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虹の日を堺にした世界中の混乱により、ここ羽田空港に訪れる空の便もめっきり減ってしまった。そんな中、ひどく傷ついて今にも墜落しそうな軍用輸送機が着陸してくる。
まるで死にかけのカナブンのようなそれは、アスファルトを降着装置の車輪で切りつけながら、ガラガラの日本の玄関に我が物顔で居座った。
「………どこの国の飛行機です?」
「フランス空軍の払い下げで、たしか南アメリカの民間団体が買い取って戦地への支援に使おうとしてたんだって」
「民間団体ぃ?軍用機なんてよく買えましたね」
「ま、支援の企画はポシャったみたいだけどね」
軍用機の詳細を凪から聞かされる九郎太。
今彼は空港のロビーで、一緒に来た乙葉は勿論、総理と数名の官僚と一緒に軍用機に乗って来日した"彼ら"を待っている。
じっと待っていると、旅客機の乗り込み口か数名の外国人が歩いてくるのが見えた。
「………約束して」
「何をです?」
「………何があっても、怒りを吐き出さないで」
いきなりどうしたのだろう?と思った九郎太はであったが、飛行機から降りてきてこちらに向かってきた一団を見て、すぐにその言葉の真意を理解した。
「ようこそ日本へ、ミスタークリストファー」
その男の姿を見たら、九郎太でなくともサイバーエデンのかつての民達なら、突発的かつ急性的な殺意の高まりを感じただろう。
そうでなくとも、こんな単語が浮かんだはずだ。
"どの面下げて"と。
「"豪勢なお出迎え"どうも、岸本総理」
その、セオベイター化により獲得したSEOを由来とする翻訳機能により聞いたイギリス人らしい皮肉と、当時クソコラとして何度も見る機会のあった腹の立つニヤケ面も当時のままだ。
ニコライ・クリストファー。SEOを終わらせた男。九郎太を筆頭とするプレイヤーの大切なものを奪い、乙葉達セオベイドを泣かせてきた存在。
「それでこちらが…………」
「ええ、はい。セオベイターによる治安維持部隊、その最初のメンバーです」
「セオベイター………あのアニメ人間の事ですか?」
こちらをジロリと見るニコライを前にして、九郎太の表情は強張る。
アニメ人間というのは、恐らく自分達セオベイターやセオベイドの事を指しているのだろうと九郎太が察した直後、ニコライはため息を吐き捨てる。
「国防や治安維持までアニメや漫画に頼るとは流石日本ですね?この国には大人がいないのですか?」
「………は?」
「泉くん!ステイッ、ステイッ」
皮肉を通り越して直球の暴言。
当然、それは九郎太の怒りを誘発し、凪がどうどうと宥めている。
「そ………それで、要件は何です?」
「見てわかりませんか」
総理に対しても完全に見下した態度を止めないニコライ。流石に後ろにいる活動家達も狼狽えはじめる。
その内の一人が流石にやめろと耳打ちをして、ようやくニコライは来日の要件を話す。
「知っての通りイギリスは今アニメ人間による反乱で崩壊し、国家の運用すらできない状態にある。ので我々は、日本に対しての亡命を希望します」
官僚たちの間にざわめきが広がる。
そりゃあそうだ。セオベイター・セオベイドとの共存を目指そうとしているタイミングで彼の亡命を受け入れる事が何を意味するかぐらい、彼等にも解っている。
そうでなくとも、いきなりやってきた相手の亡命を認めるなど、常識的に考えてすぐに答えは出せない。
「いきなりは無理です、少しお時間を…………」
「またお得意の会議ですか。慎重さは結構ですが、その間我々はどうすれば?まさか、こんな空港に閉じ込めるとでも?」
そもそもお前らがいきなり来るのが悪いんだろう!と総理が毒づきそうになるが、なんとか堪える。
そんな、空気を読んで発言を慎むという感性であるが、ニコライには"言い負かされて返す事ができない状態"にしか見えていない。
今に限らず、ニコライのような活動家が日本人に対して強気な態度なのは、こういった感性の違いもある………のかも知れない。
「…………俺の危惧していた事が、現実になってしまった………」
一方、政治家と活動家の話し合いから置いていかれた九郎太達モッツァレラ小隊と凪であるが、九郎太は頭を抱えていた。
ここに来る前に、もしニコライが日本に亡命してきたら日本は再び世界を敵に回す事になる。という話をしていた。そして今、九郎太の嫌な予感は的中してしまった。
「凪さん………どうにかニコライを追い返したりできません?」
「………出来ると思う?あれに」
呆れたような凪の眼差しの先には、次々と皮肉と要求を飛ばすニコライに対して、ペコペコと頭を下げて弁明する総理。
他国の首相なり元首なりなら「帰れ!」と一喝する所だが、それが出来ない所か下手に出てしまっている様を見るに、追い返すのは難しいだろう。
イギリスでフランス革命、アメリカで独立戦争の再現が次々と起きる中、ついに日本で第二次世界大戦の再現が起きてしまうのか?と悩む九郎太。
「………ねえお姉ちゃん、こうなったら………」
こうなれば、国外逃亡も視野に入れて考えよう。と、これからの事を乙葉に伝えようとした九郎太の表情は、呆れが籠もった怪訝なそれからすぐに、驚きのものへと変わる。
「…………お姉ちゃん?」
「………ッ!………はっ………かはっ………!」
「お姉ちゃん!?」
瞳孔が開き、まるで詰まったかのように息をし、血色を失った肌とガタガタと震える症状。
以前精神薬を切らした際に同じ事が起きた九郎太だから解った。これはストレス………特に酷いトラウマを由来とする過呼吸だ。乙葉は立つことも難しいらしく、ふらりと倒れかかり、九郎太に抱き支えられた。
任務は警護だが、これではまともに警護は無理だろう。
「少し開けます、すぐ戻ります!」
「ええ」
とにかく乙葉を放置するわけにはいかず、九郎太は自分より大きな乙葉をなんとか庇いながら、この場を離れる事にした。
自分にもたれかかった乙葉の乳房を感じる余裕もない九郎太であるが、聞こえてきた舌打ちの音は聞き逃さなかった。
「………社会人の自覚が足りんな、所詮アニメ人間か」
出来れば殴りかかってやりたかった。そも、乙葉の不調の原因は十中八九あのニコライ。
しかし、今の九郎太は金と権力を手に入れようと政府の犬なわけであり、なおかつ乙葉もこの調子が故に黙って離れるしかなかった。
***
日本という国はいい意味でも悪い意味でも変化しない国だ。変化したとしても非常にゆっくりでたり、その間に世間と国家のドベで数えきれない人が犠牲になる。
そんな、いつか"彼"が言っていた言葉を思い出しながら、赤毛の少女は東京を歩いていた。
「街にはセオベイドがちらほら………にも関わらず、この視線。みんなアタシに夢中♪」
世にアニメレベルの美少女が溢れても、自分に注目するようなんだからまだ日本ではセオベイドの存在は広まっていないのだろう。そんな意味を含んではいたものの、台詞の根本は彼女の持つ自身とナルシズムによるものだ。
真っ赤な髪をツインテールにし、ビキニの上からジャケットとハーフパンツを着ただけの露出狂のような格好。遠い南国の都市部ならまだしも、日本の東京でこんな格好をしているのは彼女ぐらいだ。
それが元々の、あの時「彼」にもらった姿だからというのもあるが、よほど自分に自信がなければこんな格好で堂々とはできない。それを表すがごとく、胸はハリがあって豊かであり、尻と脚にはミッチリと柔肉が詰まっている。
「はいちょっと待ってください、あなた、あなたです」
一瞬自分が呼び止められた?と思った赤髪の少女だだったが、その声が聞こえてきたのは視界の端。見れば、携帯を構えた一団が一組の男女を取り囲んでいるではないか。
「な、何なんですかあなた達」
「子供相手にあなた何やってるんですか?え?」
「いや、彼女は………」
「児童買春は犯罪なんですよ?知らないんですかー?」
彼女はまだ知らなかったのだが、虹の日前後で流行っている「私人逮捕系」と呼ばれる動画配信者たちだ。
読んで字の如く、犯罪者をつきとめて逮捕し警察に突き出す様子を動画にしているのだが、法律上私人逮捕というのは下手をすれば自身が逮捕される可能性もある危険なもの。
「撮らないでください!彼女怖がってます!」
「ロリコン野郎がなーにをほざいてんですか?」
「逃げないでくださいよ、ねえ?」
「やましい事がないなら逃げなくていいっしょ?」
しかしながら無くならない。世の中に正義と言う名の憂さ晴らしを求める人々が多いのもあるが、一番の理由は彼等自身がいわゆる"正義の麻薬"の中毒者になっているのが理由だろう。
そして彼等が追い詰めているのが、小太りのメガネの男性と、背の低い可愛らしい少女。確かに、私人逮捕系配信者からすれば正義のアドレナリンをビンビンに感じさせてくれる獲物に他ならず、そうでなくとも一目見れば「案件」だと脳は認識する。
…………"普通の人間"なら。
「……………よし」
赤髪の少女の脳裏に浮かぶのは、かつての"彼"。云われない迫害により心を病み、VR空間でいつも泣いている様を見ていたからこそ、彼女には解った。
助けなければ!そう判断した途端、その靭やかな肢体は大地を蹴る。
「なんで顔隠す…………んでぇっ!!」
そして、男性と少女を鬼い詰めていた私人逮捕系の一人を蹴飛ばし、倒す。そのまま軽業師のように、赤髪の少女は追い詰められていた二人の前に、守るように降り立った。
「なんだテメェは!?」
「なめとんのか?ああ!?」
邪魔が入ったと知るや否や、私人逮捕系の連中は先程までのヘラヘラした態度から一変。まるで暴力団のように声を荒らげ、携帯で撮影している事を忘れて恫喝する。
が、大の男数名から恫喝されている形になろうと、彼女は不敵な笑みを崩さない。
「…………今の御時世、誰も彼も不正は許せない。道徳に反する事も許せない。そうでないと、真面目に生きる事がバカバカしくなるかんね」
「な、何だよ………」
「でもこんな世の中だからこそ、法に反しない他人の性癖に対しては寛容になりましょう?でないと………」
「………でないと?」
次の瞬間、彼女の張り詰めた太ももが唸り、その内に秘めた強靭な筋肉を持って眼前の私人逮捕系配信者の股間をけりあげた。
「あぎゃあああ!!」
「コンビニにエロ本が並ばなくなるかんね!」
悲鳴を上げて倒れる配信者。それが決戦のゴングとなった。
「なめやがってメスブタがァ!!」
「ブッ殺せェー!!!」
途端に蛮族丸出しの態度になり殺到する配信者たち。表向きは正義を騙っていても、他人を攻撃する事を楽しむような連中など本性はこんなものだ。
もしこれが薄い本か陰惨な展開が正しいと思っているひねくれ者の書いた話あれば赤髪の女が目も当てられないような状態になるわけであるが、ここは自称青少年向けライトノベルのSEO。ボコボコにされたのは配信者達の方だった。
「ありがとうございます!助かりました!」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよお」
警察に連行されてゆく配信者達をバックに、助けた二人組からお礼を言われる赤髪の少女。
ちなみにパトカーは二人組の男の方が彼女が戦っている間に呼んだもので、引き渡しもすぐに住んだ為に、彼女が私人逮捕系のように罪に問われる事はない。
そして、彼女が二人を助けようと思った理由はもう一つ。
「それに、仲間がピンチなのに見過ごすワケにもいかないかんね」
「仲間?あなた、もしかして…………」
「うん、アンタと同じセオベイドよ」
それは、二人組の少女の方がセオベイド………つまりは彼女の同族だったから。
ある美少女アニメを由来とする彼女は確かに未成年であるが、それは設定上の話であり、二人の愛が法に接触するかどうかはまだ内閣は答えを出していない。故に、あの私人逮捕系配信者の集団はただの言いがかりと迷惑行為を制裁されただけ。と、法律上は成り立つのだ。
「んじゃ、幸せにねお二人さん♪」
「まっ、待ってください!せめてお名前を………」
「んー?名前?」
立ち去ろうとした所を、男の方が呼び止める。すると赤髪の彼女は、その金色の眼を蠱惑な笑みで彩り、囁くようにその名を名乗った。
「ミーニャ…………ミーニャ・ドロッセル」
ミーニャ・ドロッセル。
その聞き覚えのある名前が何なのかを少女が思い出す前に、彼女はヒラヒラと手を振り、その大きな尻と太腿を揺らしながら場を後にする。
金色の眼が、その内に漆黒の炎を滾らせている事に、誰も気づかなかった。




