2-6
極力ニコライ達から離れた場所の、空港内ベンチに乙葉を座らせる。最初はフーフーと苦しそうにしていた乙葉も、ゆっくりと落ち着きを取り戻してきた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「は、はい…………ごめんなさい、弟くん」
心配そうに九郎太が渡したカップのミルクココアを、ゆっくりと飲む乙葉。昔、インターネットでミルクココアを飲むと気分が落ち着くとどこかで見たが故の行動だ。
現に乙葉は落ち着きを取り戻している。が、表情は相変わらず弱々しく、まるでトラウマに怯えているよう。
「あの人………ニコライさんを見た時、急にすごく怖くなって………頭がグシャグシャになって………」
聞いて、九郎太は確信する。ようではない、実際にトラウマを呼び起こされてパニックに陥ったのだ。
言うまでもなく、ニコライは大衆や企業を扇動してSEOをサービス終了に追い込んだわけだが、単にオンラインゲームが一つ終わった事とは訳が違う。
あそこには乙葉………だけではない。セオベイドという意志を持った生命がいくつもいた。言ってみれば、ニコライは彼等の世界を一度終わらせたようなものだ。
「(そりゃ………怖いよな)」
九郎太は己を恥じた。ニコライを前にして湧き上がった感情が、SEOという居場所を自分から奪った仇という、個人的な怒りだった事に。
そして眼前でココアを手に震える乙葉を見て思う。セオベイドも被害者なのだと。故郷を奪われ、思い出を閉ざされた被害者なのだと。
そんな事を考えながら遠方を見てみれば、まだニコライ達と総理の言い合いは続いている。
場に残った凪もうんざりしたような顔をしている。その表情を見れば、こんな事はこれがはじめてでは無いのだろうという事はよく解る。そして、話は上手い方向に進んではいないという事も。
これは、本格的に国外脱出について考えたほうが良さそうだ。そう九郎太の頭に過ぎった次の瞬間である。
「えっ、何あれ…………」
「何?何?」
「え…………嘘、何?」
先に喧騒から聞こえてきたのは、防音ガラスによって音が遮られていたから。
ようやく異変に気づいた九郎太が顔を上げると、窓の先の先、ターミナルから遠く離れたこの羽田空港の端。海に大きな水飛沫を立てて、巨大な物が上がってきた。
まるで隠れた名作「大魔獣ダガン」の一幕を思わせる光景であるが、現れた物はその怪獣ダガンの半分ほど。であっても、同等の脅威を持った存在である。
「えっ、ウィンダム………?」
「ロボット、またセオベイター?」
群衆が巨大ロボットを「ウィンダム」と呼ぶのは知名度と一般人の認識からして仕方がない事であるが、羽田空港に海から上陸する真紅のロボットは言うまでもなくウィンダムではない。
兵器としての区分を「I-DOLE」、名を「オファニム」。アニメ作品「アイドルサイアー・オルタナティヴ」に登場するロボット兵器で、本来は敵である宇宙生物と戦うために作られたのだが…………と、本編での扱いは割愛する。
しかし、次の瞬間このオファニムがやった事は、原作再現とも言える行動であった。
ウィィン。駆動音を立てて、電磁加速式拳銃を握ったオファニムの腕が、ゆっくりと上がる。
焦らしているか気取っているかのように見える。パイロットからしてそうしているのは確かだが、実際は狙いを定めている。
して、その狙い。コックピットのモニターから狙う先は…………。
「………ニコライィィッ!!」
可愛らしい声を怨嗟に歪め、金の眼が狙うは文字通りの"家族の仇"。
しかしながら、ヒュン!と電磁加速により放たれた弾丸は仇を穿つ事は無かった。
怒りが強すぎた、車線上に飛行機が割り込んできた、わずかに残った善意が邪魔をした等要因はいくつもあるが、リニアライフルの弾丸は空港ターミナルの上空を通過し、空の彼方に消える。
「わああっ!」
「ひいいいっ!!」
途端、悲鳴が響き渡る。無事だったとしても"撃たれた"という事実、つまりあのロボットがこちらに明確な殺意を向けているという事実は、空港にいた人々を恐怖とパニックに叩き落した。
「あ、あ…………!」
それはニコライ達亡命してきた活動家達も変わらないワケだが、味わう恐怖は何の関係もない一般人達の比ではない。
なんせニコライ達は、あの機体から逃げてここまで来たのだ。イギリスから直行で来なかったのは行く先々で入国を拒否されたからだが、何よりアレから逃げて、なんとか撒こうと各地を転々としたからだ。
ハワイ空軍によって撃墜されたと思われたが、ヤツはご覧の通り生きていて、確実に仕留めんとばかりに羽田空港に上陸。ズシンズシンと近づいてきた。
「お、おい!早く私を入国させろ!ここから逃げさせろ!」
「そ、そうは仰られましても………」
「こんな時まで法律縛りか!?小児性愛者の日本人め!!」
迫る危機に対して、もはや紳士ぶる事も内に眠るドス黒い差別主義者の面も隠さずニコライは総理に掴みかかった。見れば、他の役人達もパニックに陥り右往左往している。
こういう時こそ………と、凪は遠くで待機しているであろう九郎太達を仰いだが。
「いないッ!?」
なんと、ベンチで休んでいるハズの二人は凪が視線を向けた時には忽然と姿を消していた。
辺りを見ても見当たらず、こんな国家の醜態を見せられてとうとう逃げたかと思ったが、すぐにその心配は杞憂に終わる。
………ズドンッ!!
爆発が起きる。オファニムが飛行場にある飛行機を踏みつけたかと思ったが、見れば爆発が起きているのはオファニム自体。
飛来したミサイルの攻撃を受けたワケだが、無論その程度で対宇宙生物用に作られたオファニムが倒れるハズもなく、何者だ?とでも言うように空を見上げる。
プァーン!という警笛と共に、日本の空に光の線路を引いて飛来するは、列車戦艦プラットベース。
その車体上部からビーム砲に加え、ミサイルが放たれる。オファニムに食らわせたのはこれだ。
本来の設定上は小惑星を消し去る程の威力があるそれだが、オファニムはかなり強化されているらしく、身を屈めて攻撃を防ぐだけで決定打は与えられない。
が、問題はない。九郎太達もこれで倒せるとは思っていないからだ。
『スカイヘッダー、ハッシンイタシマス』
『アームドライナー、ハッシンイタシマス』
『ディグバスター、ハッシンイタシマス』
『デストレッガー、ハッシンイタシマス』
カタパルトが開き、軍事チックなモスグリーンに彩られた四機のビークルが、プラットベースより出撃する。
傍から見れば列車から戦闘機や戦車が出撃するというシュールな光景だが、その巨大さと緊迫した状況故か、指摘する者はいない。
「弟くん、あの機体は………!」
「うん、間違いない」
ミサイルによる時間稼ぎは終わったが、その数秒の間オファニムはじっと四機のビークルを睨んだままだ。まるで、さっさと合体しろとでも言っているかのように。
対する九郎太と乙葉も、あの機体には見覚えがある様子だ。オタク故の知識からでも、あの機体の出演作に思い入れがあるからでもない。
が、まずは。
「お姉ちゃん………やるしかない!」
「………ええ!」
こんな事を、日本国に対するテロを行ったも同然たる相手は、まだ彼らが脳特隊の一員である今は見逃すわけにはいかない。
たとえ、どんな関係があろうと実力を行使して拘束するしかないのだ。
「メがフェンサー、合体だぁっ!!」
正面モニターに、四機のビークルのアイコンと共に、明朝体の文字で現れる「合体」の表示。
四機が本来の姿に戻るための機能………合体システムが発動し、スカイヘッダー、アームドライナー、ディグバスター、デストレッガーが集結。変形が始まった。
まずデストレッガーの船体前部が伸び、真っ二つに割れる。艦橋が装甲の中に格納され、レールガンが収納される。
そして艦首が飛び出したかと思うと、それで地面に立ち上がり、下半身が完成する。
次はディグバスター。車体両サイドのドリルが背面に回り、飛び上がってデストレッガーの真上に。
下部のジョイントをデストレッガーの艦橋のジョイントに差し込み連結。キャタピラを内側に引いてガシャンとロックをかけ、胸が完成。
そこに滑り込むアームドライナー。2両の車体の連結が解除され、ディグバスターの両サイドに。
下部のハッチが開くと、そこから腕が出現する。そしてドリルが背面に回った事で露わになったジョイントに連結。プシュウとロックをかけて、両腕が完成した。
最後に飛来するのはスカイヘッダー。左右に伸びた翼が上に回り、方向を転換して角に。銃身のような機首が下を向いたかと思うと、いかにもロボットといった顔が現れた。
そしてディグバスターの上部ハッチが開いて現れたジョイントに、機首が挿入されて合体。
最後に真っ赤に輝く単眼が輝き、全高50m重量2900tのモスグリーンの巨体が組み上がる。
「合体完了!メガフェンサーーッ!!」
………それは、見てくれだけならヒーローメカのようだ。
………確かにそれは、本来ならヒーローになるハズだったもの。
だが忘れてはいけない、これでも立派な怪獣………悪者なのだ。
ロボット怪獣メガフェンサー、モッツァレラ小隊の切り札にして象徴たるその巨大アバターは、不本意ながらも日本を守るためにオファニムの前に立ち塞がった。
ズシン!と地面を揺らし、羽田空港に降り立つメガフェンサー。50mの巨大ロボット怪獣と20mのリアルロボットが対峙した姿は、大人と幼児の体格差を思わせる。どちらが有利かは一目瞭然。
にも関わらず、二体のロボットは対峙したまま動かない。
「………お、おい!あのアニメ人間どもは何やってる!?」
「さあ………」
「さあじゃない!さっさとあの赤いロボットを制圧させろ!総理だろお前!」
しびれを切らしたニコライが怒り散らかすが、それでも二体は動かない。総理はただ、たじろぐだけ。
まあ、ここで総理がとやかく言った所で状況はどうにもならないだろうが。
「あのロボットは…………」
一方で凪はというと、本能的な勘というのだろうか、あのオファニムに対してただならぬ気迫のようなものを感じていた。
見かけだけならメガフェンサーの方が圧倒的に有利に見える。だがオファニムから放たれるただならぬプレッシャーが、両者の力量が必ずしも見た目通りでない事を主張している。そも、プラットベースのミサイルに耐える時点で普通ではないのだが。
「(そういえば、モッツァレラ小隊のメンバーは…………!)」
そして思い出した。資料で渡されたモッツァレラ小隊のメンバー。それは、九郎太と乙葉だけではなかったと。
何より、あのオファニムはメンバーの内の一人が乗機としていたものだと。
「そこに…………いるんだな?」
問う。だが九郎太は問いかけが否定される事を望んだ。自身の予想が外れる事を望んだ。それが現実なら、九郎太は最愛の相手の一人に刃を向けなければならなくなるからだ。
「……………ミーニャ!」
しかし、現実というやつは相変わらず残酷で無慈悲でろくでなしだった。
その、オファニムのコックピットに座る真紅のツインテールを揺らし、同じ"恋人に銃を向ける"という苦しみの感情で金の瞳を歪め、無慈悲に答えた。
「…………おひさ、クー兄ぃ」
ゲーム作品「アイドルサイアー」で生まれ、多くの人々を萌え狂わせた蠱惑的な声色は、その残酷な現実を突きつけた。
モッツァレラ小隊の一人、第二夫人にして妹「ミーニャ・ドロッセル」は敵になった、と。




