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後に「虹の日」と呼ばれる、電子想像細胞生物LV-1の世界中への拡散。そしてセオベイド、セオベイターの発生と、それによる世界情勢の混乱が始まって一週間。
そして日本はというと…………相変わらず平和そうであった。
あくまで平和「そう」であり、実際は問題は存在し、今にも噴出しそうな状態である。にも関わらず、今日も朝が来れば子供は学校に行くし、社会人は交通手段が巨大セオベイドに破壊されようと会社に行く。
そうする以外のやり方を知らないというのもあるが、未曾有のアポカリプスにおいて日本人がこの「日常」を維持できるのには、あるカラクリがある。
それは…………。
「上手く抑え込めているようですな?」
「以前青少年健全育成法を通した時もそうでした、皆スキャンダルに夢中です」
国会議事堂の廊下を、本日の議会が行われる場所へ向けて歩く総理と大臣達。
議題は勿論セオベイド・セオベイターに関する問題であり、その対策を行う脳特対のリーダーである凪と、当事者であるが故に日本に残ったギャロップも参加する事になる。
「………噂は本当だったようですな、凪さん」
「返す言葉もありません。日本人としては恥ずかしい限りです」
凪とギャロップが露骨に不快な顔をしているのは、この混乱を抑えるために取った彼等のやり方である。
二人も立派な大人であり、平和を守るためにはやらねばならぬというのは十分に解る。
だがそれでも人として腐っている訳ではない。故に美学にも人道にも外れ、なおかつ小賢しいというやり方に対しては、皮肉の一つも漏らしたくなる。
「芸能人の不倫問題を囮にするとは………これではまるで生贄ではないか」
…………過去の例に上げると、たとえば表現規制。もしくは増税等の、確実に反対されるであろう国民の負担になる法律を通す時。
そんな時は決まって、芸能人が不倫している。アイドルが未成年なのに飲酒している。そういったニュースが大々的に報じられるものだ。
「ネットでは騒がれてるようですけどね」
「だとしても長く続く騒ぎにはならんでしょう、SNSの話題も3日も持ちません」
そうして、国民が正義の怒りを振りかざしてスキャンダルの当事者を制裁に夢中になっている隙に法が通る。
そんな事が、過去に何度かあった。陰謀論のような話であるが、偶然と片付けるには出来すぎた話でもある。
「人一人の人生潰しておいて、得られるものは時間稼ぎですか…………」
この作品では、つまり「そういう事」という設定てあるが、現実の本邦政府がそこまで腐った存在ではないはずである。
……………事実が分からぬ以上断定はできないが、そう願いたい。
「それにしても、海外が暴動に包まれる中我が国は平和そのもの!これも、日本人の民度のお陰ですな!」
「………暴動する気力もない程疲弊してるだけじゃないかね」
それまで彼が何をしてきたかを事前に知っていたギャロップの皮肉が聞こえたかどうかは、誰にもわからない。
***
プラットベースの守りは硬い。元々宇宙空母である事もそうだが、何よりの利点は空を飛べる事。現に今は東京上空の雲海に身を隠している。
堅牢さ、そして空中という立地も相まって、今の日本にこのプラットベースを陥落させられる兵器は存在しないだろう。
これが、モッツァレラ小隊………改め「電脳異変災害特設対策室専従班第一実働部隊"モッツァレラ小隊"」の誇る、超巨大移動要塞式行動拠点なのだ。
「………すごい事になってるなぁ、マジで」
そんなプラットベース内の生活スペース。食堂車を思わせる内装に仕上げられ、外部カメラで外を写した壁と天井で殺風景な雲海の中の風景を見せる場所で、九郎太は一人手元の携帯を覗いている。
本来、地上の電波の妨げになるという事で上空で電波の出るものは使ってはいけない法律があるのだが、プラットベースを介した電波通信は影響を及ぼさないようなので、こうして使用が認められている。
「弟くん、何を見てるんですか?」
「うん………ざっくり言うと世界が大変な事になってるんだ」
そんな九郎太が神妙な面持ちで見ていたのは、ニュースサイトによる世界情勢。
なるほど、こうして世間の注目度の低いインターネットのニュースサイトにのみ掲載しておけば、いざスキャンダルの催眠が切れた後でも「報道してましたが?」という言い訳が立つわけである。
「見てよ………まるで世界大戦だ」
「あら…………」
さてそんなニュースの内容であるが、ギャロップの語った世界情勢の混乱が事細やに綴られている。その中でも、代表例をいくつか紹介しよう。
まずはアメリカ。
もはや悪い意味で使われるようになったポリティカル・コレクトネスや、それまでもあった小児性愛者への制裁。それに加えて元よりマッチョイズムによるギーグ・ナードのような弱者男性への差別が酷い事は有名であった。
故に、当然ながらそうした"やられる側"の多くが一気にセオベイターに覚醒し、セオベイド達もそれに同調したが故に大規模な武力蜂起が起きてしまった。
いまやアメリカは政府や宗教団体を中心とした体制側と、セオベイター達を中心とした革命軍に別れての大戦争状態に突入している。
南北戦争………いや、イギリスからの独立戦争時代に戻ったかのような状態だ。
続いて中国。奇しくも掲載サイトが同じ先人が同国批判して作家生命を絶たれたので出来れば取り上げたくないが、後々の話に関わってくる設定なので仕方なく取り上げておく。
有無を言わさぬ民への圧政と、せっかく広がりつつあったアニメゲーム文化を、自国民に相応しくないという毒親的理由で叩き潰した某政党とその指導者であるが、当然ながら国中で発生したセオベイター達による反乱によって打倒されてしまった。
……………が、問題はここからだ。
中国はとにかく広い。広すぎたのだ。それらをまとめていた某政党が打倒された途端、各地で独立と新興国家が雨上がりのタケノコがごとく乱立。大陸の覇権をかけた戦いが始まるという、三国志の再現のような事が起きてしまった。
ちなみに韓国であるがこの機をついてついに南北統一を実現し、台湾も中国が消滅したので無事に独立できたという。やったね!
それと…………これも昨今の政治的理由であまり言及したくないが、シベリア方面の彼等について。
この世界におけるかの露のつく国家は既に解体されており、代わりに「ツァーリ連邦」という複数国家による連合国家が樹立されており、さらにはそこに国連国際裁判所が存在する。
そんな場所故にか、今日のセオベイターによる反乱は見特にられない。というのも、ツァーリ連邦の最高権力者にして国際裁判所の最高裁判官である大統領がセオベイターとして覚醒しており、特に悪政を敷いているワケでもなく不満も無いし、むしろ今のどん詰まり状態をどうにかする為にセオベイターも普通の人間も協力しよう!…………という考えに至ったかららしい。
流石、大国との勝ち目のない戦争を乗り越えた人々の末裔なだけはある。
………最も、件の大国の残党がこの機に乗じて活動を開始するなど、決して油断できる状態ではないのだが。
最後に話すのは、イギリスについて。
サイバーエデンオンラインを終焉に導いたニコライもそうだが、何かとオタク文化と因縁のあるこの国であるが………やはりというか、セオベイターによる反乱が起きていた。
だが王族に対してというよりは、件のニコライを筆頭とした活動家やそれと繋がりのある勢力に対する反乱だ。現に反乱が起きた際にセオベイター達は王族の安全を確保した上で事を起こしている。腐っても騎士道の国というわけだ。
そしてその反乱を起こしたのは、元SEOユーザーのジョレノ氏が中心となり、活動家達により仕事を失ったクリエイター達によって形成されたレジスタンス「宇宙の会」。
「ああ、ジョレノさんって………」
「欧州サーバーのチャンピオン、俺達とも何度か会ってる」
この反乱についてだが、現在成功の方向に向かっているらしい。
活動家や政治家達は捕らえられ、裁判にかけられる事になった。セオベイドがまだ人間として認められていない為に殺人罪では裁けないとの事だが、人道的活動の裏で彼らが受け取った裏金や、活動の裏で起きていた児童買春など"ほこり"がわんさか出てきたが故に、その方面の罪に問われるようだ。
まるで、かのフランス革命の再演が起きているようだと、ネットニュースのジャーナリストは語る。
「ざまあみろ………と言いたいが、それすら気にならん事があるんだ。これ」
しかし、そんな善人気取りの末路よりも九郎太的に気になっていた話題がある。
この、イギリスで起きた反乱に関係する話だが、全セオベイターから怒りを向けられているであろうニコライ・クリストファーが未だ捕まっていない。
なんでも反乱の最中、以前国からもらったという自家用飛行機を使って数名の活動家と共に国外逃亡したという。
その後の行方は分からず、イギリスの混乱もあってかそれ以上の情報は入ってきていない。
「つまりニコライの奴がこっちに来るって可能性もあるし、そこで政府が判断ミスったら、俺達は世界中のセオベイターを相手に戦う事になる。いくらチャンピオンの俺でもそれは厳しいぜ………」
せめてどこかで勝手にくたばっていてくれ。とでも言いたげな表情で九郎太は机の上に置いたハンバーガーを口に運ぶ。
ハンバーガーは元より九郎太の大好物であるが、ここ最近は度重なる精神病の発作とストレス、そして加齢による胃腸の調子により久しく食べていなかった。
「身体が10代になったからかな、最近お腹減っちゃってさ」
ははは、と笑ってみせる九郎太。そんな彼を見つめる乙葉の表情は聖母のように柔らかいと同時に、また深い悲しみのような物を秘めているようにも見えた。
「この身体になってから発作も起きてないし、文字通り生まれ変わった気分だよ」
それは九郎太がハンバーガーが好きな理由が"母親がご飯やお弁当のリクエストはまったく聞いてくれず|自然由来のオーガニック食品やら代用ミートの類《自分がよく見られるためのもの》しか食べさせなかった""だからたまに忙しい時に買ってきてくれて食べるハンバーガーがたまらなく美味しく感じたから"というのもある。
だが、一番の由来は。
「………弟くん」
気がつけば、乙葉は九郎太を後ろから抱きしめていた。
携帯を覗いていた九郎太も、後頭部を包み込む100cmJカップのホルスタイン爆乳のムニュウンッという感触に、思わず股間を硬くする。
「………な、なに?どうしたのお姉ちゃん」
しかし、乙葉の潤んだ瞳と歪んだ眉を見て、そういう"お誘い"ではないとすぐに気付いた。
いくら弱者男性の九郎太であっても、そこに気づくぐらいの事はできる。
「…………こう、しないと…………」
「えっ」
「こうしないと、また…………弟くんがいなくなってしまうような気がして……………」
言われて思い出した。否、気付いた。
今でこそこうして一緒にいられるが、三年前のSEOサービス終了はまさに今生の別れ。もう二度と会えないという現実を突きつけられたようなもの。
もし、虹の日の事件が起きなければ。もし、セオベイドが現実に現れるまで進化ができなければ。もし、そもそもLV-1が存在しなかったら………。
「………お姉ちゃ、ん………!」
そう思うと、九郎太はの胸の内から熱いモノが込み上げてくるのを感じる。
寂しさ、恐怖、悲しみ、そして………暖かさを。
気づけば九郎太は、自らのぬくもりを求める本能に動かされたのか、乙葉の乳房に顔を埋めていた。
まるで、幼子が母親に甘えるようにしがみつく九郎太に、乙葉は嫌がる素振りも驚く素振りも見せず、ただ優しく微笑み頭を撫でる。
「………お姉ちゃん………あったかい」
「よしよし、好きなだけ甘えていいですからね………」
もう離したくない。離すものが。このぬくもりを、安心を。
ぎゅうとしがみつく九郎太に、抱擁する乙葉。その両方に、確固たる意志が生まれる。
その時である。空気を読まずに九郎太の携帯が政府からの………つまりは脳特隊としての仕事が来た事を示す着信音を鳴らしたのは。
「…………もしもし?」
『もしもし凪よ、モッツァレラ小隊に初任務が下ったわ』
サイバーエデンの元チャンピオンでありながら、国家のプロパガンダの犬として使われる事となったモッツァレラ小隊。
その、初任務の時が訪れたのだが、この時の九郎太達はそれが上記の点を含めた二重の意味で屈辱的なモノだとは、まだ知らなかった。




