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セオベイターが電脳生命体LV-1を起源に持つ知性を持った生命と聞いて驚いた九郎太であったが、そう考えると色々と辻褄があう所もあった。
「…………そういや、やけに皆人間味があったというか、なんというか…………」
九郎太の個人パーティーだった「モッツァレラ小隊」は、オンラインゲーム特有の人間関係のゴタゴタを避けるために九郎太以外全員が乙葉のようなNPCで構成されていたのだが、それでも通常のパーティーと変わらぬやり取りが出来ていたし、九郎太以外にもそういったパーティーは存在した。
まるで原作のキャラクターと実際に会話していると錯覚する程の、かなり高性能なAIと合成音声なんだと思っていた。が、そんなAIと合成音声システムを20年前に用意するなどいくら石油王でも技術的に無理がある。
が、知的生物であるなら話は別だ。臨場感もライブ感も、実際にそこに意志のある存在がいて会話していたのだと考えれば頷ける。
「………時にミスター泉」
「はっ、はいッ!」
突然ギャロップから名指しで呼ばれ、びくっと飛び上がる九郎太。わかりやすい緊張であり、後ろで見ていた凪と隣の乙葉は微笑ましく笑う一方で、場違いな言動と見た一部大臣の中には舌打ちする者までいた。
それに対して萎縮してしまう九郎太を励ますように、ギャロップは優しげな口調で話を進めた。
「何故、サイバーエデンオンラインの綴を"CYBER"ではなく"SAVER"にしたか解るかい?」
その点の突っ込みはサービス開始当初からされていた。
ネット状では誤植だとか、略称がCEOになると代表取締役社長になってしまうからとか色々言われていたが、結局答えは明らかにならず何時しかその話題も忘れ去られた。
「………それはね、私はこのゲーム、その中で育ったセオベイド達が現実を救う救世主になると考えていたからさ」
「救世主…………?」
「考えてもみたまえ。今の社会はどこもかしこもも酷い問題を抱え、破滅に向かっている。動くべき国家も何もできないのが現状だ」
いきなり悪口を言われた形になった大臣達は顔をしかめたが、事実故に何も言い返せないのが現状であった。
協調性と保守的思想が足枷となり、やるべき政策も打ち出せず現状維持がやっとという有様。最もこれは、たとえ形だけでも少しでも他者がいい目にあうと全力で引きずり下ろす本邦の国民性もあるが。
「そんな時代、セオベイドはSEO内でも孤独な人々の心を癒やし、寄り添ってくれた………私は確信した、セオベイドこそが人間のよき隣人として、共に時代を切り開くパートナーとなると、ね」
NPCとなって様々な情報………特にプレイヤーや原作キャラクターを通じて感情や世界を学ぶ中、LV-1は人間と変わらぬ知性を持つ存在セオベイドへと進化した。
が、彼らは映画「CHASER」のコンピュータのように人類に反逆する事はなかった。NPCとして過ごす中、NPCの原典となったキャラクターの感情が移ったかのように、彼らの中に人間への愛情が芽生えたからだ。
ギャロップはSEOの運営を続ける中で、彼等がいずれ人類のよきパートナーとなると確信した。彼の中に日本のサブカルへの恩返しに加えてもう一つ、セオベイドという地球に生まれた新たな種の成長を守るという目的が生まれた。そしていずれ、人類とセオベイドが共に時代を切り開く、と。
「ですが…………後は皆様のご存知の通りです」
その後の歴史は前回で解説した通り、ジャーナリストのニコライによる糾弾を発端とした様々な出来事が重なり、世界中で愛され救世主になる可能性すらあったサイバーエデンオンラインはサービス終了にまで追い込まれた。
だが、SEOがサービス終了しても、セオベイド達はサーバーの中で生き続けた。在りし日のユーザー達との思い出を何度も反復し、インターネットの海を通じてプレイヤーの後を探す者もいた。
"もう一度プレイヤー達に会いたい"という願いを持ったセオベイドは、進化をやめなかった。そして…………。
「進化の果て、彼らはついにこの現実世界に現出した。ゲームの中でのみ存在した様々な能力、技術と一緒に………」
LV-1をまき散らしながら、ついに彼らは電脳の海から現実に現れた。
この時、世界中に拡散したLV-1を取り込んだ現実の人間………特に、彼等が会いたいと願った元SEOプレイヤーを中心に、人間のセオベイド化現象が発生。
そして半分セオベイド、半分人間と言うべき存在へと変異した存在こそ九郎太達セオベイター。というワケだ。
「………これが、今世界中で起きている騒動について、我々から言える全てです」
全てを聞かされた大臣達は、皆うーんと頭を抱えて唸っている。
まともな頭の持ち主ならこれを聞いても、矛盾と説明不足だらけの頭の悪いオタクが書いた出来の悪い小説もどきの設定だとしか思うまい。
「セオベイドにセオベイター…………」
「私には理解できん、荒唐無稽な話だ………」
が、現実にセオベイドもセオベイターも存在している。というか、まさに目の前に九郎太と乙葉がいるのだ。
嫌でも信じるしかない。
「しかし、彼らは現実に存在し、こうして世界に混乱をもたらしている…………当事者の意見を真面目に聞かず、脳特対という組織を立ち上げただけで対策した気になって満足しているという今までのやり方では通用しません」
皮肉るような凪の口調に対し、露骨に不快な顔をする大臣達。しかし言い返さないのは、凪の言っている事は紛れもない正論だからだ。
何も知らない九郎太でさえ、ああ組織だけ作って維持費以上の予算も回さないいつものお役所仕事だったんだなと、なんとなく察していた。
「では、脳特対は何か解決方法でもあるのかね?」
「無論」
批判するなら自分でやってみろ、と言いたげな議員に涼しい顔で返す凪。場面だけ見れば痛快な月9ドラマなのだが、九郎太は素直に喜べない。
自身が当事者の一人である事と、普段からアニメや特撮といった物語を見ているオタクが故に、この後の展開が見えた気がしたからだ。
「知っての通り、諸外国はセオベイターによる反乱が多発しています。反乱の要因のほとんどは、本邦の状況も同じ…………今日本は、いつセオベイターによる反乱が起きてもおかしくありません…………そこで!」
凪の広角がニヤリと上がる。ドヤ顔で宣言する様はある種のムカつきをも覚える。
もし彼女がまあまあ顔のいい女性でなければ、今頃某SNSで版権ヒーローにぶん殴られるネタが横行する程に。
「脳特対に、セオベイターによる実働部隊を組織するのです」
「実働部隊!?」
「ええ、目には目を。セオベイターにはセオベイターを、です」
凪の言う所をまとめると、セオベイターを味方につけてセオベイターの関係で起きる事件、暴動を鎮圧させようという案だ。
なるほど、セオベイター・セオベイドは平和を乱す怪物ではなくよき隣人、味方であるという世間への大々的なアピールにもなる。
それに政府側で治安を守るセオベイターが存在する事で、元より反政府的な思想・活動に対して「ダサい」と考える国民性を刺激し、反乱の危険性も自然消滅する…………という狙いがある。
「なるほどいい考えだな………そんな事は不可能だという点を覗けば」
「不可能?」
そんな凪の構想に対して真っ先に噛み付いたのは内閣官房長官。かねてより脳特対を税金の無駄として睨んでいた彼からして、たとえあちら側に正当性があったとしても、いい様に言われ続けるのは癪に障ったのだ。
「この時代、この国のどこに政府に手を貸すセオベイターがいると言うのだね?我々がどう思われているかはお前も解るだろう」
一方で彼も政治家であるが故に、投じたのは単なるやっかみではなく正当性のある批判。
この事態を招いたのは政府の怠慢が原因であるし、自身もその一翼を担っていた彼だからこそ、自分達が民からどんな感情を抱かれているかは知っていたし、故にわざわざ手を貸してくれるセオベイターがいるなどとても思えなかった。
「それによしんば協力を申し出てくれたとして、他のセオベイターやセオベイドを抑え込める程じゃないと意味がないだろう。貴殿の考えこそ、荒唐無稽な話ではないのかね」
次々と凪の構想の穴を指摘してゆく官房長官。
どれも現実を見た、国を守り運営する立場としての正論であり、同時に凪が国を守る立場としてどれほど無責任な発言をしたか痛烈に批判していた。
「………問題ありません」
それでも凪は不敵な表情を崩さなかった。それは、彼女に手を貸してくれるセオベイターの目星がついていた事を意味しており、九郎太の危惧が現実の物へと変わっていた事を意味している。
「…………あ、あの」
恐る恐る手を挙げる九郎太を、凪は変わらぬにっこりとした微笑みで迎えた。
その笑顔が、九郎太には何よりも恐ろしい。
………冷静に考えれば解る話だ。
政府の味方に出来て、なおかつ他セオベイターを圧倒できる=SEOにおいて、かなりの腕を持った元プレイヤーがいるとすれば、察しはつく。
「その、実働部隊のセオベイターというのは、まさか……………!?」
泉くん、これは決定事項なのだよ。
細めた目の向こうから猛禽のような眼光を放つ紅の瞳が、凪の年齢不相応の圧を持って九郎太の運命に銃口を向けていた。
***
追手を巻くために複数の交通手段を乗り継ぎ、数人別れてバラバラのルートで日本を目指すニコライ達であったが、道中時間が経つに連れて元いたメンバーは半分にまで減っていた。
外国に逃げれば安全だと思ったが、セオベイターによる武力蜂起は世界中での出来事。顔の知れた者達から捕まってしまい、この有様であった。
「おかしい…………こんなの夢に決まってる………!」
支援していた地元の人権団体を脅してチャーターさせた軍用の飛行機の座席で、すっかりやつれてしまったニコライは呟く。
「私はニコライ・クリストファーだぞ…………!?世の非人道的な差別と戦い、子ども達を守るために行動し、人道団体だって支援しているし、いくつも名誉ある賞を獲得しているし、妻はアジア人だ………!」
灰燼の中に消え、今は無意味となった社会的地位が、不安を忘れようとするように口からブツブツと漏れる。
少なくとも彼自身は、彼自身の正義に従って行動してきた。それは社会からも称賛されたし、逆に自身の行動や正義を批判してきたのは大抵児童買春者か差別主義者、そして|表現の自由を振りかざすならず者というはっきりした"悪"だった。
「私は正しいのだぞ!?道徳的に私が正しい!それなのに、何故………何故…………!?」
だが、今はどうだろうか?追手に怯え、世界中から見捨てられて逃げ回っている。
最後にすがるお人好しの日本も、上記の"ならず者"達の国である事を考えると、屈辱以外の何でもない。
「これじゃあ国際指名手配犯じゃあないかッ!私は正しいのだぞ!?私は…………私は……………!」
頭を抱え現実逃避をするニコライの耳に、ピーピーというアラート音が響いた。
まさか!?と一気に寒くなる背筋に突きつけられたのは、脅して操縦させている軍のパイロットからのメーデー報告。
『センサーに未確認飛行物体確認!セオベイドの模様!』
「きっ来たっ…………!」
青ざめるニコライの脳裏に浮かんだ"嫌な予感"は、脳内イメージと寸分違わぬ形で的中した。
恐らく隠れて追跡していたのだろう、イギリスから追いかけてきている真紅の機体が、雲海の中から姿を現した。
血のように赤い装甲から覗く殺意のように鋭い赤い目は、まっすぐニコライの乗る軍用飛行機に狙いを定め、背中のブースターによる加速でドン!と、弾かれるように迫りくる。
「う、うわああ!!」
「おい!早く逃げんか!?」
「無理ですよ!これ以上スピードは!」
「いいから早く逃げろ!さもないとお前をSNSで晒してやる!」
善なる人々が醜き言い争いを繰り広げる中、真紅の機体はその戦闘機を由来とする航空戦闘能力を駆使して遠方より軍用飛行機にぐんぐん近づいてくる。
確実に始末できる距離に近づき、架空の金属で構成された腕がマシンガンを構えた、その時だった。
………ギュオンッ!!
轟音と共に軍用飛行機の前方から飛んできた二機の戦闘機が、真紅の機体に向けて飛んでゆく。
「やった!軍の戦闘機隊だ!」
そういえば、ここはハワイの領空だったと、ニコライ達は思い出した。
自分達は"一応"正規の手段でチャーターした飛行機であるが、あちらはただの領空侵犯。空軍が出撃するのも当然である。
空軍が足止めしている間にと離れてゆく軍用飛行機。追いかけようとする真紅の機体に「待て」と言うように、二機の戦闘機はその後ろにつく。
ドッグファイトという言葉から解るように、空中戦において後ろを取るというのは、額に拳銃を突きつけるも同義である。
『警告。 貴機はハワイ領空を侵犯している。 速やかに領空から退去せよ』
目標に対して警告をする空軍であるが、真紅の機体はそれを聞き入れる所か更にスピードを上げ、ニコライの乗る軍用飛行機へと迫る。
警告を聞き入れないなら容赦はいらぬとばかりに、戦闘機のパイロットは操縦桿に備え付けられたボタンを押す。
開いたハッチからバシュウッ!と音を立てて、煙の軌跡を描きながらミサイルが飛ぶ。
それは真紅の機体に向けて誘導されて飛んでゆき…………
………………
…………………ずど、ぉ、ん………………
ハワイ沖に、爆炎の花火が咲いた。




