは、俺だけのものじゃないって」
「えっ?」
「あいつに何もかもを奪われたのは俺だけじゃない、俺達だけでもない、だから…………」
そう、あれはミーニャが身を置いていた、ジョンレノ率いる反政府勢力「宇宙の会」。そのエンブレムだ。
あれが、こっちに来ているというわけは…………
「だから、復讐を独り占めしちゃだめだ…………あいつは世間の明るみに出された上で、みんなの前で裁かれなきゃ」
………九郎太も、無意識のうちに信じていたのだろう。悪は必ず裁かれると。
***
あの忌々しいティーカップのエンブレムが見えた途端、ニコライは恐怖に震え上がる。
自身を追い詰めた革命軍・宇宙の会が、ミーニャに続くように日本に現れたのだ。
「お、おい!早くあのテロリストをなんとかしろ!領空侵犯されてるんだぞ!?いいのか小児性愛者ども!!」
それまでと輪にかけてヒステリックに叫び散らすニコライだが、返ってきたのは意外な反応だった。
つい先程まで自分の発言に慌てていた日本政府の連中が、人が変わったかのように真顔になり、こちらを睨みつけているではないか。まるで、もうお前らに従う事はないとでも言うかのように。
「な、何だ!?何のつもりだジャップめ!」
そんな急変した状況に戸惑うニコライ。その眼前で、わざとらしく澄まし顔で歩いてきた凪が総理に耳打ちする。
「時間稼ぎありがとうございます、総理」
「なあに。こういうのは大得意さ、ははは」
自嘲気味に笑う総理を後にして、威圧感のある笑みでニコライの前に来る凪。
日本人の小娘を前にしているだけなのに、ニコライには相対する凪がおそるべき巨人に見えてしまっていた。
「つい先程、イギリス政府から正式に発表がありました。"我々は宇宙の会の要求をすべて受け入れ、セオベイター並びセオベイドの人権と生存権を認め、その弾圧に関わった全ての政治家、活動家、軍人を国際指名手配とするものである"と」
「な、何だっ……………!?」
出鱈目を言うなと吠えようとするニコライに、凪はトドメだとばかりに愛用の電子タブレットを突きつける。
そこではイギリス政府の大統領がセオベイター・セオベイド達への謝罪に加え、凪が言った事と同じ事を言っていた。
「何だと…………!?」
「そ、そんな…………!」
ニコライの後ろにいた活動家達は、そのタブレットから流れる動画の内容を前に狼狽えた。
この内容に従うと、自分達はテロリストに追われて国から逃げた可哀想な人達ではなく、ただの国外逃亡した圧制者でしかないと突きつけられているからだ。それを突きつけるかのように、予め待機していたでたろう警官達がニコライ達を取り囲んでいる。
「貴様、まさかこの為に時間稼ぎを!?」
「想像にお任せ致しますわニコライさん。まあどっちみち、国際指名手配犯を亡命させるほど、日本もお馬鹿じゃありませんので」
勝ち誇ったが故の馬鹿にするような凪の態度。道徳的に見下している東洋人の、それも自分よりはるかに年下の若い女性でありながら、アニメ人間の肩を持つという男社会に染まった凪の姿に、ニコライは強烈な違和感と同時に怒りが込み上げてきた。
「貴様…………私が何のために、何のために…………!」
何のためにやってきた。
タイで起こっている児童買春を捏造したのも。
モンゴルの一夫多妻制の部族を性犯罪者だと騒ぎ立てて解体させたのも。
紛争地域に赴いて真実を曲解した片方が悪者になる記事を大々的に書いたのも。
好きでもない中国系の妻を点数稼ぎのために適当並べて口説いたのも。
法的になんの問題も不正もなかったSEOを市民の正義感を煽る事で社会悪に祭り上げサービス終了に追い込んだのも、正義のためだ。
道徳的に劣った野蛮人どもに倫理を教育するためにニコライはやってきた。その為には"ちょっと"不正する事もあったが、全ては正義のため。
その正義を、社会というものを理解しているようには見えない(ニコライの主観)の凪に、煽るように全否定されるなどニコライにとっては耐え難い屈辱であり………
「なめてんじゃねえぞ!HENTAI文化に染まったジャップメスがァァーーー!!!」
殺されて当然だと、ニコライは殺人を自己正当化して隠し持っていた拳銃を引き抜いた。
その次の瞬間、夕凪のような金色の髪はふわりと宙を舞い、ストッキングに覆われたカモシカのように細い爪先と、一方で強靭な筋肉に包まれた太ももが唸り、ニコライの持つ拳銃を蹴り飛ばした。
バシィ!という暴打音と掌の痛みを認識するより早く、ニコライの身体はぐらりと傾き、気がつけば地面に叩きつけられていた。
「ぐべぇ!?」
潰されたヒキガエルのような声を挙げるニコライは、そこで自分が凪によって無力化され、取り押さえられた事にようやく気づいた。
見れば、他の活動家達も取り押さえられ、空港の入り口からイギリス政府と思われる者たちがやってきた。
「ジャップナメんな、ブリカス」
正義に酔い、その欲求を満たすために罪もないオタク文化を弾圧し、多くのセオベイド達を踏みにじった者の末路。
それは見下した少女に組み伏せられて、今度は自分が悪の烙印を押され世界中から裁かれるという、因果応報な物だった。
***
………都心の一等地、そのタワーマンション。
そこは下々の一切の動乱から、金に物を言わせて得た秩序と倫理によって守られる現代の天上界。
故に虹の日による世界の混乱もまた、その影響が出るのはもう少し先である。
一名を除いて。
「………はい。ええ、ありがとうございます」
真っ暗な部屋。開いた窓から見える青空のみが光源となるその部屋に、男は一人住んでいる。
野明崎蘭堂がアラフォーでありながら20代と変わらぬ若々しさを得ているのは、持ち前のストイックさと、趣味である創作を仕事にしたからだ。
必要最低限の適度な食事と、好きな事をして、気晴らしを兼ねた適度な運動で体力を作る。
元々家が裕福目だった事もあり、野亜崎は国民比率の数%に過ぎぬ富裕層、属的な言い方をすると"上級国民"の椅子に座る事が出来ている。
『もうこちらも大混乱だ、私は日々女の子としっぽりできて天国だがね!』
彼の手にした携帯電話の向こう、アメリカから通話しているゲーリ・ケッチャムは自嘲と自慢を込めて笑った。
何も知らぬ人が見れば住む世界の違う二人であるが、何を隠そう野亜崎とゲーリはこの異変の現況………歴史的オンラインゲーム、サイバーエデンオンラインを作り上げた5人のクリエイターの一角。
「そっちは相当酷いみたいだね」
『ひどいも何も、南北戦争の再来みたいなもんさ。悪のアニメ人間を滅ぼせ、それこそがアメリカの正義だって』
「アニメ人間?」
『誰が言い出したかは知らないけど、セオベイターとセオベイドに対する差別意識を込めた蔑称。ヘイトスピーチだよヘイトスピーチ』
野亜崎のつけたテレビでも、アメリカの混乱を報道するニュースが流れている。セオベイター側による大規模なクーデターが発生しているようだ。
「日本は気楽なものさ。世にセオベイドが溢れ、隣人がセオベイターになったとしても、いつものように会社に生き、学校に向かう」
『………それ以外の選択肢を知らんからだろう?』
「ははは、こいつは手厳しい」
あちら側の国民性は触る程度しか知らない野亜崎だが、SEOが取り扱っていた日本のコンテンツが海外の"正しい人々"からどういった感情で見られているかを考えればこうなるのも頷ける。
何より、ニコライ・クリストファーが事を起こした時、真っ先に便乗したのはアメリカの団体だった事は、野亜崎も覚えている。
『とにかく、いずれ野亜崎の元にもセオベイドがやってくる』
「本当に来るのか?」
『ああ、強く縁を想った相手は必ず現れる。ギャロップの前には女戦士リーゼが、俺の周りにはギャルゲの女の子が現れた』
「まるで昔のコピペだな、死の間際に美少女キャラが迎えに来るやつ」
『何だそれ?』
「ん、いや、知らんならいい」
ゲーリの電話の理由は、長年合っていない仲間との世間話と安全確認に加え、どうもこれらしい。
セオベイドは、象った二次元キャラクターそのものの特性を持っており、好意や信仰を始めとする強い「愛」の感情に反応して、その者の前に現れるという。
例えば、アダルトゲーム"むくわれぬもの"を愛好し、そのヒロインにガチ恋をしていたオタクの元には、そのヒロインとなったセオベイドが現れる。
ゲーリやギャロップも愛した美少女達が現れたし、元プレイヤーのセオベイター達に関しては、言わずもがな。
『兎に角、いつ自身の"推し"が現れてもいいように…………っと、まずいな』
携帯の向こうから、タタタという乾いた音が聞こえてくる。おそらく、ゲーリもSEOの代表としてセオベイド達の戦いの中にいるのだろう。
『兎に角だ、セオベイドが来たら丁重にもてなしてやれよ』
「ああ、ゲーリもお元気で」
『………今度一緒にワクドナルドにでも行こうぜ、じゃあ』
それを最後に、ゲーリの電話は切られた。
「ワクドナルドて………もうそんな歳でもないだろ?」
あの日の、夢に燃えた若き日々から変わっていないゲーリの感性に、野亜崎は安心すると同時に呆れていた。この年で肉厚ハンバーガーは胃腸が悲鳴をあげるぞ、と。
そしてまだ湯気の残るコーヒーに手を伸ばした、その時。
…………すた、すた、すた
足音だ。野亜崎のいる部屋に、足音が聞こえてきた。
ここは厳重なセキュリティに守られた、高層タワーマンションの上階。空き巣のような泥棒の類とは考えにくいし、何より野亜崎に訪ねてくるような家族はいない。と、なると。
「ほう………意外と早かったじゃないか?」
ゲーリの知らせ通り、野亜崎の感情に呼応したセオベイドが訪ねてきたのだ。現に野亜崎は、自身の見つめる部屋の端にある扉。その向こうにある玄関に繋がる廊下に、人の気配を感じた。
さて、誰が来るか。
星雲賞を受賞したコスモレガシーの宇宙人か。
それとも、もう一つの代表作・宇宙戦艦戦記のパイロットか。
はたまた、別の代表作からの出典か。
思い入れのある作品はいくつもあるが、作家としては己の代表作がなんだかんだ一番好き。なら、そこからの引用を考えるのが普通。
そうこう考えていると、やがて部屋の扉のドアノブが回り、ゆっくりと開いてゆく。
「……………………は?」
だが、自らの子供達とも言うべき存在との会合を夢想していた野亜崎の表情は、瞬く間に硬直した。
たしかに、そこに居たのは自らの創作により生まれた存在である。それは、野亜崎が期待していた宇宙人やパイロットと同じ。
しかしながら、その薄いブラウンのボブカットも、メガネも、制服も。何もかもが"こんな美少女が自分だけを愛してくれたら"という稚拙かつ薄汚い願望を出力していたから。
「…………ひさしぶり、ランくん」
「………………ユウリ」
確かに、野亜崎の自ら想像したキャラクターは、セオベイドとなって彼の前に現れた。
もっともそれは、彼の若さが生み出した「黒歴史」でもあったのだが。




